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2006/02/28

田部井淳子は猫まんま食べてエヴェレストに登頂した

週刊朝日の「猫飯究極奥義」を見たホリウチさんから手紙があって、田部井淳子さんの『山を楽しむ』に、こんなことが書いてあったとコピーが同封されていた。

「エヴェレストに登頂した時、明日はいよいよアタックだという時に食べたのは、ご飯に乾燥野菜の入ったみそ汁をかけたもので、猫まんまそのものの流動食だった。肉の脂身のような高カロリー食品がよいという意見もあったが、判断は正しかったようで、ご飯は腹持ちがよく、登頂まで集中力と落ち着きを持続できた」

やっぱ、力強くやるには、ぶっかけめしなのだ。

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生活はどこに? 生活と下町

1月20日に「家事労働」というタイトルで、家事と生活について思いついたことを書いた。それは、いま発売中の食品商業3月号のお題に関連している。

その食品商業3月号では、栄久庵憲司さんの『台所道具の歴史』(柴田書店、1976年)から引用しながら、こんなことを書いている。戦後の日本人は「台所の道具、設備の充実を生活の充実とする誤解を徹底」してきた、そしてさらに70年代以後は外食やグルメを生活の充実とする誤解を徹底してきた、つまり生活と家事について日本人は誤解したままなのだと。

近年は、さらに「自分らしく」生きたり、自然食やスローフードなどが、生活の充実であると、誤解を深めている。消費的な(企業によりマネジメントされた商品やサービスの利用による)時間の過ごし方、マーケティングしマーケティングされる時間の過ごし方を、生活とカンチガイし誤解を深めている。

ところで、一昨日から触れている、望月照彦さんの『マチノロジー』の「下町――混在の思想――」だが。下町が、「人間の生活の基本的な構造がひそんでいるような気がしてならない」「この小論は、その糸口を見つけようとする試みでもある」と。

その事例の紹介は省略するが、で、こんなふうに望月さんは述べる。「下町と山手は、その存在が、対峙するものあるいは対置するものとして、考えられてきた」「しかし、ヒエラルキーとして、すなわち社会階層の序列としては、下位なものとしてその位置付けを与えられた下町も、実は社会的形成物としての意味からは、むしろまずもって、その存在の先行性を主張しうる」

望月さんは、下町に「人間の生活」の先行性を見た。ほかの地域では、生活を誤解しているとは指摘してないが。

この本は、1977年の刊行だから、このあと「下町ブーム」が熱を帯びていく。この「下町ブーム」というのは、山の手の視線によるものであり、一面では山の手の下町への進出でもあった。てっとり早くは、余暇を利用して下町へ出かけ、そこで「下町情緒」なるものを味わう消費的な時間の過ごし方が典型だろう。そして、とくに駅周辺の再開発による、「山の手」化だ。それらを生活の充実とする誤解である。

なぜそのような誤解が長続きするのか。そりゃ、まあ、ね、ヒエラルキーの上にいるものが、自ら意識をかえることはないでしょう。

以前、『東京定食屋ブック』の編集のとき、最初の企画では、もっと多くの下町の大衆食堂を掲載の予定だった。しかし、本のマーケットは山の手に偏在している。だから購買層を考えて、東と西のバランスをうまくとらなくてはならない。というわけで、下町のとくに山の手から不便の方はカットした。これは、商業メディアにおいては、トウゼンのことだろう。

そういう構造の上で、山の手は浮かれながら、生活の充実について誤解を深め、それがマンエンしつつある。といえるかな?

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2006/02/27

「下町」と「山の手」

ココは、さいたま市は浦和区、おれが利用する最寄り駅はJR京浜東北線北浦和駅。京浜東北線で都内へ向うときは、電車が荒川を渡り都内に入っての最初の駅が赤羽。この赤羽は、「下町」と「山の手」の分岐点の駅だ。

つまり、赤羽からそのまま京浜東北線に乗って行くと、電車は関東台地の崖下を、途中、田端からは山の手線と平行して、品川まで走り抜ける。赤羽で埼京線に乗り換えると、電車は池袋、新宿、渋谷、目黒と、関東台地の上、山の手を突き抜ける。

だから、どうした。いや、やっぱり、崖下と上とでは違うということが、この埼玉県側から見ると、あらためてかんじる今日この頃なのだ。まずは、とにかく、赤羽で、どちらへ行くかの選択になる。それを意識しようと思うとできるから、意識してみる。すると、やっぱり違いを感じる。誰かと会うとき、さて、どちらで会うかは異文化の選択になる。というと大げさか。

話しはちがうが、関係ないこともない。本やブログは、自分が好きなものだけを選んで見ることができるから、自分が気分がよくなるもの好きなものだけを選ぶ傾向に流れやすい。あるいは自分にとって役にたちそうな基準が、ものをいう。反対の異質のものもチャント見ておきましょうね、というオトナもいるだろうけど、とはいえ、自分で選択できる余地が100%あるわけだ。

だけど、街は、そうはいかない。たしかに街ごとの個性があるにしても、街は基本的に雑多な人たちで成り立っている。好きな人がいる街はあっても、好きな人だけがいる街なんてのはない。ある店に入れば、好みじゃない人間と一緒になる可能性が、おおいにある。あいつのブログなんてゼッタイ見たくない、なんてやつと隣り合わせになるかも知れない。

で、そこからなんだな、モンダイは。「下町」のばあいは、狭いところに雑多な人間が暮してきた、しかも職住一緒か近接がふつうだった歴史が長い。そこに、誰かの言葉だったと思うが「雑多の倫理」つまり、たとえば、口も聞きたくないやつとでも、なんとか折り合いつけながら暮らす倫理というのかな、そういうものが育ったわけだ。ま、酒場でのマナーなどに、じつによく表れている。

山の手は、どうか。そこなんだな、モンダイは。山の手も、戦後「家屋密集地帯」がなくはなかった。きのう書いた、小沢信男さんが住んでいた、東池袋5丁目、もとは巣鴨といった池袋と巣鴨の中間や、あるいは池袋と大塚の中間、池袋と目白の中間にはドヤもあった。

だけど、「家屋密集地帯」を、小沢さんの言葉を使わせてもらえば「”文化的”」でないとみなし、「”文化的”」恩恵をほどこそうとする再開発の進行で、駅周辺から破壊され再開発ビルができ「”文化的”」にされてしまい、その「”文化的”」お節介が、どんどん広がった。

と、ここで、モンダイでクセモノなのは、「”文化的”」ということなんだなあ。というのも、山の手に見られる現象は、たとえばこれまでの下北沢などそうだが、必ずしも駅周辺に再開発ビルができなくても、文化の香りのする「”文化的”」な人びとが進出して、そこから元の住民は次第に退き、街が変質してしまうということが進んだ。

そういうところでは、ある種、文化的なセグメンテーションが進行し、見た目の街の様子は雑多だが、その中の通りごと、あるいは1店1店ごとに「”文化的”」な差違があって、違うものは入り込めないという排他性を持つ。「”文化的”」に共通の好みのものたちが集まる、かといって元からの無名の住民の文化ではない。それは街や店の「個性」であると肯定された。

あとから進出してきた「”文化的”」な人たちは、そこにどんな無名の住民たちの文化があったかも知らない。自分たちが、どんな文化を破壊して、そこにいるようになったかも知らない。自分たちが街の個性である「”文化的”」な存在であるがゆえに「善」であるという、捨てたものを顧みない無思考が存在する。音楽や文学や演劇、ある種の「芸術」に関わっていれば文化であるような……。ま、そうなのかも知れないが、はたしてそれが文化といえるものなのかという気もする。

