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2005/10/30

坂口安吾「高麗神社の祭の巻―武蔵野の巻―」

病院通いで、ひさしぶりに、群馬県高崎と東京都八王子をむすぶ八高線の高麗川(こまがわ)駅ホームにおりたった。乗り換えのためだから改札はでないが、たぶん20年ぶりだろう。

この駅から歩いて20分ぐらいのところに、高麗神社がある。その存在を知ったのは、西武池袋線高麗駅周辺を調べるシゴトがあったからだ。そのとき、高麗神社周辺は調査の対象外だったが、地域の民俗関係の資料を調べているうちに、坂口安吾さんが「高麗神社の祭の巻―武蔵野の巻―」を書いているのを知った。ま、ついでに見てみようかという気になって、なんとなく「安吾新日本地理」の一編であるそれを読んだ。コレが、もうすごいオモシロイのだ。アタマを殴られたようにオモシロイ。「安吾新日本地理」のどれもオモシロイのだが、なかでも「高麗神社の祭の巻」は、最高におもしろかった。んで、ついでのついでに高麗神社へ行ってみたのが最初だった。

いまでは、ちくま文庫の坂口安吾全集のうち「安吾新日本地理」を収録した18巻だけ買って持っている。これには、「安吾新日本風土記」も収録されている。そのなかの「高千穂に冬雨ふれり」もおもしろいし「富山の薬と越後の毒消し」もおもしろい。とにかく、「安吾新日本地理」も「安吾新日本風土記」も大好きなのだ。

ひさしぶり高麗川駅におり、坂口安吾「高麗神社の祭の巻―武蔵野の巻―」を初めて読んだときの興奮を思い出したので、忘れないうちに書いておく。

坂口安吾が高麗神社へ行ったのは、昭和26(1951)年10月18日19日。檀一雄と一緒。「社務所の一室で、私たちは持参のお弁当をひらいた。参拝の人々の記名帳をひらくと、阿佐ヶ谷文士一行が来ておって太宰治の署名もあったが」

奥野健男さんが解説に書いている。「埼玉県入間郡高麗村に行って、安吾のように古代日本に渡来して今も高麗(コマ)こそ母国だと思っている住民たちに心からの尊敬と礼を尽くして接した日本の文学者はいないであろう。ぼくも安吾の文章に誘われ、コマ村の獅子まつりに出かけ安吾と同じくジョウジョウネコ、ニヒヤリロ、ヒヤーヒヤの笛の音に、「モウイイカイ、マアダダヨー」の隠れん坊、隠れ鬼のメロディに、はるかなユーラシア大陸の音を感じたのである。そこに古代朝鮮をさらに超えた坂口安吾の大きな虚しくもなつかしい宇宙をおぼえるのである。」

坂口安吾が高麗神社で「ジョウジョウネコ、ニヒヤリロ、ヒヤーヒヤの笛の音に、「モウイイカイ、マアダダヨー」の隠れん坊、隠れ鬼のメロディ」を感じるところは圧巻。厚い無知の壁を叩き割られたような興奮をおぼえた。ほんと、坂口安吾って、すごいなあ。

江戸東京を武蔵の国の歴史から切り離して語る近頃のブンガク者には、坂口安吾のツメのアカのスカでも飲んでもらいたいね。埼玉県をダサイタマと揶揄するまえに、この一編を読むべし。高麗神社も訪ねてみよう。「霊やどる」というかんじがヒシヒシと伝わる。ついでだが、そういう感じを受けたのは、ココと、もう一か所、熊本県蘇陽町の幣立神社だ。幣立神社の境内と近所に数か月間暮したことがある。天皇家より歴史が古いといわれている神社だが。幣立神社のことは、松岡正剛さんが、本のタイトルを忘れたが「場」だか「空間」についての分厚い本で書いている。高麗神社も、「場」のフシギを感じさせる。

でも、あんがい俗っぽい高麗神社のホームページ。ま、神社が威張っちゃいけないからね、俗っぽいほうがいいだろう。
http://www4.ocn.ne.jp/~fkoma/

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ダサイタマはオモシロイ

26日の「上流と下流でドタバタ」のつづき。28日(金)午後4時に主治医から手術の話があるから病院に来いというので行った。すると、29日(土)の午前10時に麻酔科の医者から話があるから来てくれという。フツウなら、患者本人に話せばよいことだが、70歳すぎてシッカリしているけど、イチオウご家族の方にいてもらいたい、という。それだったら最初にまとめて予定を言ってくれればよいものを、今夕の明朝の話、いまどきそんなヒマな人間がゴロゴロいると思うのか、まるでおれがヒマでシゴトのないフリーライターであることを見越したようなダンドリの仕方じゃねえか、クソッ、ああ、まあ、どうせヒマですよ。ガマンガマンガマン。そして、けっきょく、28日は午後4時の予定が、待ちに待って、やっと6時ごろに主治医と会えた。ま、どーせ、あたしゃヒマ人ですよ。それに、医者は忙しい。ガマンガマンガマン。

ガマンガマンと書くとイヤイヤイライラという印象だろうが、そんなことはない。キョトキョトキョト、ウロウロウロ、退屈しているヒマがない。道中往復約4時間も含め、なかなかオモシロイ。病院の中は、またまたオモシロイ。都心の病院は、80年代の前半には病院システムのプランニングのシゴトを手伝ったり、そのあと自分も1月入院したことあるし、最近じゃ次々に知人が入院したり死んだり生き返ったり、いろいろな病院を見てきたが、いやあこの埼玉の医大病院はオモシロイ。だいたいいくら土地があるからといって、山の中腹にだらだら広がる巨大な迷路のような敷地内の全貌が、まだつかめてない。ついでに、近所の蕎麦屋や大衆食堂にも入ったが、なかなかよいし、オモシロイ。

とにかく結論をいえば、埼玉は、東京のように画一化がすすんでいないから、オモシロイ。それゆえ、東京のバカどもは、埼玉をダサイタマという目で見るのだろうが。東京化がすすんだなかに土着が点のようにあったかと思えば、土着の中に東京が点のようにあったり。その土着も電車を乗り換えるたびに、人相フンイキまで変わり、漫画家ならうまく描くだろうなあと思う。

東京のバカどもが、埼玉をダサイタマと揶揄し始めたのは、1980年代のはじめごろからで、『昭和・平成家庭史年表』(河出書房新社)には1983年の流行語に「ダサイタマ」がある。ちょうど「ネアカ・ネクラ」が流行語になった時期でもあり、ダサイタマはネクラと束にして、マイナスイメージ扱いにされた。そしてひとを揶揄し浮かれてイイ気分しているうちに、先日書いたような借金火達磨日本家計になった。だいたい、経済がゆきづまると、そういうふうに、プラスイメージとマイナスイメージがつくられ、東京のバカどもはプラスイメージの担い手としてマスコミに利用される。バブル崩壊のあとは「プラス思考」「ポジティブ」がもてはやされ、実態を直視したり問題を提起するヤツは「マイナス思考」「ネガティブ」と嫌われた。なんのことはない、ネアカ・ネクラの繰り返し。「勝ち組・負け組」だって、80年代の「マルキン・マルビ」の焼き直しだし。かくて脳天気な現実逃避と現実麻痺は常態化した。くだらねえ。ダサイタマはオモシロイぞ。

オモシロイが疲れた。なんせ、8階まで歩いてのぼったりしたしなあ。まだ明日の準備もある。年寄りの病人1人かかえると大変なのは確かだ。これから少子化で、1人で2人かかえる可能性が増えるのだなあ。入院している母堂のために、毎週末山口までバスで往復している40代の知人を思い出し、おれなんかまだ同じ埼玉県だからマシかと思った。自分より条件の悪い人を例に、自分はまだマシと思うのは、バカだけどシアワセ。

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2005/10/28

油揚を食べる話

天カスあるいは揚げ玉、どちらも同じだが、それで「カスカス丼」をつくる話しは、拙著『汁かけめし快食學』に書いた。同じように油揚でもできる。つまりだし汁でテキトウに切った油揚を煮て、タマゴでとじ、めしにかける。ネギかタマネギがあれば、なおよい。カマボコやシイタケをきざんで入れると、さらによい。あるものとカネしだいだ。

これを「貧乏食」と定義するかどうかは、いまは、それぞれの考えにまかせるとして、油揚は肉の代用になる。ま、油脂とタンパクだし、食感もムリヤリ肉のカンジがしないでもない。牛肉は買わずに、牛脂だけをもらってきて、スキヤキ鍋に牛脂をひいて、油揚をつかってスキヤキもできる。鍋料理などは、肉を使わないか減らすなどして油揚をつかうと、安上がりだ。

なぜ、この話になるかというと、きのう書いた、「バーチャルとリアルのあいだ」と関係する。これ、なんの話かわからない、というメールがあった。直截的に書くのは日本のブンガクの道に反する、あくまでも奥ゆかしく。って、わけじゃないが。この話しは、10月16日の「クイケとイロケ」に関連している。

80万円の収入のうち、20万円は借金の返済と利息の支払いにあてなくてはならない。残る現金は60万円。だけど長年借金生活になれてしまった、ま、借りられるうちは借りてすごそう。デレデレ自制のない生活になれて、気がついたら40万円も借金する生活。現金60万円に借金40万円で成り立つ生活。そして100万円つかって80万円の収入しか得られない生活。これが日本で、これを、家長である政府は、100万円の支出に、100万円の収入があると説明し、マスコミもちろん疑義をはさまず。某経済学者は、ほんとうのことを言ったら日本はパニックになるでしょう、といったとか。

近未来は過去から現在までの延長にしかない。たとえば、AとBとCとDとEのボタンがあるのに、イチバン借金のふえるAのボタンを選択しつづけてきた。その先にしか近未来はない。重い辛い暗い現実から逃避し、借金生活に麻痺した精神、その先にしか未来はない。しかも、すでに財政は硬直化し、東京を制するものは日本を制するといわれるぐらい東京一極集中状態のなかで、選択肢はかぎられる。

しかし、なぜ80年代のバブル景気のときに借金を減らす政策をとらなかったのか。バブル崩壊後も、なぜまた景気が回復すれば借金が返せるような幻想をもったのか。また、なおかつ借金をふやさないといっていた前言をひるがえし、借金をふやしながら「改革」をいう首相を支持するのか。もう20年も赤字国債を発行し続け。そんなこと、いまさら考えてもしょうがない。日本人は、そういう人間なのだ。学習は嫌いで玉砕が好きなのだ。それに倹約も好きだね。現実の利得より面子や体裁にこだわるね。

すでに荒野にいる。あとは最終荒野にむかうだけ。デノミやるか?やったらどうなる?ためこんでいた貯金は、一挙に目減りだぜ。じゃぁ、貯金は外貨にしておくか。うーむ。ま、どうでもいいや。鼻歌うたいながら、油揚料理でも食べよう。油揚を肉の代用品なんて、ばかにしてはいけませんぜ。しかし、油揚も原料の大豆が輸入頼りだしなあ。だからね、ほら、おれは前からここで書いているでしょう、食糧自給率アップ一般論じゃなく、大豆の自給率をふやせってこと。決まってしまったが郵政民営化より、大豆の自給率アップが大事なのさ。でも、ここで、なにを言ってもムダ。でも、言おう。大豆を植えよう、大豆を植えよう、大豆を植えよう。って、ねえ、バカだなあ。

ちかごろの文芸評論家は、バーチャルだのリアルだのという言葉をもてあそぶが、ハテサテ大丈夫か。ま、そういや日本の文芸は、現実逃避と現実麻痺でイイカッコするのが、お家芸みたいなものだしな~。という気分なのですよ。

ま、どうでもいいことだが。

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2005/10/27

ブックカフェに興味はないが

物数奇ライター稼業では南陀楼綾繁、またの名を河上進でマットウな編集者。幻戯書房より12月刊行予定の『ブックカフェものがたり』の編集をしているとのことで、その「公式ブログ」とやらをつくった。
http://kawasusu.exblog.jp/

ブックカフェに興味はないが、編集者が本なり雑誌なりを編集しながら、それにからむアレコレを書くのは、ブログの使い方としてオモシロイと思っている。たとえば、たびたび当ブログに登場する「雑誌『談』編集長によるBlog」もそうだが、企画会議やクライアントとのやりとり、見積りのアアダコウダまであって、もちろん取材中の話もあって、それが本や雑誌の一部であるようで、オモシロイ。また、塩山編集長の「日刊漫画屋無駄話」などは、なんとなくエロ漫画業界からエロ漫画家の生態まで想像できて、オモシロイ。どちらも、けっこう楽しませてもらえる。河上さんの場合は、どのような利用の仕方になるのか、楽しみ。

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バーチャルとリアルのあいだ

電車で拾った『ダカーポ』05年9月7日をパラパラ見ていたら、坪内祐三さんの「酒日誌」があった。

7月16日(土)  五時少し前、文春のⅠさんと靖国神社の「みたままつり」に向う。参拝したあと、いつものように奉納ぼんぼりをチェック。小林よしのりやさかもと未明に混って橋下徹弁護士のぼんぼりも見える。屋台で枝豆に生ビール。塩田丸男先生の姿も見える。

このへんで、おれは、ナルホドなるほど、と思う。そして次の文を読んで、エッ? と思う。エッ?エッ?

