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2006/08/20

日本の黄昏か「団塊世代」

「世代論」というのは、あまり根拠のある話ではないと思うが、ことマーケティングということになると、かなり注目をあびてきたし、「団塊世代」にふりまわされてきた。ま、なんといっても、「ボリュームゾーン」だからな。

が、しかし、ただ人数が多いだけなら、ボリュームゾーンにはならないはずだ。なにしろニンゲンには個性があるはずだから、「団塊世代」というファクターではなく、別の把握の仕方が可能だったはずだ。個性がない世代というのは言いすぎにしても、消費特性なり消費傾向が「団塊」と言われるほど似ていた、ということだろう。

きのうに続き「食品商業」9月号ネタだが、食品のマーチャンダイズを語る上で必須の注目すべきキーワードが4つ挙げられている。

「団塊世代対応」「食育」「全国各地の特産品」「LOHAS」

「団塊世代対応」については、こう書かれている。「2007年から09年にかけて団塊の世代が一斉に定年を迎える。彼らは一般に経済的に余裕があり消費意欲が高いとされるだけに、彼らをターゲットとした商品開発が広がると予測されている。この世代が食に関して求めていることは、素材にこだわる、本物志向、健康に良い、高くても良いもの、旬を感じる、多くはいらない、などといったことである」

LOHASについては、「アメリカ発のマーケティング用語」としている。いま最も熱い視線が注がれている。これについては、これからいくらでもふれることになるので詳しくは書かない。もはやスローフードやスローライフは分解し時代遅れになった。

で、団塊世代なのだが、彼らは、もっともよくアジノモトで育ち、ファーストフードやファミレスの成長期の空気をいっぱい吸ってきた。ファミレスで食べるときだけではなく、自分の家の食卓でも、マジメにナイフとフォークを使う世代であると、チト皮肉まじりに言われてきた。見方を変えれば、いちばん成長期の工業製品の消費文化にどっぷりつかり、「本物」や「健康」や「特産品」や「素材」に縁がなかった世代かも知れない。

経済的に余裕があって消費意欲が高い連中をだますのは簡単そうだ。それに、他の「食育」や「全国各地の特産品」や「LOHAS]のマーケットについても、団塊世代が大きな影響力を持ちそうだ。

とにかく、まだまだ「懐古」や「癒し」「安心・安全」は続くのだ。隠棲気分や保守気分が流れであり、「冒険」や「チャレンジ」の出番は、しばらくない。ということか?

だとすると、なんだか、さみしいなあ。黄昏だなあ。

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コメント

どーも、ボンさん。

「団塊世代」のようなクローズアップしやすいものに集ってアレコレ騒いでくっているやつが多いだけでね。その間、ほかのことは置き去り。まだしばらくは、その騒ぎは続きそう。

しかし、「団塊世代ブログ」をザッと眺めてみましたが、よくまあネタがあるというか、ネタになるというか。ま、私のマーケティング仕事の大半は団塊世代がターゲットでくわせてもらったのだけど。

そしてイマ「大衆食堂」なんてのも団塊懐古マーケットのネタではあるのですが……はて。

投稿: エンテツ | 2006/08/21 12:00

当該世代の端くれの一人として、
「黄昏」のような気もしております。
よく識者らしき人が、今こそ再出番だ
なんてこと論じてるのをみるにつけ、
自分の尻拭いさえできなかった世代
なのに、ただただ恥ずかしくなります。
で、一応気にはなるのでチェックどころを、
ブログと新書でそれなりにまとまってると。
「団塊世代ブログ」
http://dankai.sblo.jp/
「団塊ひとりぼっち」山口文憲 文春新書

投稿: ボン 大塚 | 2006/08/21 10:39

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