あたかも、ある種の文体を採用することが、ある種の人たちを読者から排除する文学と、とても似たことが、街で、行なわれてきたわけだ。

山の手の文化は有名性の文化であり、下町の文化は無名性の文化、とでもいえるか。

ま、今日の思いつきを忘れないうちに書きました。とさ。

望月照彦さんの『マチノロジー 街の文化学』から「下町――混在の思想」を読んでの雑感。

狭いテーブルに相席がアタリマエの大衆食堂では、下町と山の手の、こういう文化的な差違は、あまりないように思う。大衆食堂は、どこにあっても本質的に「混在の思想」であることで、大衆食堂なのだ。

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2006/02/26

池袋、雨、たらふく中華と古本

chomoさんから誘いがあって、12時池袋北口。5人、へいわ通り実質本位中華の「永利」へ。1時過ぎ1人加わり、食べる飲む。人数がいるので、いろいろ頼める。しかし、例の東北大骨ナンジャラホイは、やはりあれは煮込むのに時間がかかるから昼間は注文できない。途中から紹興酒ガブガブ飲んで、食べる方はどうでもよくなってきたが、みなはデザート4種までシッカリ食べる。ま、みな30代とはいえ、すごいな~。

3時過ぎ解散。ほろ酔い、雨の中、ふらふら、サンシャインシティの大古本まつりへ。立石書店のイチローくんに注文しておいた、本二冊受けとり。なんだ、イチローくんいないのか。晴れていたら、東池袋5丁目あたりをうろうろし雑司が谷から、退屈男さんブログにあった、「明治通りの星!古書往来座」あたりへと思っていたが、この雨ではいくらなんでもと駅にもどる。

目録で買った古本二冊は、小沢信男さんの『東京逍遥』(晶文社、1983)と望月照彦さんの『マチノロジー 街の文化学』(創世記、1977)。注文したあとに届いた、セドローくんの古書現世の目録「逍遥」にも、両方ともあった、こうなると早いもの勝ちってことか。二冊とも、こんど下北沢であるタイフーンなんとやらというとシンポジウムの報告のために必要だなあと思っていたので、ちょうどよかったね。このシンポは、なんだかついているぞ。

「マチノロジー」の一部は、初出の雑誌「都市住宅」で持っていたが。これは、屋台を街の最小単位とみる「ヤタイオロジー」をスケールアップして「マチノロジー」を展開したというか、ま、そういうつながりね。おれは「大衆食堂の研究」を書くとき、これを読んでいて、というのも、おれは大衆食堂を雑多なひとが集まる「街」という見方もしていたもので、おおいに参考になったのだ。

小沢信男さんの『東京逍遥』は、以前に小沢さんご本人から頂戴したのがあるはずなのだが、見つからない。たいして本のない、むかしの木造アパートの、この狭い部屋なのに……誰かに貸したか?と考えたが思い出せない。ま、小沢さんの本は、おなじのが何冊あってもいいのである。この本は、ちょうど、今日行ったサンシャインの裏側の東池袋5丁目の奥に小沢さんが住んでいたころ、それは、巣鴨プリズンが壊されサンシャインシティに生まれ変わり、「巣鴨」の地名が「東池袋」に変わる時代、小沢さんは、そこにいてそれを見ていた、そして書いた「池袋今昔物語」も収録されているのだ。

1980年代後半、東池袋、雑司が谷、鬼子母神のあたりは、よく歩いた。そうそう、都電東池袋4丁目駅近くにあった、魚屋がやっている食堂がよかったのだが、まだあるのだろうか?

当ブログ関連……05年9月20日「池袋で激食痛飲よいよい」

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2006/02/25

マルシンのハンバーグに東陽片岡さんの漫画

マルシンのハンバーグを食べた。ひさしぶりだなあ、10年ぶりぐらいか? 焼いてバターをのせ醤油をかけて……うまい! これはこれの味わいだ。1個だけじゃ足りない、もっと食べたいと思った。

マルシンのハンバーグで思い出すのは、東陽片岡さんの漫画だ。しがない中年男が同居の肉感的な女は、マルシンのハンバーグが好きで、マルシンでないとダメ。ある夜、男は女にいわれて、マルシンのハンバーグを買いに出る。しかし、マルシンのものがないので、別のものを買って帰る。女は怒って家に入れてくれない。男は、しかたなく近くの酒場へ行く。女は怒ると4、5日は家に入れてくれない。で、入れてくれたあとは濃厚なアハンで……などと、酒場にいる男たちに話す。というような話だったように思うが、これ、しかし、なんの話なのか。とにかく、そのマルシンのハンバーグが記憶に残る漫画。

これを弁当のおかずで食べた思い出のあるひとは少なくないようだ。70年代80年代。洋食やひき肉料理などにはあまり縁がなかった家庭の台所にまで、マルシンのハンバーグは普及した。

丸大のハンバーグは、「中流意識」に対する媚びを感じるが、マルシンのハンバーグには、それがない。潔い大衆文化だ。

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2006/02/24

きのうのイワシの心残り、ギーコギーコ

きのうの夕食、といっても夜11時過ぎ、遅い時間の食事の仕度だから、イワシの丸干しを焼くのに急いでしまい、骨の硬さが残りすぎて食べられない。皿の上に食べ残した骨を見て、しまったなあ丸干しは頭から全部たべてこそうまいんだよなあ、なんだか食べた気がしないよなあ、と同居のツマとしゃべっていたのだが。今日の、いま午後になっても、しまったなあと思う。けっこう、食べ物のことは、あとにひく。心残りがひどすぎて、ほかのことを書く気がしない。

と、いいながらそうそう、備忘メモ。おとといの質問人形のメールにあったオコトバだが、自分の仕事について、こんなふうに表現していた。なんのことにも共通するようだなあと思った。

「そのための仕事は、井戸で水を汲むために手漕ぎポンプを動かすみたいなもののような気がします。
ギーコ、ギーコ、とたくさんためると突然きれいな水が飛び出してくるあれですね。」

うまい表現だなあ。「そのため」というのは人それぞれものごとそれぞれだろうが。でも、こうやっていい仕事をするのは難しい。その人のモンダイというより、全体が急ぎすぎってことが多いにある、結果や功をあせるというか、ギーコギーコとたくさんためないで、いい文章を書こうとするようなものだろうか。ソースが十分くみつくされていないのに、すぐ出そうとする。追い立てられるように吐き出さなくてはならない。脳みそカラカラになっていても、絞り出さなくてはならない。かっこつけなくてはならない。そうなると悲劇だ。

悲劇といえば、きのうのイワシの丸干しの焼き方も、結果をあせり、ギーコギーコ魚に熱を加えるのが足りなかったのだなあ、と思う。って、やっぱり悔やまれるイワシの丸干しのことになってしまったか。今日は、なに書いてもそのことになりそうだから、これにて、オシマイ!

