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2006/04/30

コナモンの日そして下谷神社大祭にフライ

タカスさんからいただいメールに「散策と言えば今年も下谷神社のお祭りが間もなくですね。ゼリーフライ/文化フライのお店を求めに出かけようかな。」とあって、それで、おおっ、そういえばと思い出した。

日本コナモン協会会長の熊谷真菜さんから、「5月7日コナモンの日が近づいてきたので、そちらでも盛り上がってくださいませ。」とメールがあったのだった。「関東コナモン連」を名のりながら、じつは何もやってないおれ。

下谷神社の大祭を調べたら、今年は5月5日6日7日だ。ならば、では、下谷神社の大祭へ行って「フライ」を食べよう、という催しでもやろうかな~。7日、どなたか一緒に行きますか~。一緒じゃなくても、コナモンの日を、よろしく~。

ザ大衆食「フライの謎」…くりっく地獄

下谷神社大祭のページ…くりっく地獄

日本コナモン協会…くりっく地獄

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なめられるより、なめてやろう

泉麻人さんは、山の手「高台」族に嫌悪を露にすることがある。この人は、山の手「高台」族に何かウラミでもあるのかと思うこともあるが、東京の高台の上と下では、さまざまな優劣観がドロドロしているのは確かだ。

それはともかく、『新・東京23区』(新潮文庫、2001年)の「江東区」の章では、「門仲(もんなか)の魔力」という見出しで、こんなことを書いている。

周辺には安くて旨いメシ屋や呑み屋が多い、というより、「気さくな下町風の旨いメシ屋が豊富そう」というイメージに、門仲人気は支えられているようなところがあります。実際、指折りの店は一、二軒であっても、とりあえず「門仲に旨い店があるんだよ」と誘われると、そこが仮に大した店でなくとも、シロートは通っぽい下町のムード騙されて、モズクやマグロ納豆も東中野の居酒屋で食べるのと違った味に感じてしまうわけです。「モンナカ」の響きには、そういう魔力が潜んでいます。人形町趣味の"やや庶民版"といってもいいでしょう。

このように「通っぽい」ムードに騙されることは、よくあるだろうし、ま、わざと騙されて楽しむのも「劇場社会」としては悪くはないだろう。

だけど、騙し騙されごっこしているんだよねというのを忘れて本気になっているようなフシもある。そこそこ食べ歩いて、おれは食べ物については詳しい、とくに魚は好きだから、こんなにイロイロ食べているし詳しいんだぞ、そのおれが、ここの刺身はうまいというのだ、という感じで書かれているなかに、そういうフシをときどき見かけ、またそういう書き物をありがたがる様子をみかけると、どうもなあ、これじゃあ読者はなめられているよなあ、と思うことがある。

いまどき、オープンキッチンつまり客席から見えるところで料理をするのは、とくに生ものを扱う飲食店では、大衆的な店ほどアタリマエになっている。そこでは、いかにもオレサマ職人サマという板前さん風が、オレサマ職人サマという感じで包丁をふるうのである。すると、客は、家で食べるスーパーの刺身と同じようなモノでも、サスガ新鮮でうまいと思ってしまう。それはトウゼンだろう。

「シロートは通っぽい下町のムード騙されて、モズクやマグロ納豆も東中野の居酒屋で食べるのと違った味に感じてしまうわけです」と同じようなことが、いくらでもある。

シロートは、それでトウゼンだとしても、ワタシは食べ歩きのプロよ、うまいものを知っているゾという人物が、この店は客の目の前で調理する、材料は新鮮で包丁さばきも素晴しい、しかも安い! なんてことを、大衆居酒屋の刺身を食べて力説するなんてのは、読者をなめてかかっているか、自分が、そういう演出をする飲食店になめられているかのどちらかではないかと思う。

とにかく、知ったかぶりはしないことだね。とくに魚の鮮度と産地について述べるなら、見て食べただけで、どこの産地でいつごろ獲れたものか当てられるようになってからにしてほしい。漁港で水揚げ直後と、築地市場あたりでは、もう見た目から違うのだから。

しかし、「この店は客の目の前で調理する、材料は新鮮で包丁さばきも素晴しい、しかも安い!」というたぐいの話は、もう数十年前から、とくにあの店内に水槽を据えての活魚料理がブームになったころから、惰性的に使われている著述ではないか。しかも、あの水槽を据えての活魚料理などは、一日そのなかで魚がすごせば、生きていても鮮度は落ちるし肉質は変わって、うまくでもない。まだ、そうした大衆居酒屋があり、そうしたものをありがたがる風潮は、続いている。これだけ外食本が出てグルメだのといっているのに、食文化的な成長はないのだろうか。

読むほうも、文章の調子や面白さに騙されずに、このような泉麻人さんのような眼を持って、なめられるより、なめてやろうの根性でやろうじゃないか。

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2006/04/29

十条・てんしょう、板橋・明星酒場、赤羽・まるよし、本日は小田原「ふくや食堂」

昨夜は6時半に板橋で駄目吸うさんと待ち合わせだった。時間に余裕があったので、入ったことはあるが写真がなかった十条銀座の大衆食堂「てんしょう」へ。パチリ、いい写真が撮れたので、近日掲載するとしよう。気性のよい娘が客を相手に冗談をとばし、地元民や競艇ファンがくつろぐところ。

駄目吸うさん遅れて登場、ただちに駅そばの明星酒場へ。うーむ、これほどコキタナイ散らかりぶりは、めずらしいねえ、しかしナゼか落ち着くねえ。清潔キレイにしておけばよいってもんじゃねえや。そして、店がコキタナイ散らかりぶりにしては、おばさんは、荒くれを想像していたが、ちがってこざっぱりとした人なのだなあ。また一人で行っちゃいそう。

9時も過ぎ、つぎつぎと、すでにどこかで飲んで酔った常連たちが来るので、われわれは退散。駄目吸うさんが、赤羽駅前のまるよしのメニューにある「半生いわし」が気になるというので、「そりゃ、ただの、いわしの丸干し一夜干しだろう」とおれは言い、デハ確かめに参ろうと赤羽へ。まるよしは、あいかわらず盛況。さっそく「半生いわし」を注文、それからニンニク焼もね。出てきた半生いわし、ほーらみろ、ただの丸干し一夜干しじゃねえか。閉店まで飲んで、いい気分。

単なる半生いわしにご機嫌なおれ……クリック地獄

本日は、去る25日に小田原で発見した「ふくや食堂」をザ大衆食のサイトに掲載した……クリック地獄

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2006/04/28

「豊かな日本の中流意識」と、どう決別するか

最近のトラックバックにある「続々々々料理は愛情?」は、3月27日の「メディアのなかで自分を見失う料理」にトラックバックいただいたものだ。まだご覧になっていない方は、ゼヒご覧いただきたい。

この指摘は、オモシロイと思う。

「辰巳浜子の娘、カリスマ料理研究家辰巳芳子はそんな風潮を憂い、母から娘に受け継がれる伝統を大切にせよと主張する。だが、彼女の言う家庭料理は一部の特殊な家庭の伝統であって、決して日本の伝統的な家庭料理などではない。むしろオレンジページの読者が目指す手抜き料理の方向性こそが、本来の日本の家庭料理に回帰せんとする運動なのではなかろうか。」

おれとしては、こういう主張が、どんどん増えることを期待しているし、また増えるだろうと思っている。

26日に書いた、風呂会の会長、瀬尾幸子さんは、「酒とつまみ」に「瀬尾幸子のつまみ塾」を連載している。前から気になる存在だった。こんな「料理研究家」が、どんどん増えるといいなあと思って、その連載を見ていた。ある意味、瀬尾さんの料理は、辰巳芳子さんなどの「家庭料理」とは対極にある。

