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2006/03/22

まだ腰痛、で、あづま丼

腰痛って、なんだろか。左足が冷えたかんじになったり、心臓の下あたりに突き上げるような痛みが走ったり。ああ、こうやって書いていると、誰かさんのような腰痛日記になりそう。ああ、かなしい……。

って、酒を飲んで、でへろれろれろ、不機嫌に寝転がったまま、古い資料を見ていた。昭和初期、「大衆食堂」という呼称が生まれたと思われるころの東京の食べ歩き。

「家庭人」という人種がいて、これが、大新聞の主な読者であったような時代。大新聞の記者には、「家庭人」以外の労働者階級の暮らしなどは、社会問題以外では眼中になかった時代。関東大震災で江戸の名残りが一掃される時代。それはまた東京に「関西風」進出した時代ともいえるか。

神楽坂は「山の手銀座」といわれた。百貨店の食堂が「家庭人」の奥様お嬢様で賑わい興隆を極め、地方や労働者階級の貧困飢餓は、まるでウソのような東京の「家庭人」の暮らしがあった。らしい。この時代を、見極めるのは、なかなか難しいのだが、だからまたオモシロイ。

「あづま丼」なるもの、いまでも、あるのだろうか? おれは知らない。知っている人いたら、教えてください。「東ずし」というのがあって、これは鉄火のことだから、その前後の資料から推察すると、「あづま丼」は「鉄火丼」のことではないかと思われる。

関西風の呼び方が、東京の飲食店で通用する。「まぐろにぎり」は、「東にぎり」とはいわず「まぐろにぎり」だから、「鉄火」が、いかにも東京あるいは江戸風だったということになるか。

Kさんから電話があり長話、稚内へ転勤だそうだ。稚内というのは、いまやサハリンまで守備範囲、市内にロシア人も多いとか。サハリン、行ってみたいなあ。とりあえず、Kさんが稚内にいるうちに、稚内へ行こう。

きのう北浦和のチェーン居酒屋で飲んでいたら、キャッキャうるさい女が、「彼がアルバイトしろというから、やろうと思うんだけど、私がアルバイトするなら、六本木か麻布しかないでしょ」だってさ。六本木や麻布とは、そういうとこなのだな。

イテテテテテ、以上、今日の腰痛日記でした。

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