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2006/10/24

「目上」と「目下」

Webで、このようなニュースを見た。このことについては、まったく不勉強なのだが、感じたことがあるので書いておく。

目上に「ご苦労さま」NG=敬語使用で初のQ&A指針案-文化審

 「目上の人をねぎらう時に『ご苦労さま』はふさわしくない。『お疲れさま』を使いましょう」。文化審議会の国語分科会(阿刀田高会長)は23日、敬語の使用法をQ&A方式で示した指針案をまとめた。一般からの意見も聞いた上、来年2月に文科相に答申する。文化庁は国民向けの初の具体的指針として広く活用を呼び掛ける。
 
(時事通信) - 10月23日20時1分更新

これは、大変オモシロイ問題だと思う。そもそも「目上」と「目下」の基準は、どうなのか、どういうものなのか。飲食店でも、席順をめぐって譲り合う光景は、なかなかオモシロイものがある。

だいたい「日本料理」の伝統は、その料理の内容や盛り付け皿数などには上下の序列があり、むしろ社会における上下の序列を知らしめるものとして、「日本料理」があったといえる。材料となる魚などにまで、それに従って上下の序列があった。

日本の国語における「正しい言葉遣い」は、そのように人間の序列を知らしめるためなのだろうか。これが、それぞれにアレコレ主張しながらの切磋琢磨的文化的成長ならよいが、またぞろ国の「指針」となると、そりゃ、オカシイと思う。「国語」で「言語」を統制するなんて、思考や感情の統制だ。

そういえば、伝統主義の「日本料理」が必ずしも日本の食生活や料理を包括しえていないように、日本の言語の伝統だという「国語」は、必ずしも日本の言語を包括しえていない。

実際の言語生活においては、たとえば、某大会社の下請けの会社の社長は、いつも酔うとおれに、その某大会社の部長と社長である自分とでは、どちらが「偉い」のかという質問をしたのだが、そのように気にする社長は、接待の場では部長を上席に座らせながら、わざと見下したような会話で対応するのだった。

それは、そもそも、「目下」と「目上」の「国語」がもたらす、「言語生活」=「言葉と会話の生活」の不便であり理不尽なのではないだろうか。すくなくとも、何度かそういう場面にいたおれは、そのように思った。

およそ、生活における礼儀と目上目下関係は、ちがう次元のものだと思う。礼儀があれば、目上目下などは、かえってわずらわしいだけだ。だが、目上目下関係をハッキリさせることが礼儀だと考える国語や文学が存在する。礼儀が失われるほど、そういう短絡した主張がはびこり、さらにまた礼儀を欠き、その場その場の上下関係だけを気にする悪循環に陥る。

大切なのは、お互いの人間としての礼儀ではないだろうか。そこに立ち返ることだ。目上目下の関係を基準にすることは、そこからまた遠ざかることになるだろう。

ようするに「国語」は、「日本料理」のように、生活を包括するものではない。それをこそ問題にすべきじゃないか。その「国語」における「文学」もまたそうで、たとえば多く読書し文学を鑑賞するものが、このことに、どのような反応をしているか、その反応、その無関心ていどでもわかる。そもそも、この国語分科会の会長は作家の阿刀田高さんだしな。

こういう議論になるのも、生活から遊離したというか観念の虜になった「国語」と「文学」の結果なのだろう。
食や食育基本法をめぐる議論と、どこか似ている。
国民の心身を統制しようという志向の強まりだろうか。

料理は、言語生活の表現でもあるという考えは、まだ一般的ではないが、実態としては、そうなのだ。

そういや、偉そうな板前と偉そうなグルメとでは、どっちが目上で目下なのだろうか。

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コメント

futtiさん、どーも。
トラックバックも、ごめんどうかけてしまい、すみません。

ま、私は、思いつきを書きなぐっているだけです、
酔って書いていること多いし、
気軽にコメントを、これからもよろしく~。

投稿: エンテツ | 2006/11/07 15:53

「料理は、言語生活の表現でもあるという考え」は日々実感しています。

難しいことはよくわからないですけれど・・。

言葉以上に正しく、思いを伝えることもできると感じます。

「最近のコメント」をいくつか拝見し、

みなさんのお話は勉強になります。

いきなりズーズーしく入り込んじゃってすいません^^

投稿: futti | 2006/11/03 10:02

謙譲語など、とくに会話の場では、
「卑屈語」に聞こえることがあります。

「目上の人には」と説く感覚に、おどろき。
ま、日本は、ほんの1940年代なかばまで、
序列厳しい国だったのであり、
そこにもどりたい人が、
まだまだたくさんいるらしいと、
あらためて感じました。

文化審議会というのも、わけがわからないものですが、
国語分科会というのは、かつての「国語審議会」なのでしょうか、
たしか、このあいだは「美化語」とかいうものをつくっていました、
こんなことに税金をつかうなんて、ほんとばかばかしい。

>丁寧語の洗練と敬語の全廃こそが先ずは目標と思われます。
なるほど、たしかに。

投稿: エンテツ | 2006/10/25 12:30

敬語は、人間の序列を知らしめ、それを確認するものです。謙譲語などと云うまことに卑しいものもあります。

上下関係などと封建的な言葉が出てきて驚いています。1960年代の世界的な権威主義からの脱皮の後、日本だけは時代思想的に半世紀間ほど時代を逆行して行ったようです。浮き足立った借物の数多の運動も根がつかないどころか、逆効果を生んでしまったのでしょう。

もう一度明治のような革命が必要になる時が来るのでしょうか。丁寧語の洗練と敬語の全廃こそが先ずは目標と思われます。

平目は上か下か、鰈は上か下か?

投稿: pfaelzerwein | 2006/10/24 23:42

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