瀬尾さんの料理は、いろいろな身近の使えるものはドンドン使って、複合融合の料理で味をつくり出せるところに特徴があるように思う。加工食品やインスタント食品はイケマセンといった、ゴタクは述べない。ときと場合、必要とあらば、ドンドン積極的に使う。

なんでも程度しだい、それを判断する基準は、「生活」であり、「自分」である。

しかし、日本人は、とくに70年前後から「豊かな日本の中流意識」というアイマイな観念を持たされ、それを「消費」の判断基準としてきた流れもある。

そのことは、すでに何度か書いている。そして、これも何度か書いているが、「豊かな日本の中流意識」の「消費」は、一つは、「グルメ」つまり「外食」と「うまいもの」に傾斜した。

いま、「下流」だの「階層」だのと言っているが、貧しくても、「外食」と「うまいもの」の「豊かな日本の中流意識」だけは旺盛のようだ。いや、「外食」と「うまいもの」もよいのだが、それがガイドブックやサイト情報にたよっての右往左往。

そこに、どういう「生活」、どういう「自分」があるのか。どういう未来を想像しようというのか。探ってみると、「豊かな日本の中流意識」の残骸しか見えない。

「豊かな日本の中流意識」の「消費」に溺れて過ぎてゆく日々。そんな人間にワタシはなりたくない。と思ったら、「瀬尾幸子のつまみ塾」なんて、いいかもな。

……あっ、話が、ズレたか。な。しかし、「スローフード」も「食育」も、すでに汚れて色あせたなあ。そんなもんですよ、現実とチグハグな流行ってのは。

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2006/04/27

入ってみたい 旭野食堂を掲載

ザ大衆食のサイトに、JR横須賀駅前の旭野食堂を掲載した……クリック地獄

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2006/04/26

熱海温泉 福島屋旅館

Atami_hukusimayaでは、そういうことで、福島屋旅館の風呂場入口の写真。これは明るく処理をしている。実際は薄暗い。

こちらに、表の写真と適切な紹介がある。
http://www.d6.dion.ne.jp/~masa.ito/atami_fukushima.html

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横須賀風呂会泥酔鎌倉泊熱海よれよれ中野の夜

Yokosuka_huro24日横須賀駅1時待ち合わせ。牧野伊三夫さんから誘いがあって瀬尾幸子さん会長の「風呂会」に参加。横須賀で銭湯に入って酒を飲むだけ。しかし、牧野さんだって瀬尾さんだって、雑誌「酒とつまみ」に登場する、ただの酒飲みじゃない。それが前日は酒を断って備えるとか。

とにかく、ここ浦和から遠い横須賀駅へ。コヤマさんも加わって、4人で、まずは横須賀の路地をウロウロウロ京急線横須賀中央駅周辺へ途中でアレコレ食べながら飲みながら移動ウロウロウロ。そろそろ3時過ぎに銭湯を発見。おおっ、なんと偶然とはいえ、すばらしい佇まい。それじゃ、入りましょ。銭湯代400円。銭湯の名前が「当世館」だ。かなり古い。戦時中からの営業で、もとは寄席だったという話だ。

ああ、いい湯だった。さあさあビールだ、めざすは、2時ごろから行列ができるという、安い焼鳥屋。どれも1本60円。すでにさっき通りがかり立食いで何本か食べてみた、うまい。そこにしようと行くが、すでに一杯で、4人分空く気配なし。では、と、ほかを探すが、なかなかピンとくるところがない。空きっ腹と乾いたノドを抱えウロウロウロ、探す探す探す。と、探せばあるものだ、縄のれんが下るスバラシイ大衆酒場。

途中から駆けつけたスズキさんも、ちゃんと銭湯に入ってから参加。よく歩き風呂に入ったあとに、ガンガン飲んだから、もう途中から、なーも覚えていない。デジカメには、撮影した記憶のない写真が写っている。

とにかく、おれと牧野さんはどこかでタクシーに乗って、鎌倉の牧野宅へ。そしてまた飲む。泊まり。

25日、8時半ごろ目が覚め。一度家に帰ってシゴトを片付けてから、夜の中野のゲストハウス「やどや」の飲みーてぃんぐに備えようと牧野宅を辞す。

北鎌倉駅で、藤沢へ出て小田急線で新宿のコースが安いし空いているかと判断し、大船で東海道線に乗り換え藤沢へ、のツモリだった。ところが、東海道線小田原行に乗ったら、気分が変わり、そうだ小田原へ行こう、シゴトはなんとかなるだろう、小田原へ。小田原駅で、アチコチに電話。イイヅカさんがいないのは残念だったが。しかし、うふふふ、これでヨシッ、そうだ、小田原漁港へ行こうと思い立つ。

小田原漁港は東海道線で小田原の一つ先、早川という駅からすぐだ。アジのたたきなどで昼酒なんていいねえ。そうしようそうしよう。漁港でボンヤリ缶ビール。うまいことに漁港のすぐそばに酒屋があるものだ。ま、そうこう昼飯など食べているうちに、中野に6時半に着けばよいのだから、だいぶ時間がある、どうするか? ここまで来たら、やはり熱海で温泉でしょう、そうしようそうしよう、と、またもや東海道線下りに乗って熱海へ。

熱海駅の観光案内所で、立ち寄り温泉マップをもらう。さてどこにしようかと、リストを見ると、なんだかクサイ一軒あり。その名も「福島屋旅館」、入浴料350円で格安、そのうえ「湯治場風情の残る掛け流し温泉」と説明に。臭うなあ、行ってみようじゃないか。

いやあ、まさに、木造の、古い旅館。風呂場の脱衣所は裸電球が1個ぶらさがっているだけで昼なお薄暗く、脱衣カゴも板の棚も、きのうの銭湯当世館と同じようなつくりだ。磨き丸太の柱二本、床板は継ぎはぎだらけ。風呂は、タイル張りで、もちろんシャワーなんかついていない。つげ義春の貧乏旅行、まさに湯治場の風情だ。

ああ、書くのメンドウだ。まだまだイロイロ、よい大衆食堂を発見したり。そして、小田原から小田急線で新宿に出て、中野に6時半「やどや」の飲みーてぃんぐに参加し帰ってきたのでした。やれやれ。

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2006/04/23

なぜカレーライスを、誤解したいのか

久しぶりに拙著「汁かけめし快食學」の検索をしてみたら、今年になってからでも、このように読後感を書かれている方がいて、うれしいね。このようにカレーライスのことに触れられた例は少ないと思うし。

風呂上りの夜空に 06年01月22日
http://thanpara.blog46.fc2.com/blog-entry-8.html

「汁かけめし快食學」は、今年の7月で発売から2年になる。まだ1刷のままで、とても増刷など見込めないし、このままじゃ売り切れたら絶版、ああっ、おれの本は一冊もない、テナ状態になるのだろうなあ。ま、それも、多勢や権威に逆らう者の運命だろう。

「旨味のある汁、そこに味噌をとけば味噌汁、醤油と片栗粉をとけばあんぺい汁、カレー粉と片栗粉や小麦粉をとけばカレーである」。国民食として普及したカレーライスは、そういうもので、伝来といわれているものとはちがう。なんていう主張は、読売、朝日、毎日、産経、日経の新聞テレビはもとより、NHKもちろん、あらゆるスポーツ紙、週刊新潮、週刊文春、ミギやヒダリの旦那様、など、圧倒的大多数の常識に異議を唱えるようなものだからな。

カレーライスは、インドを元祖としてイギリス経由で伝来したということで、アンシンしていたい人が圧倒的に多いのである。つまりカレーライスを誤解していたいのだ。

しかし、なぜカレーライスを誤解していたいのかと考えると、なぜカレーライスを誤解したのかという疑問にぶつかり、そこを追求していると、一つは、漢字とかなとカタカナのある日本語の「特殊性」にいたるのだなあ。もう、これは、料理の問題じゃないぜ。やれやれ。

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おそろしい酒飲みたち

きのうMさんから電話があった。明日はMさんとSさんと3人で飲むのだが、MさんもSさんも今日は酒を絶って明日に臨むのだそうだ。おそろしいことだ。おれは年寄りなんだから、お手柔らかにね。おれも今日は酒を絶つか?