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2006/02/23

価値ある本。再び『廃村と過疎の風景 2』のこと。

haisonさきほどちょこっと書いたが、きのう浅原昭生さんにいただいた『廃村と過疎の風景2』のことだ。この本を、なんの気なしにパラパラ見ていたら、引きずりこまれ、仕事をほおりだして読んでしまった。これは、素晴しい本だ。本を読んで、これほど感動というか興奮したのは、久しぶりだ。

これはタイトルの通り、廃村と過疎の風景だが、埋もれた暮らしの「発掘」作業といったほうが適切だろうと思う。(その意味では、拙著「大衆食堂の研究」や「汁かけめし快食學」と似た方向性かな)

浅原さんは、おれと同じ浦和の住民で、都内に通うサラーリーマン。1巻は知らないが、この2巻は、「2001年2月から2005年4月まで、4年3ケ月の廃村・過疎集落への旅を主軸にまとめたもので、北は北海道から南は沖縄まで」「取り上げている廃村(冬季無人集落、高度過疎集落を含む)は86か所、過疎集落は21か所」

写真と文章で綴られたそれは、この日本という土地で繰り広げられる暮らし営みについて、圧倒的な「事実」を提供する。

そして、浅原さんが、旅しながら、なぜこのようなものに興味をもったのかふりかえったり、出会ったひとたちとの語らいや、あるいは彼がいつも持って歩いている習いたての沖縄三味線を廃墟のなかで取り出して弾く、そこでかんじたことを述べる。それは、いわゆる「文学的」な表現ではないし、そのための工夫などあえてせずに淡々と書かれたように思われるが、それが、とても素晴しい。いやあ、ほんと、久しぶりに、胸にキュンときましたぜ。

浅原さんは、彼が「タイムマシンの廃屋」と呼ぶ、奥多摩の峰という土地の廃屋で、戦前の年賀状をみつける。その話しは、こうだ。

以下引用……

この廃屋に過去をさかのぼるタイムマシンのような風情を感じ、ここで拾った戦前の賀状は、その後の廃村探索のシンボル的な存在となり、「廃村と過疎の風景」の冊子の表紙にも使わせていただきました。

廃屋からものを持ち出すことはマナー違反であり、この賀状をどのように扱えばよいか、いろいろ悩みました。いちばん考えやすいのは、峰を訪問したときにそっと元の場所に戻すことですが、いつか朽ちてしまうであろう廃屋に戻すことも得策とは思えません。
複雑な思いがこもった賀状を携えて、、、、

……引用オワリ。

三たび峰を訪ねた浅原さんは、そこの駐在所で、かつて廃屋に住んでいた主が老人ホームで健在であると知り、会いに行く。そして、1920年生まれの、その老人から1時間半ものあいだ話を聞く、、、、

これは過去の捨てられた村や家の物語ではない。イマの日本の話なのだ。つまり浅原さんは、こう書く「見知らぬ時代、見知らぬ地域、見知らぬ生活へのアプローチすることにより、狭くは日々の暮らしのこと、広くは日本のことを見出せたらよいなと思います」であるが、彼は、それを大上段にふりかざさない。告発とか、糾弾というものではない。

ようするに、廃村や過疎の風景を見ることは、その片方にある、過密の都会を見ることになるのだ。そういうカタチをつくってしまった、現在の日本を見ることになるのだ。

この本は私家本で、デザインという類は最低限のものでしかない。本文は、ワープロで打って、あいだに写真を置いたていどのブッキラボウのものである。あるいは、それが、そのように廃村や過疎を語るにふさわしいのかも知れないが、こういうものこそ、出版社が手がけるべき本ではないかという気もする。

つまり、この本はまた、現在のお上品でお繊細な「感動的表現」にみちた、だが中身はうすっぺらな、その中身に見た目だけよいデザインをほどこし、それを「付加価値」に高い値段をつける、寒々とした商業出版界の現実までも、映し出す。

アサハラの思いが伝わる。よくやった、アサハラ! がんばれ、アサハラ!

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春の夜山谷の乱痴気騒ぎ

きのうのことを書く。午前中「食品商業」の校正もどし。質問人形から電話、進行中の本に牧野伊三夫さんの絵をお願いしたいから電話を教えてくれと。その後メールあり、OKだったと。できあがり、楽しみ。

下流のものたちと下流酒場で飲む号令をかけておいたのだ。5時過ぎ南千住駅前鶯酒場集合。吸うさん(36歳)オオヌマさん(36歳)アサハラさん(40歳)その妻おけいさん(31歳)そしておれ。泥酔したのに、なぜか全員の年齢だけは覚えていたのだな。7時ごろほろ酔い気分で春の気配のなかフラリフラリと山谷へ移動。某酒場でタバタさん(30歳)合流。これで今日の予定していたメンバーは全員そろい。ウワーと盛り上がる。のち某スナックへ移動。カラオケと踊りで店内をドンチャン占拠状態に。3人ばかりいた客の山谷の住民も巻き込んで一緒に騒ぐ。おれはなぜか声があまり出ないのでスーダラ節一曲うたっただけ、と記憶する。夜もふけ泥酔、上野から宇都宮行き終電。北浦和で空腹ラーメン食べ帰宅、蒲団にもぐりこむ。とにかく愉快だったが、若い連中と騒ぎすぎたのか疲れた。ほとんど記憶ナシ。

昭和レトロだの絶滅系を愛好しているタバタのおっさんが、まだ30歳だったのにおどろいたが、意外になりきりカラオケがうまいのにもおどろいた。オオヌマさんが飲むと意外にカワイイのにおどろいた。じゃあシラフのときはどうなのかって突っ込むなよ。

アサハラさんに自家本の「廃村と過疎の風景」をもらった。得した。アサハラさんは、ほんとに怒らないらしい。その分おけいさんが、怒るらしい。

と、今日は日記風に書いてみた。

「廃村と過疎の風景」のことは、2月5日に書いた。……クリック地獄

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2006/02/22

「栄養学批判序説」の序の幕下の前座のふれ太鼓

ある記者に、遠藤さんは栄養学を天敵と思っているのですか、と聞かれたことがある。『汁かけめし快食學』を読んで、そして飲みながらおれの話を聞いて、そう思われたらしい。

おれは、ドキンとし、すぐ答えることができず、チョイとでれどろと考えた末に、「うん、そういえば、天敵のように思っているかも知れませんね」と言った。

「天敵」など、考えたこともない言葉だが、おれが、たまたま食や料理に仕事で関わることになって、そしていまでも食育にシツコク「抵抗」するのは、もう何度か書いたが、そのシゴトで関わることになった「当時、なにかとクライアント指定の料理学校の先生と仕事をしなくてはならなかった。これが悩みのタネだった」……と、『汁かけめし快食學』にも書いたように、「料理学校」で料理や栄養を教える有名な、しかしトンデモナイ先生たちの存在に驚き、マットウな料理の先生を探して江原恵さんと出合ったわけだから、栄養学やその先生たちには並々ならぬ疑問を持っているのは確かだろうと思うのだ。

正確には、その先生方というより、その背景にある「栄養学」や「家政学」のとんでもなさに、最初は、ただただボーゼンとしたものである。こんなことがあるのか、こんなことがあっていいのか。それが、おれがいまにいたるまで食や料理に関心を持ち続ける源であることは、確かだろう。

とりあえず「栄養学」にしぼるが、それはいま食育基本法によって政府のお墨付きを得たカタチで「国民運動」として拡大増幅されようとしている。なんとまあ、どうして、こうなってしまうのか。いったい、これだけ義務教育以上の教育を受けた人たちがいて、と思うのだが。しかし考えてみたら、学校教育では給食を含め、その「栄養学」をもとにしているのだから、かなり「洗脳」されていてトウゼンか。

それから一方、学者や研究者たちのなかには、はなから栄養「学」や家政「学」など、あんなものは「学」じゃないよ偏差値が低い連中の集まりさと相手にするのもバカバカしいという態度もあってだろう、ちゃんとした批判が加えられてこなかった。そして似非文学がはびこるように、と、ここで文学を持ち出すのだが、言葉と論理の使い方において、似非文学と似非科学や似非学問である栄養学は似ていると思うのだが、それがはびこった。