おかわりのレモンハイを飲み終えた所で、

エッ?エッ?レモンハイ飲んでいたの、ま、「みたままつり」だって、タダのまつりだものな。へえ~、ナルホドなるほど。まだまだ続く。

神社をあとにし、神保町に出、とりあえず三省堂の地下のドイツパブに入る。ソーセージとホッペル(オム・マッシュポテト)をつまみに白ワイン。その一リットル瓶があいた所で、店をあとにし、界隈をさまようが、土曜日なので適当な店がやっていない。すずらん通りを歩き、白山通りを渡って少し行くと、目新しい看板のモツ焼き屋を発見する。ものはためしと入ってみると、これが正確。モツ焼きはもちろんポテトサラダもうまい。それにホッピーの焼酎(なか)も私の大好きなキンミヤだ。

ここで、おれは、ちょっと、ものを食べていたらふきだしたに違いない状態になる。りゃりゃりゃりゃ。なんかなあ~、そうなのか、あなたもキンミヤねえ~。いい趣味です。白ワインは、なにを飲んだのだろうか?

おれは坪内祐三さんて、名前はよく聞くけど、『東京人』の編集者だったこと、あと『本の雑誌』で見たなあ、ぐらいのことしか記憶にない。でも、たしか出版界じゃ有名人だよなと思って、欄外を見ると、「文芸評論家」とあった。はあ、きのうの日記に登場の川本三郎さんも「文芸評論家」という肩書だったが、経営評論家みたいなものだろうか?と、想像する。大丈夫か、文芸評論家。

ま、どうでもいいことだけど。

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2005/10/26

上流と下流でドタバタ

きのうは年寄りの入院で大騒ぎ。荒川の上流の下流の町で下流の暮らし。鉄道もない埼玉のド田舎の大赤字町立病院では手術できないからと、紹介でまわされた先が、とにかく評判の悪い某私大病院。8月のことだ。診察を受け、入院の手続きをし自宅待機、二か月かかってやっと入院となった。その間、本人はもちろん、まわりのものも落ち着かない。こういうとき私大病院というのは、どこをどう突くと早く入院できるか知らないわけじゃないが、それは中流や上流のひとがやることで、おれのような下流の人間は浮世の流れに生き死にをまかせるのがイチバンだということも知っている。そもそもダサイタマに住んでいるだけで、東京と比べたら医療条件は悪いし、リスクは大きい。ジタバタもがくほど、アリ地獄の底に落ちる。じっとガマン。ガマン強くなる。おれはもともと忍耐強いといわれる新潟県の田舎者のうえ、さらに田舎者のダサイタマ人であるから、ガマン強くなるのだ。

それに、年寄りは、一度の話じゃわからん。町立病院と私大病院、山の中の暮らしと都市の生活、感覚も文化もちがう。その違いを長年山の暮らしを守ってきた年寄りにわからせるのは無理だ。根気よく何度も同じ話を聞いてあげ、何度も同じ話をしなくてはならない。しょっちゅう聞こえないふりしたり右耳から入れ左耳に流したりかもね。ボンボン小泉のようにやったらと思わなくはないが、それをやってしまっては、悩みも主義も道理も廃る。ガマン強くなるのだ。

ま、入院手術のジイは、この7、8年のあいだに、胃がんの手術、ヘルニアの手術、前立腺の手術、痔の手術、それに足の骨折、エトあと一つ手術したな。入院は馴れているが、こんどはなにしろ地元の町立病院とはちがう私大の大病院だ。自宅から4時間もかかるところだ。大移動の大騒ぎ。入院のジイについてくるバアは電車の乗り方もわからん。帰りも途中まで送って行かなくてはならない。しかし、メンドウが増えるだけだからついてこなくていい、とはいえんしな。ガマン強くなるのだ。

とはいえ病院は埼玉の都心部ではない。ここ浦和からでも、直線距離なら数十キロというところだが、3回電車に乗り換えて片道2時間かかる。その行き来も、ガマンガマン。はあ、ぐったり、くたびれますなあ。しかし、明後日も、来週の月曜も、いろいろあって行かなくてはならない。カネはドンドン減る。電車賃だけでもバカにならないしな。まだまだ続くガマンガマン。ガマン強くなるのだ。

それで、とにかく駅のホームで、東京新聞を買って電車の中で見ていた。「文芸評論家」の川本三郎さんが登場し、東京新聞の高田信也記者とアレコレ「即興政治論」という雑談している。ま、例によって、世相の上っ面をなでるような話だが。

気になったのは、ちかごろ「下流」というか「下流社会」が、話題らしい。こういう話しは、だいたい「上」のものが「下」をみる話であるが。「(年収が)三百万円で十分と思っている人もいる。その層は確実にいるし増えると思う。経済的にみれば豊かでないかもしれないが精神的には、上流階級という人たちがいるんですよ」と、川本さんの発言にある。

こういう話を、ちかごろ比較的よく目にするような気がして、そのたびに思うのだが、年収三百万の生活というものを、むかしの「現金生活」の感覚で考えているらしい、ということだ。1944年生まれの川本さんの話にも、そういう感じをもった。

しかし、むかしと大きなちがいが二つあると思う。一つは、資産の状況が大きくちがう。たとえば、親の持ち家の比率は高くなっているはずだし、その話題になっている年収三百万の若いひとでも、自宅で暮していたり、親を頼れたり、将来親の資産のわけまえにあずかる可能性の高いひとの割合が増えているはずだ。もう一つは、カード利用の日常化、あるいはローンのある生活のアタリマエ。前にもふれたが、とくに1980年代以後「信用経済」が急成長し消費生活をのみこんだ。単式簿記現金出納帳式の生活より複式簿記貸借対照表式の生活が、かなり普及しているはずだから、年収の金額だけみてものをいうのは、営業収支だけで経営を判断するように、キケンじゃないかと思うのだ。

ま、そういうことをアレコレ考え、なんだかちかごろ「下流」がブームのようだけど、マーケティングの分野では「下流」なんて目新しいことじゃないなあと思い出した。そもそも、あのバブル景気の最中でも、「まだら模様の経済」という言葉があったように、「下流」もテーマだったはずだし。分厚いコトラーさんの『マーケティング・マネジメント』第4版(プレジデント社1983年)を取り出してみたら、「アメリカ主要6社会階層の特質」という表がある。原文は1978年のクレジット。1「上流階級の上位(1%未満)」2「上流の下位(2%)」3「中流階級の上位(12%)」4「中流階級の下位(30%)」5「下流階級の上位(35%)」6「下流階級の下位(20%)」と分類し、特質が述べてある。

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2005/10/25

寒さを蹴散らす鍋と汁かけめし

この場合の「鍋」は、調理器具としての「鍋」ではなく、料理としての「鍋」のことだ。

鍋は開放的だ。つまり解放的である。このように「開放」と「解放」を使い分けることは、文学的である。とは、誰もいわないだろう。鍋は文学でも芸術でもない、ようするに生活だ。しかし「開放的」と「解放的」のちがいは、もしかすると文学的つまり芸術的かも知れない。しかし、文学は芸術だろうか? すくなくとも、日本のバヤイはヤバイ。鍋が「開放的」で「解放的」だから、そういう言葉ができたのかも知れないぞ。でも、とにかく、鍋は、うまい。うまけりゃ、よいよい。

一昨日、カレー鍋やりそこないを書いたが、寒くなると鍋がイイ。そして鍋といえば汁かけめしでガツンと食べたくなる。というわけで、鍋と汁かけめしリンク集。といっても、たくさんあるからテキトウに。

うまそ~
「うまけんはこんなもの食べたよ」10月22日は「すき焼き丼 豪華な汁かけ飯」ホントに豪華。
http://blog.livedoor.jp/shirai/archives/50110923.html
塩崎庄左衛門さんの「野菜不足解消鍋」
http://ameblo.jp/todaya/entry-10004835973.html
ほかにも、おれんとこはこんなんだぞ、というのがあったら、コメントなりトラックバックでどうぞ。

検索から、まずは、ごくスタンダードな?
「日本の鍋料理」
http://www.shufu2.jp/season/nabe/
「鍋料理いろいろ」
http://www.hinode-mirin.co.jp/menu/nabe/nabe.html
「あったか冬の鍋料理レシピ集」
http://forum.nifty.com/fcook/special1998/nabe98/nabe9800.htm

この冬はカレー鍋に凝ってみようかな~
「E・recipe 和風カレー鍋」
http://www.e-recipe.org/weekly/0302w2.html
コンソメスープの素+トマト+カレー粉、というベースの鍋は「洋風」ということになるのだろうか? インド風? あとエスニック風とかな。国籍なんか気にするな。

こういうことを知っておいても損じゃないか。ま、権威の言うことを鵜呑みにしてはいけないけど。
「鍋料理の歴史と分類」
http://www.kibun.co.jp/enter/nabe/n-rekisi_bunrui.html

いろいろ食べてますな~ ブログから。
「チャンプ&シュクルのブログ 鍋」
http://athlete-support-site.blog.ocn.ne.jp/champsucreblog/2005/10/post_1b52.html
「おうちでゆっくり キムチチゲ」
http://blog.goo.ne.jp/ake-y-momo/e/30a0194fc6c472fbaa788c4b6c182b57
「まちの日々 初鍋(?)」
http://blog.goo.ne.jp/sora135_2005/e/d9079a1a26e606e908f14515c49ca4d6
「toru-kon DIARY イタリア鍋」
http://blog.goo.ne.jp/jgo1/e/2883cdc1656258d49026dc3e5fc34e48
貧乏鍋だとさ、がんばってくれ営業がたよりだ「ハッスル営業スタッフ日記 寒くなりましたね」
http://d.hatena.ne.jp/k-toso/20051022
ほお~ダブリンであんこう鍋だとさ「ダブリン生活日記 冬の鍋料理」
http://blog.so-net.ne.jp/tomomo109/2005-10-14

そういえば、鍋にもハヤリがありました。モツ鍋がはやったかと思えば豆乳鍋がはやったり、あるいは韓流鍋、はてさてこの冬はなにがはやるのか。ハヤリもいいが、日本人の基本は、味噌鍋か。味噌仕立てには、なにを入れてもよいね。

汁をめしにかけてもよし、汁のなかにめしを入れてもよし。一緒に煮すぎると雑炊になってしまうが、ま、それもよし。汁かけめしと雑炊の料理的なちがいは? そのうち、いつか、ウンチクをたれ糞しよう。

煮込みうどんも、ぶっかけろ!
山本容朗さんは、その編著書『清貧の食卓』に収録の「茗荷うどん」で、「煮ぼと」という煮込うどんをめしにかけて食べた話を書いている。山本さんは、埼玉県北部の出身、「煮ぼと」は、「煮干のだし汁に、鶏肉、油揚、ネギ、大根などの野菜を入れ、最後に打ったばかりのうどんを入れるのだ」「寒い夜など、それを熱いご飯にかけてたべた。「煮ぼと」は、ご飯のおかずでもあったのだ」。
めしとうどんの食事は関西だけじゃない。ほうとうなどの煮込うどんは、野菜やうどんが煮崩れてドロドロになりかけたやつをめしにかけて食べても、うまい!

