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2006/03/01

だがね 下町・山の手問答

しかし、だがね、と、一昨日きのうの続きなのだが。「過酷」といってよいほど過密な下町に「人間の生活」がある、倫理つまり人倫があるとしたら、それは「貧乏」の肯定になりやしないか、それが、ほんとに「人間の生活」なのかと考えてみるのも、悪くない。

たしか2000年以後に廃止された東京都労働研究所?という名前だったかな、そういうところで、東京の労働者の実態調査を重ねてきた。それが廃止されたのは、東京を支える労働者の実態など、どうでもよいと東京都が判断したのかも知れないが。それはともかく、ほかにもデータはあったと思うが、下町では労働者の疾病率や死亡率が高いという傾向がみられた。それは、住環境や労働環境の悪さからくるという分析もあったように思う。少なくとも、食生活や栄養の劣悪を原因とする分析はなかったと記憶する。

そういうところに、「人間の生活」はあるのか? 

疑問は、とうぜん起きるし、望月照彦さんの『マチノロジー』でも、そのことにふれている。そして下町ではないが、下町同様の東池袋5丁目のサンシャイン・シティ裏の家屋密集地に住んでいた小沢信男さんは、『いま・むかし 東京逍遥』の「池袋今昔物語」で、

「ところが、あちらには、おのずから別な見方があるようで、家屋密集地を見下ろすと取り払って再開発したくなるらしいのだ。往昔の西口マーケット街とほとんど同様に、嘆かわしい、遅れた地域と見えるのだろう」「そのうち池袋がもっと接近してきて、拙宅あたりも"文化的"にされてしまうのだろう。やれやれ」と書いている。「あちら」とは、再開発された池袋や、サンシャイン・シティなる「模擬都市」や、それを推進した人たちをさす。

さらに小沢さんは「東京逍遥篇」で、下町と同様の環境である大森在住の、旋盤工にして作家の小関智弘さんが書いた『大森界隈職人往来』(朝日新聞社)を紹介しながら、こう述べる。

以下引用…

  町にも工場にも、人間の営みの累積がある。言いかえれば根がある。その誇り、ふところの深さとは、このことだ。消費都市の間口の華やかさがなんだろう。生産する町であってこそ、人間くさい町であろうに。その思いを筆遣いにひそめて、著者はこの町の庶民群像を描く。生活の不如意は、町中を流れる呑川のメタンガスのように絶えずとも、彼らの姿には、いずれも威厳さえもがある。
  これが現代の東京の文学である。

……引用オワリ

小沢さんは自分が住んでいる家屋密集地を肯定し、それを脅かすサンシャイン・シティと、その文化その文学を批判する。つまり一方では、下町あるいは下町的なる家屋密集地、そこにある「生活の不如意は、町中を流れる呑川のメタンガスのように絶えずとも、彼らの姿には、いずれも威厳さえもがある」群像を生活の姿として肯定する。

山の手とは、消費文化の都市である。それは華やかで浅く薄っぺらな文化と文学が支持されるところでもある。そちらからみれば、下町は慰みものでありえても、文化でも文学でもない。「嘆かわしい、遅れた地域」なのだろう。いまでは、「浅草」を文化と文学の舞台としながら、小沢さんが「これが現代の東京の文学である」といったそれは眼中にない状況すら生まれている。つまり、下町をテーマにしながら、文化や文学の手をかり山の手の視線で見る、それによって「下町」は山の手の消費者用に商品化され消費される。

その源流をさかのぼれば、「文化住宅」の出現になるだろうか。それが、山の手に出現するのは、いわゆる教養主義と大正モダニズムの時代だ。「文化住宅」は、近代を象徴する耐久消費財であり、戦後の日本の消費モデルの頂点に立つものといえると思うが、そのころから文化や文学は、山の手で消費と手を組んだのかも知れない。それは、生活のなかの文化や文学というより、「ゆとりある生活」としての文化や文学だったといえるだろう。そこからみれば家屋密集地に、人間の生活や文化や文学があろうはずはない。

ちかごろ、広告コピーのようなエッセイや小説が、名文?名作?としてもてはやされるのは、そういう山の手文化の結果のように思われる。

ともあれ、いま「貧乏」とか「富裕」の基準になっているのは、消費の拡大を生活の充実と誤解してきた、山の手をモデルとする消費文化だろうと思う。

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