とはいえ、栄養学に対する批判は、「自己批判」も含めて、まったくないわけではなかった。

江原恵さんは、それを「栄養素学」と的確に表現し、かつ「栄養食餌学」であるとした。これは食文化の成長を妨げるものとしての栄養学批判であるといえるだろう。つまり食の文化的な成長のためには、栄養学は批判されてしかるべき歴史があるという指摘をしている。

日達やよいさんは、『イマーゴ』1993年9月号「特集 食の心理学」のなかの小論「漂流する栄養学」で、その歴史を、時代を追って考えながら、栄養学者の発言とその問題点を検証した。そこでは、こんにちの、食育基本法を錦の御旗に栄養学がのさばるアブナイ面を予知している。それは、科学としての独自性を確立してこなかったがゆえに政治と癒着しながら存続を図る栄養「学」の姿でもあるが。最後にこう結んでいる。「日本の栄養学が本当に実践的科学として自力航海しているのか否か、見極めが必要な時期にきている」

食育基本法によって、いわば表舞台に登場したカタチの栄養学に対して、厳しく向かい合う時期にきたといえる。

そして、それを考えるときに、去る2月14日にちょっとだけ触れているが、家政学会の重鎮だった児玉定子著『日本の食事様式 その伝統を見直す』に見え隠れする、栄養学者のあいだの「農林グループ」と「厚生グループ」の暗闘は、無視できない。今回の食育基本法の施策として作成され配布されている「食事バランスガイド」には、じつに驚くべきことだが、その構図が、きわめて明快に整理されている。

って、ことで、江原さんの著書、日達やよいさんの「漂流する栄養学」、児玉定子さんの『日本の食事様式 その伝統を見直す』と「食事バランスガイド」から、「日本の栄養学が本当に実践的科学として自力航海しているのか否か、見極めが」できるように思う。

今日は、ここまで。

日達やよいさんの「漂流する栄養学」については、当ブログで前に一度ふれている……クリック地獄

栄養学批判は、「栄養知識」の必要を否定するものではない。栄養素の知識をこえて、栄養で美しくなったり頭が良くなったり健康になったりすると主張する、つまり「美しさ」や「頭のよさ」や「健康」などの価値判断をしたがる傾向、それを「科学的」とする栄養「学」に批判が必要なのだ。

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2006/02/21

ザ大衆食のサイト、5年

いま気がついたのだが、ザ大衆食のサイトの開設は、2001年2月14日なのだ。5年たった、ということは、5年トシくって、開設時はまだ50代だったのに、60過ぎてしまった。

トップページの下のほうに書いてあるが、最初は興味半分で軽くやってみようという気分でスタートした。もう、その本は捨ててしまったが、ホームページの作り方やHTMLの使い方のようなことを書いた本で、一番安いのを一冊買って来て。でも、初めてのパソコンで初めてのワードをいじっていたら、保存のときにWebで保存して、それをフリーで手に入るFTP転送ソフトでアップすればよいことがわかり、なーんだ簡単じゃねえか、ということで面白くなってドンドンやってしまった。

最初のころは一日30ぐらいのアクセスだったと思う。ま、見てくれているひとのことなど頭になく、自分が面白くてやっていた。それがまあ、5年間も、しかもいまじゃブログもつかって毎日のように……なんてまあ、なんでまあ、こんなことに……と、いつも、あとになって考えるのだが、なんでもいつでも、手足口のほうが先に出て、あとは成り行きまかせ。

ここで、みなさまのおかげで、今日まで続けてこられました、と、殊勝な挨拶でもできれば、おれももっと好かれ仕事のお願いがどーっとくる人間になれたのかも知れないが、あいにくだ。みなさま読者様のためにやってきたつもりはない。外でぴんぴんする体力衰えた老人の自己満足だ。気分悪くされたかたも少なくないだろう。ごめんなさい。と謝っても、気分悪くされたかたは、もう見てないだろうから意味ないな。

それに文章を書くなんて自分の恥をさらしているようなものだから、タダでストリップを見せてやっているようなものだ。……って、考えると、やっぱり、おれのストリップなど見ていただいて、どうもありがとうと礼の一つも述べておかないといけないか。

おれの汚いストリップをみていただいて、どうもありがとう。

ま、とにかく、あまり深く考えてやっていることじゃないから、続いているのかも知れんな。。

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煽り屋マスコミの弁明を笑う

もう、またもやマスコミによる「犯人探し」が始まった。

<トリノ五輪>日本の成績不振、見込み違いの原因は…?
2006年2月20日(月) 22時4分 毎日新聞

「 各競技団体は成績に従ってJOCから強化費などの配分を受ける立場上、メダル目標数などは過大になりがち。JOCは、その数字を積み上げてメダル目標数を立てるが、当初報告されたメダル総数は18個。さらにアテネ五輪の好成績から来る楽観ムードも加わり、自然に見通しがあまくなっていった。メディアもそれに乗り、期待が増幅されてしまった面は否めない。」

「メディアもそれに乗り、期待が増幅されてしまった面は否めない。」という言い方は、いかにも早いうちの責任逃れの犯人探しを、自ら暴露しているようなものだ。「メディアもそれに乗り」という言い草は、なんだろうか。つまり騙したやつがいる、ということを言いたいわけか。

メディアは報道にあたって真偽を確かめる責任はないのか、大マスコミともあろうものが。

これがもし、戦争だったら、どうか。そうだ、マスコミはかってやったのだ、大本営発表を、さらに増幅させることを。そして、まだやっているのだ。「増幅されてしまった」なんて他人事のようにいうのではなく、「増幅させた」自らの責任をまず、はっきりさせろ! 

国民を煽り騙したことにおいては、各競技団体やJOCとマスコミも同罪だ! グルになって税金をくいものにしやがって。

なにかにつけ、煽るだけの無責任。食育も、そのように進行しているのだ。ここには、競技団体ではなく、栄養士団体や農業団体などの圧力利権団体がチラホラしているが。って、あははははは、また最後は食育批判になってしまった。

煽り屋マスコミと、その手先としてマスコミを舞台に煽りまくる「専門家」「評論家」「タレント」の類の責任こそ、追及されなくてはならない。と、書いても、ムナシイね。でも、書いちゃうのだよな。

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2006/02/20

ダメなオススメ

経堂系ドットコムの「経堂系スタッフ紹介」のリンクからジャンプしたら、オオッ、なんと、「ダメ工房」だと。
http://www.dame-kobo.com/

「ダメ工房とは、ダメ人間を自称する人間が集まり、思いついたことを適当にやっていこうというサイトです」だと。「たばこ推進委員会」なんてのもあったり。かなり読み応え盛りだくさんで、しばらく楽しめそうだ。

まあ、おれも「それゆけ30~50点人生」のダメ人間だし、ただ呑んでるだけというダメもいるが、もっともっとダメになりたいよ~。しかし、経堂だと、ダメなイメージはイマイチだな。世田谷貴族の道楽というかんじがしないでもないぞ。ま、いいか。

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マイク・ロイコ流残飯絶滅法

食育基本法が必要と主張した人たちがあげた根拠の一つに「残飯問題」がある。それは食育基本法によって、残飯を減らせる、という主張でもあるな。

しかし、食育基本法が制定され、さまざまな施策と数値目標が決められているが、問題となる残飯はどれぐらいあって、どれぐらいの期間に、どういう方法で、どれぐらいの量に減らすかについては、明確になっていない。それは、きのう書いたように、明確にできっこないのだ。

