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2006/04/22

フツウの日々を新鮮に保つ朝茶のススメ

「「階層社会・日本」の食」について書いた「食品商業」5月号は、いま発売中だが、この連載が始まった最初の1月号のテーマは「「食の豊かさ」ってなんですか」って、ことで、こんなことを書いていた。


「ありふれたものをおいしく食べる」とは、フツウのものをフツウにおいしく食べるということである。そのために想像し執着し工夫する。フツウのことは惰性に陥り新鮮さを失いやすいから、新鮮に保つ努力が必要だ。高いところだけみた競争や、派手な目先の話題性にふりまわされ、フツウを粗雑におろそかにしていないだろうか。
私は、よく睡眠のふとんに入ってから、朝起きてまず飲む一杯のお茶のうまさを想像する。それはとても心地よい豊かな気分のひとときだ。「起きたら、まずあのお茶を飲もう」。しかしそのお茶は、ありふれた「徳用」のものである。この簡単な一杯で、生きているシアワセに目覚める。夜中に眠って死んだ生命が生きかえるかんじがして「ヨシッ、今日もやるぞ」と思う。急いで立ったまま一杯だけ飲んで出かける朝もあるし、そのあと元気よく朝酒をやってしまうこともあるのだが、これが「ありふれたものをおいしく食べる」その日の第一歩だと思っている。
そのように、食の豊かさは、あるのではなく、育てるものだろう。育てる行為は地味だが続けることで、カタチのないものが文化として維持される。食品が豊富であることは必要だしよいことだと思うが、ありふれたものをおいしく食べることを日々思い想像し、日々つむぎだすことを意識的にしなければ、食の豊かさは育たない。


なかなかイイコト書いているなあと自分で感心したので、ここに紹介。朝めしを食べる習慣がない人が、イキナリ朝めしを食べようとするより、まず、このように朝茶をする習慣をつけたほうがよいように思う。朝めしより簡単な朝茶をする習慣がつけば、朝めしへ自然につながっていく。

●先日、ただ呑んでるだけの駄目ブログの吸うさんが京都へ行って、スタンドに寄って写真を撮って送ってくれた。イイ雰囲気。どーも、ありがとさん。ザ大衆食のスタンドのページに掲載した。……クリック地獄

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