ぶっかけろ、ぶっかけろ、ぶっかけろ、「ぶっかけ」だあ~
って鍋じゃないがついでに
http://downhome.blog19.fc2.com/blog-entry-95.html

ま、ま、まっ。どーか。

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2005/10/24

「悩ましい」ことを集めた

こうやってデレデレダラダラ書き散らしていると、いつ何を書いたかわからなくなる。突発的に思いついたことを自分のための備忘録として書いているものが多いのだが、あとでそれに関連しそうなことを思いつき、ちょっと考えを練ってみようと思っても、これでは役にたたない。とくに「こういう傾向のこと」「こういう方向のこと」を書いたつもりなのだがと探すばあい、単語や短文の検索では見つけられない。おまけにボケは深化するばかり。やれやれ。ま、どうせたいしたことじゃないし、この身も書いたものも、すべては消えていくのだから、どうでもよいのだが。

とりあえず、当ブログのなかで、「悩ましい」をつかったタイトルを集めてみた。これ以外も、悩ましいことだらけなのだが。リンクをはるのはめんどうだから、タイトルと日にちだけ。

悩ましい嗜好品 2005.10.11
悩ましい味覚 2005.09.22
悩ましい「情報」と「表現」と「姿勢」のあいだ 2005.09.19
悩ましい「毒婦高橋お伝」とカレーライス2 2005.09.18
悩ましい「毒婦高橋お伝」とカレーライス 2005.09.17
悩ましい「味」と「味覚」 2005.05.22
悩ましい「抽象化」 2005.05.17
悩ましい食文化本のこの一冊 2005.04.26
悩ましいアレかコレかの「ゆとりか」「学力か」の大笑い 2005.04.23
悩ましい「ゆとり」と「学力」のあいだ 2005.04.23
悩ましい「めし」と「ごはん」 2005.03.26
ぐへへへ、脱「悩ましい」 2005.03.19
悩ましい「田舎者」 2005.03.19
悩ましい「卵の温度」 2005.03.18
悩ましい「卵かけめしの基本」 2005.03.17
悩ましい「ブログ騒動」 2005.03.17
悩ましい「一日一シゴト」 2005.03.16
悩ましい「食育」 2005.03.16
悩ましい料理物語 2005.03.15
悩ましい東京電力 2005.03.15
悩ましい料理における現代の習性の不幸 2005.03.14
悩ましい池波正太郎 2005.03.13
悩ましいB級グルメ本とラーメン本 2005.03.12
うへ~ ねむい悩ましい五平餅 2005.03.11
悩ましい「優秀な経営コンサルタント」 2005.03.10
悩ましいカレーライス 2005.02.14

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2005/10/23

ごぼう リンク集

10月7日に「ゴボウ」を書いた。9日に「またまたゴボウ」を書いた。んで、ごぼうを食べている。んで、ごぼうが気になるので、検索してみている。ついでに、ここにリンクする。たくさんあるから、ホンノその一部。

これから、ごぼうは盛りだ。いわゆる「旬」だ。たくさん食べよう。簡単に、たくさん食べるには、わが家的には、リンクの「ケンタロウレシピ」にあるように、ごぼうはキムチとあうので、キムチ鍋あるいはチゲ鍋とか呼ぶものをやるときに食べる。皮むきで身を削り、ちょいとさらして、鍋にぶちこんで食べる。こうすると一度に大量にワッシワッシと食べられる。ごぼうをワッシワッシ食べていると、なぜか野生動物になったような気分になって元気が出るから、愉快だ。ごぼうは精力剤だとか。おれには関係ないけど。んっ?

当ブログ、5月14日 悲哀の梅田ごぼう
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2005/05/post_4474.html
ごぼう食材 キッコーマン ホームクッキング
http://www.kikkoman.co.jp/homecook/series/gobo01.html
野菜図鑑「ごぼう」
http://www.vegefund.com/panfu/gobou/gobou.htm
ごぼうの歴史・選び方・保存方法
http://www.yc.zennoh.or.jp/web/shoku/0405_1.html
語源由来辞典 ごぼう抜き
http://gogen-allguide.com/ko/gobounuki.html
四季の野菜 ごぼう
http://alic.vegenet.jp/panfu-siki/gobo/index.htm
ごぼうの里から
http://ww1.tiki.ne.jp/~t-kabutan/hatake.html
野菜と果物のマメ知識 大浦ごぼう
http://www.salad-cafe.com/contents/vegefuru/vegfuru26.html
ようこそ信州 常盤牛蒡(ときわごぼう)の郷へ
http://www.geocities.jp/tokiwa_gobou/sub02.htm
ごぼうのページ
http://foodslink.jp/syokuzaihyakka/syun/vegitable/gobou/gobou.htm
ケンタロウレシピ ごぼうのキムチ煮
http://trc.cocolog-nifty.com/photos/recipe/1_26.html
男の手料理日記 ごぼうサラダ
http://risky-love.seesaa.net/article/7708502.html
ごぼう 食材検索 ごぼうを使ったレシピ
http://www.misbit.com/recipe/sid00363.html

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地震、プロヒューモ、カレー鍋

新潟中越地震から一年。故郷の六日町は幸い被害すくなく、その後の平成大合併で南魚沼市。被害の大きかった北魚沼には魚沼市が生まれた。

自然災害というと死者の数で、その被害を判断したり、最近じゃアメリカ式に経済的影響をマクロな数字で見て判断し、ま、ようするに小さな生活の存在など、どうでもよろしい。逆に言えば、小さな生活にとっては、国などは頼りにならない、よその国の「戦後復興」で出兵し見栄を張り大言壮語しているだけの、どうでもよい存在になった。そういうわけで、いつもこういうことでオドロクのは、一年たっても、まだ避難生活を続けているひとが、何千人もいるということだ。この豊かな大国、日本で。

読売新聞はスポンジ(中身スカスカ)、朝日新聞はザル(インテリのザル頭)、産経新聞はウチワ(煽るだけ)、毎日新聞はトイレットペーパー(クソふき)、NHKは天下の粗大ゴミ。

ちかごろ気になっているのは、須田泰成さんのブログに登場する、モンティ・パイソン。名前だけ記憶にあったが、ほとんど知らないひと。10月18日には、そのモンティ・パイソンの話に、プロフューモが出て、オドロイタ。プロヒューモ事件といえば、1960年代の記憶に鮮明に残る、大スキャンダル。ぶ厚い本にもなって読んだことがあるが、プロヒューモのその後については、知らなかった。それが書いてあるのだ。オドロイタおどろいた。ごらんなってはいかが。「モンティ・パイソンの中に「プロフューモ事件」という言葉が」
http://yscomedy.exblog.jp/2350317/

昨夜は、カレー鍋をやろうと思って、イロイロ買ってきたが、イザ準備にかかったらカンジンなカレー粉が缶のなかに、ほんのチョットしかない。これじゃあカレー鍋にならない。アレコレ考えて、ってほどじゃないが、あるものを使ってどうにかこうにかスープ鍋風のものに仕立てあげた。これがうまくできましてなあ、上機嫌。もちろん、めしにかけても食べましたよ。しかし、こういう風に、あるもので偶発的にできあがったものは、同じものを2度とつくれないんだよな。でも、またやってみよう。

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2005/10/22

選別格付け

おれは文章の書き方については、なにも知らないにおなじで、ああだこうだいえない。しかも、一時30歳のころシゴトの関係で、名高い編集者と評判をとったことがあるらしい人たちが直近上司になったおかげで、文章を書かされたことがあって、ことごとくおれの書く文章はダメをだされ、あいつはダメなやつという扱いをうけたことがある。

そのとき初めて編集者という人種は、どういう価値観を持ったニンゲンかというのを思い知ったのだが、ようするに彼らにとっては対象の本質なんかどうでもよいのだ。グニャグニャした対象の本質にわけいっていくより、気分がよくなる、わかりやすい文章であるならばよいのだ。ま、本質なんていうメンドウなことはいわないでさ、表面うまくやってカネもらえればいいじゃないの、だ。そのくせ「編集職人魂」みたいなのにこだわり、そのコダワリで、たとえ一字でも言葉の使い方におれはおれのイノチをかけて魂をぶちこんでいるんだゾ、妥協は許されないのだゾ、そういうのが編集者なんだゾ、なーんてかっこうつける。どうも始末におえない連中だと思った。

もちろん、こういう編集者は、おれがたまたま一緒にシゴトをするハメになった、そういう人たちだけだろう。おなじ会社には、現在の「雑誌『談』編集長によるBlog」の佐藤さんのように、モノゴトの本質を追及する編集者もいた。いや、あ、そうか、おれはその会社で経営の実権を握ったとき、まずそのおれにダメだしをした編集者で役員をやっていた2人をクビにし、その配下だったカッコイイ編集者たちも冷酷にあつかい、んで、佐藤さんのような優秀な若い編集者を採用したのだった。

本質を考えていないと、いくら表現技巧がうまくても、本質を考えていない無様さがでる、それに気づくかどうかもあるし、それをみっともないと思うか思わないかのちがいもある。日本人は、見た目を気にする人種だとよくいわれるが、ほかの人種だって見た目を気にする、タテマエとホンネのつかいわけだって日本人だけじゃない。ただ、見た目といっても、色も艶もカタチもあるわけで、タテマエとホンネといってもTPOがあるだろう。

ああ、なんの話だ? そうだそうだ、色艶は本質に深く関係する場合があるが、カタチは本質とはほとんど関係ないことが多い。って、野菜のことだけどね。でも、日本人は見た目のなかでもカタチにこだわる。これでずいぶん無駄というかロスが出て、それは結果的に、そういう選択をする消費者の負担にかえるのだけど。最近の生産現場を知らないから、どのようなシステムで野菜の格付け選別が行われているかわからない。かつては、そのコストだけでも、生産のばかにならない部分を占めていた。とにかく、「選別格付け」だか「格付け選別」が、行われる。

この「選別格付け」という考え方というか方法は、さかのぼると、第一次世界大戦に確立したらしい。もちろん欧米での話。ちょいと何に書いてあったか探したけどわからないから記憶だけで書く。もとは軍事用語なのだ。負傷者を負傷のていどによってグループにわけて、助かる見込みのない重傷者として「格付け」られたひとは放置された。

その戦場で勝つため負けないために考え出された方法が、平和時のマネジメントにも使われ、見た目の悪い疵物の野菜は重傷者あつかいで畑に放置される。野菜だからよいだろうということかも知れないが、モンダイは、見た目を気にするあまり、こういうことに平気になり麻痺し、日常あらゆる場面で行われるようになったことだ。平時が戦時であるかのような錯覚をおこさせる、「経済戦争」だの「異常事態」だのといった言葉がふりまかれることもある。いつのまにか戦時の論理が平時の論理になる。生身の人間を格付けし、簡単にダメだしをする。見た目だけ気にして本質を考えないクセがつくと、そういう現状麻痺に陥る。

もっとも、いま日本はイラクと戦時の状態にあるけど、それについてはあまり自覚されていないようだ。

ま、どうでもよいことだけどね。

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2005/10/21

「日本型」って、なんじゃらほい

17日の「欧米型の食生活って、なんじゃらほい」に関連する。「欧米型」が意識されるについては、「日本型」がある。「欧米型」と「日本型」は、ほぼ対立関係や競合関係で意識され、かつ「日本型」が優れているという論理だ。

