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2006/11/07

池袋辺境徘徊のち西川口いづみや

もう一昨日になった5日のこと。池袋駅から明治通りを南へ、古書往来座、気になる料理本を数冊買い、鬼子母神へ。1992年ごろか? 江戸期に門前で営業していた料理茶屋の発掘跡を見学した。わずか1メートル下に江戸が埋まっている不思議を見た。発掘された陶器、青絵が多かったがトックリの五合ぐらいの大きいのがみごとだった、おもしろかったのは土を掘っただけの便壺で、意外に小さかった。

あのあとは何になったのかと思ったら、ミニ公園便所になっていた。つまりは、ミニ公園便所の建設がなかったら発掘はなかったのだ。

バブルの開発ブームがもたらした、よいことといったら、いらぬ工事の活発で、地下に眠っていた江戸の街のホンノ一部でも発掘する機会ができたことだ。おかしいことに、それまで江戸については、ほとんど文献が頼りだった。文献なんぞは、欲深い人の心を介しているから、デタラメが多い。ま、人間なんて自分に都合のよいことしか書かない。文章を書いて偉そうにしているやつにロクなやつはいない。だいたいハッタリで根拠がなくウソが多い。すくなくとも真実からは遠い。祖父母の代にさかのぼれば、もう何をどう食べていたかもわからないで、歴史や伝統や社会や文化やクソを論じる。その根拠はといえば、活字の世界の権威あるいは権威的存在であり、生活ではない。

以前に江原恵さんと、江戸庶民が実際に日々食べていた料理を調べようと、アレコレ文献を集めたことがある。しかし、その内容たるや観念的なものが多く、近代になってからもそうだが、それは男がブンガクを支配してきたからトウゼンでもあるが、しかし、こんな観念的な文章で伝統だのなんだのになるのだから、手書きの家計簿の一冊でも残してもらっていたほうがよほど役に立つと笑ったものだ。ま、それで江戸遺跡の発掘がもたらした、いちばん大きな成果といったら、江戸の人間は想像以上に多くの獣肉を食べていたということで、肉食の歴史の見直しが始まったことだろう。

しかし、まだ江戸遺跡の発掘は足りない。発掘のための予算はなく、ビル開発工事の最中にみつかって報告があったものしか、調査されてないのだ。ほかはひっかきまわされたか地面の下。ただでさえ中央である東京は活字と観念の都なのに、イジョーに発行部数の多い大新聞を頂点とする空虚な事大主義の活字文化は衰退してきているとはいえ、まだまだ続く、やれやれ。

そのように、鬼子母神のミニ公園便所の前でタメイキをつき、東京音大の前をとおって、南池袋の東通りを突き抜け東池袋に出た。そこは、もう工事がおわったかおわりつつある超高層ビルが建ち(きのうの写真)、そしてその近隣は殺伐とした荒地。かつてあった街がつぶされ、何という名前だったか東京空襲を経験した作家が何かに書いていたが、「空襲のあと」のように巨大な暴力がふるわれた様子が広がっていた。こんなことのくりかえしじゃ、人の心もすさむだろう、いやすさんでいるから、こういうことになるのか。

Ikebukuro_higasisyoutenとにかく路地に入る。朝日食堂の無事の画像は、すでに掲載した。その写真を撮っている位置から背後に都電の踏み切りがあり、わたると東池袋の商店街になるが、このあたりは、まだほとんど変わっていない。日曜日なので休みが多く、駄菓子屋の店先だけが迫る夕闇の中で灯りをともしていた。画像、クッリク地獄で拡大。歩いていると狭い路地から、トツゼン洗面器を持って銭湯へ行くらしい老人があらわれた。思わず、この人は、どんなものを食べているのだろうかと思った。

もどって、すっかり有名になった大勝軒の昔のままのボロ店の前を通り、サンシャイン横の西友があるビル。ここは、かつて、ファミリーマート関東地域本部があって、よく仕事で来たところだ。そこを東、造幣局のほうへまがり、造幣局のところで北へ、春日通りにむかう。春日通り、都電向原駅そばには赤城食堂があるが、休み。大塚駅に向って下り、もしかすると和田屋食堂なら駅に近いからやっているかと期待したが、やはり休み。もうずいぶん歩きっぱなしで、腹も空いているし、ビールも飲みたい。

食堂チェーンはやっているが気分じゃない。和田屋食堂のところから三業地のほうへ向って歩くが、ほとんど休み。あきらめて、北口側へ行き、確実にやっているはずの鳥忠へ。ここならまあ、大衆酒場の気分で飲める。カウンター席では、若造サラリーマンが文庫本を見ながらイッパイやっている。今日は仕事だったのか、ご苦労さん、あんた営業マンだね。おれも、むかし営業していたころは、休みなしでやっていたよ。ま、営業といいながら、昼から酒場に入っていたこともあるけどさ。

ビール、ビール、ビール! なんだか土建屋系職人が多い。みな三連休なしで仕事だと、景気よさそうな話をしている。ミニバブルだ。ビールのあとは、燗酒! おれも若造サラリーマンの真似して、古書往来座で買った本などを取り出して見る。酒場で本を読むなんてキザで照れるなあ。おおっ、この本、おっ、この写真、歌舞伎町のフロイデじゃないか。1970年ごろのフロイデの前の細い路地の写真があるなんて。こういう本なら、いいねえ。でも、これ、活字じゃなくて写真かあ。そういや写真は家計簿のように生活の仔細を残しているなあ。

で、帰りの電車に乗ったのだが、なんだかもの足りない。何かが足りない、やっぱり鳥忠では、何かが足りないのだよなあ。そうだ、西川口いづみやへ行ってみよう、と途中下車。うわははははは、やはりいづみやだ、もうオヤジたちでイッパイだ。うるせえ~、にぎやか~。そうなのだオートの帰りなのだ。オートの新聞を広げて、ああでもないこうでもない、下品で屈託なく。95パーセントぐらいは、その客。いやあ、オヤジたちは、いいねえ、この雰囲気だよ。おれのとなりは、タクシーの運ちゃん。オートは、まるでダメだったらしい。

ま、それで、はて、なにを飲んだか思い出せない。たぶん燗酒か、つまみは煮込み豆腐だけだったと思うが、とにかく勘定するときに千円でおつりがきたのだなあ。ま、それで、気分よく酩酊帰宅。

ああ、もう書くの、めんどう。

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