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2006/06/14

生活の美味と食事のしたく

飲み疲れの日々の昼、1人で酒を飲みながら飲み疲れの頭で考えた。今日のおれは何を食べたいのだろう。そして「チリ産のサケだ! これでめしを食べよう」と思いついた。チリ産のサケでなくてもよいのだが、おれがいつも食べる、安いサケの切り身のことを、おれは「チリ産のサケ」という。今日のおれは、これが食べたいのだ。

それから数時間ほどして近所のボックスストア「ビッグA」へ買い物に行った。ここにはチリ産のサケが必ず売っている。オランダ産のアジの開きも売っている。この日、チリ産のサケは二切れパックで160数円だった。一切れ100円にも満たない。うれしい。

その夕食は予定どおりチリ産のサケを焼き、味噌汁、そのほかに確か二品ばかりおかずをつくった。そして、チリ産のサケでめしを食べたときのうまかったこと。これだよなあシアワセって、チリ産のサケでもシアワセな気分になれるのだよなあ、と思ったのだった。

「粗食のススメ」をしたいのではない。今日は何を食べようか、今日のおれは何を食べたいのかと考えることは食事のしたくであり、そのようにしたくして食べた食事はうまく食べられるし、それは生活の美味の条件なのではないかと思うのだ。

男は、「生活」を知らないままだったし、女も仕事をするようになると、「生活」を失いやすい。飲み疲れの日々のある夜、一緒に飲んだおれより3歳ばかり上で大会社経営引退のち優雅な年金生活の男が言った。「最近はさー、家にいて昼頃になると女房と今日の夕飯、なににしょうか、なに食べたいという話をするんだよな、それでしたくを始めるんだよ、それで思ったのだが、生活ってのは食事のしたくなんだよ。そういえばさ、むかしのおふくろは一日中食事のしたくをしていたよな」

おれは言った「なんだ、いまごろ気がついたのか、男子厨房に入るべからずで、生活のことも知らないでえらそうな顔して男は生きているんだよなあ。頭の中は仕事のことだけ」

彼は言った「そうだよなあ、仕事と生活ってのがリンクしてないんだよ、仕事は食事のしたくという考えはないからなあ。食事のしたくぶん以上に儲けようってのが仕事だからさ」

おれは言った「いまは仕事の合間に食事をするという感じだな」

みんながみんなそうというわけじゃないだろう。たとえば、むかしの知り合いの男に、会社で昼休みになると、自分で電話するか女房から電話があって、夕飯を何にするか相談するやつがいた。

「われわれは、食べながら生活している。というよりも、食べることを日々の主要な営みとして生活してる。こんなことはわかり切ったことだ。ところがわが国には昔から、男子厨房に入るべからずという伝統があった。それがいまだに根強く影をひいている」と、江原恵さんは『家庭料理をおいしくしたい』(草思社、1988年)で述べた。その男子が、外食となると、「食べ物」を気にする。トツゼン食通になるのだ。そこには生活はなく「食べ物」があるだけだ。生活や「人間の感覚器官である味覚」に関心があるわけではなく、「ひたすら料理とその素材の真に迫ろうとする」つまり「うまいもの話」で得意になる。仕事の合間の「食通プレイ」とでも言うべきか。

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コメント

おや、おはやいじゃないですか。

今日は、どの公園で野糞しようかの毎日です。

さて、今日は、どれぐらい呑もうかなあ。

投稿: エンテツ | 2006/06/17 07:53

野糞の最中でもコンニチハ〜!!

さて、今日はどこで呑もうか...の毎日。

投稿: 吸う | 2006/06/17 06:01

igarashiさん、塩さん

とり急ぎ、まとめてレスですみません。

「食通プレイ」という言葉は、東陽漫画を見ていて思いついたのですが、「風俗プレイ」とたいして違わないなあと。だけど「食通プレイ」だと、なぜか教養っぽい。も、一つ、ここに、もっと教養っぽい「読書プレイ」ってのを置いてみると、どれも男のプレイとしては同じようなものなのに、「読書プレイ」と「風俗プレイ」は対極のイメージ。てなかんじだな、と。ま、「食通プレイ」が、一番とっつき安い無難で手軽な男のプレイなのではないか。したがって、男どもは、みなこれになびく。

この話は、今日は書いている時間があるかどうかわからないけど、まだ続くので、よろしく~

投稿: エンテツ | 2006/06/15 09:54

『食通プレイ」いいじゃないですか。
スノッブな、高度な(ほんとかよ)お遊びですから。

しかし溜飲が下がりましたぜ。

笑っていいとも、と、ポパイが作り出したキャラですよね。
笑っちゃいけませんぜ。いまや社会の決定権を握ってきてる世代の中心になってきてますから。

投稿: 塩 | 2006/06/15 03:27

もともと料理は好きなんですが、体を壊してからまた「食事のしたく」というのをしっかりするようになりました。たまの料理と言えば、魚類・肉類からスタートして何を作るかという発想でしたが、「食事のしたく」となると、適当に買いためておいた野菜をどう組み合わせるかって発想になりますね。
確かに、「今日は何を食べようか」を軸に、一日が過ぎてゆきます。結構幸せなことですよね。

教養主義的な「食通プレイ」、言い得て妙です。
生活とは完全に切り離されたものですね。
ライブドアグルメ(旧「東京グルメ」)ってサイトがあるんですけど、「食事のしたく」をしっかりしない時期に限って、こういうサイトにラーメンだのカレーだの、薀蓄たらたらで一杯書き込んじゃいますもの。

そう考えると、「男の食卓」の池波さんも、自分で残り物の小鍋立てとかしょっちゅう作ってるから、まあ彼の中ではバランスは取れていたのかな?

投稿: yas-igarashi | 2006/06/15 00:43

「武士はくわねど高楊枝」って言葉もあって、男が食い物のことであーだこーだ言うんじゃねえ、ということでもあったけど。でも、「食道楽」や「食通」なら、けっこうなわけで。

「食道楽」や「食通」は、いまでいうと男の「教養」というか「勲章」というか、みたいなもので。「男の書斎」という言い方はあっても「女の書斎」という言い方はないようなもの。ま、ようするに家事や生活じゃなきゃいいのだな。

野糞でもコンニチハですね。

投稿: エンテツ | 2006/06/14 14:39

「男子厨房に入るべからず」と言いながら、なぜか昔から商売の料理人は男ばっかりだった不思議。

まあ商売の場合は生活の中の食事の仕度じゃないっすけどね。
あくまでも仕事ですからね。

投稿: 吸う | 2006/06/14 12:40

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