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2005/09/22

悩ましい味覚

この夏は、年寄りの病気もあって続けて何度か田舎へ。なんでかキュウリがたくさんとれるとかで、ドカドカ食べるハメになった。滞在中食べ続けのうえに、もらってくる。これが、やはりウマイ。味が、濃い。で、最初はウマイうまいと食べていたが、とにかく毎日毎食ドカドカだから、やはり飽きがくる。もう見たくない気分になる。見ると不機嫌度が、ちょっとだけアップする。

ということで、思ったのである。まずは、こういうキュウリを食べたことがないひとは、「うまさ」をどのように判断しているのだろうか。つぎに、毎日ちがうものを食べて、とくに外食だと選べるから毎食でもちがうものが食べられるわけだが、その状態で「うまい」と思ったものはホントウにうまいものなのだろうか。おなじものを食べ続けて「うまい」ときこそホントウにうまいのではないか。しかし、そんなことありうるだろうか、やはり飽きるのではないか。コメのめしを食べ続けるから、うどんやそばがうまいということがあるのではないか。

とかとか、アレコレ思ったのだが、けっきょく日々の暮らしにおいては、やはり快食であるということが大事なのだな。そして快食であるためには、美食ではなくても、イロイロなものが食べられる、おなじものでもイロイロな風に食べられるっていう、「料理=食べ方」がモンダイなのであるな、としみじみ思ったのだ。これが家庭で自炊ということになると、経済的制限があるなかでは、意外に簡単ではない。

関係なさそうでありそうな話。たまたま萩原葉子さんの『木馬館』(中公文庫)を読んでいたら。以下引用……

 私は小麦粉に半分以上も糠と玉蜀黍(トウモロコシ)の粉を混ぜ、サッカリンで甘味をつけたものをフライパンで焼き、夫や千夏とは別に食べた。
 しまいには小麦粉を見ても気持が悪くなり、力がなくて寝ていたいほどになった。

……引用オワリ。

糠を混ぜるってのが、ウゲッというかんじだ。「夫の学資を作るための内職は、焼け石に水で毎月、月謝に追われていた。不眠不休で働いても、やりくりが下手だからと夫は私を責める」心通わぬ夫のワガママもあって、葉子さんは「結局私の分をけずって家計を浮かすことを考えるよりほかなかった」という状態だった。これって、いまの日本のエリートと平民の関係みたいじゃないか。「不眠不休で働いても、やりくりが下手だからと」自分の行為は棚上げにして他人の非をほじくっては責めるやつがいる。

ほっておけば、人間の社会は、このようになる。だれかに、ヒドイしわ寄せがいく。それが「自然」なのだ。それが「自然」だからと、政治が放置していたら、ニューオリンズになる。それをヨシとしているのが、小泉改革であり竹中リロンだ。小泉改革支持で一貫している大マスコミは、ニューオリンズ報道については、あまり大騒ぎしない。あそこでイッタイ何人死んでいるのかすら、正確に伝える意思がなさそうだ。

日本人の平民は、かりに日本のコメが食べられなくなっても、アメリカの小麦は食べられるだろう。その格差が、株価になって、大マスコミのエリートたちが持っている株に還元される。大雑把な仕組みは、そういうことなのだな。

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コメント

ガキのころは、山に囲まれた田舎町で、大根がとれるときは大根だけ、ジャガイモがとれるときはジャガイモだけ、という有様で、食卓にむかうのもイヤなことがあって、親に怒られたり。あと、毎日毎日「おやつ」がニギリメシだったとき、いくらうまいコメでもさすがに耐えられない、イヤがったら、やはりすごい怒られた。親は平気だったのかなあと思いますね。貧乏人は、野菜で忍耐力をつける。「ベジタリアン」は、富裕な人たちのゼイタク志向。ってことでしょうか。

投稿: エンテツ | 2005/09/23 09:57

「しまいには小麦粉を見ても気持が悪くなり、力がなくて寝ていたいほどになった」というのには笑いました。他人事ではないからです。10年以上も前に、青梅に4年ほど住んだことがあるのですが、近所に友達もいませんし、仕事の打ち合わせも簡単にはできません。一週間ほど自炊が続き、食べるものも地元の八百屋が「おっ、体に良いものばかりだね」と感心するぐらい野菜中心だったのですが、ある夕方、台所に立ったら、急に気持ちが悪くなって、野菜や包丁を見る気もしなくなりました。それは、体の内側からの拒絶反応で、体自身が「もう、こんなもの食いたくねえ!」と叫んでいるのでした。わたしは調理器具を投げ出し、焼き鳥屋にいって皮だとか腸だとか、体に悪そうな脂っこいものを貪り食ったのです。今は西新宿に住んでいますが、縮小再生産のあげく、青梅で暮らしているのとほとんど変わりない暮らしぶりです。

投稿: ヤマザキ・クニノリ | 2005/09/23 04:18

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