それでいて、残飯が出るのは、食に対する感謝の念と理解が足りないからだ、もっと感謝せよ、という説教だけは飛び交っている。

「世界には、米つぶ一つ、パンのかけらさえも食べられない人もいる」「輸入食料が増える一方で生産額と同じ食料が捨てられているという事実でした。この国は本当に滅びの道を選んで歩んでいるという気がします」そういう認識で、残飯問題は解決するのだろうか。

そもそも、残飯が出る原因やシステムは、どうなっているか。そもそも、「残飯」とは何か?イコール「生ゴミ」のことなのか? それがどうして「感謝」のモンダイになるのか、明確な根拠は示されてない。

学校給食の残飯は、以前に江原恵さんも『料理の消えた台所』や『家庭料理を美味しくしたい』で述べていたと記憶するが、直接的には栄養士制度の問題が関係するし、その制度を利用する学校給食制度そのものにも問題がある。ま、はやい話が、「栄養食餌学」にすぎないような「栄養学」を制度化して導入したことにより、うまさを二の次三の次にする食事がアタリメエの状態になった。まずいものが残るのはトウゼンだ。それを栄養があるから食べろというだけの無能さ。いまでも、ムリヤリ惰性的についている牛乳は、寒い日には残るらしい。そして、栄養があるから食べろというだけの無能さ、「世界には、米つぶ一つ、パンのかけらさえも食べられない人もいる」から残さないで食べろという無能さは、さらに「感謝」を要求する。ひとの感謝を要求する前に、もっと自らやるべきことはないのか。

って、話しは、またこんどやるとして。

アメリカのコラムニスト、マイク・ロイコさんは「独身男性のための食品購入法」を書いている。『男のコラム 2』(井上一馬訳、河出文庫1992年)に収録されているね。マイク・ロイコさんは、「軟弱」なピート・ハミルやボブ・グリーンとちがって、硬派な辛口なコラムニストだが。この話しは、食育になるねえ。

「このシステムは誰にでもわかる簡単な原則にもとづいている。つまり、私はときどき食料品を買い込むが――それも大量に買い込むが――一度買ったら、買ったものが全部なくなるまで絶対に買い物はしないのである」

その利点は、「この原則に従えば、まず第一に、年がら年中、買い物の煩わしさに悩まされることがない。多くても、私は月に一度しか買い物をしない。ときには、二か月近く買い物をしないこともある。」

「第二に、多くの家のキッチンにはいつの間にかいろんなものがたまっていくものだが、わが家にはそういうことはまったくない。」

「これで私のシステムの特長がおわかりいただけたのではないだろうか。このシステムは経済的であると同時に――食べずに終るものはいっさい買わないのだから、このことに疑問の余地はない――革新的であることをも要求するのである。」

つまり日にちがたつにしたがい、あるもので創造力を駆使して料理をつくらなくてはならなくなるから、料理も味覚も革新的であることを要求される。というわけだ。ま、自らを革新することをしない、グルメも含めた消費主義を皮肉っているのだけど。ひとにお節介するだけで、自らを革新することをしないことにおいては、食育派もおなじだね。って、また食育批判になってしまった、まったくシツコイなあ。

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2006/02/19

『shikohin world/酒』の表紙はあの浅生ハルミンさんだって

いま、雑誌『談』編集長によるBlogを見たら、昨年末からシコシコ取材や原稿書きをやっていた、『shikohin world/酒』の表紙イラストレーターは、浅生ハルミンさんだってさ。ほかにも、おれが書いている清酒の話のページのイラストも、浅生さんなのだそうだ。はあ、まあ、世の中せまいというかなんというか、偶然とは重なるものだというか。ほかでもチョイとからみのことが進行中で……。

浅生ハルミンさんのことは、去年4月25日に書いているね。そうそう、おれが数年前、この『談』編集長のアルシーブ社で猪鍋を食べる会をやったとき、そこにいたのだそうだ。そのときは知らなかったが、どこでどうつながってくるか、わからんなあ。……口と行いに、気をつけよ。って、遅いか。

まあ、この『shikohin world/酒』3月末発行の予定らしいけど、さらに楽しみが増えたというわけだ。

浅生ハルミンさんのブログ『私は猫ストーカー』

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檀流クッキング 萩昌弘解説メモ

16日のタイトルは「食品商業3月号、家事労働、炊事、女と男」だったが、食品商業の内容については、ふれてない。翌日17日に、書こうと思ったが、食品商業3月号の「売場ですぐできる「食育」の心得と演じ方」という小特集を見て、頭が暴発し、食育をめぐる「不安煽りビジネス」のことになってしまった。

ま、みな食べていくために食育ビジネスに「必死」なのだということにしておこう。と思うのだが、しかし、肥満や糖尿病や残飯の増大や、食糧自給率の低下を、数値をあげ、食育の必要性の根拠としておきながら、食育基本法の施策目標には、肥満や糖尿病や残飯や食糧自給率、あるいは地産地消などの目標数値をあげてない。

もちろん、あげられっこないのだ。そういう無責任が、この法律にはある。そのおかしさに、気づかずに、「昨年7月の「食育基本法」制定により、あらためて私たちは、「食の大切さ」「食の楽しさ」を再認識するべき時期にきたと言えよう」などと大上段にふりかぶっているのだろうかと、やっぱり首をかしげてしまうのだ。

やはり、とくに企業にとっては、食育はビジネスチャンスにすぎないのだ。しかし、こういう法律を大上段にふりかぶったやり方というのは、混乱と頽廃をもたらすだけだというのは、これまでの、とくに農政ですでに立証済みなのではないか。

とにかく、それで、食品商業の「食のこころ こころの食」は、「家事労働、炊事、女と男」というテーマだった。つぎの4月号のテーマは、「食を支える仕事の誇り」というので、これまでのテーマとちがって、わりと「職業」寄りだ。でも、おれは「仕事の誇り」はないほうがよいという考えなので、そのように書き仕上げ、例によって、明日締め切りに余裕をもって送った。いやあ、じつは、売れないライターとはいえ、ほかにドンドンやらなきゃいけないことがあってさ。

ふと思ったのは、食育をビジネスチャンスと思っている人たちの言うことや、このブログにやたらトラックバックをぶち込むだけで自分の考えは述べない「食育論者」より、檀一雄さんの「檀流クッキング」それも萩昌弘さんの解説と合わせて、こっちのほうが食育になるなあと思ったのだった。

ってことで、備忘のため、萩さんの解説をメモしておく。「檀流クッキング」中公文庫、1975年。

 男性は、この日本で、非常に不便な複合観念に縛られきっており(だからこそ今、女性たちから、ことごとに差別の罪を言いたてられるのだが)、「食」の欲望や感覚におもいをひそめ、工作をおこない、子孫に語りつたえる作業とは、ぜんぶ女性の固定的役割であり、男がそれに参加し介入することは「恥」なのである、とする愚かな思考だけをみずからに言いきかせつづけてきた。二、三の例外を除いて、料理の専門外の文人や知識人たちが、味覚のよろこびを讃美する文章の発表に踏みきったのは、ホンの近年のことにぞくする。それも、他人が生産し創造した味を嘆賞する次元だけにとどまって(じじつ、それ以上面倒なことは、したくもできなかったのだろうが)、みずから味をつくる、つまり「調理の実践の内幕」を外へもらす、などということは、自嘲以外、まったくといっていいほど、ありえなかった。ブリア・サヴァランはおろか、ロートレックも、その点では日本に存在しなかった。

