« 「青鞜」の「新しい女」たちは、どんなめしをつくったのか? | トップページ | 今福龍太さんの憂い 舌の上のフットボールそして中田 »

2006/07/08

ひとはナゼめしをくうのか、杉浦日向子「合葬」を浪花節にして欲しい

ひとはどうせ死ぬと決まっているのだから、無理して苦労して生きようとすることはないのじゃないかと思うが、たいがいの人は無理して苦労しながらでも生きようとする。しかも死んでいくときには、私の人生アッという間だったなあ、と、もっと生きてもよいような感想をもらす人が多く、やれウレシやっと死ねるという感想をもらして死んだひとの話は聞いたことがない。「よろこんで死んだひとはいるのでしょうかね」「さあ、知らんねえ」などと、東中野のムーンロードの「みや」で飲んでオシャベリしたのは昨日の夜。

なんでも最後は突き詰めれば好き嫌いのことになるかも知れないから、みな生きるのが好きだから生きるのだろうと思ったりして、それでフトそういえば料理は、料理が好きなやつがして嫌いなやつはしないということはあるかも知れないが、だからといって最初からそういうものだと決めつけては、世の中おもしろくない。ああでもないこうでもないと考えてみた末に、それでけっきょく好き嫌いがあるんだよなあ、ということのほうがおもしろい。

そもそも好き嫌いにしても、ナゼ好きでナゼ嫌いなのかというモンダイが残る。単に習慣になっているから好きで、習慣になっていないから嫌いということがあるかも知れない。だとしたら、その習慣は、どこから生まれるのか、習慣が生まれやすい環境や条件は、あるいはその反対は、どんなものか。など、いろいろ、考えてみたいのだね。ま、そういうことを考えて楽しんでいるのさ。とか思ったりしなが飲んでオシャベリしたのだが、タナカさんは浪花節は初めてだそうで、「なかなか、おもしろいですね」と興味を示していた。そうそう世の中「食わず嫌い」ということもあるのだから。それならば食ってみるチャンスがどれだけあるかも、好き嫌いに関係するかも知れないな。

ようするに昨夜は、東中野のポレポレ坐で「玉川美穂子のほろ酔いライブ 浪曲浮かれナイト☆うふ」第2回に行ったのだ。7時15分前ごろ着。すると元四谷ラウンド現市井文学のタナカさんが、来られなくなったオオカワさんの代わりに来ましたとあらわれ、やあやあ久しぶり、会うのは2年ぶりですか、このあいだは四つ木でしたよね、えっ、あれ以来ですか。次の本に取り掛かっているが、まだまだ時間がかかるという。よくやるなあ、やはり好きなのか、いやタナカさんの場合は自ら人生の責務にしている感じもあるなあ。

中入りのあいだに、「悲願千人斬の女」の原作者小沢信男さんや、第1回からの人たちや浪曲「常連」さんなどにご挨拶。

プログラム1「慶安太平記 牧野弥右衛門の駒攻め」、しゃみしゃみいず(沢村豊子+玉川美穂子)、そして「悲願千人斬の女 その2」

会場はギッシリ後まで前回同様か少し多めの入りだったかも知れない。その客席をむんずとつかんだ感じで進んだ。「悲願千人斬の女 その2」は、前回のあらすじが最初に入ったので、ややストーリーを追う感じに時間をとられ、男を斬り倒すあたりのアヤが、もうちっと欲しかったなという気分が残った。ま、それでも客席は、十分に湧いた。そこで関係なく、トツゼン、杉浦日向子さんの「合葬」を浪花節にしてくれないかなタマミホさんという思いが湧いた。

終って玉川美穂子さんと沢村豊子さんを囲んで打ち上げがあるということだったが、タナカさんと闇市跡の「みや」へ行く話をしていると、小沢さんは文学教室の同窓生のみなさんと「みや」へ行くという。タナカさんはここに来る前にすでにみやで一杯やってきたけどデハもう一度と。

店内に入ると、小沢さんたちの隣のテーブルが空いていたのでそこへ。挨拶だけかわし、それぞれに飲む。のち、先に帰る小沢さんから「うえの」をいただく。11時閉店ギリギリまでねばり帰る。

と、やや日記風に書いてみた。

|

« 「青鞜」の「新しい女」たちは、どんなめしをつくったのか? | トップページ | 今福龍太さんの憂い 舌の上のフットボールそして中田 »

コメント

タマミホさん、ご苦労さんでした。あいかわらず、練習と考え抜かれた技で、堪能させられました。木馬亭には木馬亭の良さがあって、その積み重ねが、場所を変えることで変化する面白さもあるようで。

あの場でトツゼン「合葬」が思い浮かんだのですが、そういえば、千人斬りも合葬も、小沢さんが指摘する「明朗」のうちに、あるいは華やかなうちに、腹の据わったゾクッとくる「コワ魅力」があるからでしょうか。ま、ガンガンやってください。

投稿: エンテツ | 2006/07/09 07:02

エンテツさん、第一回に引き続きご来場、深謝。小沢さん原作のこの演題やるに当たって「合葬」は読み返しました。もちろん小沢さんの解説も。で、そのあとにエンテツさんがブログで触れておられて、おおーと思った次第。杉浦さんの世界というのは、もっっっのすごくコワくて魅力的です。小沢さんの文章にも、ヒヤリとするところがありますが、杉浦さんはやはり女性の視点。そして、腹の据わり方が尋常じゃないんです。幕末という時代を、いろんな視点から浪花節で描けたらステキではありますね。

投稿: たまみほ | 2006/07/09 00:51

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30930/10841890

この記事へのトラックバック一覧です: ひとはナゼめしをくうのか、杉浦日向子「合葬」を浪花節にして欲しい:

« 「青鞜」の「新しい女」たちは、どんなめしをつくったのか? | トップページ | 今福龍太さんの憂い 舌の上のフットボールそして中田 »