これは、食に限ったことではなく、ついこのあいだの平成バブル景気のころまでは、「日本型経営」の優秀さが高らかにいわれ、その中心には年功序列と終身雇用が支える「匠」の技術があった。これで日本は世界一、ジャパンアズナンバーワンなーんておだてられよろこび、永遠に世界のナンバー1世界を制覇する日本と思っていた財界人もいたはずだ。しかし、どうやら敗北のち宗旨がえしたらしく、怒涛のごとく先を争って「実力主義」「能力主義」だ。この変わり身のはやさこそ、日本人の身上か。

とにかく、「日本型」というと、ほかの国にはない、純粋な日本の伝統的な型であり、これは世界で最も優秀でなければならない。そういう考えが根底にある。いま、世界が注目していると一部でいわれている「日本型」食事の「型」が、純粋に日本型かどうかの検討は、いまここでしない。だいたい、そういうことを言っている人たちのあいだでも、自分たちの都合のよい解釈ばかりしていて、たとえば、肉が含まれている場合とゼッタイ含まれてならないとする場合など、バラバラである。

が、しかし、なぜか、「純粋」な日本型があり、それは世界一優秀でなければならないという意識というのか思想というのか根性というのか、そういうものは共通する。

そして、であるがゆえに、カレーライスは、どうしても伝来でなければならず、これは優秀な日本民族の和魂洋才の成果なのだと言いながら、やっぱり本場は元祖インドなのよねと崇拝する(うまいからヨシとするだけじゃなく、本場、元祖として崇拝する)、ゆがんだ日本の精神がある。カレーライスが汁かけめし? 冗談でしょう、元祖はゼッタイにインドです、とかね。そのように、「日本型」はバランスする。変わり身のはやさは、現実に対する思考の柔軟性ではなく、カタイ頑迷な日本型に固執するゆえの、あるいはそれゆえに余裕のない、バランスのとりかたなのだ。

ここで一歩つっこんで考えると、そこには日本という「国」と「型」について、なにかある。そのなにかについて、いろいろな言及があるが、「文学界」05年5月号での内田樹さんの「私家版・ユダヤ文化論 第五回日本人とユダヤ人(2)」は、「純粋」のことにふれていてオモシロイ。「純良」という言葉をつかっているが。

「『シオンの賢者の議定書』と日本人」について述べたあとの、内田さんのまとめ。「これら一連の現象に通底しているのは、夾雑物なき純良な国民国家のうちに国民が統合されていることが「国家の自然」であるという日本人の願望(あるいは妄想)である。そのような単一体として国民国家を想定する人々は、国民国家が複数の流動的要素がたまたまテンポラリーに形成している過渡的な「淀み」のようなものであり、いずれ時が来れば、生成した時と同じように解離してゆくものだという時間的な流れの中で政治過程を理解しようとしない。国民国家というものはソリッドで「万世一系」の単体でなければならないという前提の妄想こそが、入力と出力がペニー硬貨とガムのように対応する「閉鎖系」を要請する。」

ペニー硬貨を投入するとガムが出る自動販売機のメカニズムは、ペニー硬貨を投入しないとガムを得られないし、ガム以外のものは得られない。つまり日本人がカレーライスを手にしたのは、必ずや外からカレーライスの伝来があったにちがいないという、日本料理に関する閉鎖系の思考がそれだ。そこにあるのは、日本人は純粋な日本料理しかつくってこなかったし、それ以外はよそからの伝来でなければならないという機械的な硬直した思考だ。それは、まさにソリッドな「日本型」なのだろう。

最後に、内田さんは、こう結ぶ。「時代が下がるにつれて日本人はだんだんとものの考え方のつくりがシンプルでチープになったということである。/なんだか切ない話だけど、まあ、そういうことです。」

インドを元祖とするカレーライス伝来説など、シンプルでチープな典型みたいだ。

他者理解どころか自分の歴史を理解するのもムズカシイ。

ま、どうでもよいことだけど。

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2005/10/20

王子、柳小路とさくら新道

北区王子は、しょもない飲み屋がある、しょもない街だと思う。もちろん、これはおれのホメ言葉で、おれは、「よい飲み屋」や「よい街」より、しょもない飲み屋やしょもない街が好きだ。

いや、前はタダのしょもない街の飲み屋だと思って飲んでいた店が、下町の名店みたいなことになって、いつも星数の多いスグレモノじゃないと気分よくなれないスグレモノのみなさまが、あたりを徘徊し店で見かけるようになり、その方々にうまいものうまい酒よい店などに関するご高説などをうけたまわるようになると、おれのように、こだわりのないなんでもどうでもよいナマケモノは身を引くよりしょうがない。

しょもない飲み屋やしょもない街をうろつく。王子は、いいねえ。なんだろうねえ、肩肘をはっていないというか、肩が丸いというか。うんうん、しがない人生を、それなりにデレデレ楽しんでいるかんじ、苦労しているけどアクセクはしてないかんじが、「それゆけ30~50点人生」のしょもないおれにはピッタリなのだ。と、これじゃあ、やはりホメていることにならないか。王子のみなさまに、申し訳ないが、でも王子は、そういうフンイキが魅力なのだなあ。そうそう、王子の街は、まっすぐな道がないってのもいいね。大通りだって、みなカーブして。山があるってのもいいね。滝もあるし。冨田とうふのオヤジとか、奇なるひとがいるしね。リーベのマスターだって、奇だよ。

まあ、そういうわけで、前はよく行っていたのだが、最近は一年にいっぺん行けばよいほうだ。でも、まだ生きているかなあと思って行くと、生きているんだなあ、これが。ま、おれが勝手に潰したり殺したりしては、すまないが。福助のママ婆も、もう70半ばをこえて、背中が曲って、のれんをかけられなくなったといいながら、とにかくビールが好きで、いくらでも飲めるし。リーベのママ婆ときたら、どうなっているのだ、確か大正生まれのはずだが、背筋ピッとのばして着物姿も艶やか。

王子は王子駅をはさんで、駅ホームから見える飛鳥山側にさくら新道、その反対の平地側に柳小路。どちらも敗戦直後のヤミ市からのところで、なかでも、柳小路の福助のママ婆とさくら新道のリーベのママ婆は、当初からここにいる、ここに住んでいまでも住んでいる生き残りだ。

はあ、まあ、とにかく、一昨日、一年ぶりぐらいに会って、みなさん元気でよかったよかった、という話。しょもない人生を、このまま肩を張らずにマイペースで、まっとうしましょう。

ま、一軒、そこのカレーが好きで、ときどき途中下車して食べるのだが、ここはイマ風上昇志向のオヤジが、これがうまいものをつくる正しい職人の姿だよってかんじで、狭い店なのにドタバタにかんじるぐらいキビキビ動き、でかい声で「いらっしゃいまし」というの、食べている最中にこれをやられるとギクッとするのだが、その加減の悪さも王子の愛嬌のように思えてしまうのだな。

しょもない店、しょもない街、ばんざーい。

柳小路の写真、王子駅側の陸橋から撮影。正面の路地入って、つきあたり左へ行くと福助。
http://www.geocities.jp/ed_meshi/yokocyo/ouji_yanagi.htm
さくら新道のリーベはこちら。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/ribe.htm

吸うさんの駄目ブログ18日のところに、おれの酔態とあわせ、掲載中。
http://blog.livedoor.jp/dame_sue/

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はあ、やれやれ泥酔記憶喪失疲労困憊

きのはまあ、なんてこったで、今日は一日ヨレヨレしながらアレコレソレコレと過ごしていたら、もう0時だ。きのうの吸うさんの「東京に暮す」コメントへの返事、おぼえてなーい。そもそも、王子で一緒に飲んでいたのに、なーんでコメントがあるんだと、あらためてよく見たら、会う前の書き込みだったのか。しかし、王子から泥酔記憶喪失のわりには、おれは簡潔的確なコメントを書いているな。うふふふ、5時から4軒はしご酒、途中で確か沖縄三味線にあわせて踊ったりしたなあ、だははは。酔って歌って踊って、というのはサイコー。でも、翌日、疲れがドッと出る。

まあ、で、ブッシュドクターさんにも反論のコメントいただいたりしていまして、どうもすみません。日中関係も医療改革も、避けて通れない問題なので、こういう話が、あまりあらたまらずに肩をはらずに気軽にできるとよいと思っています。どうも政治問題というと、感情的で緊張感のある威丈高な会話が多くなって、あるいは政治というと、すぐ色目なイデオロギーに還元され、右か左か真ん中かとか何派かとかレッテルを貼り、やりこめる議論そのものが目的になってしまう。それは、日常めしの話をするように政治を話し合っていない結果ではないかと思うんだなあ。食事も政治も、おんなじ。イチオウ「ザ大衆食つまみぐい」というブログだけど、世の中なんでもつながっているから、アレコレ脱線したりも、別の角度からの視点を得るのによいかもしれないし、それこそ相互理解にもなるかもなあ。相互理解と友好って、まるでレベルの違う話なのに、いつから「相互理解=友好」ということになったのだろうか。得したかったら交渉、交渉で得したかったら相手を理解する、必ずしも仲良しになる必要はない、したたかにやらんとなあ。

はあ、酔った。寝よ。

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2005/10/18

東京に暮す

ガイジンが見た日本あるいは日本人に関する本はたくさんある。なかでも、キャサリン・サムソンさんの『東京に暮す 1928-1936』(大久保美春訳、岩波文庫94年)は、なんど読んでもオモシロイ一冊だ。

谷根千あたりに住み、日本人が気づかない日本のよさを知っているフリをし、浪曲も知らないで能や歌舞伎だけで日本文化をオシャベリし、ヤキトンも食わずに寿司や懐石料理や茶だけで日本料理の美しさハシをあやつる所作の美しさをオシャベリし、あろうことか、ハシの持ち方の悪い日本人は下品な人であるかのようなオシャベリをし、能のすばらしさがわからん日本人は愚か者であるかのようなオシャベリをし、職人のシゴトをもっと大事にしなさいなどと、日本人にむかって説教くらわすガイジンどもの書いたものとは、かなりちがう。

1928年は昭和3年だから、このころの「食欲」がてんこ盛りの林芙美子の『放浪記』と同時代だ。キャサリンは、イギリス人1883年生まれ。1909年結婚し長男長女を育てる。ところが、どうやら不倫か? 27年離婚し、外交官だったジョージ・サムソンの赴任地日本に来て、28年東京の英国大使館で結婚式をあげるのだね。地球を駆け実る恋、といったところ。そのへんから、もうこの方は、ちがうのです。

とにかく、第二章は「日本の食事」だ。
「 お百姓さんがご飯をかき込む姿は、戸を一杯に開いた納屋に三叉(みつまた)で穀物を押し込む時のようで、大きく開けた口もとに飯茶碗を添えて、箸をせわしく動かしながら音をたててご飯をかき込みます。これがご飯をおいしく食べる唯一の方法なのです。ご飯というのは体中の隙間を埋めつくす位たくさん食べておかないとまたすぐにお腹がすいてしまいます。労働者とそれ以外の日本人との間に食べ方の違いはありません。誰でも同じように食べます。その時には、イギリスのポートワイン鑑定人のような非常な集中力が必要とされます。話に気をとられてはいけません。私は今までマカロニを上手に食べる人が一番見事な食べ手と思っていましたが、迅速にきれいに食べるという点ではとても日本人や中国人にはかないません。」
ま、彼女は、必ずしもこういう日本人の食べ方をほめているわけじゃないが、上品下品の価値観をあいだにはさむことなく、異文化をよく観察し公平に述べている。
そして、こんなことも書いている。
「 田舎の小さな食事処で簡単に食事を済ませたい時に知っておくと便利な食べ物があります。一つは親子丼で、もう一つはこってりとしていてとてもおいしいうな丼です。胃腸が丈夫ならご飯の上に鰻の蒲焼をのせたうな丼ほどおいしいものはありません。」
おおっ、ぶっかけめし礼讃!うな丼が、いまほど高級品ではなく、上流の伝統的な日本文化は、丼ものを下賎のものとしていたころの話だ。キャサリンさんも丼にかぶりついてガシガシ食べたのか。