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2006/04/22

フツウの日々を新鮮に保つ朝茶のススメ

「「階層社会・日本」の食」について書いた「食品商業」5月号は、いま発売中だが、この連載が始まった最初の1月号のテーマは「「食の豊かさ」ってなんですか」って、ことで、こんなことを書いていた。


「ありふれたものをおいしく食べる」とは、フツウのものをフツウにおいしく食べるということである。そのために想像し執着し工夫する。フツウのことは惰性に陥り新鮮さを失いやすいから、新鮮に保つ努力が必要だ。高いところだけみた競争や、派手な目先の話題性にふりまわされ、フツウを粗雑におろそかにしていないだろうか。
私は、よく睡眠のふとんに入ってから、朝起きてまず飲む一杯のお茶のうまさを想像する。それはとても心地よい豊かな気分のひとときだ。「起きたら、まずあのお茶を飲もう」。しかしそのお茶は、ありふれた「徳用」のものである。この簡単な一杯で、生きているシアワセに目覚める。夜中に眠って死んだ生命が生きかえるかんじがして「ヨシッ、今日もやるぞ」と思う。急いで立ったまま一杯だけ飲んで出かける朝もあるし、そのあと元気よく朝酒をやってしまうこともあるのだが、これが「ありふれたものをおいしく食べる」その日の第一歩だと思っている。
そのように、食の豊かさは、あるのではなく、育てるものだろう。育てる行為は地味だが続けることで、カタチのないものが文化として維持される。食品が豊富であることは必要だしよいことだと思うが、ありふれたものをおいしく食べることを日々思い想像し、日々つむぎだすことを意識的にしなければ、食の豊かさは育たない。


なかなかイイコト書いているなあと自分で感心したので、ここに紹介。朝めしを食べる習慣がない人が、イキナリ朝めしを食べようとするより、まず、このように朝茶をする習慣をつけたほうがよいように思う。朝めしより簡単な朝茶をする習慣がつけば、朝めしへ自然につながっていく。

●先日、ただ呑んでるだけの駄目ブログの吸うさんが京都へ行って、スタンドに寄って写真を撮って送ってくれた。イイ雰囲気。どーも、ありがとさん。ザ大衆食のスタンドのページに掲載した。……クリック地獄

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2006/04/21

マカロニサラダと大根浅漬け

Surugaya_makaroni先日来、当ブログで話題にしていた野菜炒めは、「現代日本料理「野菜炒め」考」のタイトルで、連休中か連休明けぐらいに、入谷コピー文庫から発行される予定になっている。これは極少部数発行の非売品なので、極少数の人しか手にすることはできない。

それはともかく、この原稿を読んだ発行人、フリー編集者の堀内恭さんから手紙があって、すごく面白かったので、つぎは是非マカロニサラダについて書いて欲しいと言ってきた。なぜマカロニサラダかというと、左サイドバーのリンクにある「大衆食と「普通」にうまい」を読んでもらえばわかるが、そこに、こう一文がある。

 どうもおかしい。たとえば、サバ味噌煮やとん汁や野菜炒めやマカロニサラダの歴史などは、話題にもならない。おそらく、この4品の歴史の重要性すら認識している人は少ないだろう。わが味噌汁の歴史ですら、かなりアイマイなものである。
 カレーライスのような天下の大衆食も、本になると、戦前から大衆食堂の定番だった、ジャガイモごろごろの黄色いカレーライスは突然姿を消し、イギリスやインド、はたまた大日本帝国海軍や陸軍の料理になり、わがデクノボウの親や祖父母に類する普通のひとは登場することなく、「シュフ」「料理人」「食通」といった人たちが偉そうにしているではないか。そして、その偉そうな高額のカレーライスは、自分が食べてきた普通のカレーライスとまったく違うものである。どんどん自分の生活の実態や実感から離れていくのだ。

ま、この文章からだけでは、なぜ、サバ味噌煮やとん汁や野菜炒めやマカロニサラダなのかは、わからない。そのワケを書くと大変なのだが、ごく簡単に飲みながら堀内さんに話して、野菜炒めの原稿を渡したのだった。

マカロニサラダ、書く気マンマンになっている。たとえ読んでくれるひとは少なくてもよいのだ。堀内さんが読みたいというだけでも書くだろう。

野菜炒めも実際にアレコレ考えて調べて書いたら、おもしろいことがたくさんあった。マカロニサラダについても、おもしろいことがたくさんある気がする。

ってことで、マカロニサラダが気になっている日々、4月16日の日記に書いたように、「日本森林再生機構の第1回森林視察」で、秩父郡小鹿野町へ行き、ちょうど昼ごろだったので、小鹿野町では人気の大衆食堂「するがや」に入った。この食堂のことは、まだザ大衆食のサイトに掲載していないが、そのうち掲載する。

そこで、おれはヤキソバを頼んだのが、そのヤキソバだけではなく、ラーメンにも定食にも、このマカロニサラダがついてきたのだ。

このどこがオモシロイのかというと、マカロニサラダと大根の浅漬け二切れとが一緒盛りなのだ。うーむ、どういう必然なのか。食べてみたが、あまり必然性はかんじなかった。しかし、この小皿のなかにおいて、大根の浅漬けはサラダでもあり、マカロニサラダは漬物でもあるという関係が、融合的とはいえないがあって、なんだかまあ、これが日本の姿であり日本文化なのだなあ、と思えた。

やはり、マカロニサラダは、おもしろそうだ。

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2006/04/20

イタダキ届き物など

先週から留守にしがちだったわけで、その間に届いたイタダキ本や雑誌がある。

「食品商業」5月号は、まいどの掲載誌だね。今月号のお題は、すごい大きいぞ。「「階層社会・日本」の食」だ。ドーン。そのうち詳しい報告をする、だろう。とにかく本屋で見てくれ買ってくれ。と書いても、本屋で見たり買ったりするひとは、いるのだろうか? いねえ気がするなあ。なんだかの読書調査によると、「読書」というのには、こういう雑誌は含まれないのだそうだ。だからかどうか、ちかごろ本を読んでいる連中ってのは、本を読んでいる割にはモノゴトを知らないね。そして、その割には、政治だの歴史だの文学だの、ミギだのヒダリだの、と言い、やたら評論めいたことを言うのだが。ま、モノゴト知らない分、いくらでも偉そうなことを言えるわけだ。それもまた、よき時代かな。

えと、つぎは、漫画屋、「嫌われ者の記」ちくま文庫版を老眼校正中の塩山編集長から、「レモンクラブ」5月号。南陀楼綾繁さんの書評は、「貸本マンガRETURNS」(貸本マンガ研究会編・著、ポプラ社)だ。山崎邦紀監督は、千葉県東金市の女だけのピンク映画上映会の話。おもしろそ~。まだ読んでないから、読んだら塩山編集長がつける見出しに評を加えながら、ここに書く。ツモリ。どうなるかわからん。

えと、つぎは、やっと出ました出ました、ホント、よく出てくれました「酒とつまみ」第8号。まだ読んでない。

えと、つぎは、ヨッ、「新世紀書店 自分でつくる本屋のカタチ」(編著・北尾トロ+高野麻結子、ポット出版)。おれだって、本屋をやるかも知れねえのだぜ。二葉屋酒造店のように、製造販売だな。たぶん古本も扱うな。場所は、いまのところ、二ヵ所候補、考えてはある。いいところだぜ。あそこにああして、こうして……。想像しなくては実現しないからな。「自分でつくる本屋のカタチ」想像することは、イイことだ。インテリ帝国に支配された出版と本屋と本を、オレの手に! しかし、本屋より酒屋がいいかなあ、でも酒屋をやると飲み潰してしまうかも知れんからな。とにかく、これから読ませてもらいます。

