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2006/07/09

「都市の底」の相貌、大衆食堂になにがあるか

このココログは、非常にぐあいが悪くなっている。右サイドバーの下のほうに告知がありますが、11日から13日までメンテナンスがあるそうで、その間いろいろ書き込みなどできなくなるようです。これまで、メンテナンスのたびに状態は悪化しているので、はたしてどうなるか? こちらで書けないあいだ、ザ大衆食やほかのサイトに何か掲載するかも知れない。

では、本日のウダウダ。

『東京百景』(小沢信男、河出書房新社)は先日の下北沢のシンポジウムのために、この本に収録されている「駅前の人生  焼跡闇市のころ」を読み返すのがキッカケで、そのまま読んでいる。

小沢さんの本書と『いま・むかし東京逍遥』(晶文社)は、まさに座右というか寝床の右の本棚にいつでもすぐ取り出せるようにあって、ちょいちょい読んではいるのだが、シンポジウムで戦後の都市や東京や東京の町を掘り返したばかりなので、いろいろ新鮮に思うことが多い。

その中の「都市の底の相貌  朝倉喬司『メガロポリス犯罪地図』を読む」は、『朝日ジャーナル』に1984年10月から85年12月まで、朝倉さんが殆ど毎週連載したものをまとめたらしいのだが、有名無名の事件を追って、「犯人という個人の個別の事情の追いかけではなく、むしろ地理にひそむ深層的必然の読み取り」を小沢さんは評価する。

下北沢のシンポジウムでの「都市を紡ぐ」のセッションでは、「必然」かどうかはともかく、「地理にひそむ深層」を掘り起こそうとした。とくに1980年代以後の消費都市東京は、それ以前の生活の記憶を、失いつつあることについて。

小沢さんは、こう指摘する。「この「都市の底」の相貌は、高度経済成長このかた国民総中流意識とかでのっぺりと均質化した、消費都市東京の姿とは、きわだって対立する。」

「都市の底」というが、物理的にも、そんなに深いところではない。東京の場合、ほんの1メートル前後を掘り返せば江戸がある。が、江戸どころか、わずか数十年前の、高度経済成長以前の「国民総中流意識とかでのっぺりと均質化」する以前の東京すら、塗りつぶされている。首都が、そのような状態であることによって、その首都に一極集中した日本は、「のっぺりと均質化」がすすんだ。

拙著『汁かけめし快食學』も、カレーライスの失われた生活の歴史の発掘の試みでもあるのだが、あとがきで、「おそらく、三十数年前なら、亡き寺山修司さんがライスカレーを大衆食の「三種の神器」とした時代であるが」そのころなら、汁かけめしの歴史にカレーライスを位置づけることは、めんどうなことではなかったに違いないと述べた。

つまり「そのライスカレー、それをつくるオフクロ、そのオフクロがいる台所が目の前にあったからだ。わずか、この三十数年ぐらいのあいだに、日本のオフクロの台所の黄色いカレーライスは、「プロ」や「本場」の厚い壁のむこうに塗り込められた。それはまたオフクロの「生活料理」が蹴落とされていく時代でもあった」

しかし、なんでまあ、自分たちの過去を、こうも簡単に捨てるように塗り込められるのかと思ったが、それはどうやら明治維新で「江戸」が「東京」になったあたりからのクセらしい。

杉浦日向子さんは『合葬』(ちくま文庫)の「日曜日の日本」で、「私の大好きな、そして大切な篠田鑛造氏の著書の中に「明治維新の新体制は、極めて強圧なものであった。どう強圧であったかは、江戸期の旧文物を片端から破砕して、すべて新規蒔直していった時代を建設したからである。」とあります。江戸期の風俗・文化に触れる時、この百二十年間の猛進は何だったのだろうと、ふと思います。」

で、『東京百景』には、その『合葬』のちくま文庫版に寄せた小沢さんの解説も収録されているのだが、「ビルひとつ建たぬ日はないのに。狂乱地価の昨今は、彰義隊士もナウマン像の牙も一切かまわず埋立地へ捨てているのではあるまいか」と書く。過去を捨て新しい装いで塗り込めることは平気で繰り返され、まだ百年もたっていないこのあいだの戦争についても、もう昔のことをいつまでもウダウダいうんじゃねぇということになった。その割には、「武士道」なんだが。

とにかく、思いついたことを忘れないうちに書いておくが、司馬遼太郎さんの「司馬史観」とやらは、ご本人が「司馬史観」と言い出したのか、周りが持ち上げ商売にしたのかは知らないが、高度経済成長期からバブルの、こうした「国民総中流意識とかでのっぺりと均質化した、消費都市東京」にふさわしいものだったような気がする。流行も当然だろう。

「食べ物の本はたくさんあって、いろいろな知識が得られる。しかし、イザ身近なところで、自分の親は何をどう食べていたのか、本を読んでも考えてみても、わからないことがたくさんある。祖父母にいたっては霧のかなたの景色を見るようなものだ」(『汁かけめし快食學』)。

マスコミや司馬遼太郎さんが書いたものより、自分の体験や記憶を大事にすることだね。それから、経営コンサルタントや食べ歩き評論家の目を持たなければ、大衆食堂にある、消費都市東京以前からの蓄積を見られるかも知れない。

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