このような女性と結婚したジョージ・サムソンさんは、楽しい人生だったろうなあと思う。

それから、これは、日本が戦争へむかってすすみ、しだいに日英関係もギクシャクするころの話なのだが。けっきょく日本は国際相互理解のチャンスを次々とつぶし戦争へ向かったのだな。そういうビョーキは、まだ直っていないから、またおなじ繰り返しさ。

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2005/10/17

欧米型の食生活って、なんじゃらほい

ちかごろとくに「欧米型の食生活」という表現を目にする。たいがい、悪を意味する。たとえば「脳梗塞は欧米型の食生活の普及や高齢化で増える傾向にあります」といったぐあいだ。

こういうことを、お医者様やお栄養士様、大新聞に登場するようなセンセイ方がいうと、トウゼン大衆は信用する。だけど、「欧米型の食生活」に関する共通の理解は、あるのだろうか。ないとしたら、医者や専門家たちは、まったく用をなしていないことになるどころか、混乱のタネをばらまいているだけ、ということになる。それは、製品にたとえれば、欠陥商品を売る行為に同じだろう。そして、たぶん、いや、確実に、共通の理解はない。

「欧米型の食生活」といった場合、素材ベースで肉や油脂の使用量が多い、料理ベースで肉や油脂を多用しかつ油脂の摂取が多くなるような調理法である、そして摂取ベースで高カロリーである、というイメージか。ははあ、肉がごちそうだった、あの昭和30年代の「日本型の食生活」になれば、いいのね。

「食生活」というと、生活スタイルも関係するよなあ。あの昭和30年代の生活スタイル、となるとテーブルにイスの生活をやめ、畳の部屋で座ってちゃぶ台にむかって食事だね。いいなあ、めしくいながらテレビを見るなんてのもないぜ。職住接近だったし、肥やしのニオイが街に漂うぐらい、産住接近だったし。ああ、毎日ハクサイの漬物さえあれば、何杯でもめしをくえた。

あれっ、しかし、そういう食生活って遅れた食生活、日本人の健康を著しく損なうってことで否定されたんじゃなかったのかな。ほらほら「新生活運動」なんてのもあってさあ、カマドはなくなり、囲炉裏で火をたくのは不衛生ってことになり、座って作業する台所は立って作業するようになり、そしておいしく肉を食べる方法も普及したのだよねえ。

かりに、その「日本型の食生活」がよいものだとして、それ自体が、またアイマイだろう。まずは、肉や油脂の摂取をやめるとしよう。キンピラは、油をつかわないでつくりましょう。とん汁なんて、とんでもない。ラーメン食べるな、あれっラーメンは欧米型? そうだ、牛馬豚鶏の生産禁止にすれば簡単だ。テンプラ食べたら、死刑! 卵ぶっかけめし、死刑!

そんな「日本型の食生活」は現実可能だろうか。なりっこないじゃないの。いまの日本の食生活は、経済や産業の実態の反映でもあるのだ。

しかし、いまのおれたちの食生活って、ホントウに「欧米型」なのかい? これは単なる現代日本食で、いつの時代の食生活も経済や産業の実態に即して現実的であり、長短あったのじゃないかなあ。それを「欧米型」「日本型」で片付けるなんて、専門家としてオカシイぞ。

ああ、ぐちゃぐちゃいわずに結論だ。「欧米型」「日本型」という認識そのものが、現実的じゃないのだ。なんという雑な認識だろうか。

で、もっとも言いたいのは、これだ。いま医療制度改革だのといって、まずは老人医療費の本人負担を増やそうということだが、欠陥商品のようなことを言ったりやったりで高額のカネを稼いでいる医者をモンダイにしなくていいのか、ってことなのだ。あの高額な報酬は正当なのか。なぜ医者の団体が自民党に多額の献金をするのだ。あんたらこそ、おれの高血圧の原因だ。うううううううっ、血圧があがったぞ。

ああ、なんだか今日は、やけくそオモシロイ。

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2005/10/16

クイケとイロケ

13日に書いたイロケ、直接的すぎたか。きのうの続きにもなるが、コンニチ食うことにつながる欲求は、必ずしも食欲(クイケ)がもとになっているとは限らない。とくに外食の分野では、性欲(イロケ)が、大いに関係する。

欲望としてのイロケは、欲求レベルでは名誉欲などに転化する、というリクツがある。それは、カッコイイ生活、カッコイイ自分といった、ごく日常的な欲求でもあるらしい。見栄とか名誉なんか関係ねえよ、と思っているひとでも、かっこ悪い姿は見せたくない。

外食系の情報誌や本は、それに関係して売れる。東京のような大消費都市では、高くてうまい店モチロン安くてうまい店を、あるいはレトロで人情な下町酒場を、あるいは地元のひとなら誰でも知っているどこにでもあるような飲食店を、知っていることが、カッコイイことなのだ。知らないでウロウロするのは、かっこ悪い。とにかく、どんなことでもいい、どこに野良猫がたむろするかでもいい、街のことを知っているって、カッコイイのだ。知らないやつは、バーカ、かっこ悪い。

都区内の電話番号に住むって、埼玉に住むより、カッコイイ。人気の吉祥寺に住むってカッコイイ。ここ埼玉でも、熊谷より浦和のほうが、カッコイイぞ。

こういう類は、イロケの欲求レベルに関係付けられ、マーケティングされてきた。

そのように大衆レベルで消費が生活をこえてカッコイイつまりファッションになるのは、1970年代ごろからだろう。外食はその先兵だったといえる。外食はやむをえない事情や特別のとき、という考えはなくなり、ウチで食事するなんて、とくに独身の場合メンドウでもあるし、メンドウなことやること自体が、地味でかっこ悪いものになった。

そして食はファッションだ!かっこよくやろう!ということで、飲食店情報は「anan」など次々と誕生した情報誌で、雑誌の魅力をつくる大事な要素になる。つまり街は、生活の場から、イロケ発散場所として価値が高まった、ともいえるかも知れない。人びとは、街で、カッコイイになりたい。

ついに90年前後に、いまではごく普通の街の風景になった、外から中が見える飲食店がカフェを中心に広がる。その様子の一端は、ザ大衆食の「大衆食堂の暖簾」も、ごらんあれよ。どんどん短くなる暖簾。http://homepage2.nifty.com/entetsu/noren.htm

これは、日本の外食文化では、大革命だ。自分が飲食している姿を通行人にさらし見世物にするなんて! わたしって、スタバに入るカッコイイ女なの、とか。カッコイイ自分は、そこまできた。こりゃ、そこまでいくと、ナルシズムじゃねえのか?

そうなのだ。カッコイイは別の言い方をすれば「装う意識」だ。それはナルシズムの歓喜に達する。その「「装う」意識の変化」を、『欲望と消費  トレンドはいかに形づくられるか』(スチュアート&エリザベス・イーウエン著、小沢瑞穂訳、晶文社1988)は指摘している。ナルシズムはカッコイイ個性化の結末か、そしてマスコミで画一化にとりこまれファシズムに転化するのか? ミステリアスな現代、ミステリアスな欲望と消費、ミステリアスなイロケ。

現金はなくてもカードがあれば暮せる。現金はなくても動く経済や生活。70年代、カードは信用されていなかった、いまはスーパーのレジもOK。すべては「信用」で取り引きされ、その「信用」はマスコミやメディアの情報によって支えられるバーチャルな社会。それはバブルな社会でもあり、バブル景気はあの時代のものだったにせよ、バブル社会はそのとき始まったのであり、そこでイロケは、どんどんバーチャルにナルシックに変化をとげてきた。

低級で恥ずかしくて秘められていた安物飲食店の分野まで、なぜかカッコイイ、それを知ることはもちろんカッコイイ、ってことになり、イロケに支配されるところとなった。大衆的ないかがわしさは、煌々としたバーチャルなサーチライトをあび闇を失い、そのなかでホッピーを飲むわたくしは、すごくカッコイイ。らしい。

食足りて、イロケの妖怪がウロウロと。

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2005/10/15

秋のクイケは、なにを生む

秋になると、「読書の秋」「食欲の秋」という惰性的文句がハンランする。あと「スポーツの秋」とかね。

読書とスポーツの関係は必ずしも濃い関係とはいえない。サークル活動では、文化系と体育系は、しばしば本を読むオリコウサンと本を読まないオバカサンというかんじに対抗イメージで語られることもある。そもそも、スポーツしながら読書はできないし、その逆も不可能だ。いっぽう食欲は、読書やスポーツと深い関係にある。

スポーツすれば文句なく腹が減る。しかし、食の心理学では、食欲と空腹感の関係は、必ずしもハッキリしていないらしい。たとえば胃袋がカラになったら空腹をかんじ食欲がわく、ということならば、ヒジョーにわかりやすくたすかるが、そうではないらしい。胃や腸がカラでも、食べたくならずに食べずに死んでしまう「拒食症」?とかいうものがあったりね。でも、おれの場合は、「腹が減った」というぐあいに食欲をかんじる。そのばあい、その腹は胃なのか腸なのか、といわれてもわからない。とにかく、スポーツしたら腹へって、大いに飲み食いするというのは健康だろう。

マーケティングの体験だけでしか知らないが、食欲はクイケという欲望レベルの言葉ということになっている。人間のばあい、クイケがそのまま食摂取行動になるのではなく、なんらかの精神的作用を通してアレコレの欲求に転化し、アレコレの生産や流通や消費があったりして、まあやっと食べることができる。ふつう「食文化」というばあい、その欲求が生まれる文化や欲求そのもの、そして生産や流通や消費、それにからむ料理などアレコレいっさいがふくまれる。そうして人間は、やっとめしを食えるのだ。クイケが、精神的に、食べる欲求へとつながらないこともあるし、でも、愛するひとが死んでも、めしだけはくうってこともある。やれやれ。

学者たちは、このようにいうようだ。「欲望が文化によって抑圧されてサブリメーション(昇華)を起こし、それぞれが高尚な欲求に転化する」「たとえばクイケは知識欲になる」「つまり、外部にあるものを自分の中に取り込もうとする欲望が、肉体的には食欲であり精神的には知識欲になるということである」 学者は高尚だなあ。

誰でも知っていることかもしれないが、ちょいと原初的な例では。峠の知識は、どう発見されたかというと。むかしむかしのそのむかし。野生のカモをとって食べていたころ、猟師はカモを追いかける、それを食べるときのことを想像しヨダレたらしながら追いかける。そうしているうちに、カモは肉体的に高くとべないから、稜線の一番低いところをとんで山をこえることを知る。そして人間さまもそこを越えると、山向こうへ行くのが楽だと知る。そのように、食べることが知ることになり、そういう体験を重ねるうち、食べるために知ろうとする欲求が大きく育った。それがワレワレの知識欲、コンニチの学問や読書に成長した。あるいは「峠のロマン」といった文化を生んだ。大雑把には、そういうことらしい。もとはといえば、知識は、本を読む読まないに関係ない、食欲なのだ。

神武天皇の大和征服のときに案内にたった、ナントカという男。かれは猟師でカモを追いかけていたから、大和周辺の峠を熟知していた。それが、京都の下鴨神社だか上鴨神社だかの縁起になる。という伝説があったりで、下鴨神社の台所だったかな? もともとイイカゲンな知識のおれで、このへんの話になるとさらにアヤシイのだが、とにかく下鴨神社の台所は日本料理史にナンダか関係するのだ。

ま、それで、だから欲望と欲求のあいだに、どんな文化つまり精神的なはたらきがあるかってのが、マーケティングの課題になるのだが。とにかくね、秋のクイケは、湯豆腐に清酒でしょう、やっぱり。

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2005/10/14

クウネル 徒然草か東京よい店やれる店か

酒のんで飯くうとねむくなる。寝るところは住むところ。食う寝るところ住むところ、あと人間は着るものが必要。

人間としてやめようにもやめられないことは、第一に食、第二に衣服、第三に住居である。そして病気はさけられないから、そのための治療薬。この4つを求めようにも得られないのが貧、不足しないのを富めるという。これ以外のものを求めてアクセクするのを驕り(ゼイタク)。というぐあいに、吉田兼好さんは、「徒然草」第一二三段で述べている。貧富ゼイタクの基準が、それなりに明快だ。

