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2006/08/30

水道水を、どうするのだ

「現代用語の基礎知識2007」の綴じ込み付録「生活スタイル事典2007」に執筆を頼まれて、やることにしたら、先日見本誌2006版が送られてきた。これから2ページ分の項目を考えて書かなくてはならない、しかも、酒を飲みながら調子よく引き受け、届いた企画書を見たら締め切りが9月15日じゃないか!

それはともかく、見本誌をぱらぱら見ていたら本体のジャンルに「食文化」があって、「フードプロデューサー」という肩書の小倉朋子さんという方が執筆している。

最初の「frame work」で「食ブームの中にある原点帰り」のタイトル。ざっと食生活をめぐる動向がまとめられ、「そんななか、05年6月には食育基本法が施行され、食育の必要性や、国が挙げて食生活を指針することも余儀なくされている。自らの意思で自らの食を見る努力や、食を本気で大切と考える価値観が期待される現代」と結んでいる。

ま、何度も書いていることだが、うまいもの話と栄養素に矮小化された飲食情報に右往左往する食の姿は、オカシイ。「自らの意思で自らの食を見る努力や、食を本気で大切と考える価値観が期待される」んだよなあ。とくにいつまでたっても、飲食を舞台に「通」や「道楽」ごっこをしている男たちよ。どうせなら漫画屋のエロ本で「エロ通」ごっこをしていなさい。

まあ、それで、きのう出かけるときに気になることがあって、JR北浦和駅ホームで確認したのだ。それは、駅のホームにあった「水飲み場」だが、あれがなくなっているような気がして、もとあった場所を見たら、やはりなくなっていて、制水弁を格納したあとなどがあるだけだった。

おれはこの夏は、チトわけがあって例年とちがってウチで麦茶をつくらずに、買ってきたウーロン茶を使って終ってしまったが、いつもなら水道水で麦茶を煮て冷す。あとは、これからも、水道水を沸かしてお茶になる。んで、喉が渇くと、お茶か、湯冷ましを飲んで過ごす。これが、フツウだ。

二日酔いのときに、ヤカンの湯冷ましをさ、ヤカンの口にかぶりついてゴクゴク飲むとウメエんだよなあ。湯冷ましがないときは、水道の蛇口に口をつけて飲む、これもウメエんだよなあ。もちろん、熱いお茶の一杯もうまいけど。とにかく、そんなわけなので、飯を炊いたり味噌汁に、買ってきたペットボトルの水を使うことはしない。ペットボトルの水を買うのは、一年に、ほんのわずかだ。

しかし、どうも、スローフードやロハスを唱えたり、つまり環境にも人にも優しい生活、なーんて申している方々には、買ってきたペットボトルの水を使うひとが多いような気がする。どうもその、おいしい健康によい生活とか申すものほど、水道水から離れ、結果、公共的な生活水からの関心は遠のいているのではないかと思う。いまじゃ平気で「自己責任」の浄水器が普及している。

それは、環境への負担増であるし、なにしろあのペットボトルのゴミ量だけでもな、それに水という生命の根本が産業と消費のシステムに依存するのは、生活の姿として望ましくないと思う。もっと公共のシステムとして、質の向上に関心を持つべきじゃないか。

東京都の水は、下町の食堂の人の話でも、かなり改善されたようだが、どうやら多摩川水系のほうは、まだであるらしい。もしかすると東京西域山の手地域の人たちほど、産業と消費のシステムの商品水に依存が深く、公共生活水への関心が低いのかもしれない。

そもそも、駅のホームにあった水道がなくなっているのに、騒ぎにならないのは、どうしたわけか。あの水は飲まずに買う、ということが常識化しているからではないのか。そしてJRは、コスト減になるから、よろこんで、さっさとホームから水飲み場を撤去してしまった。

なーんて、アレコレ気になった。今日は、チョイと気になるだけで、うまく書けないので、このへんでオワリ。

「自らの意思で自らの食を見る努力や、食を本気で大切と考える価値観」を、まず水から考えていこう。なあ、バカな男たちよ。

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コメント

ペットボトルの水が広く普及したのはバブルの頃ではないかという印象があるのですが。
マンションなど大きなビルの場合、いったん貯水タンクに水をためる仕組みになっていて、そのタンクの清掃管理が悪く、ネズミやらゴキブリやらの死骸だらけだとか、そんなウワサが流れたこともあるように思いますが。
水道水を飲むのも慣れなら、飲まないのも慣れということで、カネがかかるほうへ慣れてきたといえますか。ペットボトルの水の原価は、ほとんど容器と運賃つまりクルマのガソリン代といわれていますが。地下水をガンガン汲み上げているところもあるし。はて、これが「健全」な姿なのかどうか。

投稿: エンテツ | 2006/09/01 08:07

なるほど、これは気付きませんでした。
そういえば水道水なんて何年も飲んでないですね。
友人宅で水飲みたいと言ったら水道からコップに入れて持って来て、「ウッ」と思ったことがあったんですが、その大親友は昔っから水道水が好きなんです。
お互い東京育ちなんですけど。
なんかある時期から理由もわからず「水道水=汚染されてる」という刷り込みがあるようです。
いつ頃からなのかなあ。
ちょっと思い出してみます。
そして、改めて水道水について考えてみます。
ペットボトルゴミの方が環境に悪いじゃないかっていうのはまさにその通りですね。

投稿: moo00 | 2006/08/31 23:52

コメント、ありがとうございます。
テレビで、そのようなことがあったとは知りませんでした。その弁当屋のオヤジ、いいですねえ。

最近は田舎の、地下水を水道にしているような町の店でもペットボトルの水が大量に売られていて、どうも解せない。

それはともかく、「アランスミス」というHNに痺れました。これからも、よろしく~

投稿: エンテツ | 2006/08/31 11:49

数年前、テレビで、非常にお米に気を遣っている、評判のお弁当屋さんが紹介されておりました。
水道水をそのまま使って米を炊こうとしている店主を見て驚いたリポーターが「そのまま使うんですか?」(山奥で汲んできた水などを使わないのか?)と尋ねると、
おやじさんは「流れてねえ(汲み置きの)水は死んでんだよ、水道水が一番」ときっぱり言い切っていて痺れました。
というわけで、エンテツさんの今日の日記にも痺れました!(長文すみません)

投稿: アランスミス | 2006/08/30 18:41

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