どうも、ありがとさん。

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桃源郷ビスタポイントから二葉屋酒造「栴檀」へ転がり

先週末金、土、日と秩父の山奥で森林再生機構の視察&肝臓鍛錬のち、月曜日は在宅しアレコレあって、18日(火)19日(水)は桃源郷で肝臓鍛錬へと出かけた。これが、ま、いつものように行き当たりバッタリの結果、とんでもなく肝臓によいものを手に入れることになった。

桃の花といえば、山梨県。有名どころは一宮だが、あのへんはたまたま機会があって3回ばかり見ているし、ワザワザ行くなら有名どころは避ける習性でマイナーな韮崎地域へ。

韮崎は、むかし、登山でよく利用した。韮崎に着いて、バスの待ち時間に食堂に入って酒を飲み始めたら、登るのがめんどうになり酒を飲み続けたこともあるな。下山してからフラフラ桃畑の近くを歩いていると、農家の人がよかったら食べろといってくれたのが、キズがついて出荷できない大きな桃。これがもううまくてうまくて3個ぐらいムシャブリついて食べたこともある。そんなわけで、印象のよい土地でもあるね。

甲府で乗り換え中央線各駅停車穴山駅。駅舎があるだけマシの無人駅、つまり乗り越し分は払わずに済む。一駅もどるカタチで新府駅へ向って歩く。ちょうど見ごろ、しかし、黄砂のため眺望はきかず。うっすら雪をのせた甲斐駒ケ岳が、ちょっとだけ見える。ま、でも、桃の花と菜の花はヨシッ、満足。汗をかく暑さ、1時間半ぐらい歩き、着いた新府駅は駅舎もない。

韮崎へ出て、宿泊のペンション「ビスタポイント」へ。ペンションというとおれの柄じゃないようだが、そうとは限らない。けっこう落ち着いた、よいところもある。今回はインターネットで調べて予約してから行ったが、アタリだった。黄砂で遠望はきかなかったが眺望はよく、風呂も24時間OK。ご主人と奥さんも、気どらず大衆食堂のような雰囲気。それに、なんといっても、こういうところにしては、酒が安かった。良心的だね。

夕食が、よかった。うまかったので、頼んでメニューを書いて貰ってきた。漬物(カブ浅漬、スモークドタクアン(これは市販品))、豆腐のひき肉あんかけ、花ワサビのしょうゆ漬、ウドとアスパラの梅肉あえ、菜の花白あえ、カレイホイル焼、牛肉のほうば焼、山菜天ぷら(行者ニンニク、ハリギリ、つりがねニンジン、ノビル、ウド、リョウブ、春ラン、南天ハギ、ユキノシタ、フキノトウ、ウルイ、タラの芽)。この山菜天ぷらは、この順番で一品一品揚げたてが運ばれてくるのだ。山菜天ぷらは揚げたてじゃないと、すぐ食感が落ちるから、こういうサービスは本当にうれしいね。

最後にめしと汁そしてイチゴシャーベットで〆だったが、ゆっくり2時間ぐらいかけて飲んで、めしをおかわりして食べたなんてのはめずらしい。

最初にビール、つぎにイチオウ山梨のワインに敬意を表して白ワインハーフボトルをやって、ちょうど山菜天ぷらが出てくるころに、清酒を飲んでいた。そして、この清酒が思わぬ展開になるのだった。

「栴檀」という酒、いろいろ種類があって、純米を頼んだ。一口ふくんだら、コレは、という味。簡単に言えば、芳醇にして淡麗という感じなのだが。うーむ、うまい!な味。奥さんに聞くと、市川大門というところにある酒蔵だという。市川大門というのはどこかと尋ねたら、ここから離れた向こうのほうで、ほんの少ししか造っていない小さなところだという。ますます気になるが、向こうの方とは、どのへんかと思いながらも酔っていたから、ま、韮崎ではない向こうの方なんだなと納得し、とにかくお替りを重ねる。

翌日19日、朝10時にペンションを出て韮崎へ。むかし入ったことがある駅近くの食堂を確認してから、とにかく甲府へ出る。甲府で、ナントナク身延線に乗りたく思う心がはたらき路線図を見ていると「市川大門」を発見。オオッ、これがあの「栴檀」の酒蔵があるという「市川大門」だろう。ならば、とにかく行って見よう。身延線各駅停車ワンマンカーに乗り約40分。降りた市川大門駅、なんじゃこれは中華料理屋かいなと思われるハデハデ赤青塗りのコククリートの駅舎、だけど無人。どうも解せないなあ、ま、いいか。山梨といえば「土建王国」でもあるのだ、解せない建造物など珍しくない。

駅前に観光案内地図らしきポツンとあり。だけど「栴檀」の酒蔵は載っていないようだ。なにやら紙漉き工房なるものがあるようだし、それに陣屋なるものもあるようだ。とにかく歩いてみよう。なにもない街を行き当たりばったり歩くのは好きだ。

だいたい田舎町の観光地図というのは、駅前にそれがあることに意義があるのであって、本気で観光客を迎えるつもりでつくってないから、かなりイイカゲンであるのが普通だ。道を間違えながら、やっと紙漉き工房なる前に立ったが普通の民家だ。「無形文化財」ナントカなる名前の看板が塀越しに見えるだけ。なーんだ、見学もできないし紙も売っていないようだ。しかしこのへんは紙屋が多い、ということは水もよいのか、ならば酒蔵もあるわけだなと思考し、まずは陣屋があるらしき方角へと向う。

また道を間違えたらしい、と、見れば、市川大門駅の一つ手前にあった「市川本町」なる無人駅の前ではないか。ぎゃははは、いつの間にか一駅歩いてしまったぜ。小さな駅舎の前に建設現場にある移動便所が3個並んでいる。商店街の案内広告地図がある。見ると酒屋がある。そこへ行けば「栴檀」が手に入るだろう。

酒屋に入る。誰もいない、スカスカの棚を見渡せど「栴檀」はない。デハと出て行こうとするとオバサンが奥から出てきた。栴檀はないのかと聞くと、あそこは小売には出していないが、このすぐ近くに酒蔵があって、そこで買えるという。オバサンは親切にも店の前まで出て来て、ホラあのいま人が歩いているあたりですと教えてくれる。

Hutabayaどうやらここは旧街道らしい。古い蔵造りの家があったり。オオッ、そしてついに「栴檀」の前、いや酒蔵の名前は「二葉屋酒造店」だ。この建物、写真を見てもらったほうがよい。写真をクリック地獄で拡大。いやあ、なんだか出会えてよかったなあ~。しばし、眺める。

入口で声をかけると、ご主人が出てくる。純米酒900を求める。「これがうまいという人はマニアです」といわれるが、アタシャそれほどのものじゃありません、ただの飲兵衛です。100年前の建物、ぜんぶケヤキ造りだという。建物の前の古木が「栴檀」という木なのだそうだ。

中の写真も撮っていいというから、どんどん撮らせてもらった。そのうちザ大衆食のサイトに掲載しよう。ここの酒は、御坂山系つまり富士五湖の精進湖や西湖などがある山系の水をつかっているらしい。ご主人と酒の話がとまらない。おもしろいし聞きたいこともあるが、甲府からの特急の指定券買ってあるし、残念ながらまた、いつか。急いで市川本町駅へ。