徒然草のほかに、枕草子と方丈記をくわえ、「三大随筆」だそうで、これに源氏物語と伊勢物語と平家物語で「三大小説」だそうで、その出だしや一部を学校で暗唱するように覚えさせられる。そういうやりかたで、日本はつくられた。とにもかくにも「幽玄」をヨシとする惰性は、それに支えられている。ブンガク業界なんぞは、幽玄の技巧だらけだ。ケッ。

「幽玄」なんて、貴族社会の有閑美学じゃないか。それをコツコツイヤイヤアヘアヘ働きながら生きている賎民貧民がありがたがるアリサマ。ちかごろは汗臭かった大衆酒場まで、幽玄な上品いい子ブリブリブリッ子だらけ。みんなで遁世し道楽に生きるつもりか。みんな世捨人になって、けっこうなブンガクやゲイジュツ三昧で過ごす気か。

ああ、だから日本は没落するのだ。国家など、没落でけっこう。でも、日本の没落ではない。長々と続いた(と言っても、日本は貴族制度がなくなって、まだ半世紀そこそこだが)貴族文化の没落なのだ。とりわけ、「三大」随筆とやらは、未来への可能性や活力ゼロ。兼好さんなんか、子供はつくらないほうがよい、ということだしな。こんなものお手本にしていたから、少子化衰退は加速トウゼン。

であるから若者よ、ガツンとぶっかけめしくって、ガツンとセックス楽しみ&子づくり子育てに励めよ。若者のばあい、酒のんで飯くってセックスに寝る、ということでなければね。ホイチョイ・プロダクションズの「東京いい店やれる店」は10年ぐらい前の発売だったと思うが、なかなか売れているらしい。と書いても、このブログの読者に若者はいるか。若者といっても、おれの知り合いで、まもなく40歳になろうという男が、この本はスゴクよい、たしかに「やれる」確率が高いと、よろこんでいた。コイツの場合、そういうことばかりで忙しくてパソコンもできない、結婚する気もなければ子供つくる気もないのは困ったものだが、コイツは没落系か。

なんだか話が思わぬほう「ネル=ヤル」へ怪しく変化し、終止がつかなくなったので、このへんでやめよう。ホントウは、その日その日にかたづけなくてはいけない、一日のばしにできないクウネルについて思うことがあったのだが、イヤハヤ。酒くらい快食快眠秋の夜。

「幽玄」→あてにしてはいけない広辞苑では→①奥深く微妙で、容易にはかり知ることのできないこと。また、あじわいの深いこと。情緒に富むこと。②上品でやさしいこと。優雅なこと。

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2005/10/13

スーパーでハエ

いつものC級スーパーで魚売場へ行ったらハエが一匹とんでいた。あまりにもめずらしく懐かしい光景なので、記念に一句つくろうと思ったが、浮かばない。よって、ここに記すことでかえる。昭和のむかしの魚屋には、ハエがぶんぶんとんでいて、ハエとり紙やリボンが、たくさんぶらさがっていた。ああ、ハエと共生していた昭和のむかしは、よかったなあ。小学生のころ、ハエを殺して袋に入れて学校へ持っていく、ハエ虐殺国民運動みたいなのがあったが、あれでハエは何匹犠牲になったのだろうか。おれはイヤイヤ楽しみ何匹も殺したが、ハエよ、かんべんな、当時は動物愛護精神も十分じゃなかったのだから、許しておくれ。やっぱ、昭和レトロといったら、便所のニオイとハエだよなあ。

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イロケとクイケ

漫画屋からエロ漫画「レモンクラブ」が送られてきた。これまでなかったことなので、塩山長が「これを読んどけ、このうすらばかエロ爺!」という特別記事があるのかと、すみからすみまで見たが、それらしいのはない。

浦和駅西口駅前広場から県庁へ向かう大通り、すぐのところ、つまり駅から数分のところにエロ本屋があって、店の外のスタンドに「レモンクラブ」がある。たまたま通りかかって見つけると、立ち読みする。といっても、「物好き南陀楼綾繁の活字本でも読んでみっか?」と「エロ映画監督山崎邦紀の初老男のボッキ時」の連載を読むだけだ。エロは嫌いじゃないが、「レモンクラブ」のような本格エロ漫画が必要なほど不自由はしてないからな。ようするに、浦和は県庁所在地ながら、駅の近くの大通りに、エロ漫画を立ち読みできる本屋があるのだ。こういう街は、排除性が低く文化度が高いよい街である。エロ本屋が一軒もない、そのくせコンビニにはエロ本が並んでいる街は、たいがいおもしろくでもない見かけだけのロクデモナイ街だ。というのが、おれの街の見方だ。

こういう風に書いていると、またエロ系のサイトからエロ語を拾ってトラックバックがありそうだ。でも、前にも書いたが、性と食、イロケとクイケは深い関係にある。11日の「悩ましい嗜好品」にトラックバックいただいている、「強精ビールとチョコレート」を見てもわかる。アチラの坊主は、イロケやクイケをうまくわがものにする。日本のばあい、かつて知性学問の最高峰にいた坊主どもは、このようにイロケとクイケを大らかに語ることなく、求道的あるいは禁欲的にあつかい、実際は特権階級という地位を利用して、エロエロしてきた。それは日本の風土が貧しいからでもあるだろう。

コンニチのうまいモノうまい店と栄養に矮小化した食談義、生活を楽しむ思想の貧弱、人生謳歌快楽ヨイヨイの視点の欠落、謹厳実直奉仕感謝クソおもしろくない生活のための説教、美人に過度に甘い大小権力男の跋扈、などの風潮は、これと深い関係にあると思う。政界や出版界モチロン、美術界だって作品の力じゃなく媚態エロ度を利用した「美女」がのしあがる。「才」はゼロだとはいわないが。そういう女たちに囲まれてはしゃいでいる男を見かけると、ああ、おれもそういう身分になりたいと思わないわけじゃないが、なるなら、そいつらを相手にカネを稼ぐ「うまいもの屋」のほうがいい。

気がつかなかったが、江原恵さんが「家庭料理をおいしくしたい」(草思社)に書いているところによると、ブリア・サヴァランの「美味礼讃」は、「食通哲学ともいうべきこの本のなかで、特定の料理の作り方を詳しく具体的にのべた」ところが一か所だけあって、それは「マグロ入りオムレツ」である。岩波文庫版なら下巻、「味覚の生理学 第二部」の「ヴァリエテ(雑録)」の「神父さんのオムレツ」に登場する。ホラホラ、アチラの坊主だぞ。

サヴァランさん書く。「この料理は凝った朝食とか、自分が何をしているか十分承知で、ゆっくりと味わって食べる数奇者の集まりなどのために特別に調進すべきもので」つまり、励んだ夜のあとの精力回復のための朝食とかね、スケベをする自分を自覚している数奇者たちのための濃厚な効きそうなオムレツなのだ。

で、江原さん書く。「『美味礼讃』のなかでは、美食の快楽は性の快楽に通じている。【マグロ入りオムレツ】はその主題を象徴している料理なのだ。/ ところがこの本の日本での読まれ方は 、/ ◇禽獣はくらい、人間はたべる。教養ある人にして初めて食べ方を知る。/ ◇どんなものを食べているかいってみたまえ。君がどんな人であるかをいいあててみせよう。 / といった教養主義的な、クソマジメな側面だけが強調されている傾向がある。何か、高遠な哲学のように受けとられているのだ。しかしこの本のアフォリズムには、/ ◇食卓の快楽はどんな年齢、身分、生国の者にも毎日ある。他のいろいろな快楽にともなうこともできるし、それらがすべてなくなっても最後まで残ってわれわれを慰めてくれる。/ というのもあるのだ。日本の食事文化には、この暮らしの中のエピュキリズム、つまりふだんの食事を大切にする思想が欠落しているようにみえる。」

「エピュキリズム」なんていう言い方も気どっているけど、ま、だから、なんといっても大事なのは、日常の快食だね。

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2005/10/12

「食の本つまみぐい」は『東京味のグランプリ1985』

隔月偶数月に書いている、[書評]のメルマガ vol.233 2005.10.11発行、配信中です。
http://back.shohyoumaga.net/?eid=256692

今回のエンテツは、前回に続き「「文士風」との別れ その2」で山本益博著『東京味のグランプリ1985』(講談社、1985年)であります。よろしく~。

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2005/10/11

悩ましい嗜好品

9月30日の「酒税撤廃の主張」は冗談ではあるけど、しかしやっぱり本気でもある。考えれば考えるほど、酒やタバコを嗜好品として特別扱いにするのは、課税のためのインボウであるように思えてならない。ビールの税金30数パーセントなんか高すぎ。ビールがゼイタク品だった戦前の感覚じゃないのかあ。

そもそもナゼ、酒やタバコを嗜好品などというようになったのか。ということが、ここんとこ気になって、無関係に「徒然草」や「方丈記」「歎異抄」までさかのぼってしまった。そしてフトなんの関係もありそうでなさそうな「快食教」を思い立ったのだが、「嗜好品」なんていう言葉は、「趣味」と同じぐらいロクデモナイ言葉だと思い出している。

最近は禁煙が禁煙ファシズムといわれるぐらい干渉的でウルサイものになっている。喫煙者にしても非喫煙者にしても、賛成反対ガチャガチャやるのを機に、日本人にとって嗜好品とはナンなのさ、から問い直す必要があるように直感した。

で、googleで嗜好品を検索したら。「はてなダイアリー 嗜好品とは」があった。とりあえず見たら、そこには「栄養のためでなく、味わうことを目的にとる飲食物。酒・茶・コーヒー・タバコなど」とあるじゃないか。ぐへぇぇぇぇぇ・・・・・・・・。なにを根拠にと思ったら、リンクがあって「goo国語辞書「嗜好品」検索結果より」とある。これは比較的世間一般の嗜好品感覚だろうか。そして「栄養のためでなく」ということが、ヒジョーに、ひっかかる。

嗜好品でも栄養があるぞ、と言いたいのではない。人間というのは、栄養のために生きているのではないということが深く考えられることなく、栄養が大事ダイジという惰性的栄養万能主義、金銭万能主義にも似た栄養で健康万全人生シアワセという偏見を土壌にして、このような嗜好品に対する考えが広まったのではないかと感じるのだ。その精神貧困が、すごく気になるし、であるから、居丈高な禁煙の主張に、ファシズム独特の精神貧困を感じるのかと納得もした。

念のため、おれはタバコを吸わない。ああ、いまのように嫌煙ファシズムがはびこる前、1987年の9月で、高校生のころから吸い続けたタバコはやめた。でも、そばで吸っているひとがいても平気だね、どうぞどうぞだ。喫煙車両にも乗る。

まあ、そういうわけで、人生は快食ですよ。

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快食教

朝起きたら、声を出しても出さなくてもよいから
「快食!」という。

食事の前に、声を出しても出さなくてもよいから
「快食!」という。

さらに、食事の買物しながら、声を出しても出さなくてもよいから
「快食!」という。

本日は ↓ だそうです。

2005年10月11日(火) 9:00-16:00の約7時間、メンテナンスを行います。

◇ご利用いただけなくなるサービス:
 ・ココログ管理画面の操作、記事投稿
 ・ココログユーザページへのコメント投稿/トラックバック   など

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2005/10/09

またまたゴボウ

gobou
きょうの夕飯は何にしようかな~と、ウチにあるものをチェックしたら、7日の「ゴボウ」で書いたゴボウの残りがあった。12、3センチほど。このゴボウの「性格」がよくあらわれている部分なので、写真に撮った。画像をクリック地獄して。

スーパーで売っているものは、スラッと真っ直ぐのびている。しかし、山の畑でとれるものは、このように曲ってゴツゴツしている。これは、まがり具合がおだやかなほうだ。収穫のときも、「抜く」というより、「掘る」かんじだね。