 「檀流クッキング」は、読まれる通り、「食通」の自己陶酔などでは断じてなく、味という感覚を通じてくりひろげられる美文のエッセイですらない。徹底的に、市井一般市民のための、タダの家庭調理実作の指南書である。が、結果は、二重の意味において、他に類のない、そしてかけがえのない、手順の指導という以上の啓蒙の役割を、これははたすことになっている。一つは、いうまでもない、あらゆる家庭の生活人に、日常の食卓の料理は、みずからの手でつくりうるものなのだ、また、そうでなけれぽいけないものなのだ、という自信と自覚の手がかりを与えたことである。そして第二、さらに重要な成果として、みずから食い味わうものをみずから「つくる」ことには女も男もないのだ、それをかんがえ、工夫し、語ることは、男にも「恥」などでないことは勿論、当然として誇るべき人間作業なのだ、という正論を堂々と市民権としてみとめさせたこと、が挙げられなければならない。この一冊を、特殊な食通の、異常な道楽の告白、つまり檀一雄氏はオカシな珍事にマメすぎる執着を燃やしている奇人なのだ、と読みとることほど、事の本質をとりちがえた大きな誤読はない。

……引用オワリ。
これから、やっと30年というか、まだ30年というか。外食本ばかり見てないで、『汁かけめし快食學』読んで、自分でやってみろよな。

食育の法化のための自民党食育部会は、男役員によって、女議員だけが集められ始まった。現在、担当大臣は小泉チルドレンの女議員。食育ビジネスで、大いに張り切っている女もいるが、食と子育てこそ女のチャンスとばかり張り切るのは、男の政治の手のひらで踊らされているように見えないこともない。

って、また食育批判になってしまったか。しつこいな、おれも。がははははは。まだやるよ。

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2006/02/18

中高生の食欲

たまーに、思い出したように、いますぐこれだけをしゃべりたい、しゃべらせてくれ!という感じで電話をかけてくるやつがいる。それが、たいがい酒を飲んでいるか、何か食べてるときだ。こいつの電話が長い。いつも携帯の電源がなくなるまで話す。ま、話しは、けっこう面白いのだが。

今日は、こんな話だった。

いましがた、中学だか高校の前で、中高生が立食い買い食いしているので一緒に食べたんですよ、おでん屋の前でおでん、肉屋の前でとんかつ、とんかつの立食いは初めてだが、これはいけますよ、とにかく仕事で昼飯をくえなかったので夢中で食べたんですよ、おでん、たくさん食べました、えーと7個ぐらいかな、それからチャーハンを、発泡スチーロールのトレーにのせてくれるんで、それからたこやき、それで、そういえば中高生のころの食欲というのすごかったよなあとエンテツさんのことを思い出して電話したんです。

なんで、そんなとこでおれを思い出すのだ。

ひひひひひ、いいじゃないですか、とにかく中高生のころの食欲ってすごいじゃないですか、中高生の食欲を満たすものこそ、B級グルメの原点じゃないかなあと思ったんですよ……

彼は30代なかごろで、大衆食の会に毎回のように顔を出す、ただでさえ大食い大酒の男だ。まあ、それで、やはり話の途中で携帯の電源が切れてしまった。井の頭線の駅のホームみたいだったな。

おれが田舎の中高生時代は、けっこう立食い買い食いイケマセンが徹底していたし、だいたい小遣いもなかったから、あまり外で食べることはなかったが、それでもスゴイ食欲だったことは確かだ。獰猛といってよいぐらいの食欲だったね。と、思い出したのだった。

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2006/02/17

ふつうのひともおかしくする不安煽りビジネス

もらった年賀状に「フツーの生活が難しくなってきているような気がする」とあった。まあ、テレビなんぞ見ていたらそうだろうなあ、と思う。うちにはテレビがないから、たまによそで見ると、殺人事件など、何度も同じ場面をくりかえし、1回の殺人だが、数十分ごとに殺人が起きているかのような報道ぶり。

これじゃあ、病気じゃない人間まで、病気にされちゃうよ。だいたいね、いまの日本人の食事は、ダメなんだってさ。

「糖尿病は、予備軍を合わせると全人口の約1割に当たる1620万人にも達し、男性は30~60代の約3割が肥満といわれ、20年前と比べると1.5倍にも増加した」とかいって、これで、なぜか、だから、食育基本法であり、役人どもがつくった「食事バランスガイド」になっちゃうんだよね。それを税金でつくってだよ、ばらまいて、これが「食育」だ。

かりにだよ、「糖尿病は、予備軍を合わせると全人口の約1割に当たる1620万人にも達し」だとして、それがなぜ政府が「食事バランスガイド」をつくってまくことになるのよ。そんなのが政策なのか?本気に解決する気があるなら、その予備軍に、まず対策をこうじるべきじゃないのか。ははん、本気に解決する気はないのね。

そもそも、ほかの9割は、どうなのだ。全人口の1割のために、9割の人までダメな食生活を送っているロクデナシで、政府の「食事バランスガイド」に従わなくてはいけないドアホウだとでもいうのか。

「男性は30~60代の約3割が肥満といわれ、20年前と比べると1.5倍にも増加した」なんて、これは根拠のない脅迫じゃないか。ははん、それがわかっていて、「といわれ」などと語尾で逃げているのだな。肥満の根拠なんか、アイマイだよ、数値だって変わっているし。大きなお世話なんだよ。デブ蔑視じゃないのかなあ、と思われても仕方ないね。

「「食育」はただ「食」をテーマにしたものではなく、環境、生活、医療のさまざまな問題を解決できる重要なテーマになっていることに、多くの人たちに気づいてもらいたい」だってさ。

そんな、これだけで、さまざまな問題を解決できるなんて、神様~、ものごと問題や世間の人びとをなめているんじゃないのか。こういう煽りは、ますます食育の品位を汚し信用を失わせるね。

政策を論じるものは、もっと具体的でなくていけないだろう。いっぱひとからげに、なんにでも効くなんていうクスリは、ウソになるよ、誰も信用しないよ。

あああああああ、暴発しそうだ。もうしているか?

育てる育むことが苦手。欠点欠陥があると、それをあげつらね、育てる育むことを追求しない。結果、壊れる。壊れても、そんなのいらないよ、おれにはこっちがあるよ、こっちがいいもんね。 これは日本人の性癖なのか、いまの日本の市場で生きる人たちの性癖なのか。

こうしてたどりついたのが、食育基本法なのだった。これでは食育は、単なる不安煽りビジネスに頽廃するだろう。

ふつうの生活をしている大部分のみなさん、あなたはふつうです、不安を煽られて動揺することはありません、あなたのいまのこれまでのその生活を愛し大事に育てましょう。

そうそう、そういえば、最近のニュースで、農産品の輸出が大幅に増加したとあったが、それは「地産地消」の推進と矛盾しているのではないかい農水省。んで、農産品の輸出が順調に伸び続ければ、「地産地消」なんて捨てられるのでしょうね。

念のためですが、もちろん、アメリカ産の牛肉の輸入は、食育基本法と矛盾するから、ゼッタイありえないでしょうね。いやははははは、そんなこと、わかってますよ、どうぞ輸入してください。整合性のない政策に、煽られついていくことに、 われわれ日本国民は慣れっこになっていますから。

もちろんおれは、前から主張しているように食育基本法には反対だったし、アメリカ産の牛肉にいたっては、輸入禁止措置そのものがナンセンスという立場でしたが、政策は、そのように整合性を持たなくては、税金にたかる目先の欲を混ぜ合わせただけのものになってしまう。って、頭のよい官僚は、わかってやっていることですね。ま、これをビジネスチャンスにしている人たちも承知のことでしょう。

