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2006/11/17

時間がないときの更新法

ブログについては「評論家」までいて、ああだこうだいわれているけど、ようするにこれはばら撒き手段つきの半加工の紙を提供され、それに勝手に書いているようなものだ。それを「日記」に見立てようが「トイレットペーパー」に見立てようが「チラシ」に見立てようが勝手だが、どうも欠けている議論というのは、「公開」しているかぎり「公共性」のあるメディアだということについてではないかと思う。「公共性」とは、というと、また難しいことになるが、いまは、それを書いている時間的余裕がない。でも更新は、できるかぎりしたいと思うのは、かなりデタラメでイイカゲンなおれも「公共性」については、それなりに考えるところがあるからだ。ま、だけど、これは「日刊」を約束したものではないし、ま、それはともかく、時間がないときの更新は、どうするか、いま今日のような場合。

それは人様のおもしろいネタにリンクをはることだ。
いやあ、最近、拝見して一人で大笑いしたのは、右→のトラックバックにもある「KQZ on authentic 備忘録 〜いまだ移行中〜」の、11月8日の「ひさしぶりに空振り」だ。

以下引用……。

このところ人を紹介することが多い、と書いたことがあるわけですが、久しぶりに空振りしてしまった。

「彼はねー、色々と情報持ってるんだけど、なんていうか切れすぎるんだよねー。
 ちょっと危ないというか。
 KQZさんみたいにぼーっとしたふりしてて実はわかってる、って方がいいんだよねー」

あのー。
ぼーっとしてるように見えますかワタシ。
というかふりじゃないんですが。

……引用おわり。

「彼はねー、色々と情報持ってるんだけど、なんていうか切れすぎるんだよねー。」っての、実際に、よくあるんだよなあ。最近、とくに、なんだか、こういうかんじの「切れすぎ」風の人が多いような気がする。

そして、そのあと、ホントおかしい。一度しかお会いしてないが柿添さんの顔を思い浮かべ、ゲラゲラ笑ったのだった。

柿添さん、時間がないときのネタにしてすみません。

おれも古い友人には「ぬーぼー」といわれてきた。なかもそともホンモノの「ぬーぼー」なのだ。

いじょ、本日の更新、おわり。10分かからない。

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