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2005/09/08

サラリーマン物語の昼飯道楽 続き

いまでも、大マスコミや大出版社の社員のように高給取りでありながら、「いやあ、ワレワレもおなじサラリーマン、大衆ですよ」と、うれしいことを言ってくれるひとがいる一方で、それにはるかにおよばない年収で、おれはそこらの愚民大衆とはちがうぜと、たのもしいことを言うひともいるが、『サラリーマン物語』の前田一さんが書く、まだサラリーマンが一握りのエリートだった時代のサラリーマンの、日本橋三越を舞台にした昼食道楽は、こんなアンバイだ。

別に贅沢な献立がある訳ではない。高々一円の蒲焼か、日本食位のところを最上等とし、それ以下二、三十銭のおでん茶飯や、寿司ぐらゐであるが、ただ、色とりどり大衆的に並べ立てて居るところが、弁当がはりの昼飯の献立として、サラリーマンに喜ばれる所ではあるまいかと思ふ。嬉しいことは器物の清潔らしさである。漆のはげた塗箸や、赤錆のしたスプーンを持つて来ないだけでも気持がよい。もつと嬉しいことは、給仕の従順さだ。十五六歳のお下げ時代の女給さんだけに、応接は事務的でも、あたりが柔かい。殊に三越の通人に謂はせると、食堂には所謂「三越三美人」の一人が居るとのことだ。さればにや食堂のいやが上にも賑盛を極むること伝へ聞いて遠く丸の内一帯からまで遠征軍を派遣する。美人の霊験あらたかなること、今も昔も変りはないと見える。序でに三美人とやらを一堂に会したなら、それこそ昭和の業平朝臣が金魚のうんこ宜しく陸続たることてあらう。殊に商売上手の三越が、東京駅に赤自動車を往復させて居ることは、丸之内遠征軍の輸送をより多く円滑ならしめて居る。試みに昼飯の前一分間あの入口に立つて見よ。文字通りの千客万来が、樋堰に殺到する水のやうに流入して行くではないか!
軽便で、大衆的で、気持がよいと謂ふこと以外に、取り立てて謂ふほどのこともないが、何故か三越の食堂は繁昌する。

・・・引用オワリ

「十五六歳のお下げ時代の女給さんだけに、応接は事務的でも、あたりが柔かい」という、この「事務的」という感覚は、9月4日の「事務的飲食時代」に引用した「新聞紙上を賑わした都会人の”事務的飲食時代来る”という報道」の実態ではないかと思われるな。飲食業は、まだまだ生業的な個人経営が圧倒的に多いのだが、資本主義的な企業経営が勃興する先端的な現象だろう。血の通わない事務的な資本主義の装置に「美人」をつかってイメージをよくするってのは、いまでも盛んだね。

オモシロイのは、ここでは、「大衆的」という言葉は、どうやら、気どっていない感覚や、色とりどり雑然とした状態のように使われていることだ。経済的には、「めしや」で一食十数銭のころに、「高々一円の蒲焼」という感覚は、「サラリーマン的」であっても「大衆的」とはいえない。この時代の9割を占める労働者世帯にとっては、すでに書いたように、デパートの食堂は、利用することがあったにしても非日常の「ハレ」のことであり、日常の昼飯道楽の対象にはなりえない。深川あたりの「下層」労働者は、屋台で競ってぶっかけめしの深川飯をかっこんでいたし、『放浪記』にもあるように、林芙美子さんは、10銭の定食を食べる労働者がいる一膳飯屋で、12銭で「まことに貧しき山海の珍味」を食べる。

そういうビンボーくさい話は、またの機会にして、この昼飯道楽の話が、とくにオモシロイのは、「美人」の話がトウゼンのように登場することだ。昼飯道楽は、クイ気とイロ気が一緒なのだな。いまどきブログで見られる昼飯道楽とくらべて、かなり違うところではないだろうか。しかも、これなどは控え目な方で、やはりこの時代にベストセラーになった『京阪食べある記』の著者・松崎天民さんなんか、「いやあホント好きですねえ」と言いたくなるほどだ。

そこには、「男子厨房に入るべからず」の男がする食べ物談義独特のアヤシさがあるし、とくに近年の「B級グルメ」以下の安物グルメにおいても、そのかんじは、いつか日記に書いたが、いまだに漂っているというかんじがする。料理をつくらなくても料理評論はできるわけだけど、高級料理はともかく日常レベルのことになると、やはり実際つくるかつくらないかの感覚は、表現に出るようなかんじがする。

ま、そのことは、またいずれ。なのだが、ひとこと書いておくなら、もともと「食通文化」というのは、江戸中期以後の廓あるいは茶屋遊びという世界と密接というか、そこから生れている。その後の食通やグルメというのは、それらが書き伝えたものなどから影響をうけている。自分で日々の食事のしたくをしていると、そこでナンカ違う感覚や意識や知識がつくキッカケがあるが、そうでないと過去の「男子厨房に入るべからず」の男の食通文化を無批判に、しかもA級B級C級わきまえずに展開することになる。そういうことがあるのではないかと、おもうのであります。

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