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2006/10/27

プロもアマも

ここにときどき登場する新潟県の「味乃家 魚野川」の主人にして料理人の覚張(がくはり)徹さんのブログ「おれはここで生きている」に、このあいだオモシロイ話があったのだ。

10月19日の「半日の休暇」なんだけど、「中角」という民宿で宴会に参加したこと。その民宿は、「今回の地方再生プロジェクトのグルメ部会の責任者の家でもある。部長は30代の女性で凄く美人できっとやり手の方だと思う」ってことで、その料理について、このように批評している。……

料理ははっきり覚えていなかったがすごく安く手を掛けているのがよく分かった。
ただ1俵13万もする天空米を使ってもその特質を生かしきれていないし、別の素材にお金を掛けて料金はもっと高くてもいいと思う。
僕と同じでこれからの経営に危機感を持っていると前回はなされていたのを覚えている。
僕も多くの店の中から選ばれるにはと毎日考えているが、今までスキー場という好立地の商売が身についていてそれから抜け出せないように思われる。
やはり美味しい食べ物と石打で中角でなければと言う感動が無ければ先に進めないと思う。

……引用オワリ。

覚さんは、「なぜこんな余計なことを書くかというと、彼女が美人であるからです」と書いているから、美人の気をひくために書いたのかもしない。たぶん、彼女は、料理店経営と民宿経営ではちがうのですよ、と反論でもしてくれて、それでさらに料理を通じてあやしく関係が深まればよい、なーんてことかも知れないなあ、うふふふ。

こんどこの民宿に泊まって、美人の女将に会ってみたいものだと思うが、それはともかく、この話は、とてもオモシロイと思った。

プロだろうアマだろうと、つまり飲食店だろうと家庭だろうと、どこにどういうカネのかけかたをし、どういう満足を得るかということは、予算が少なければ少ないなりに、多くても多いなりに考える。ま、あまり考えないひともいるのだが……。

たとえばアマでも、9月14日の「ダシと貧乏と絶望」に書いたように、ザ大衆食のサイトからのリンク先である藤原素子さんの「貧すれど鈍せず」から話を借用している。「昆布など手が出ない時代が続いた。かつおぶしは毎朝ひとつかみずつ使えば積もり積もって結構な出費だ。それならば、ダシの素を使ってでも他の食材を買いたかった」というぐあいだ。

そこにも書いたが、実際に、たまにの休みの趣味ではなく、日常の料理をつくっているかどうかで、この感覚や考えは、かなりちがってくると思う。

出版物はもちろん、ブログでも、食べ飲み歩いたり料理をつくったりのことを書いている方は、たくさんいる。チョイとハッキリ云えば、それを読むと、このへんの感覚や考えは、どういうものか、大雑把の見当がつく。であるから、自分のお粗末がバレないように、おれはそういうことについては、なるべく書かないようにしているわけだ。

だからといって、食べ飲み歩きのことを書く人は、すべからく自分で料理をつくらなくてはいけないと主張したいのではない。飲食店の料理、とくに素材や調理法については、知らないことを知ったかぶりしないほうがよいということを云いたいだけなのだ。

そもそも8月28日の「安くておいしい」と「おいしく食べる」のあいだでも書いたように、「おいしく食べる」文化が、食べることや味わいにも大いに関係する。「客」としては、そちらの探求こそ大切だろう。

食べ飲み歩きにおいては、味覚批評以前に、自らの、飲食そのものや飲食店との付き合い方、酒や料理との付き合い方が、もっと探求されてよいと思う。たとえば、やはりザ大衆食のサイトからリンクの、『酒場百選』(ちくま文庫)の著者、浜田信郎さんの有名ブログ「居酒屋礼賛」などは、味覚批評はあっても極めて大雑把で、むしろ付き合い方の楽しみの探求が魅力だろうと思う。

ま、もちろん、これにはいろいろな傾向があって、当ブログのご常連の吸うさんの「駄目ブログ」もそうだし、ほかにもありますが。

だが、そうではない、ブームを追いかけ何を意図しているかわからないものも、けっこうある。食べ飲み歩いた飲食店の数を誇りたいのか、味覚を大げさに表現し味覚の王者になりたいのか、ペダンチックな知識をひけらかしたいのか、ただただ昭和だ下町だ懐かしいコリャサッサてな騒ぎをしたいのか、なにか書くことで文筆家や文化人を気どりたいのか、はたまたようするに売れればよいのか……。

そういう方向へいくのは、自らの在り方を考える必要がなく安直にできるからなんだろうし、ブームというのは安直じゃなきゃ大勢さんが参加するブームにならないからな。

れれれれれ、また、テーマと話がちがって、余計なことを書いてしまったか。ま、でも、いろいろな飲食に関する書きものを、この書き手は、なにを考えて書いているのかと興味を持つと、なかなかオモシロイ。料理も、そうだなあ。料理人の意図がハッキリしているものもあれば、そうでないものもあるし……。そうだ、とにかく、覚さんは、やはりたいしたものだ。それを云いたかったのだ。

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