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2006/11/25

呑斉会に備え酒を呑みながら考えた

今日は高瀬斉さん主宰の呑斉会の日なので、酒を「たくさん」より「大量」に呑む日だ。もちろん大量に呑まなくてもよいのだが、おなじ会費だから、おれは呑むのだ。

写真家の武井メグミさんに誘われて参加しているのだが、今回は誘惑した本人は来ない。誘惑して捨てるのか、コノヤロウ。とはいえ、ようするに酒があればよい。女にふられても呑みに行く。

いろいろな呑み会があるが、清酒を一度に何種類も大量に呑めることにおいて、この会は最高かどうか知らないが、よいのだ。

なにごとも「偏執」はよくない「こだわり」なんか人生をつまらなくするだけと結婚もまだたった3回のおれにはよい。途中からベロンベロンになることもあって、何種類もの清酒の銘柄と特徴を覚えられるわけではないが、そんなことは期待してない。いろいろな違いを感じる感覚を、「磨く」「鍛錬する」というと大げさで、たんに楽しむのだ。それに、こんなにも変化を楽しめる、間口も広い奥行きのある清酒が、おれは好きだ。

そういわけで、今朝は、今朝も、呑みながら、呑斉会のために備える。

酒を呑みながら考えた。この世は「健全」が尊ばれる。おれのように「不健全」な、文章からして「不健全」な男は信用されない。

食の話をごらんよ、食育の話をごらんよ、正しい、道徳的な、「健全」そうな人たちばかりだ。

代議士先生、官僚、マスコミ……この世の権力と権威の頂点にいるような人びとをはじめ、「健全」を説く人たちがたくさんいる。ああ、清々しいキラキラ輝く美しい凛とした主張そして文章よ日本よ。「不健全」は肩身が狭い。

しかし、「不健全」こそ自然であり、軍隊生活を思わせるような「健全」こそ不自然ではないか。みなたくましく自然に生きれば「不健全」なのだ。もっと「不健全」に居直ろう。

「不健全」こそ歴史であり文化であり伝統だ。たとえば、あの平安バカ助べえ貴族たち、じつに「不健全」だ。むかしは「健全」を説くものなどいなかったのだ。上から下まで堂々「不健全」、これこそ正しい姿であり、成長のエネルギーだ。

そう朝から「不健全」な酒をやりながら考えた。
今朝の酒は、一昨日から続いているおでんと焼酎の湯割りでしたね。

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