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2005/12/09

『庖丁文化論』信長と料理人坪内 2

12月7日の「『庖丁文化論』信長と料理人坪内」の引用は、最後のほうを略してしまったが、こういうふうに書いて終わっている。

以下引用。

 しかし不幸にして信長は中途で亡んだ。
 あとを受けて天下の覇者となった秀吉は、典礼故実に関しては室町将軍家の流儀を踏襲した。京都に聚楽城を営んで、公家社会に同化しようとした。坪内のように庖丁故実に通じた料理人は、登用される機会がますます多くなってきたであろう。坪内があえて信長をわらったのは、そうした時代のムードに便乗しての、思い上った発言だったのではないか。
 四条流の秘伝であるという包焼についてはすでにふれたが、同じ『四条流庖丁書』のなかに次のような一条がある。

美物上下ノ事。上ハ海ノ物、中ハ河ノ物、下ハ山ノ物、但シ定リテ雑定事ナリ。河ノ物ヲ中二致タレドモ鯉二上ヲスル魚ナシ。乍去、鯨ハ鯉ヨリモ先二出シテモ苦シカラズ、其外ハ鯉ヲ上二置クベキナリ。鮒又ハサコ以下ノ河魚ニハ海ノ物下ヲスベカラズ……(遠藤、以下略)

 鯉は魚の最上位だが鯨は鯉より先に出しても苦しくない、鷹狩でとった鳥は最上位で焼物より他の料理はしない、また他の肴と組付にしない、白鳥も鯨も組付にしない……という今から見れば何のことやら、全くナンセンスとしか言いようのないこれらの庖丁故実が、大草左衛門尉や、進士美濃守や、同じく美作守や、坪内石斎や、大坂城の料理人長だったという西川九郎兵衛など当時の庖丁人・料理人たちにとっては、門外不出の秘儀秘伝だったのである。
 ここらあたりに、庖丁文化に伝統的に流れきたった、日本特有の観念主義のみなもとがあるのではないか、とわたしは考える。調理師という近代的名称に変ったからといって、われわれは、これらを過去のこととして軽く見過すわけにはゆかない。

引用オワリ。

江原恵さんは、「自分も一個の料理人としての立場から」、「観念的伝統主義が、日本料理業界のリーダーシップをにぎる大部分のものたちの金科玉条となっている現実を」とくに強調しているのだが。その現実が、どこからきたか、四条流や庖丁式を例に検討を加えたのち、そのまとめのように、この8章「信長と料理人坪内」を書いている。

『庖丁文化論』は、ときどき誤って理解されるが、本書がいわんとしていることは、とどのつまり日本料理の伝統というのは「庖丁文化」しかないということなのだ。味覚文化が欠落している、とはいわないが、「庖丁文化に伝統的に流れきたった、日本特有の観念主義」のもとで「味覚文化」は観念的なものになってしまった。たとえば、鯉が「美物」の上のものとなったのは、鯉がうまいからではなく、それを「上」とする庖丁文化の伝統によるのであると。そして、それが「日本料理の敗北」をもたらしたのだ。という主張である。

このあと9章「懐石と煮端(にえばな)」で、江原さんは、こう書いている。「前章までのところわたしは、庖丁文化の否定的な面ばかりを強調してきたけれども、伝統主義者たちが自讃しているすぐれた美点を、故意になおざりにしているわけではない。しかし、日本料理を他から際立たせているすぐれた美点は、同時に自身を敗北に追いやった両刃の剣でもあったのだ」

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コメント

改めての引用、有り難うございました。花田が引いていたのは、今回の最後の部分だったわけですね。しかし、実際に鶴を料理していたというのには、ビックリしました。TVなどで、よく紹介されている、大きな回転寿司の店で、マグロなどを解体して見せるのも、「包丁文化」の流れを汲んでいるのでしょうか。こちらには江原さんが指摘される「観念性」がカケラもないので(食べにいきたいとは思いませんが)陽気な解体の包丁裁きに、思わず見入ってしまいます。
花田清輝は、江原さんの『包丁文化論』と同じ頃に、「伊勢氏家訓」という、室町時代から伝わる、小笠原流や伊勢流といった礼儀作法のナンセンスを笑ったエッセイを書いているので、それでいっそう江原さんの本にエールを送ったのかもしれません。伊勢流によれば、風呂に入るときは、男は左足から入り、右足から出る、女は逆に、右の足から入り、左足から出るのだそうです。これもまた、エンテツさんの言うとおり、根拠のないものが「秘儀化」されたい事例だと思われます。
何度もお手数かけて、申し訳ありませんでした。花田が、ほとんど最後のエッセイで触れた本のバックグラウンドが、諒解できたように思います。

投稿: ヤマザキ・クニノリ | 2005/12/11 15:19

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