畑の土がかたい性格だと、簡単に抜けるようには育たない。しかも、かたいといっても、このゴボウがとれた畑の土は、粘土質のかたさとちがって、岩石を砕いて土にしたかたさが混ざっている。ゴボウは、その厳しい条件をぬうようにしてのびるから、まがる。まがるうえに、先へいくほど根が土にくいこんでいる。それを抜こうとすると、畑の表面に近い比較的やわらかい土のところは抜けるが、必ず途中で折れて、かたい土の中に残る。それは掘らなくてはならない。そういう深いかたい土を掘るのは大変だ。収穫は重労働になる。そして、こういう土の条件の悪いところは、トウゼン人間にとっても厳しい環境のところだ。

救いは、そういう厳しい条件のところのゴボウは、味も香りも濃くてうまいということだろうか。「滋味」がある。もっとも、味も香りも強いゴボウを嫌うひともいるが。

このゴボウがとれたあたりの畑の景色は、ザ大衆食に載っている。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/sinbun/syasinten2.htm
そこにも書いてあるが、秩父困民党の舞台になった地域で、このゴボウを作った家の祖先も、この地域一帯の家ぜんぶ、あの「秩父農民戦争」といわれるジケンに参加して、重い罰金をくらっている。その重さは、ジケンについて口をつぐみ、二度と自分の意思をあらわさないで過ごしたほうが得だという教えをほどこしたようだ。

名前を忘れたが、秩父市の図書館に勤務されていた方が書いた、秩父農民戦争と指導者の田代栄助に関する比較的厚い本には、土地の人だからこそ書ける、秩父の険しい山岳の環境、そこで生きる人びとの気性を簡潔に表現した部分があった。それは、険しい自然のなかで人びとの熱情が熱くなるさまであり、なおかつ山々とむかいあうことで癒されおだやかになるさまである。つまり、なんていうか、ゴツゴツした厳しい自然のなかで育った、激しい熱いものを内に秘めたおだやかな気性を、うまく書いていたように思う。このゴボウの様子は、いかにもその秩父の自然や人のかんじだ。

「哲学はいらないか」の水喜さんコメントに、「ところでゴボウは日本人しか食べないという話を聞いたけど、「ゴボウと日本人」をちょこっと考えてみるのもオモシロイかもしれないね」とある。たしかにそう思う。調べると台湾や韓国でも、少しは食べてはいるらしい。でも日本のようには栽培してないし食べない。こんなにゴボウを食べるようになった日本、日本人って、どういうことなんだ。

それに、5月14日「悲哀の梅田ごぼう」にも、ちょこっと書いた、ごぼうは同じ種でも土の性格によって、ずいぶんちがうものになる。つまり、ゴボウと土と日本人の独特な関係が、なにかありはしないかと思うのだな。ゴボウと日本人、「ゴボウの文化誌」とでもいうか。そういうもの書いても、うまいものや外食店に関するオシャベリじゃないから、売れないのがカナシイ。そして売れないものは、出版されない。

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2005/10/08

土方美雄の日々これ…

酒とつまみの掲示板でみつけた。フリーランス・ライターで「食のジャーナリスト」でもあるらしい、土方美雄さんのブログ、こういうの好きだね、おもしろい。
http://hijikata.ameblo.jp/

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哲学はいらないのか

最近、たぶんWEBのニュースで見たのだと思う。アメリカのなにかの大使を任命する件で、ブッシュが推薦した人物が保守主義者ではあるが、あいまいなところがあるというか腰がひけてるというのか、とにかく同じ保守陣営から反対意見があった。そしたらブッシュは、かれは自分と哲学を同じにする人物だから大丈夫だという趣旨の発言をして擁護した。

そこに「哲学」という言葉があったのでオドロキ、そして思い出したのだが。もう20数年前になるか、プランナーの肩書きで、あるコンビニチェーンのシゴトをしていたときだ。創業10周年だか100店舗をこえたかで、従来のシステムもイロイロ問題があるから、さらなる発展のために、商品構成から陳列、店舗デザイン、運営システム、CIなどすべて見なおし、リニューアルすることになった。細かいイキサツは忘れたことが多いしはぶくが、このシゴトは、アメリカのニューヨークに本社がある手広くプランニングのシゴトをしている会社と共同作業で行われた。何回か会議があって、おれは日本側のチーフプランナーということで出席していた。

最後のツメが近づいて、アメリカから副社長の担当責任者らが来て、日本側のスタッフも、ほぼ全員そろって3日ばかり連続して会議があった。そこで、日本側の店舗設計の責任者が説明をした。それぞれ担当があって、店舗の基本デザインはアメリカ側、詳細設計は日本の関係者のチームがやっていた。一通り説明が終わったところで、いきなりアメリカの担当責任者から、電気系統の設計について、配線や器具、電球の選び方などについて、猛烈な追求があった。簡単にいえば、まったく合理的な根拠がない、ということだった。なぜ、その電球を選んだのか、なぜ、その器具になったのか、なぜ、そのコードを使ってそういう配線になったのか、根拠をはっきりしめせというのだ。

当時は、この店舗の大きさなら一日の消費電力はこれぐらいに抑えなくてはいけないという基準が、まずあって、それにしたがって、イチバン安くかつよいデザインの設計にするのが、日本の「合理」アタリマエだった。そのトータル帳尻がよければよいのであって、一つ一つの根拠など、説明する資料がない。しかし、アメリカのかれは、なぜコノ電球なのか、ほかにもっといいものがあるかも知れないじゃないか、一つ一つを根拠を持って選ぶということでなければイケナイと主張する。その方法でやっても、結果的にこういう設計になるのだ、これでいいのだと、日本側は主張する。実際、どちらの方法でやっても、日本でやれば同じ結論になるのだが平行線。アメリカのかれは納得せず怒り、激しいやりとりが続いた。

で、その夜、食事というか、ままっイッパイというときに、アメリカのかれに、なぜあんなにこだわったの、という趣旨の話をトウゼン通訳にあいだに入ってもらってやると、かれは「これは、哲学のモンダイだ」といったのだ。「哲学がちがう、納得できない」

ハア、日本人は、シゴトは経済活動だと思っていて、哲学なんか関係ないよ、生活だってね、哲学いらないの。と、思ったが言わなかった。「そうか~、哲学か~」と、例のニヤニヤ笑いをしてオワリ。かれもニヤニヤ笑いをかえしたが。かれとは、その後会ってない。イタリア移民の子孫だった。

このときは、マーチャンダイジングでも、アメリカの会社が提案するシステムを、日本側の専務が「道徳的な感情」から納得しなかったり、これもアメリカのかれには、まったく理解できなかったらしいが。イロイロあったなあ。しかし、哲学は、いらないのだろうか。食事や料理にしても、哲学は無関係ってことはないと思うが。はてね。

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甘味食堂考

ひさしぶりに「ザ大衆食」を更新し、「甘味食堂考」を始めた。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/s/kanmisyokudou1.htm

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2005/10/07

ゴボウ

ゴボウは、例によって一年中あるが、もともとは秋のものだ。いまがシュンというわけだ。おれがガキのころは、そうだったね。

先日年寄りの家に行ったとき、とれたてのゴボウをもらってきた。炊き込みまんまにして食べたら、イイ香り。しかし、ゴボウの味を判断するのは、ムズカシイ。どういうゴボウがイチバンうまいかといわれても、土地によってズイブン味がちがうし、アクのぬきかた料理のしかたで、かなり味がかわる。

それはともかく、流布されているところによると、ゴボウの原産地は不明で、しかも例によって日本には中国から渡来したことになっている。しかし、中国では、ゴボウを食べない、すくなくとも中国料理と称するものにゴボウはつかわれてないことになっている。

このあいだ知人と飲んだときにその話になり、あれは掘るのも大変だし、ほかに食べるものがあれば後回しになるものだよなあ。ってことは、日本は食べ物が乏しかったということになるか。しかし、渡来のものなら、栽培種として渡来したはずだろう、野生のものをメンドウして掘って食糧にしたのとはちがうだろう。

でもな、渡来したけど、そのときは、ほかに食べるものがあって、ほっておいたら野生化し、けっきょくメンドウして掘って食べることになったのかも知れないぞ。ま、とにかく、石油がなければキュウリ一本食べられなくなる日本は、根本的に貧しいのさ。

しかし、あのゴボウというものは、うまいものなのか、あんなものワザワザ栽培して食べるようなものじゃないと思うぜ。いや、あれはあれでうまいさ、だいたいねゴボウのないけんちん汁なんか考えられないよ。

とか、酔って、いい加減のことを言ってすごしたのだった。

とにかく、ゴボウの炊き込みまんまを食べたら、ああ秋だなあと思った。古い男でござんす。

結論は、ない。

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2005/10/06

長野県に移住してワイナリー&ブリュワリーをつくりたい、頑張れ日本の農業ビジネス

「はすみふぁ~む」の巨峰が、知人から送られてきた。ブログもおもしろいとメールにあったから見たら、「長野県に移住してワイナリー&ブリュワリーをつくりたい、頑張れ日本の農業ビジネス」という長いタイトルのブログ日記である。なるほど、おもしろい。男一匹一人だけで「ワイナリーとブリュワリーを設立するという夢実現の為、昨年夏より活動開始。ワイナリーを始めるならまずはぶどう畑を何とかせねばということで長野県東御市(とうみし)を最終候補地に地元行政と協議を重ねやっと許可をもらう。2005年2月に同市へ完全移住し、ぶどう栽培を中心としたはすみふぁーむを設立。 現在夢に向かって驀進中」 うーむ、男だ。

巨峰は、もちろんうまい。頑張れ日本の農業ビジネス「はすみふぁ~む」も頑張ってほしい。みなさん、応援よろしく~。

はすみふぁーむのページ
http://hasumifarm.com/

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ジャム&マーガリンは青春おげおげ

町のパン屋では、コッペパンにタテにナイフをいれ、バターやジャムをぬって売った。もちろんバターというのは、マーガリンのことだ。バターを1個とジャム1個を買って、その片切れづつをあわせて食べると、マーガリンとバターの味がまざってうまいということは、誰にも教わった記憶がない。でも、いつかやっていた。

高校では昼休みになると、町のパン屋が売店を出した。そこでは、食パンにマーガリンやジャムを塗ったのを、サンドイッチと称して売った。そのころは、バターといわずにマーガリンになっていたと思う。ほかにピーナッツバターが人気だった。1960年前後のこと。細かいことは忘れたが、そのマーガリンとジャムを買って、一枚ずつはがし、片側マーガリン片側ジャムに重ねあわせなおして食べた。

山岳部だったから、登校するとまず部室に寄り弁当箱などを置いて教室へ行く。3時限の休みに全速力で部室にもどり弁当を食べる、そして4時限が終わって昼休みになると売店でパンを買って部室にもどり、そのように食べる。シアワセだった。

1年の山岳部夏山合宿は、苦しかった。上級生の判断ミスもあって、おれたちボッカ役の1年生は無理な重量を担ぎ上げることになり、あまりに重過ぎて、初日にベースキャンプを設営する予定の9合目まで到着するどころか、登山口の集落にたどりつくのがやっとだった。翌朝、午前3時ごろ起き食事をして集落をたち、2合目の水場で軽く食べた。あとは7合目まで水場はない。まだ朝露が残っている時間だったが、もうかなりバテていた。そのとき、食パンにマーガリンをぬって、その上からジャムをぬって食べ、湧き出る清冽な水を飲んだ。まさに生き返る気がした。その味、水の味まで、いまでもくっきり身体に残っている。ときどき、おなじ時間におなじことをやりたいと、狂おしいほど思うことがある。

その日は、それから蒸し風呂の木のトンネルの尾根道を、這うような登山だった。足元がやっとみえる状態のなかで、7時すぎに約1900m地点9合目のキャンプ地に着いた。2年生3年生は、それぞれちがうコースから、その日先に到着して、すでに前日到着しているはずの1年生がいないので、探しに下るところで行き会った。おれの背中は、背骨を中心に皮がペロリはげていた。

