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2005/09/23

酒のない朝は野菜イタメの思索

なにも欲しいものがない、「なにか欲しいものがない?」ときかれても、なにも欲しいものがない。本もCDも、なにも欲しいものがない。だけど、ひとついえるのは、朝の酒がないということは、とてもサミシイことである。朝の酒を飲みながら、思索にふける。こういう言い方をすると、そこはかとなく哲学的な生活のフンイキがただよう。

そうでもないか、書いているやつによるな。おれの場合、ただの自堕落なアル中のフンイキである。ああ、今朝は酒がなかったので、とてもさみしく、そして、きのうの流れでか、脳にふらふら浮上した野菜イタメについて、思索したのだった。

野菜イタメを田舎にいるころに食べた記憶がない。1962年の春上京してまもなく、調布市京王線つつじヶ丘駅近くの下宿とのあいだにある商店街の中華屋に初めて入って、野菜イタメライスがいちばん安かったので注文してみた。それ以前の記憶はない。それに、テーブルの上におかれたそれを見たとき、もうちょっとなんかあるかと思ったのに、ただ野菜をイタメただけじゃないか、こんなものでカネとるなんて、と舌打の気分だったはずだ。それから、野菜イタメライスをたびたび食べたが、いちばん安いからという以外の積極的な理由はなかった。

気になって、野菜イタメは、いつごろから普及はじめたのか、手元の資料をパラパラ見ていたら、野菜イタメについてはまだはっきりしないが、意外なことがあった。

フライパンの普及より「支那ナベ」の普及のほうが早いのだ。支那ナベが普及したあと、それを駆逐し上まわるフライパンの普及があった。どうもそういうことらしい。イメージとしては、西洋料理いわゆる「洋食」のひろがりの方が先だから、フライパンの普及のほうが早いような気がしていたが。ふーむ。

もう一つの発見。昭和6年刊行の『児童のお弁当百種』(小林完著、近代庶民生活誌6に収録)を見ると、チャーハン、ヤキメシに類するものは「炒り飯」という表現になっている。これは、一般的だったのだろうか。

この『児童のお弁当百種』の「二 子供の好き嫌ひを矯正する方法」に、「同じ材料を用ひても、形を変へることは勿論、料理法を変化させること」とある。きのうの話に関連するが、やはりおなじ料理を続けて食べれば、味覚は慣れて飽きて「うまさ」は低下し、さらに続けば嫌いにまでなるのだな。

おなじ、「近代庶民生活誌6」に『百姓地獄』がある。昭和6年は、「豊年飢饉」「豊作地獄」といわれ、コメがたくさんとれすぎて不況になるという、おかしな現象が生れた。平民は不況で苦しみ、とくに農村の不況は深刻だった。コメの豊作がナゼそんな結果になったかというと、「米が今の株式と同じ投機の対象であったことによる」 またおなじ道をすすんでますなあ。

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