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2006/03/12

大衆食の発見

産業新潮社の『産業新潮』という月刊誌の依頼で、大衆食堂アンド大衆食について書いた。100頁ほどの産業経済専門誌で、おれも初めて見る雑誌。「日本のよさ再発見」なるコーナー、見開き2ページ。送られてきた見本誌では、1月号は太田和彦さん、2月号は一龍斎貞花さんだ。

3月7日の「ネクラに生きたい」の自殺者の話は、この雑誌の2月号に載っていたものだ。「メンタルヘルスの視点から」ということで、心理相談員相談会、人材(財)開発研究所代表の木山良知さんが書いている。

「リストラが一段落しても景気が回復基調になっても自殺者が減らないのは、要、不要のメカニズムが社会構造にきっちり組み込まれたからで、こんな緊張感の高い社会は世界的にありません」「だが、「もういいではないか」と誰かが声を上げなければならない時です。自殺者三万人時代に幕を下ろすために、私は「思いやりの価値観」を大切にし信頼関係を育み、複雑に絡み合った社会システムを一つずつほぐしていく努力を続けることが重要だと思います」。

「思いやり」といえば昨今は米軍に対してだけだ。お互いに、欠点欠陥を見つけては、叩きあいの潰しあい。誰も、自殺者の出ない社会など夢見ていない。

ま、そういうなかで、おれは大らかに、「日本のよさ再発見」というより、「大衆食の発見」というかんじで、またもや、「なにがなんでも大衆食だ!」「これこそ日本のめしだ!」「気どるな、力強くめしをくえ!」の主張をしてしまったのだった。5月号に掲載だそうだが、多くのひとの目にとまることはないだろう。

古本屋で、清水桂一さんの『味の歳時記』(TBSブリタニカ、1976年)を見つけて買った。清水桂一さん、奥付には、こうある。「四条流家元石井泰次郎の料理故実を伝承する。現在、銀座クッキングスクールはじめ各所で家庭料理指導にあたる。神奈川県立栄養短期大学講師」

おれが、1970年代のはじめ、クライアントの指定で初めて一緒にシゴトをしたのが、この清水桂一さんの料理学校であり、本人と会うことはなかったが、清水桂一さん署名の原稿まで書く助手(弟子)の方とアレコレやった。ま、伝統主義日本料理と栄養学のイイカゲンに、ここで初めて出会ったのだな。

そして、江原恵さんが、当時『庖丁文化論』などで、厳しい辛らつな批判を加えていたのが、こういう料理学校であり、こういう料理の先生であり、四条流であり、石井泰次郎や清水桂一の『日本料理法大全』なのだ。

しかし、この『味の歳時記』をパラパラ見ただけだが、この本から30年たっても、有名大学を出た編集者の手で、この本と同じような内容が繰り返し出版され、それがまた同じように売れるのだな。昔は旬があった、旬がなくなったのは消費者が愚かだからだ、旬を知らない愚かな消費者どもよ、ってやつね。依然として、こういう栄養学や料理のセンセイがのさばっている。江原さんが指摘した、その「権威主義の情報システム」は、何もかわっていない。メディアに巣食い、メディアを私物化している連中は、同じような連中なのだ。こういう連中ほど、とても自殺しそうにない。

江原恵さんと、最後に会ったころ、1996年ごろ? 江原さんは「けっきょくおれはさ、板前あがりというので、インテリたちにめずらしがられただけなんだよ」と寂しげに笑った。長年やったすえに、そう思わなくてはならないのは切ないことだと思ったが、実際そうだったようにも思う。

あと数年で、おれはあのころの江原さんと、おなじトシになるのだな。ふむ。

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