ビスタポイントでの栴檀との出会いが、このように転がった、楽しい快食快飲おもしろく肝臓が鍛えられる小旅だった。小さい酒蔵、小さいペンション、小さいところが未来に何かを残すような気がした。小さいが、やろうじゃないか。「生業再生機構」なる言葉が頭に浮かんだ。

インターネットで調べたら「栴檀は双葉より芳し(せんだんはふたばよりかんばし)」という言葉がある。二葉屋と栴檀は、ここからきているのだな。

二葉屋酒造店

ビスタポイント

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2006/04/17

「大衆食の会」1999年7月10日号から「さくら」

↓下の「寅さんシリーズ一作目に上野駅地下の食堂「さくら」が」は、昨夜寝る前に書いたのだが、「さくら」のことを書いた大衆食の会の通信が気になって探したら、データは見つからないがコピーが見つかった。このときはまだ、通信のタイトルが「ザ大衆食」ではなく「大衆食の会」だったのだな。全文をデータに変換して掲載するのは、そのうちヒマなときにやるとして、とりあえず「さくら」の記事だけを、ここに載せておこう。これを見て思い出したが、「さくら」の看板には、「ファミリーレストラン」とあったのだな。だけど、大衆食堂の姿そのままだった。いい空間だったのになあ、そして客もたくさん入っていたのに。

見出しは「上野駅地下食堂街」だ。

いったい上野駅の構内には、いくつ食堂があるかしらないが、まだ3分の1も入ったことがないだろう。パリなんかとくらべて日本の美術館や劇場の近くには「気のきいた」レストランやカフェがないと嘆くアホ文化人がいる。おかしいよな。ようするにゲイジュツなんか生活だろ、上野なら上野駅地下の食堂あたりに入ればいいのよ。気のきいた店ならいくらでもあらあ。ということで入ったのが上野しのばず口の改札口を出た左、地下食堂街入り口の階段を下りて左の「ファミリーレストラン 味の店 さくら」。改装したが大衆食堂らしさを捨てきれなかった一九七〇年代風という感じ。店の方といい、なごめる雰囲気。イヤー、平日の1時半すぎだったけど、スゲエ盛り上がり。おれが1910年頃すごしたモンパルナスの酒場かと思いましたぜ。満席状態で9割はスーツ姿のサラリーマン。ほとんどの客が酒とめしだ。スーパードライの大瓶530円、越の寒梅正一合480円、酎ハイのたぐいはジョッキ3百数十円。料理の量が二人前ぐらいある。煮魚定食ほか。長崎皿うどん760円なんかスゴイ量。カツ丼の肉の厚さ、丼のフタをかぶせて出てくる。出前でないとフタのないことが多くなったが、あれは飾りではなく料理の仕上げとして蒸らすために必要なのさ。30代のスーツ姿の男が入ってきて、メニューも見ずに「煮込み、ビール」。若い女が4人ウーロンハイでギャッハッハー、おいおい一人は居眠りだ。ホームレス風の男がひとりニヤニヤ。大声ではなし笑う男たちは、なぜか、みんな眉がハの字についている。猥雑、都会の生活と喧騒、いいゲイジュツ的空間だ。モンマルトルを愛して描いた画家たちなら、この情景を絵にしたであろう。そしておれは気分よく上野美術館へ行き、気どった連中とワシントン美術館の印象派の絵に酒くさい息をはきかけながら、印象深くゲイジュツしたというわけだ。完。

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寅さんシリーズ一作目に上野駅地下の食堂「さくら」が

忘れないうちにメモ。土曜日の夜だったと思うが、大石津の家で、古老がテレビで寅さんシリーズの一作目を見ていた。おれは酒を飲みながら、見るともなくときどきチラチラ見ていると、上野駅の地下食堂街にあった、「さくら」が写った。ちゃんと見ていなかったので、なぜ、「さくら」が登場したのかは、わからない。寅さんと若い男が、ロングで写る場面では、独特の古いコンクリートの構造がむきだしの「さくら」の店内がわかった。とにかく、懐かしい、なんてものじゃない、懐かしい。

「さくら」は、グラミなどが退去になる、かなり前に退去させられたが、グラミがあった浅草口地下と反対側の忍ばず口の地下の一角、「じゅらく」などと並んであった大型店だった。

「さくら」のことは、以前に紙版の「ザ大衆食」に書いたことがあるのだが、いま調べたら、ザ大衆食のサイトの方へは、まだ転載してないようだ。探し出して、掲載したい。とにかく、それを書いたときは、寅さんの一作目に登場していることは、知らなかった。

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2006/04/16

森林の再生か肝臓の堕落か

「都市再生機構」なるものはあるらしいのだが「森林再生機構」というのはないようだ。これはオカシイのではないか順序が逆だろう。ならば、と、「日本森林再生機構」なるものをつくることにした。メンバーは、おれと大将と、ハナサンの、たった3人。

そして日本森林再生機構の第1回森林視察の地に選ばれたのは、埼玉県の群馬県境に近い秩父郡小鹿野町の山間だ。20戸に満たない家が、谷川沿いにパラパラとある。あたりは平地などない、谷深く日の出は、この時季でも10時ごろだ。

そして、ワレワレは着くとスグにイノシシ汁をつくって、飲み始めたのだ。森林視察は、どうなったのだ。いやさ、議員先生や役人様の「視察」というのも、食って飲んで抱くだけじゃねえか。ガンガン食べよう、飲もう。「抱く」がないが、ま、いいか。

が、しかし、ここにガキのころから林業手伝い、中学卒業して林業に入った古老一人あり。その話を大将とハナサンは聞いているあいだに、おれがイノシシ鍋をつくった。いいイノシシ肉が、たっぷりあった。いい、酒もあったなあ、みんな飲んでしまったぜ。ま、林のことは、土地の古老に聞くのが一番だ。

さて2日目、森林視察のハズである。とにかく、天気がよい、山ツツジや山桜や菜の花はもちろん、これならカタクリも咲いているだろう、そうだ二子山へ登ろう。というふうに話は転がり、いまや関東では有数の岩登りゲレンデとなった二子山へむかった。登山口までクルマで行く間に、ちゃんと左右の林を見ながら論評を加える。大将は「もっとヒドイ状態かと思ったら、けっこうちゃんと手入れされているね」

ま、とにかく、双子山西岳、約1100メートルの頂上に立った。重装備の数パーティが岩にへばりついていた。われわれは、極めて軽装で、1人1本ずつのペットボトルにチョコを持っただけぐらいの、おれなどは部屋にいたときのままの格好でハンテンをひっかけ、頂上に立った。険しい登りで鼻歌うたいながらとはいかず、胸が張り裂けそうだったが。

頂上にいた重装備の男二人連れが「ずいぶん軽装ですね」と声をかけてくる。なんじゃ皮肉か、大きなお世話だ、これぐらいの山で、その装備は大げさすぎやしないかと思いながら、「やははは、地元ですから」と答える。

しかし、エト、これは土曜日だったが、きれいに晴れて、小さな花がたくさん咲いて、山々が重なる向こうには、雪をのせたアルプスまで見えて。ま、きれいだった。そして、そのきれいな景色の下に、人間の営みのアレコレがあるのだった。

Hutagoyama_1写真は、その頂上から西の方角を撮影した。すぐ目の前の岩峰、われわれが立つ頂上も、向こうから見ればこのような岩峰だ。慎重に歩かないと、マッ逆さま。このあたりで毎年死人が出ている。

それはともかく、目の前の岩峰の左側、てっぺん近くの向こうに、白い台地が見える。これは、もとはといえば、この岩峰に近い高さの、ちゃんと名前のある山だったのだが、そっくり削られセメントの材料になって、ビルや道路に化けてしまった姿なのだ。いまでも削られている。森林どころか、山ごと消えたのだ。前に名前を聞いたことがあるのだが、忘れてしまった。そのように、そこに山があったことすら、誰も気にしなくなっていくのだろう。