ということがあったりしたせいか、店先でヤマザキのコッペパン、ジャム&マーガリンを見ると、ときどき買ってしまうのですね。「超ロングセラー商品」という印刷があるが、どれぐらい続いているのだろうか。ま、おれの人生じゃ半世紀は続いているか。

包装の裏には、例によって原材料名が。小麦粉・いちごジャム・マーガリン・砂糖混合ぶどう糖果糖液糖・ショートニング・脱脂粉乳・ぶどう糖・イースト・食塩・乳化剤・イーストフード・VC・酸味料・調味料(アミノ酸等)・香料・アナトー色素・ゲル化剤(増粘多糖類)・甘味料(ソーマチン)・(原材料の一部に大豆・りんごを含む)。なんだろ、おげおげ。

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2005/10/05

ニフティ ペテン商法なんじゃらほい

あれまあ、なんとしたことだ。おととい急遽出かけ、入院手術をひかえた年寄りの家に一泊してきた。気になっていたADSLも電話も従来どおり使える。送られてきたモデムは、まだ箱に入ったままだ。いったい、どうなっているのだ。ようするに、ニフティは本当のことをいわないペテンで、ただただウチの電話機の接続をむりやりモデムにつなげさせ、IP電話の使用機会をつくろうとするコンタンだったということが、ますますハッキリした。はて、この結末は、どうなるのか。

とりあえず、そういうことで、電話もメールも従来どおり、つかえます。メールいただいている方、これから返事をしますからね。

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2005/10/03

ニフティ ペテン商法 3

きのう、もう一度、こちらからニフティへ善処のお願いという類のメールを出した。あくまでも、こちらは丁重である。しかし、いましがたメールがあって、どうもメール交換による交渉は決裂のようだ。

この間、こちらは先方に電話で連絡する方法はない。電話番号すら知らされてないのだ。しかし、先方はこちらの電話番号を知っていて、その気があれば電話することができるのに、「最後に、このたびは、○○様のご要望に沿うことができず大変申し訳ございませんが、何卒ご了承賜りますようお願い申し上げます。」というメールで、ことを片付けようとしている。

いまのところ、従来の状態のまま、インターネットに接続できる。あとは時間の問題か。

ときどきコメントをいただいているヤマザキさんのブログ「影への隠遁Blog」の最近の記事「ミシンの怪」だが、ヤマザキさんの実家で、いわゆる詐欺商法の被害にあった、それにヤマザキさんが対処する過程がある。それを見ると、このときの相手より、今回のニフティのほうが、はるかに巧妙悪質のように思う。
http://blog.7th-sense.sub.jp/?eid=295967

少なくとも、相手はメールの陰に隠れることはせずに、直接対話できる関係にある。

とりあえず、これから今日中、いつインターネット接続ができなくなるかわからない。それはまあよいとして、電話もつかえなくなるかも知れないのだ。おれは電話接続の変更の申し込みなんかしてないぞ。出て来い、ニフティの幹部責任者。

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2005/10/02

ニフティのペテン商法 2

下記の件、書き忘れたこと。

これは、ようするに電話セールスで申し込みしたものが、現物が届いたら違うものだった、そこですぐキャンセルしたがキャンセルできないという話なのだね。クーリングオフも認められない。ニフティは、そういう商売をしている。

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ニフティのペテン商法

先日、ニフティの案内サービスとかいうところから電話があった。

お客様がご利用のADSLのコースは、入会当時のものより速度のはやい50Mになっています。おなじ料金でも、あとから入られた方がお得という状態です。そこで、お客様がご希望なら、こちらのアンケートにお答えいただくだけで、現在の50Mのサービスに切り替えることができます。その場合、モデムの交換が必要で、こちらから新しいモデムを送りますので、古いものを送り返していただく料金だけ、お客様の負担でお願いします。

ま、約、そのような内容で、ようするにモデムを交換するだけで、速度がはやくなる、というのだ。現在の速度に不自由しているわけじゃないが、古いモデムを送り返すカネとテマだけならやっておいてもいいかと、そのようにすることにした。

そのあと、切り替え日が10月3日であるというメールがきて、9月30日にモデムが届いた。ところが、見ると、モデムの変更だけではすまない。電話機の接続までかわり、現在、電話機はスプリッタから直接つながっているのに、モデムと接続するようにしなくてはならない、配線や電話機の設置場所などの変更が必要なのだ。もちろんそのためにコードなどを買う必要がある。

それで、おれはニフティのお問い合わせ窓口に下記メールを、その9月30日に送った。

>先日、そちらから案内があって、アンケートに答え、ADSLのコース
>変更に同意しました。
>その後、そちらから開通予定日が10月3日と案内があり、今日、新し
>いモデムが届きました。
>添付の説明を見ますと、こちらはモデムの交換だけで済むと思って
>いましたが、電話回線との接続方法も変わり、現状の電話の位置ま
>で変える必要があることがわかりました。そこまでの説明は受けて
>いませんでしたので、こちらの現在の接続方法も申し上げなかった
>のですが、とにかく、変更が物理的に無理なのがわかりましたの
>で、3日に行われる予定の変更は取りやめ、現状のままでいきたいの
>です。その手続きは、どのようにしたらよいのでしょうか。

翌朝返事があり、ようするに、
「ADSLの速度変更キャンセルについてご連絡いただきましたが、変更工事日が
間近となるため、速度変更キャンセルを承ることができない状況であることが
確認できました。」
ということなのである。そこで、あちらが推薦する接続法が書いてあるのだが、それでやっても、けっきょく電話用の配線は一度モデムに接続しなくてはならないことにはちがいない。

そこで、またメールを出した。当方の事情を説明し、ま、おれとしては比較的おだやかに、このようにお願いをした。
「「変更工事日が 間近となるため」と申されても、そちらからモデムが届いたのが昨日のことだし、そちらがモデムを替えるだけでよいと説明されていたことですから、一方的すぎると思います。
ま、そのことは棚上げにしても、現状を維持する手続きの方法、そのばあい、現状にもどるのに日にちを要する場合、何日ぐらいかかるかなど、教えてください。」

すると、おれがきのう夜飲みに出かけているあいだに、メールがあり、アレコレ説明のあげくに、こうあるのだ。
「なお、大変恐縮でございますが、現在、○○様のお住まいの地域につきまし
ては、「ADSLニュースタンダードコース」は新規のお申込みが回線速度が下り
50Mのみの提供となっております。

 そのため、お使いいただいておりました回線速度 8Mへ戻す事はできかねます。
この点、何卒ご容赦賜りますようお願い申し上げます。」

なんということだ、これじゃ、最初の説明も、その次の「変更工事日が間近となるため」という説明も、ホントウのところを話てないのだ。もちろん、土壇場になってウムをいわせない、最後の返事がホントウの実態である。ウソをついて、借りているアパートからひとを追い立てるようなことを、自分達の都合でやったのだ。

で、彼らの都合はなにか。いまになってハッキリしたのだが、ようするにウチの電話機をモデムに接続させることによって、IP電話の利用を増やそうというコンタンで、こういうことをしたのだ。そのために、こちらは望んでいない必要のない、しかもまったく説明のなかった電話の現状の変更、電話の配線や設置場所の変更を強いられている。ADSLの速度変更の話じゃなくなっているのだ。

これがペテンじゃないとしたら、なにがペテンになるのか。
しかし、ちかごろ、こういう、これは「次々販売」というインチキ商法まがいの方法でもあるのだが、こういうことがあると、みんな騙された方も悪いですまされることが多い。そして、ますます、このようなことが普通になっていくのだ。自らの向上心を失ったクダラナイ世の中である。

モノの取り引きの場合、外の箱と中身がちがえば、トウゼン問題になる。中身に異物がちょっと混入しただけで大騒ぎ、会社の経営が傾くことがある。納品が遅れたら取り引き停止もめずらしくない。しかし、サービスの場合は、なかなか問題にならない。これだけ、おれのようなフリーライターを含め、サービス業の関係者が多くなったのに、そのモラルもモラールも低い。ま、もたれあい、キズのなめあいだからね、サービス業ってのは。

というわけで、とりあえず明日は、当ブログの更新やメールの交信は、できない可能性があります。

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2005/10/01

まずは「五本指評価法」から大らかに始めようか

格付けとランキングは、微妙にちがうような気がする。うまく説明できないが、たとえば、格付けというのは、特A、A、特B、B…あるいはAAA、AA、A…とかで、ランキングは1位、2位、3位…あるいは1番、2番、3番…。

格付けのほうが、質的な無形な価値、あるいは数字であらわせない価値が含まれているようなかんじであるね。だけど、実際には、ゴチャゴチャに使われているようだ。それで、ますますゴチャゴチャするのだが、あの☆印が1個だったり、2個だったりするのは、使っている本人は、そのへんどう自覚しているのかと思うし、受け取る側とのあいだに、そのへんの認識の一致はあるのだろうかと思う。

ま、「兵隊の位でいえば」というのはわかりやすくはある。あれはランキングではなく格付けだろう。となると、日本語の1位2位の「位」も、もとはといえば貴族制のものだと思われるし、そうなるとランキングというより格付けということになる。

とにかく、一本の線のうえに、順番に並べるというイメージだ。そのことによって、順番以外の価値や意味は失われる。日本で慣例的に使われている格付けやランキングは、その色彩が強い。☆印は、たぶん「ミシュラン」の真似からきているのだろうが、たしか、もとのミシュランの☆の数には、もともと「ミシュラン」はクルマ旅のためのガイドだったのだから、わざわざでも行きたいレストランとか、ま、わざわざ行きたい度を基準にしたような格付けの意味があったと思う。でも、もう周囲で使われている☆には、そんな意味は関係なくなっているようだ。

ああ、まあ、だから、そういうことは、あまり本気でやると、その順番以外の価値や意味が失われる危険性があるということで。では、そのような危険に陥らないために、どうしたらよいか。

そのためには、まず、そういうことをあまり本気でやらないということだが、それ以外に、もっと積極的な方向はないかと悩んでみよう。そこで、まず一本の線のうえに並べるような思考から脱するために、ここに不肖エンテツは「五本指評価法」というものを提案するのであります。もちろん、これは、まったくの思いつきでありまして、まだ完成度0不完全度5でありますが。

それは、たとえば、飲食店や料理を評価するときに、すぐ☆の数を思い浮かべるのではなく、ああ、これは甲類焼酎35度のようだな、いや芋焼酎のような店だな、とかね、すぐおれは酒が例に出てしまうのだが。

自分の手を開いてみて、おや指、ひとさし指、なか指、くすり指、こ指があって、名前もちがい個性がある、どれがエライわけじゃない、どれが格が上というわけじゃない。その指一つ一つにイメージを与える。おや指は焼酎指、ひと指は清酒指、となると、くすり指は紹興酒か、とか、ま、また酒になってしまったが、そのイメージを決める、つぎに関節のイメージだ。おや指=焼酎指の第一関節は甲類焼酎とかね、ま、五本の指全部を焼酎をイメージしてもいいのだが。で、まあ、この店のコロッケ定食は、中指の第二関節というかんじかな、つまりね、こうこうでアアでね、ほらだから中指の第二関節というかんじなのさ。というぐあいに用いる。

そこに、どういうイメーじを与えておくかは、それぞれで、それを酒を飲むときなどに、話のツマミにすると楽しいだろう。おれのおや指はな、こういうイメージなのだよとか、かわいく話あったり、するわけですよ。男がこ指をたてれば、決まっているけど、それもチャラにするような価値をこ指にあたえたりとか。

とか、ま、ナニゴトも、すぐ格付けだランキングだ、すぐ経済効果に換算するとイクラだ、いうことから離れてさ。で、時々手を開いてみては、やはりそれぞれの指がそれぞれの働きをして手は成り立っているのだから、ね、だからどの指も愛さなくてはな。格付けやランキングして捨ててもいい指や関節なんてないのさ、と、大らかな愛に目覚める。って、なかなか、いいことだと思う。

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