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2006/09/16

サツマイモの味噌汁の複雑

おれはガキのころから、ジャガイモやサツマイモの味噌汁を食べて育った。小学校以前には、ウチの前の畑でも、ジャガイモやサツマイモを、作っていたし。

だが、ジャガイモやサツマイモの味噌汁など知らない、あんなもの味噌汁の具になるのか、愚じゃないかという、おれより一回り以上も若いやつがいる。聞くと、育った周辺では、ジャガイモやサツモイモを作っている家はなかったらしい。その地域には、スーパーも、ほかの店もない。ジャガイモやサツマイモは「町」の食べ物だったようだ。

うーむ、そんなことがあるのか。ジャガイモやサツマイモの味噌汁は、うまいのにねえ。

しかし、そいつは、ジャガイモの味噌汁なんかうまくない、サツマイモの味噌汁なんか信じられないというのだ。秋の味噌汁の具といえばナスだと。ナスは自分のウチで作っていたと。

うーむ、正しく地産地消すると、そういうことになるのか。
ということは、正しく地産地消すると、地域ごとに食べ物は偏向し、偏りがひどくなるということではないのかな。
とか、考えながら、コ忙しいなか、10数分歩いてC級スーパーで、1個100円のサツマイモを買ってきたのだった。

はて、これでサツマイモの味噌汁をつくるかどうか、はて、どうしようか。
そうそう、そいつは、そういう正しい地産地消の生活を懐かしいとも、そこにもどりたいとも思っていない。

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コメント

おっ、KOWさん、ちょうど。

やはり北海道というとジャガイモでしょうか。
南の鹿児島はサツマ、なんてね。

冗談はともかく、
多少生産伝播の歴史も関係してるかも。

しかし、あらたまって考えてみると、
自分の家ではこうだったけど、
隣の家では実際どうだったのか、
気になることがありますね。
それぐらい、なんとなくわかっているようなツモリの、隣の生活はワカラナイ。

投稿: エンテツ | 2006/09/18 17:35

ま、少し時代が違うかも知れませんが、
私がガキのころは、
とにかくヤレヤレ戦争が終ってよかった、
というかんじで悲愴感などなかったですね。
でも、新潟は「前線」に近かったせいか、
朝鮮戦争の不安と緊張は、
けっこうありましたね。
報道されなかったジケンなども。
ま、非常時、だったわけで。
そのあとですね、
ハレバレとした感じで、
現金収入がなくても、
なんとか食べていけるかな、
という「平和」な雰囲気があって。
それは短かったような。

投稿: エンテツ | 2006/09/18 17:30

うちは北海道出身なので
ジャガイモのみそ汁は当たり前でしたね。
逆にサツマイモはあまり普通ではなかったような
そんな記憶があります。

昭和40年代後半から50年代の記憶なので
食材と流通と地場地消論ではなく
家庭環境の差かもしれませんけど。

北海道民はお赤飯に甘納豆入れるくらい
甘いものが好きな傾向あるのに
なんで、サツマイモのみそ汁は違和感あったのかな。
(甘い赤飯も、調べるといろいろ事情があるようですが)

投稿: KOW | 2006/09/18 17:29

ああ、懐かしいです。
私も昭和30年代の子ども時分、
徳島の山奥「集落」でしたので、
ジャガイモ・さつまいもそれに里芋の
味噌汁でした。でも祖父など農家では
商品は入れられず、それらのクキ・葉っぱ
の味噌汁でしたねえ。それから雨・雪など
で「里」から孤立したら、フキ・タクアン
干しイモばかり、ほんとうに貧しかったん
でしょうが、悲愴感はなかったようだったと。

投稿: ボン 大塚 | 2006/09/17 10:14

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