そのあとの森林視察は、道を間ちがえて藪こぎをするハメになり、大変だった。そして見た林。大将は言った「ああ、こうなると、こりゃだめだ」 つまり、そこにあった景色は、つい数年前までは、耕された畑と、それを囲むように手入れされスクッと伸びる杉や檜の林だった。いまや、畑の耕作は放棄され草が生え、杉や檜の林は伸び放題の竹林に侵略され、たぶん1世紀以上かけて耕し木を育ててきたであろうその地は、荒野にもどろうとしていた。

急な傾斜地に土砂崩れを防ぎ少しでも平地を得ようと苦労して積んだ石垣が見えた。それもやがて、藪に消えるだろう。はたして藪に消えるのは石垣だけなのか。これは日本列島の未来の姿ではないのか……。ああ、いったい人間の営みとは、なんなのだろうか。われわれは押し黙った。

するとハナサンが「ちょっとセンチメンタルになっちゃうか」と言った。ま、そう見えたかも知れないが、じつは、おれは、今晩の酒のツマミは何にしようかなあ、きのうのイノシシ鍋が残っているが、うふふふ、あれはきのうよりうまくなっているにちがいない、とか、考えていたのだった。そして、その夜も、イノシシ鍋をくって飲んだのだ。

はたして森林は再生されるのか、その前にわれわれの肝臓が堕落しくたばるのか。日本森林再生機構に明日は、あるのか。

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2006/04/13

けっきょく、何を、どう食べたいかなのだな

料理というと、すぐ上手なコツは、とか、外食というと、すぐおいしい店をみつけるコツは、というような話になりやすいけど、まず大事なのは、自分なのだよな、主体なのだよな。自分が、何を、どう食べたいか、なのだ。ま、「食べる」を「飲む」に変えてもいいのだけど。

そういうことで、本日のオコトバ

江原恵さんのオコトバ。

われわれ普通人は、……ふだんの食事をいかに楽しく美味しく食べるか、それを実践するための自分の方法と美味学を持てればよいのである。

有元葉子さんのオコトバ。

自分が何を作っていて、それをどうしたいのか。そこさえわかっていれば、自分で判断できるはずなのです。


まず、自分が、なにを、どう食べたいかなのだ。その主体を確立することだろう。味覚は、誰のものでもない、自分のものだからな。

20日締め切りの「食品商業」の原稿を書いて送った。明日から、ますます書いている時間が無くなるからだ。だははは、飲みまくるのだ。おれも、身体をはって、飲むぞ! 何を、どう飲みたいか、ではなくて、なんでもいい、飲みたいだけ! 

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辺境ロマンチスト歓送のち浅草駅最終0時14分

昨夜19時から浅草は神谷バーで辺境ロマンチスト小泉信一さんが北辺の稚内へ旅立つ歓送会。ふつうはマスコミ有名人が集まるところは肉体が避けてしまうのだが小泉さんは別だ。ってことで浅草駅で予定どおりソルマックを飲んで参加。

座った席の隣に祖師谷有名洋食屋の娘マコさん。前の席に落語家その隣に落語本編集者で久しぶりに会うイナミさん。ってわけで気楽にスタート、落語ブーム動向をネタに快調に飲みだす。と、いきなり司会からスピーチの名指し、ゲッ、そんなトップバッターかよ、まあいいや、もう酔っているからと口からでまかせでシャベル。

落語家は脳梗塞のち心不全?で酒を一滴も飲めないから酒の席は身体に毒だと帰る。と、うまいタイミングで大川渉さんあらわれ落語家が帰ったあとに座る。これでもうさらに飲むだけ飲むだけ。途中日にちを間違えていて遅れた吉田類さんあらわれ。とにかく飲む。

終ったのが10時近く。で、これで終るわけはない大川さん類さんと静まりかえった浅草の街へ。二軒はしご。まだまだもっと飲んでサウナに泊まるという類さんは浅草の闇へ消え大川さんとおれはカミさんが怖いからと帰る。12時14分浅草発上野行き最終すべりこみセーフ。これが上野で大宮行き最終に連絡していることがわかった。

こうやって書いてみると、泥酔で帰宅したわりには記憶に残っているな。しかし、小泉さん大川さん類さん、落語家も、みな身体が壊れるほど身体をはって飲んでいる、おれなんか穏やかなものだなあ。しかし、吉村平吉さんが生きていたら、必ずあの席にいたと思うと、ああ吉村さん死んでしまったのだなあと一年前を思い出す。あのとき一人で死んでいた吉村さんの部屋に最初に入って第一報を記事にしたのが小泉さんだ。そのことを酔うと電話をかけてくるクセのある小泉さんが電話してきたときのことを思い出す。酔うと電話をかけてくるクセのある小泉さんは、東京にいても東京の辺境に身を置いていたが、とにかく、小泉さんがいなくなると東京の辺境を書ける記者がいなくなるから、早く無事にもどってきてよ。

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2006/04/12

覚悟の飲み会

今夜は、めちゃくちゃ飲んでしまいそうな感じがするので、いま、まもなく正午になるけど、いまから馴らしにチョイと一杯やって一休みし、夜に備え万全の体調にし、ソルマックを二本ぐらい飲んで出かけたいと思う。と、飲む気まんまんのおれなのだ。でも、みなさん、お手柔らかにね、おれはホラ62歳の老人なのだから。老人をいたわり大切にしましょう、老人にはタダ酒とカネを!

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2006/04/11

書評のメルマガとドラム缶の風呂

「書評のメルマガ」vol.259が発行になった。「食の本つまみぐい」書いています、ごらんくだせえ。……クリック地獄

一緒に書いている「版元様の御殿拝見」の塩山芳明さん。きのう4月10日の「日刊漫画屋無駄話」を見ると、どうやらちくま文庫の本は進行しているらしい。

これは、例の知る人ぞ知る『嫌われ者の記』のちくま文庫版というわけだ。セレクトに南陀楼綾繁さんが絡んでいるのだな。そりゃいいが、仮題が『出版界最底辺日記』だってサ。ケッ、気持悪いぜ。自分で「最底辺」なんていうのは、気取りだよ。世間の片隅にいるうちは毒舌吐いていて、チットちくま文庫ていどの下の中流の出版社あたりへ出てくると、毒が抜けイイ子の顔するやつが少なくない。というのも、本出して評価されようと思ったら業界にさからってはいけないからね、顔色を読んでうまく立ち回らなくてはいけないからね、日本はみんな小さな小さな業界ムラで生きているからね。しかーし、わが塩山さんに限って、そんなことはないと期待しよう。

が、しかし、「超有名評論家が後書きを書いてくれると言うし、エロ漫画界では既に骨董品の俺も、チョット幸せ気分」なんて言っているようじゃ、アヤシイな。単なる文学青年の成れの果てのミットモナイ姿をさらすのか、このインポ野郎お前もか、になるのか。このあたりで正体がわかるわけだ。

ところで、その「超有名評論家」とは誰か、想像してみよう。当たったら、泥酔するほど飲ませてね。そりゃ、福田和也さんだろう。なにしろ、あの人は、『皆殺しブックレビュー』(佐藤亜紀×福田和也×松原隆一郎、四谷ラウンド1997)で『嫌われ者の記』を取り上げ、こう書いているのだ。ここを引用するために、ワザワザこの本をフトンの下の便所の中から探し出してきたのだぞ。

「大井町の本屋の漫画コーナーでタイトルにそそられて読んでみたら、こんな凄い本があったのかと」……と、書き出している(鼎談だから話の口火を切っている)のだが、全部引用するのメンドウだからやめた。しかし、あの福田和也が「こんな凄い本」だぞ。福田和也は、やっぱり、眼は節穴、ダメなやろうだってことだ。フン。