ここでグタグタ言っても仕方ない、酒でも飲みましょう。

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2006/02/16

食品商業3月号、家事労働、炊事、女と男

週刊朝日のことは、きのう掲載誌が送られてくるまで、スッカリ忘れていた。補足すると、特集は、センターカラーグラビアで、「猫飯究極奥義 ぶっかけのエクスタシー」というタイトルだ。扉表紙を飾るのは、猫ひろしさんというひと。初めての名前、タレントさんかな。チーズ山盛りかけごはんってのが、好物らしい。

きのう紹介した、12月22日の「はたして、ゲロめしの写真は?」に書いたように、西日暮里の竹屋食堂でゲロめしをつくるところから食べるまでを撮影された写真のうち、2枚が掲載になっている。ゲロめしの写真、補正をしてあるのだろうが、美しい。美しいゲロめしを抱える、おれの姿も、これがおれか、イイ男じゃないか、あははははは、そうか、だからオンナにもてるんだな、と思ったぐらいだ。『汁かけめし快食學』から引用しながら詳しい説明がある。

「ネコゲロ」という、ネコメシとゲロメシを合わせたような名前のめしがあるの、知らなかった。たしかアラスカのマッキンリーで消息を絶った、登山家の故・長谷川恒男さんが命名したと伝えられるとのこと。「インスタントカップスープにアルファー米や乾燥ごはんをぶち込んでふやかしたり、煮込んだりした登山家の伝統食」とな。そういうえば、山でそういうドロンドロンのめしをよく食べたなあ。あれを「ネコゲロ」とは、なるほど~、登山家は想像力豊かだ。

しかし、ゲロめしというのは、ゲル状でもあり、ゲロとゲル、がははははは。

そして、小泉武夫さんも登場! ガバッとサバの水煮缶をぶっかけためしを食べている写真。今年は小泉さんとインネンがある。1月11日「東京農大で小泉武夫さん」に書いたように、小泉さんに会った。また3月か4月ごろ発行予定の酒の本には、おれも小泉さんも登場する。

あとは、本屋で見てちょうだい。食育はゲロめしで。

きのうは、週刊朝日のほかに、食品商業の3月号も届いた。「食のこころ こころの食」今回は、「家事労働 炊事 女と男」というお題で書いている。おれは、ここで、一度は、どこかで言ってみたかった文言を発している。「昔の知恵より、今の知恵」ってこと。

「昔の知恵より、今の知恵」ってことで、よろしく~。
この件は、また。

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2006/02/15

週刊朝日に「ゲロ飯」が

いやあ、おどろいた。って、おどろいちゃいけないか。

きのう?発売の「週刊朝日」だよ。紀子さまが表紙だよ。そのカラー特集が「猫飯究極奥義」だ。そこで、な、なんと、おれが「ゲロ飯」くっている。ほんとにやってくれた週刊朝日!

とりあえず、報告。読んでね。

関連
1月21日「ゲロめしの行方は」
12月22日「はたして、ゲロめしの写真は?」

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都留重人

1970年代はじめにマーケティングのシゴトをやり始めてから、経営や経済の専門書をよく読むようになった。もっともよく読んで印象に残ったなかに、都留重人さんの本がある。この人の書くものは、おれのように大学を出てないものにもわかりやすい、ということもあったが、たえず上っ面に流れずコトの本質を明らかにし、現実を見据え、よりよく変える方向を探る、という姿勢が一貫していたように思う。

その都留重人さんが亡くなっていたことを、さきほど、退屈男さんのブログで知った。こう言っては失礼だが、はあ、まだ生きておられたのか、長生きされたのだなあ、と思った。

都留重人さんというのは、評価が難しい人だと思う。おれがこの人の書に魅かれたのは、彼が書く経済学の文章に、そこはかとなく漂う、ニヒルなプラグマチックなニオイだった。ま、「ニヒルなプラグマチックなニオイ」なんていう表現は、「公式」にはないだろうが、おれにとってはそうだったのだ。

あるいはアメリカのプラグマチズムの影響なのだろうか。都留重人さんは、当時は、アメリカのハーバード大出の秀才として、鶴見俊輔と並んで有名だったが、鶴見俊輔のような派手さはなく、たしか東京都知事だか神奈川県知事だか横浜市長だかに、「革新系」から出馬の要請があったが、それを固辞し続けたはずで、そのへんは、いかにもニヒルなプラグマチックな人らしいと思ったこともある。日本では、「現実を見据え、よりよく変える方向を探る」と、保守にも革新にも、「革新系」とみなされる。政治意識は、そのレベルに幼稚なのだ。なにしろ、朝日新聞はアカの巣窟で、読売新聞はアメリカのエージェントなんていう話が、いまだにまかり通っているぐらいだ。都留重人さんは、出馬しなくて正解だったろう。

ようするに都留重人さんは、現実だけをみて、幻想は持たなかった。おれの都合のよいように解釈すれば、そういうことだろう。彼がみた、浮かれた日本は、まだ続いている。

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2006/02/14

ぶっこわれた脳と口か

って、「昔はよかった」というセリフ。懐古も趣味ならよいだろう、酒のツマミにもなるだろう、インテリアにもなるだろう。だけど、食育だの、食糧政策で、昔はよかったというのなら、それなりの根拠を明確に示さなくてはならない。

そもそも、その「昔はよかった」という「昔」とは、何時のことか。伝統食とは、いつのどの階級あるいは階層の伝統なのか。

かつて、家政学・栄養学の権威にして日本料理四条流師範の児玉定子さんは、『日本の食事様式 その伝統を見直す』(中公新書、1980年)で、「伝統的食生活」を主張する「農林グループ」の政策提言に対して、こう述べている。

「肉を食い牛乳を飲むことをやめ、伝統的食生活にもどらねばならないというにあるが、その「伝統的食生活」とは、どの時代の、どの(厳密にいえば、どの層の)食生活を指しているかがはっきりしていない」

「戦前の一般国民の生活は明治・大正・昭和を通じて「劣悪なもの」で、栄養失調すれすれであったので、そこに復帰することは目標とならないという歴史的事実を忘れているのではないか」

「また、米を食うとアタマが悪くなると強調した栄養学者のいたことも事実であるが、その学者の大脳に反映した現実こそが問題であって、本来、栄養学それ自体は欧米崇拝とは無縁である」

「農林グループは、提言のなかで「敗戦後、牛乳、肉、卵と突如として〔国民の生活が〕変わってきた」のは近代栄養学者のせいだという事実認識を示している。しかし、戦後、肉食が普及し、全体として食事が高度化したのは、単に近代栄養学者の奨励によるものではなく、農地改革をはじめとする経済の民主化による国民全般の生活水準の向上によるものであったことも周知の事実ではないだろうか」

いやあ、おれは、この伝統主義日本料理の大先生のことは嫌いで、拙著『汁かけめし快食學』では批判しているのだが、日本料理伝統主義者として、ときには、マットウなこともいっているのだ。

もっとも、こういう意見に接することができるのは、「農林グループ」と、たぶん「厚生グループ」との、暗闘があるからであり、児玉さんは自分に正直だったからだろう。つまりは、戦後の近代栄養学を担ったものとしての責任と葛藤が、そこにはあるのだ。およそ、ある歴史を生き、誠実に振り返ろうとするなら、それは当然だろう。

ところが、ちかごろの「昔はよかった」は、そういう責任も葛藤のひとかけらも見られない。自分だけは、「国民全般の生活水準の向上」には背を向け、昔ながらの正しい生活をしてきたかのようなことをいう。

