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2006/08/14

大川渉「酒中乱読日記」に南陀楼綾繁評の「間道」

世間はお盆休みってことらしい。あいかわらず「墓参」の口実がなくては休みもままならない日本、しかも有休消化の休みのところも少ないらしい。そのうえ、ガソリン代の値上げで、帰省をひかえる人もいるという。貧乏奴隷大国は、しかし、メディアを見ていると、こういうブログにしてもそうだが、あまりそういう実感はわかない。みな、自分は安全圏だと思っているからな。

で、「安全圏に身を置いて優雅な楽しみ」にふけっている1人が、この人、南陀楼綾繁さん。彼の女房に横恋慕する塩山芳明編集長(目下発売中の『出版業界最底辺日記』の著者ね)から鬼畜SMコミック『Mate』が届いた。例の連載「活字本でも読んでみっか?」で南陀楼さんは、「とことん平凡な人間なクセに(あるいは、それがゆえに)、「常ならぬ人生」を送っているヒトの本を読むのが好きだ。ヤクザ、パチプロ、詐欺師、いんちきプロデューサー、AV女優、殺人者、ホームレス……。本を読むだけなら、感動するのも自由だ。安全圏に身を置いての優雅な楽しみではある」って書き出し。もう、そこを読んだだけで、飲みかけのビールを、ブッと吐き出しちゃったよ。ああ、もったいない。

「とことん平凡な人間なクセに(あるいは、それがゆえに)、「常ならぬ人生」を送っているヒト」といったら、南陀楼さん自分のことじゃねえか。自分が安全圏にいると思っているアマサは、南陀楼さんの一つの芸といえるが、それはまさに「とことん平凡」な証明であるし、それに「ヤクザ」と「詐欺師」と「いんちきプロデューサー」を足したのが、南陀楼さんのような『出版業界最底辺日記』の編集者だからなあ。これが笑わずにいられるか。

だが、しかし、常ならぬ人生を送っている奇人変人はぐれものというのは、自分でそう思ったり自分でそう言ってしまってはツマラナイのであって、自分じゃ、ごく脳天気に平凡なニンゲンであると思い込んでいる。安全パイを引き切りながら平凡であるよう務めている。ところがやることなすことの結果は、常ならぬことになる。というのがオモシロイのであって、そういう意味じゃ、まさに南陀楼さんは常ならざるニンゲンの名人級といえるだろう。

その点、口は悪いが、ひとの女房に横恋慕し嫉妬に悶えている塩の字なんぞは、ただの小心者。というのが、先日の本人がいない飲み会で、みなが一致したことであるが、ただし、ズンドコジョッキー6月の読了本の中から『カップ酒スタイル』(いいざわ・たつや、ちくま文庫)をベスト3の2位に選んだことは、大いにけっこうじゃないか。なかなかどうして、小心者だの横恋慕だのといってはいけないや。そういや塩の字といいざわさんは、なんとなくアノヘンのゆがみぐあいが似ているような気がする。

それはともかく、この南陀楼さんが紹介の、坂入尚文著『間道』新宿書房は、チト読んでみたいなという気になった。じつは、南陀楼さんは、そういうわけで、「見世物とテキヤの領域」という副題に惹かれ、優雅に他人の異常と不幸を楽しもうと本書を買ったらしいのだが、「しかし、この本には先に挙げた「非常人の記録」を読むときとは、少し違う手触りがあった」というのだ。

それがなんであるか、あとは書店で手にとってみてね。著者の坂入さんは、「いまでも車で寝泊りし、各地の高市で飴細工を売っているらしい。まさに、つげ義春のマンガに出てくるような、寂しいが美しくもある人生である」とな。

えと、それから、もう大分まえだが、入谷コピー文庫の堀内恭さんから、大川渉さんの『酒中乱読日記』其の1と2が送られてきている。まだ読んでない、スマン。大川さんは、おれがインターネットを始めたころ「散人雑報」というサイトをやっていた。かつての四谷ラウンドから発行の『下町酒場巡礼』の正・続が話題になっていたころだったと思うが、それでまあ、当時はインターネットのマナーも悪かったこともあるが、けっこうイヤガラセのようなものがあり、閉鎖してしまった。その「散人雑報」の一部が収録されている。『下町酒場巡礼』は、キチンと読めばわかると思うが、あれが「巡礼」であるのは、それなりに意味のあることなのだ。昨今、その「巡礼」だけをタイトルに真似するやつがいるようだが、ちゃんと巡礼の意味を問えよな。といっても、そんなこと考えるアタマがないから真似をするのだな。出版文化というか活字文化も頽廃の一方だ。

ま、大川さんは、高尚な趣味人であるから、高尚なんかクソクラエの下品なおれとは、まったくあわない。ということではないんだな、これが。とにかく、このあいだ飲んだときに、またそのサイトを始めるから、おれのサイトで宣伝してといわれ、あいよリンクはるよといっていたのだが、まだ始まってないようだ。はやく始めてくれ~。

ああ、それから、15日発売の『食品商業』だが、お盆の関係か、もう出来て届いた。今月号のお題は「飢餓はこの世からなくせるか」という、国連が扱うようなテーマだ。いまや国連は殺人戦争を合理化する舞台となって、飢餓を拡大する一方なので、このようなショーバイ雑誌で扱うのだね。『食品商業』の連載は、おれがここでいくら宣伝しても読者が増えないので、連載は9月15日発売の10月号で打ち切りです。ちょうど全10回の区切りですね。ああッ、連載が、なくなる~。でも、ちょうどよいか。うへっ、まもなく、その最後の締め切りだ。

あと、イロイロ届いているけど、ありがとね。今日は、ここまで。

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