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2006/03/27

メディアのなかで自分を見失う料理

江原恵さんの著書に『辰巳浜子 家庭料理を究める』がある。リブロポート、シリーズ民間日本学者の28、1990年刊行。江原さんは、辰巳浜子の娘さんの芳子さんにも取材して、これを書いている。辰巳浜子さんは、かつて1960年前後からNHKの「きょうの料理」などで活躍した人だが、当時は料理学校やプロの料理人が「料理の先生」であったなかで、めずらしく主婦から「料理研究家」になった人だ。

この本の脇のおもしろさは、ただの一人の主婦がメディアに登場し本を出版するようになるにしたがい、変わっていくところだ。

辰巳浜子さんの出版デビュー作である1960年『手しおにかけた私の料理』と、それから10年以上過ぎた1973年『料理歳時記』を、江原さんらしく詳細に比較検討している。そして「しかし料理家として名を上げ、マスコミに知られてくると、時代の風潮にしだいに引きこまれて行く傾向が出てきた」と。

それは江原さん自身が体験し、そして引きこまれないようにしていただけに、なかなか克明にとらえている。

正確にいえば「時代の風潮」というより、取り巻きとなったメディアの人たちやファンに引きこまれて行くのだ。これは、ある一面、じつに気分のよいものであり、自分が、ただのそこらの主婦や大衆の一人ではなくなった錯覚を持つ。

自分の周囲には、自分を好み、自分も憎からず思う人たちが集まり、そのなかでおだてあったり褒めあったり冗談を言ったり、しているうちに、そこでの気分やコトバに自分が支配されるようになる。だけど、気分がいい。しかも有名なメディアという権力でもあり権威でもある人たちと交わっているうちに、自分もその仲間であると思う。それもまた気分のいいことだ。その仲間で通用する気分やコトバも覚える。そして、それが表現にあらわれる。

そういうものを江原さんは見逃さず指摘する。残念な気持をこめて。

このことを思い出したのは、きのう、いま佳境の野菜炒めの原稿の調べで図書館へ行き、娘の辰巳芳子さんの『手からこころへ』(海竜社、2004年)を借りてきて、パラパラ見ていたからだ。

その本を借りたのは、野菜炒めとは関係なく、「汁かけ飯」の項があったからで、まあタイトルからして、台所仕事は手仕事だと思うのだが、『手からこころへ』とは、時代の風潮が手に汗して働くより、心地よいこころの話のほうがよい具合になっているからだろうかと思いながら借りてきた。

辰巳芳子さんは1924年生まれだから、浜子さんが1960年56歳の『手しおにかけた私の料理』のときには、36歳ということになる。そのころから、浜子さんの周囲の有名メディアな空気を吸いながら生きてきたのだな。

日本人のなかでも自分は上質な人間であるというコトバに満ち満ちている。ま、上質の人間であろうことは認めるのにやぶさかではないが。「手から こころへ」に始まり、「伝える喜び」「心を耕す」「私のむだなし考」「心を奏でる」「春の恵」「愛あればこそ」……こういう類の本の常套句に満ち満ちている。それでいて、自分は地を這って「底の方を拾って」生きているようなことを言う。これも、常套だ。

「汁かけ飯」については、「表現さまざま」というタイトルで、このように書き出す。

”汁かけ飯”を作っていたら、簡単と簡素の違いがなんとなし気になってきた。 簡素の中にはやはり美があり、思索の裏づけ、または思い入れの跡が認められる。簡単は、どうも、それから先は無いもののようだ。

そして彼女は、「戦後、この食べ方はすっかり忘れていたが、この頃さんざん美食をなさった方のもてなしに窮し、はたと思い出した。しかし今の世にこの思惑を成功させるためには、質素が簡単ではなく、簡素に達するよう、ささやかな美意識でやりくりすることとなった」と書く。

なんとまあ、私は汁かけ飯をすすめるが、私が付き合っている方々は「さんざん美食をなさった方」たちで、つまり私は、そういう人のお仲間なのね、で、私は簡素な美意識を持った女なのですよ、ということをもったいつけて言っているだけなのだ。

かりに、心を耕す思索の裏づけのある簡素な美学の持主だということを認めてあげてもよいが、それなら、こういう類型的な表現はイッタイどこから出てきたのかと思う。

「鰹節を削るシュッシュッという音は日本の台所特有の世界に冠たる響きだと思います」

なんとまあ、陳腐な、ブッ、「世界に冠たる響き」? おれは思わず吹きだしたが、きっといい気分で書いているのでしょうなあ。こういう表現が、続々とある。

しかしそれが、彼女が生きてきた、そして生きている、有名メディアな環境の空気なのだろう。それはまた読者まで含めた、売れる有名になれるメディアの現実の姿なのだろう。

ま、おれは「簡単」な野菜炒めが、もうおもしろくてねえ、50枚ぐらいは書いてしまったかなあ。末日までに、100枚書けるか。がおおおおおお~

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» 続々々々 料理は愛情? [ままならねーことこのうえねー]
辰巳浜子の料理歳時記は、季節季節の旬の食材を紹介しつつ、明治の終わりから大正、昭和初期の日本の情景を描いた私の好きな料理本である。 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4122040930/249-4706053-1471533 辰巳がある日、鎌倉の自宅を出て銀座に出向くエピソードがある。京浜電車に乗り品川を過ぎると、まだ車窓から海が見えた時代。資生堂パーラーと星製薬のアイスクリームを食べ比べながら銀ブラ。星新一の父さんって、アイスクリー..... [続きを読む]

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