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2006/02/01

ヤマ人の汁かけめし「忌み」

1月15日の日記「牧野伊三夫編集長『四月と十月』古墳部と、古墳貝塚大衆食三昧」に、九州から参加のタグチさんから、「九州に帰ってさっそく「汁かけめし快食學」を読みました」とメールがあった。「以前から、外で食べるカレーはなぜおいしくないんだろう、と疑問に思っていたことが解けたような気持ちになりました。ぼくもジャガイモごろごろカレーが好きです」。そして、筑豊に伝わる「汁かけめし」に関する、ある種「忌み」の話が。

「昔、筑豊炭坑ではうっかり汁かけ飯をすると、まわりから縁起でもない、とぼこぼこにされたそうです。昔のヤマ人「 朝飯にミソ汁をかけて喰わんとせし新参の坑夫が大勢の同僚に袋叩きにされる事があった。・・・・トニカク味噌つける。朝の汁かけ飯は土葬の墓を想念するからであろう。・・・・」「筑豊炭坑絵物語」画・文 山本作兵衛より

「汁かけめし快食學」では、トンネル工事や漁業に従事する人たちの「忌み」は紹介したが、このヤマ人の話しは知らなかった。

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コメント

近藤さん、どーも。

トンネル工事のひとは、汁かけめしに限らず、縁起をかつぎますよね。以前ゼネコンの仕事で、よくトンネル工事現場へ行きましたが、タブーが、たくさんありました。たしかに、穴掘る現場は、ソトの世界とちがうし。

親と、そのまた親ぐらいまで遡ると、何をどう食べていたかさえわからなくなるのが、フツウの日本人じゃないでしょうか。

変化が激しかったのと、アイデンティティを「お国」まかせだったのと、ワケはいろいろありそうだけど。

投稿: エンテツ | 2006/02/02 08:49

 一昨年死んだ私の父親はトンネル坑夫でしたが、わが家にも、味噌汁かけ飯の習慣は全くありませんでした。そういう食べ方の存在自体、高校を出て、東京に来るまで知らなかったです。
 「味噌汁+冷や飯」は、必ず一度煮て、雑炊にしていました。新潟なので、鍋物の残りや豚汁で餅雑炊なんてのも、冬のたびに食ってましたね。
 親父にどんな、食い物への忌避があったのか、あるいは、たまたまだったのか。聞いておけばよかったと思う頃に親はなし、という始末です。
 『食品商業』3月号は2月15日発売。遠藤さん連載のテーマは「家事労働 炊事 女と男」。ぜひ、書店でお手に取ってください。2月号も発売中です。

投稿: 近藤昌 | 2006/02/01 23:40

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