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2006/01/24

遠太と高利貸とアソビ

きのうは、午後イチぐらいに酒の原稿を仕上げ、メール送り。OKの返事があったので昼風呂。これで12月の始めごろから始まった酒の原稿は、2本40枚ほど書いて、ほぼオワリ、あとは来週、写真とイラストに説明をつける作業だけ。

風呂から出て、先週月曜日、南陀楼綾繁さんの取材に同行し飲んだときになくした手帳は、遠太にあり、取りに行く。ついでにチューハイ2杯と燗1本。テレビでは、むかしニュースステーションに久米と出ていた女、名前ついに思い出せず。覚える必要もないが、その女が司会する、番組がホリエモン逮捕の速報をやっていた。興味なし。ホリエモンはよくやった、踊り踊らされた、マスコミ自民党財界投資家のほうが悪いだけ。ようするに、お互いに利用しあった結果にすぎない。きっと、どこかのミッションが動いたのだろう、あのていどの証券法違反なら、たいがいの上場会社は、たたけばホコリが出る。

往復の電車で、内田百閒さんの「百鬼園随筆」(新潮社出版)の「地獄の門」を読む。高利貸にカネを借りる話。こちらも違法行為を、法のアミをうまくくぐりぬけながら暴利をむさぼる連中の話。そして借りた借金を返せなくなったときの、その連中の動き。高利貸のカネの貸し方、書類、手口など、債権の譲渡取り立て方など、青木雄二さんの「ナニワ金融道」と同じだ。百閒さんの場合、そこに、トツゼン、貸主が死んだり、取立人の妻が死んだりと、アヤシイ雰囲気をもちこんでいるところが、独特の「芸」だな。

ガキのころ知っていた高利貸、コバヤシ鉄工のバアサンを思い出した。が、そのことは、またそのうちに書こう。

とにかく、モノヅクリもせずに、金を稼ぐのは、肉体労働的なライター稼業にしても、なにかしらのペテンでありサギがからんでいる。文化的な事業や仕事に関係して、違法をしてない連中は、ほとんどいないだろう。もしいても、道義的には、やってはいけないことをやっているか、たまたまその点に関して、法がアマイだけだ。

今朝、駅にあったリーフレットを持ってきたので見ていた。北浦和の埼玉県立近代美術館「木村直道+遊びの美術」の告知だ。おもしろそう、ぜひ行きたいと思いながら読んでいると、最後にこういう文言があった。

「今日では実用や利潤ばかりを重視するあまり、もともと無償の行為であった遊びすらも消費社会のシステムに大きくのみ込まれようとしています。」

こういう言い方多いんだよなあ。たぶん知識のある文化的な方が書いているんだろうが、まったくおかしいことを言う。実用や利潤ばかりを重視するのは、経済活動としてはアタリマエなんだよ。実用や利潤のために、法のアミをくぐるように法を利用するのものアタリマエ。資本主義とは、そういうものなのだ。これは「ナニワ金融道」の青木雄二さんも、強調していたこと。

「ばかりを重視するあまり」というが、「文化」や「遊び」のほうにモンダイはないのか。モンダイは、そういう実用や利潤にのみ込まれてしまう、文化や遊びのほうにあるのだ。ようするに簡単に消費社会のシステムにのみ込まれるていどのものでしかない文化や遊びが、たいしたことないんだよ。簡単に買われ、売り物になるようなものでしかない。そんなていどのものを、「文化」だの「遊び」だのといっているほうがマチガイなのだ。そういうことなのだ。

もっとしっかり文化や遊びをやれば、そうは簡単に、のみ込まれないのだよ。おれみたいにな。もっと毅然とすることだ。つまりもっと堕落することだ。

ようするにカネがほしい、有名になりたい、売れたいという、自分をえらそうに見せたい……などの根性があるのに、ないフリをする、そこに隙があるのさ。「アーチスト」や「ミュージシャン」や「作家」を名のりながら、すぐホリエモンにすりよっていく。そんなものさ。そしてホリエモンが逮捕されるや、テレビでホリエモンのおかしいところを言ってはばからない「アーチスト」や「ミュージシャン」や「作家」。そんなものさ。

実用や利潤ばかりを重視は、資本主義社会ではトウゼンなのだ。それに耐えうる文化や遊びの重視を自らのうちに構築することだ。甘ったれた根性で文章を書く仕事をするんじゃないぜ。

今日はリッパなことを書いた。

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コメント

>いつも料金より大目の札を出し「ツリはいらないよ」という
>めったに飲めない極上の酒を土産に持ってくる

ええ〜!
そんなブルジョア成金ハイソサエティなこと出来ないっすよぉ〜

投稿: 吸う | 2006/01/26 23:15

なんか、しみったれた「常連論」だなあ。ま、貧乏人らしくて、いいけどね。

おれが店主なら、いつも料金より大目の札を出し「ツリはいらないよ」という客とか、ときにはめったに飲めない極上の酒を土産に持ってくる客を、常連と認めるけどね。

投稿: エンテツ | 2006/01/26 10:41

いい店の条件のひとつに「いい(常連)客が集まる店」ってのがあると思うんすよ。
従業員だけでなく、常連客がその店の雰囲気を作るんすからね。

馴染みにもやはり馴染みのルールがあり、そうでない客には当然そうでない客のルールがある。

おいらは馴染みには馴染みの特権はあって然るべきだとは思うが、それも店側からの好意(サービス)によって与えられるもの。
気に入った店ができて何度か通ってれば、店側に認められた(受け入れられた)時にその特権=常連の証が与えられる。
それは、注文しなくても自動的に好みの品が出てくるとか、お気に入りの席に優先的に座らせてくれるとか、普通より手を加えて好みの味付けにくれるとか...
ただ毎日通ってるからといって、特権が与えられるものではないんすよね。

特権が欲しければ、馴染みも一見も節度を守って呑んで店側に認めてもらわなければならない。

とかなんとかエラそうなこと言っちゃったりなんかして...

まあ、今は一見はほおっておいて馴染みばっかりにべったりで馴染みを甘やかす店もあるし、前に二、三度来たことあるだけで常連ぶって特権を要求するアホ客とかいて、まあ、色々ありますな...

投稿: 吸う | 2006/01/25 21:21

昔の常連というのは、一見に対して、キチンと対応して、店を汚さなかった男がフツウだったけど。ちかごろの常連は、特権階級のようにふるまうやつが多くて、店の恥さらしになりかねないね。

遠太にも、このあいだ、そういう常連がいたわ。大人じゃないね。

ま、おれは常連でも一見でもなし、というセンで気楽だけど。

投稿: エンテツ | 2006/01/25 20:30

「遠太」はもう沢山の注文に対応できないんで、昨年から暖簾は仕舞ったままで一見が入ってこないようにしてるんすよ。

だからといって、一見が入っても追い出されることはないっすけどね。

投稿: 吸う | 2006/01/25 19:21

たつ!さん、こちらこそよろしくお願い致します。

今年も、中野へ月イチぐらいは行くでしょうから、また機会があったら、たつ!さんの声と演奏を聴きたいものです。

遠太は、のれんが出ていませんが、電気がついていれば、やっています。なめろうは、先日は、メニューからはずされていました。仕入れから、ばあさん一人でやっているので、状況によるようです。

投稿: エンテツ | 2006/01/25 16:34

エンテツ先生~大変遅くなりましたが、今年もよろしくお願いします。

『遠太』...今年に入ってから行ってないです。
なめろうと湯豆腐を喰べに行かなきゃな。

投稿: たつ! | 2006/01/25 15:06

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