まるでぶっこわれた蓄音機のように、おなじセリフを繰り返すのだ。誰かに「洗脳」されて、脳と口がぶっこわれたのではないかと疑いたくなる。

いわく、昔の食生活はよかったから、ガンなどなかった。
ウソだろう。
おれがガキのころは、まだ50歳が寿命だった。肺病でバタバタ死んだよ。その人たちが肺病で死ななくてすむようになって、長生きするようになって、ガンに罹るようになった。おれのオフクロは、そうだった。30歳前後で肺病、なんとか大手術をして生き延びたが、59歳のときガンになった。オフクロの姉のように、若くして肺病で死んでいれば、ガンには罹らなかったさ。ガンにかからないうちに肺病で死ぬ人が、たくさんいたんだよ。「生活水準」が低く、身体の抵抗力も弱かったし、医療も極めて不十分だった。

それとも、その「昔の食生活はよかったから、ガンなどなかった」という話しは、江戸時代のことか?
それなら、ガンなんか統計化されてないよ。

ようするに、統計のとりかたが違うか、見方がちがうかだけなんだよ。

なんでもいい、ちったあ自分で調べて考えて発言してもらいたいね。

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2006/02/13

書評のメルマガ「食の本つまみぐい」発行

きのう12日、「[書評]のメルマガ」246号が発行になった。今月5日「こんどの書評のメルマガは」で告知したように、今回は『食糧 何が起きているか』を取り上げた。こちらで、ごらんいただける。よろしく~のクリック地獄

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ひさしぶりに横浜で

きのうは2時に横浜。北浦和を何時の電車に乗ったらよいかネットで調べたら、所要時間約1時間10分ぐらいが最短で、行き方が3つもある。一つはJR京浜東北線で品川まで行き、京浜急行に乗り換え。一つはJR京浜東北線で東京まで行き、東海道線快速に乗る。もう一つは、JR京浜東北線で赤羽まで行き、新宿渋谷を経由する湘南ライナー快速に乗る。京浜急行だと私鉄で安上がりだが先月浦賀まで乗ったばかりだし、湘南ライナーは、恵比寿から先は乗ったことないから、これにする。しかし、片道890円と知って、安酒飲むのに、往復1800円もつかうなんてばかげているなあ、品川あたりで会うようにすればよかったと後悔。

でも、初めての路線というのはおもしろいもので、恵比寿を過ぎたあたりから、ガキみたいにドアのところにへばりついて外を眺めていた。大崎の駅周辺は、まだ再開発をやっていて、高層ビルが増えていた。それに大崎のJR車庫の引き込み線のところに、1960年代ごろの記憶にある総武線と京浜東北線の電車車両があって、ぎゃあ懐かしいぜ。とくに京浜東北線の赤黒っぽい車両は、なんだか「戦後」を引きずっているようで、んで、京浜東北線というのは差別扱いされて、いつまでも古物を使わされていたのだなあと思う。鉄道マニアなら、あれは何年の何型とわかるのだろうが。

多摩川を渡るときは、中洲に、食べたらうまそうなカモがたくさんいるので驚いた。鶴見あたりの景色は、あまり変わっていない、生麦商店街の看板もそのままだし。横浜は、2年ぶりぐらいだと思うが、あの駅は、いつ行っても工事中だ、たしかもう、東口の高島屋できたころからズーッと工事しているわけだから20年とか? 永遠に工事が終らないのではないかと思う。

2時では、飲める店が限られるので、とりあえず西口地下街のライオンで、生ビールぐびぐびっ。情報産業の動向などをツマミに。相手は、主に汎用型コンピュータ対象の、ようするに時代遅れなはずのコボルなどをつかう情報技術労働者だから。なぜまあ、日本は、いつまでもそうなのか、ようするに中央集権制が強く、しかも中央にはロクな人間がいない、末端の方も分散処理の責任を持たされるのはいやだ、無責任におもしろおかしく過ごしたい。というわけで、じつに不合理不条理なシステムが、いつまでも残存している。ま、日本では、分権分散処理なんてありえない、主体的な自己革新なんかありえない、玉砕ですよ沈没ね、おかげで時代遅れの技術者も仕事がなくならないですよと、やや自嘲気味。やははは、まあ愚痴るな、一緒の泥舟で沈む覚悟をしておくよりしょうがないね。それもまた、よきかな、ならばさらに飲もうと、4時は過ぎたし、地上の飲み屋も、そろそろ開店だろうと、ジョイナス前の西口5番街へ。この横丁、あまり大きくは変わっていない。おやじ御用達の「ひさご」でおでんに燗酒。帰りも湘南ライナー快速。

と、少しは日記風に書いてみた。

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2006/02/12

上野で飲んで商社が気になる

上野「かわさき」で飲む。ある大手商社の食関係部門の動向をツマミに、最近の食の生産流通アレコレを。かつての農家に対する農協の寡占状態は、ますます後退し、かわって大手商社が支配するところになるのか。鳥インフレエンザ問題でも、マスコミが叩くのは中小の養鶏業者で、以前の浅川がよい例だが、あそこが潰れて得したのは大手だった。

農協や生協や商社など、農家や産地の抱え込み競争が激化している、という視点をはずさないようにしないと、いかんなあと思う。大手商社は「悪」と決まっているわけじゃなく、最近は抗生物質が入ってない飼料の開発もしている。とはいえ、ま、ようするに大市場中心の生産流通体制にならざるを得ないわけで、何度も書いているように、過度な東京一極集中のために、犠牲になることがたくさんあるわけだ。

うふふふふふ、「東京市場」のために、かなりのことがおかしくなっているわけだから、東京だけを「日本」から切り離して、大いに規制を緩和して、牛肉でも農薬ドッサリ中国野菜でも、自由に流通できるようにするのがよいかもね。そうすれば、他の地域は「地産地消」を基本に、よりよい生産流通体制ができるかも知れない。

ぐへえ、それにしても酔った。最初に生ビール二杯、あとは燗酒をハテ何本あけたのか。今日は2時から飲まなくてはならない、せめて3時にしておけばよかったなあ。

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2006/02/11

レモンクラブ、三匹のアウトロー

表紙に18未満禁止マークのある「レモンクラブ」3月号が、漫画屋の性器画修正工芸家にして嫌われ芸の大家である塩山芳明さんから送られたきた。例によって、ヤマザキクニノリさんとナンダロウアヤシゲさんの文章を読む。今日は、これで評論家風に遊んでやることにした。キーワードは「アウトロー」。

ヤマザキクニノリさんは書いている。「エロの周辺をめぐる、大変ちゃちなアウトロー人生ではあるが、わたしは先日、東北の実家に帰って大雪と格闘しながら、いつから自分はこれほど粘り強くなったのか、首をひねってしまった」

雪かたづけという雪国においてはトウゼンの作業に、彼はこのように感慨深く自分を振り返る。「わたしは老親の住む家の周囲の雪の山を掘り崩しながら、以前のチャランポランなわたしなら、到底こうした作業に耐えられなかったろうと思った」「何が私を変えたのか?」それは「ピンク映画の撮影である。いまや3日間で、1時間の劇映画を撮り上げなければならない。当然、深夜労働はもちろん、徹夜も珍しくないのだが、だからといって限られたスタッフなので、逃げ出すわけにもいかず、まして自分が監督だったら、仕事を放棄することもできない」と。50歳代初老男のボッキ時の述懐である。

この文章に、50歳代初老ボッキ不全男の塩山編集長がつけたタイトルは、「失業エロ労働者の寒い親孝行!?」である。そして、内容とは直接関係ない