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2005/09/05

昭和初期1925年前後の飲食

またもや同じ「改革」派のトラックバック連打あやしい、いと見苦しや。こんなカヨワイ爺に、いやがらせ圧力をかけようというのだろうか。一つ削除したけど、面倒だしもったいないから、このままさらしておこう。「ものいえば唇さむし展望なき改革 言論抑圧で荒野をつくる」

ってえことで、口は言論のためばかりじゃなく、食うためにもあるのですね。もっとも、食うためだけで、言論につかわない連中が多いようだが。ま、いいでしょう。アメリカのポチといわれ、財界やマスコミの支援を得た者が首相になるのは、言論荒野日本の正しい姿だから。最終荒野まで、この状態が続くでしょう。言論抑圧の被害にあわないためにも、口は食べるためにつかっているのがオリコウというものですね。つぎはね、この選挙で大勝した「改革」派は、さらに勢いをつけて、「改革は支持された」と言論抑圧を強化しながら、大増税と、アレですよアレ、「憲法改正」のために国民の言論を統制する「国民投票法?」とやらへ、むかうのです。ああ、そしてさらに最終荒野へと近づくのですね。

で、きのう書いた、大正末年から昭和初期の「事務的飲食時代」だが、西暦にすると1925年前後ということで、どうやらこの時代は大衆食史的には、ヒジョーにおもしろいような気がする。それで、先日も書いたように「林芙美子『放浪記』と食風俗」でブログをつくったのだ。
http://blog.livedoor.jp/hinmin1/

これも1925年前後の食風俗を反映している。ちょうど「大衆」という言葉が流行語になりつつある、しかしまだ「大衆食堂」という呼称はない時代。一方で、コンニチの大衆食堂の原初的な形態ともいうべき、東京や大阪の市営の食堂が普及する。そのように拙著『大衆食堂の研究』にも書いたが、そういう時代なのだ。

そして、きのうの相沢さんは、地主の大百姓、中産階級。当時の中産階級は、いまの「中流」とはちがって、ひとにぎりの階級。兵隊の位でいうと尉官佐官クラスの、いまの偏差値でいうと東大一橋早稲田慶應とか、上智も入れないといけないか、そうそう学習院も、とやっていくと増えてしまうが、ま偏差値70以上ってことかな?そういうオイシイ人脈のエリート、とにかく少ない階級。

そういう階級の人だから、ま、汁かけめしなど食べていなかった可能性もあるし、「美食を戒め、規則正しい食事時間をとること」ができたともいえるわけだ。

いっぽう、『大衆食堂の研究』に「中産以下ノ知識階級ヤ労働大衆ヲ持つ都会」と書いた東京で、林芙美子さんは、この『放浪記』を書いたころは、まさに中産以下ノ知識階級のひとだった。「美食を戒め」る余裕もないビンボー、だからこそ、ちゃんと味噌汁ぶっかけめしを食べながらシタタカに生きビンボーを悲しがり、カレーライスやカツ丼の「洋食」にあこがれる。「洋食」はまた「美食」という時代だった。ま、そういうことなのだな。

この時代、「大衆食堂」の呼称はなく、これも『大衆食堂の研究』に書いたが、西洋料理店、西洋支那料理店、和洋料理店、汁粉餅屋、蕎麦饂飩屋、おでんや、「めしや」といった分類で、ここで注意が必要なのは、いまでもその残滓がみられるが、「料理店」と「屋」があることだ。ま、「店」のほうが格上で高料金、大衆にとっては日常の食事の場ではない。大衆の日常にとっては「や」なのだな。で、『放浪記』にも「めしや」でめしをくう場面があるが、だいたい一食10銭から10数銭が相場であったようだ。

ああ、10銭は、いまの物価に換算すると、その1000倍ぐらいとのことだが、それだとちょいとオカシイかんじがある。ま、そのことは、いずれ考えてみよう。カレーライスは10銭ぐらいで食べられたらしい。すでにお手軽なものになっていたが、カツ丼は、そうでもないようだ。

で、その「店」が日常であった人たちに、「サラリーマン」がいる。これは、いわゆるホワイトカラーで、「美食を戒め」ることができる、一握りのエリートなのだ。詩人の田村隆一さんが書いているところによると、彼が「小学生時代に父につれられて浅草の花屋敷で」どじょうすくいを観た「昭和五年あたり、日本のホワイトカラーは十パーセント、九十パーセントは農作者と工場労働者」である。

大衆文化や大衆食などの話のときに、この当時の階級差を考慮にいれないで、サラリーマンの日常の食と労働者の日常の食を、ごちゃまぜにしている傾向があって、そこからイロイロなマチガイが発生する原因にもなっている。気をつけなくてはいけないな。ま、ワレワレたいがいは、この「九十パーセント」の子孫なのですね。

しかし、『放浪記』読んで、がはははと思うのだが、青春というのは、やっぱり食欲と性欲だよな。ああ、いまさらながら、おれの青春は終わった。

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