ま、塩山さんが、ちくま文庫だからといって、手と口を弛めないよう、期待しておこう。ビンビンでいけよな、M田の悪口もシッカリ書けよな。

ああ、とんでもない塩山本の前宣伝に流れてしまったぜ。少なくとも、これで、塩山本が出るまでの生甲斐はできた。

ドラム缶の風呂といえば、今朝トツゼン思い出したのだが、アレに初めて入ったのは、高校3年生の夏休み。苗場山の頂上小屋、遊仙閣という名前だったかな?でアルバイトしていたときだった。たしか20日間ぐらいアルバイトして、2回ぐらい入ったのではないかと思う。2千数百メートルの頂上で入るドラム缶露天風呂、とくに苗場山は一里四方の湿原頂上だから、エエ気分だった。

高校3年生の夏休みは、7月夏休みに入るとスグに、インターハイつまり全国高校登山大会に出場、ま、レベルの高い激戦の新潟予選を勝ち抜いて参加ってわけだけど、たいして自慢になることじゃないので、この話はあまりしてない、とにかくそれで朝日連峰縦走で麓泊も入れて4泊5日だったかな? もどってきてスグ山岳部の合宿で一週間、で、もどってきてスグ苗場山の頂上小屋へ。つまり、この夏休みは、ほとんど家にはいないで、山の中ばかりだったから、あまり風呂に入らなかったわけだ。

いまでも風呂は嫌いだ。メンドウなんだな。一週間やそこら、入らなくても平気、ほっておいてくれたら、一ヵ月でも入らない。そして入っても洗わない。それをフケツというバカモノがいるが、毎日入るやつのほうが、どうかしているよ。

そうそう、それでドラム缶の風呂だが、1回は雨が降ってきて、それはそれでよい気分だったが、もう1回のときは、晴れていて、だいたい客がいない午前遅くに入るのだけど、そのときナゼか客がいたんだよな、で、おれが風呂に入っていると、珍しがって見に来るわけだよ、で、なんだかんだ話しかけてきて、なかなか離れてくれないのだよ、そこにウフフフな若い女も混じっていて、いやはや、だった。とさ。

しかし、佐藤亜紀さん、どうしているのでしょうか。こういう人にこそ、「評論」書いてほしいよ。でないと、いまや出版界の下請け販促評論みたいなのばっかで、馴れ合い垢だらけのぬるま湯のドラム缶風呂につかっているようなものだ。アキちゃーーーん。

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2006/04/10

天津小湊あじ開きと東陽片岡されどワタシの人生

帰りスーパーに寄ったら、「天津小湊加工、あじ開き、房総のあじを開きました、原産地千葉県」と大きな文字のラベルを貼って、あじ開きが売っていた。オッ、天津小湊のあじ開きか、と、手にして、ほんとうは、すでにカゴに入れてあった、五島列島産表示の生アジをもどして、こちらを買った。どちらもおなじぐらいの大きさの中アジで、五島列島産の生のほうは、2尾で200円、開きのほうは4尾298円。が、しかし、値段のモンダイではない。天津小湊の天津港へは、去年行ったのだ。すっかり気に入った。天津港は、いい漁港だし、いい漁村だ。だから、天津港産ではないかも知れないが、天津小湊なら、おなじ町だから買ってしまうのだ。沼津産より、かなり安いしな。

それに「地産地消」の精神でいえば、東京や埼玉は千葉の方が近いぞ。おなじ関東だし。スローフードだの食育だの地産地消だの言っている東京のやつ等、ちゃんと千葉のアジを買っているのかい。どうもあやしいな。アジは、やっぱり沼津に限りますとか、いや玄海灘いや五島でしょうヤハリとか、いやいや関でしょうヤハリとか、言っているんじゃねえの。だいたい、そんなもんなんだよな。そして、スローフードだの食育だの地産地消だのに憎まれ口をたたいているおれなどが、こうして千葉県産をご愛顧しているわけだ。千葉の魚をくえ、千葉の魚を。

ザ大衆食に安房天津のことは掲載してあるよ。まだ見てない人は……クリック地獄

ああ、それから、チョイと興がのって、東陽片岡さんの「されどワタシの人生」が、そろっと、ザ大衆食のサイトに本日登場。見ればわかる……クリック地獄

なんだか、今日は、しょもない用でバタバタしているな。

うへっ、コメントには、桜もも様から「講演」の申し込みだよ。このおれが? いいのかなあ? 間違いではないのだろうか? でも、おれって、わりとイイほんとうの話をするんだよな。酒さえ飲んでいればだけど。返事いたしましたよ。

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2006/04/09

まとめてにゅうすメモ

そういえば、たまってしまったこと、とりあえず書いておこう。

コンニチ的あわただしい時間のなかでは、もう大分まえのことになってしまうが、おれ的時間でいうとそうでもない、セドローくんこと向井透史さんの本が出たんだよな。それで、すぐ買ったのだけど、これ、いま見たら2月28日発行だけど、そのころ買ったまま、読んでから書こうと思っているうちになんやかやで、佳境の野菜炒めの資料の下になってしまった。スマン、本日、発掘、まだ読んでない。『早稲田古本屋日録』って、早稲田ブランドの本だな。よっ、日本一!
セドローくんの日記……クリック地獄

えと、それから、これはいつ届いたのかなあ。編集部から送られてきたのだな、つまり贈呈いただいたわけだ。やはり本日、発掘。3月20日発行で、光文社新書『自分のルーツを探す』だ。これは、ときどき、このブログに書いている電話の長い鈴木隆祐さんと、丹羽基二さんの共著だ。鈴木隆祐さん、自他共に認める「地を這うジャーナリスト」だったのが、ちかごろ、チト地から這い上がっているかんじがあるな。どんどん売れてよ、売れない貧乏くさいやつばっかりで、ウンザリだからさ。そういえば、先日、また留守電に、なんか長い話が残してあったのは、もしかすると、この本のことかな? スマン、留守電よく聞いてないし、本も、まだ読んでない。スマン。よっ、日本一!

えーと、それから、のなかあきこ! なんじゃ、妊娠したといっていたのに、本を出しているじゃないか。しかも、とうちゃんが自分のブログで告知しているぞ、やはり妊娠は本当だったのか? どうもアイツのいうことは冗談か本当か、わからん。北朝鮮新婚旅行で仕込んだ子が生まれるのか、まさかな、いや、そのまさか、本の題名が『北朝鮮 行ってみたらこうなった』だぞ。どうなってんだ、北朝鮮行ってみたらキムさんの子を孕んだということじゃ、ないよな。とにかく、これはおもしろそうだから、買わねば。だいたいあっこさんの本は、このあいだのラスベガスの本もそうだが、単なる旅行ガイド本じゃなくて、オモシロイからな。よっ、日本一!
のなかあきこの亭主のブログ……クリック地獄

ま、こんなところか、たいしたことないな。明日から読んでやるか、っていいながら、また資料と一緒に片付けたりして……、な、ことはないか。あるか。

そうそう、南陀楼綾繁さんが一生懸命の「一箱古本市」4月29日開催で着々進んでいるらしい。おれは、ああいうかび臭いところへは行かないけどね、なにかかび臭いのが好きな人たちで盛り上がっているようだ、あなたもかび臭いのいかが? 畳と女は新しいのにかぎる、って関係ねえか。
ナンダロウアヤシゲな日々……くりっく地獄

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ようするにコクという日本人の証明

拙著『汁かけめし快食學』というより、その本のもとになった『ぶっかけめしの悦楽』を読んで、そのスゴイところに気がついた人が、おれの知るかぎり二人いた。あれからもう5年以上たっているのか。少しずつ状況は変わってきているようだ。

