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2006/11/10

古本「東京の味」をムムム楽しむ

このあいだ、池袋の古書往来座に寄ったとき、保育社文庫本カラーブックスの『新訂 東京の味』(添田知道・編)と『続 東京の味』(石倉豊・桜井華子 共著)があって、どちらも200円だったので、買ってきたのだった。お店のガイドだが、これが、おもしろい。

前者は、昭和43年(1968)初版の昭和51年(1976)新訂重版のもの。後者は、昭和48年(1973)発行のもの。

前者は新訂重版とはいえ、この時期はインフレの時代だから、価格を改めたもので、店の案内などは初版のままのようだ。銀座などの「老舗」がズラリならぶ。大衆食堂のラーメンが百円ぐらいのころに、定食2千円3千円の店が多い。それでも、こうしたガイドが、大衆的な文庫本カラーブックスになったのは、60年代に入ってからの高度経済成長で、60年代後半には丸の内日本橋大手町などの都心のサラリーマンを中心に「高給取り」や社用族がふえたからだろう。が、しかし、その内容は、まだ高度経済成長期以前の江戸から地続きの東京の食通文化をしのばせるものが十分ある。

ところが、後者は、ガラリ変わる。表紙のタイトルのサブに「ヤングのムードと味覚の店」とあるぐらい、「ヤング」を意識している。それは、市場全体が、あるいは日本全体が、ヤング=団塊の世代を意識したあらわれとみることができそうだ。1968年から1973年のあいだの大きな変化を感じさせる。

後者では、ナント、見開き2ページをつかって、「マクドナルド三越店(ハンバーガー)」の紹介がある。しかも「マキシム・ド・パリ」も載っているのですぞ。

マクドナルド三越店の紹介の見出しは「アメリカ風 ハンバーガー」、記事は、こうある……

 日本上陸したアメリカのハンバーガー旋風の成功第一陣。
 昭和四十七年一〇月八日、日曜の歩行者天国の日だと思うが、全世界のこのチェーン店売上げの世界一を記録した。何しろ温かいうちに食べるとなるほどおいしい。
 冷めると大したことはないと感じるのだが……皆がまわりでうまそうにパクついているのでこちらも大変おいしくなってしまう。そんな感じである。
 ベストセラーの三つは左の通りで、日本のヤング好みらしい。
 ビーフバーガー一〇〇円、 ビッグマック(三段重ね)二五〇円、チーズバーガー一二〇円。

……以上、全文引用。三越店とは銀座4丁目の三越店で、写真は、その前の歩行者天国の雑踏のなかで、高校生ぐらいの娘と母親が立ったまま、ハンバーガーを食べているところだ。

ほかに、「アメリカ生まれのドーナッツ」の見出しでダンキン・ドーナッツが、「フライドチキン」の見出しで「ケンタッキーフライドチキン」が……。全体的に「江戸」の姿は引いて、ヤングの洋風が前面に躍り出た感じだ。

なるほど、これは当時は「東京の味」だったのかも知れないが、最初の江戸の面影がある「東京の味」とくらべると、かなり趣がちがう。「東京の味」はグラグラしている。「東京の味」がグラグラしだしたのは、「戦後」ではなく、この時期もっとも激しかったのではないかと思われる。ま、自分の体験からしてもそうなのだが、それをあらためて思った。

んで、まあ、今日も小春日和で、パソコンを捨て外へ出たいので簡単にするが。

日本橋の「たいめいけん」に、ごくアタリマエのように「一階は大衆食堂」という記述があるのに、おどろいた。おれも70年代に何度も入っているが、たいめいけんを大衆食堂と思ったことはない。

しかし、あの時代、あそこを大衆食堂と思っていたひとがいたことは、おどろきだけど、なるほど、人によってはそうかも知れないと思った。たしかに、あそこは、大衆的な食堂だった。とくにおれなどは、ラーメンかカレーライスかレバカツかメンチカツしか食わなかったし。それが当時のおれには大衆食堂とは思えなかったのは、ふだん利用していた大衆食堂から比べると値段も少しだけ高く「高級」なかんじがしたからかも知れない。しかしあのへんの人たちにとってみれば、それはとくに高級のわけではないフツウの場所であり値段だろう。とにかく、そのように、当時の「大衆食堂」のイメージは、かなり幅があったということだな。「大衆」を型にはめることはまちがいだし、できない。