『ぶっかけめしの悦楽』だと27ページに「ようするにコクということ」の見出し、『汁かけめし快食學』だと62ページに「ようするにコクという日本人の証明」がある。そこのところだ。これは、とても重要なところなのだ。が、しかし、書き方としては、それほど強調しているわけじゃなく、さらさら流している。まずは「汁かけめし」を楽しむことだからね。それに、ま、おれのような名もなきフリーライターが、しかもアヤシイ文章で、そのようなことを書いたところで、さほど注目されないのがトウゼンといえばトウゼンだろう。それはそれでよいのである。でも、理論的な核心部分は、そこなのだ。

先日紹介の『談別冊 shikohin world 酒』には、「酒におけるコクとキレ」というタイトルのインタビュー記事があって、京都大学農学研究科教授の伏木亨(ふしきとおる)さんに佐藤真編集長がインタビューしてまとめている。これを読むと、さすが学者研究者であり、また食文化や味覚文化に造詣のある佐藤真編集長のインタビューであり、おれの「ようするにコクという日本人の証明」を補完する、といっては失礼か、えーと、ま、やっぱりそれなりの人が、こういっているとなると、おれもけっこう強気になれるわけだな。いつも権威が何を言おうが強気だけどさ。

強気だぞ。「コク」は、日本人の味覚あるいは、日本文化を理解するために、これから、もっと注目されると思う。食文化に関心があるかた、食について何かこれからやりたい方は、あるいは日本人そのものを理解するためにも、『汁かけめし快食學』と合わせて『談別冊 shikohin world 酒』を読むことを、オススメしますよ。またすでに読まれた方は、『汁かけめし快食學』は、何度も読むほどにコクが出ますよ。

『汁かけめし快食學』は、多くの方にとっては、たぶん想像外だろうが、日本人の味覚と料理のスゴイ大事なところを先見的に取り上げ、そして国民食といわれるほど普及したカレーライスは味覚からしても調理からしても伝来のものではなく、従来の日本の味覚であり調理だとしているわけだけど、そのカナメは、コクにあるってわけですよ。

料理するひとは、もちろん、食べ歩きや飲み歩きにせよ、ここんとこを理解できているかどうか、これから問われることになるでしょうな。いいからかげんの味覚の理解では、読者に対しても失礼になるだろうし。これまでの上っ面をなでるだけの話では、だんだんすまなくなるにちがいない。伏木亨さんは、昨年、『コクと旨味の秘密』(新潮新書)を出されているようだし、そうなること間違いないと期待したい。

ま、これまでのうまいもの話や、食べ歩きや飲み歩きや、カレーライスの歴史だのなんだの「元祖」だのなんだのという話は、まったくおかしなことだらけで、ちったあ改められなきゃいけないね、いつまでもおなじ寝言を「文学的表現」でとっかえて言っているようじゃ、進歩がないってこと。

そういうわけで、佐藤真編集長の質問だけ、その一部をここに羅列しよう。伏木亨さんが、どう答えているかは、買って読みましょう。

◎◎1980年代後半に「コクがあるのにキレがある」というビールのコピーが出ました。コクとキレというのは矛盾する要素なのに、飲んでみるとなんとなく実感できるところがあって不思議です。そもそもこのコピーで初めて、私たちはコクやキレといった酒の「味」を認識したのかもしれません。しかしそれが実際どんな味なのかといわれると、よくわからない。コクとは具体的に何なのか、主に日本酒をテーマにお聞かせください。

(ここで伏木さんは「実体をそぎ落としたコク」について語る)

◎◎実体がないわけではないんですね。
◎◎粋みたいなものに通じてくる。
◎◎先生は『コクと旨味の秘密』(新潮新書)でコクを三層に分けています。……
◎◎そうすると、清酒の淡麗辛口志向も当然の流れだと。
◎◎わかりにくさが大事なんですね。
◎◎それは日本酒だけでなく、ほかの酒にもいえるでしょうか。
◎◎ワインにも淡さやほのかさに類する表現はありますね。
◎◎日本人はいろんな料理を食べていますよね。それにあわせて酒も変化してきたんでしょうね。

「コクは複雑」の見出し

◎◎確かに日本人が酒に味覚を求めるようになったのは、グルメ、飽食といわれて以降のことですね。
◎◎それもバロックみたいにゴテゴテさせるのではなくて、そぎ落としていくというところが面白い。
◎◎料理も最近は「甘さひかえめ」で。
◎◎コクとはいろんなものが混じり合った複雑な味であること。さらに、バランスが重要なのですね。
◎◎コクを消しつつ、それがまた隠し味になっていたり。
◎◎コクというのは実は複雑なわけで、それを理解するのに、お酒はいい学習材料になりますね。
◎◎先生はおいしさと脳内物資の関わりの研究もなさっていますが、酒のおいしさはどうなんでしょう。
◎◎うまみ(umami)が世界共通の味として認知されたように、コク(koku)も味を表す共通語になるかもしれません。もしかしたら、究極のコク物質が見つかるとか……。
◎◎最近、流行しているスープカレーも一見ジャブジャブしていますが、やはりダシを入れてコクを出していますね。

「焼酎はコクより香り?」の見出し

以下略

コクは、きのう書いたが、猥雑性とも関係あるようだ。「猥雑性」が洗練されバランスがとれると「コク」になる、というかんじかな? 猥雑性や雑味は否定すべきではなく、バランスさせることが大事ってことになるのかな? 考えれば考えるほどおもしろい。

「味」と「味覚」を厳密に分ければ、コクは「味覚」であって「味」ではないような気がする。『汁かけめし快食學』では、そのようにアイマイに書いている。はて、しかし、「旨味」だって、長いあいだアイマイな「味覚」あつかいだったのだから、はて、どうなるか? オモシロイ。

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2006/04/08

浪花節も料理も日本の味はコクだねえ

昨年夏ごろからの年寄りの病気騒動から、なんとなくアレコレあって、浪花節や渡辺勝さんのライブへ行くチャンスがなかったが、昨夜は久しぶりに浪花節。東中野ポレポレ坐で玉川美穂子さんの「浪曲浮かれナイト」。

入口で小沢信男さんとバッタリ。そのまま並んで座ったのだが、コレが、なんと、この日の美穂子さんの新作披露は、小沢さんの原作「悲願千人斬の女」(筑摩書房)つまり松の門三艸子(まつのとみさこ)が主人公なのだった。原作者と並んで、初めて聴く新作浪曲、ってことになった。得したねえ~。曲師(三味線)は、惚れてるよ~、沢村豊子さん。

前半は、大正期の売れっ子浪曲師の真似で始まり、緊張の色があったが、古典「甚五郎旅日記掛川宿」の後半あたりから調子が出てきた。続いて浪曲トークと沢村豊子さんと組んでの三味線「しゃみしゃみいず」。浪曲トークでは、浪花節を始めたキッカケなどを語っていたが、もともとは三味線を弾いていたのだ。おれが始めて玉川美穂子の名前を知ったのは、何年前だったか、2000年ごろだったか? 若手が組んで浪曲会をやっていた新宿のシアタープーで、まだ必死の形相で三味線を弾いていたのだった。

ま、とにかく、「悲願千人斬の女」が終ったあとの拍手喝さいは、おれが浪曲会場で始めてみる熱気な光景で、しかも、浅草の木馬亭とは客層が違い若いし、いかにも山の手風気取りのある知性なクールなオシャレなのよという会場の雰囲気が、一気にぶちこわれ拍手喝さいでゆらいだのだった。原作者の小沢さんも、途中なんども声を出し、あるいは笑う状態にて。猥雑な芸、猥雑な興奮、これ、まさに浪花節ではないか。これ以上説明はいらないだろう。

9時ごろ小沢さんと会場を出る。会場で会った小沢さんの知人二人が加わって、すぐ近くの戦後闇市跡の猥雑飲食街、東中野食堂がある横丁「ムーンロード」へ。一人でも帰りはここに寄って一