03年2月13日「マック」に、翌72年の春ごろ三越店でマックを初めて食べたことを思い出して書いている……クリック地獄

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コメント

やあ、どうも、みなさま、しかも関西からお二人も、
おでかけいただきありがとうございます。
まだチト昨夜のウンコじゃないサケが残っているもので、
まとめてここに返信させていただきます。

>ボンさん
添田唖蝉坊さんは知らないのですが、とにかく、この添田知道さん、たしかに「風狂の血筋」を感じさせます。
いまではほとんど見かけない、上流にも下世話にも通じている「通人」「粋人」ですね。しかも、この方、売文社に勤務していたのですよ。
奥付の略歴「1902年東京に生まれる。1916年日本大学中学校中退。売文社勤務。演歌作曲を経て1927年より文筆活動に入る。1942年「小説・教育者」で新潮賞を浮く。」
著書に「日本春歌考」のほかに「演歌の明治大正史」「香具師の生活」「演歌師の生活」などがあります。

>からすさん
なんとまあグウゼン。たしかに「神戸の味」や「京の味」もありますね。震災のあとも約半数残っているというのは、たいしたもんじゃないでしょうか。東京だと、もともと根無し草の上京者が多いから、そうはいかないかも。

「新訂 東京の味」も、いろいろな種類の料理店が登場し菓子店もありますし、いまでも残る大衆酒場も数軒あります。そして一軒だけラーメンの店がありますが、ナント「そば」のくくりなのですよ。全体的には編著者の添田さんのカラーと思われる「渋好み」な感じになっています。

「続」だと、「ラーメン」のくくりがあるけど、いまでも有名店の「直久」一軒だけ。もしかすると、当時のラーメンの「社会的地位」は低かったのかも。ラーメンは屋台営業が多かったし、どちらかというと東京あたりじゃ、肉体労働者系の街に多かったということも関係するかも。

ついでに。60年代中ごろ大阪へ一年間長期出張になったとき、よく神戸へ行きましたが、たしか三宮駅そばの新しい地下街だったと思うけど、通路に面した見えるところで、手打の麺を作っている中華屋があって、あの一本が二本に、二本が四本にと、どんどん細くなっていく様子を、仕事をさぼりつつあきもせず眺めていました。食べたような気もするけど、よく覚えていない。

>近藤さん
『洋酒入門』を読みながら複雑な気分を漂うとは、はて?
ま、とにかく、また飲みましょう。

投稿: エンテツ | 2006/11/11 11:36

 どうもです。いやいや、偶然いま、保育社の昭和43年初版、52年重版の吉田芳二郎『洋酒入門』(古本200円)を読みながら、複雑な気分に漂っておりました。酔っているので詳しく説明できなくて残念です。
 ま、また飲みましょう。

投稿: 近藤昌 | 2006/11/11 02:04

 保育社の「カラーブックス」!

 実は、これもつい先日なのですが、神戸の古本屋で、同じシリーズの「神戸の味」(昭和49年)を見つけて、買ったところなのでした。
 100円でした。

 神戸は震災があったんで、もう既にない店も多数ありますが、ざっと見たとこ、この本に紹介された店の約半数は、いまなお営業しておりますです。

 「神戸の味」では、フランス、イタリア、英国、スペイン、ギリシャ、インド、中国等々の「各国料理」に高級料亭&鮨屋から、蕎麦屋、鰻屋、喫茶店、パン屋、そして「大衆的」なたこ焼き屋、お好み焼き屋、餃子屋などが、網羅されておりました。
 「中華料理」「餃子」の項目はあるけど、「ラーメン」というククリで紹介されてる店が「1軒きり」てのが、「(当時の)神戸らしい」かな?

投稿: からす | 2006/11/10 20:46

ほんとに、ムムムと唸ってしまうほど。
演歌師の添田唖蝉坊の息子さんが、東京の味なんて
いう本を編んでいたとは驚きました。演歌師の生活や
日本春歌考とかを書いていた人だったと思うんですが。
もっとも風狂な血筋で、食の本も手のうちだったのかも。

投稿: ボン 大塚 | 2006/11/10 14:52

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