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2006/11/11

またもや「東京の味」をグググ楽しむ

きのう書いた、保育社文庫本カラーブックスの『新訂 東京の味』(添田知道・編)と『続 東京の味』(石倉豊・桜井華子 共著)を、まだ見ている。

たくさん気づいたことがある。その一つ。この本は、複数の著者がいるが、誰も「究極」だの「真髄」だの「逸品」だのという言葉をつかっていない。「旬」や「秘伝」という言葉もいまのところ見当たらない。「驚愕」も「感動」もなし、「とびきり旨い!」なんていう表現もなし。ま、つまりは、そういうハッタリ言語は、ほとんど使われてないのだ。

そして、また、ちかごろ、そういうハッタリ言語のハヤリに対して対極というべきか、内容がない文章を、キレイな写真と「ですます」調という丁寧な表現をもって上品を演出して誤魔化す傾向がみられるが、そういうこともない。

ま、それなりに食と教養や道楽にカネとヒマをかけた人たちが書いているのだが、かといってそれを自慢するわけでもない。が、文章の背後には、大急ぎで数だけ追いかけて食べ歩いているものには書けない、味噌汁のダシみたいに利いている、深くて広い知識がある。

たとえば、『新訂 東京の味』には、神田司町の「みますや」が載っている。ここは、「高級化」することなく、いまでも「大衆酒場」といえる状態のままだが。それを、編者の添田知道さんが書いている。こんなアンバイだ……。

 赤い提灯と縄のれん。柳が一本。その垂れ葉をなおも青々と見せるガラス灯に「創業明治三十八年」とある。日露戦争の年である。そのころ、このあたり三河町といって、労務の人市もたった。いわゆるめしやの実質主義をいまも保って、食べるによく、飲むによく、すわるところも、椅子卓も、みないれこみの気安さ満点である。
 おもしろい肴にもぶつかる。バイがあったり、タニシがあったり、ドジョウの丸煮もあるが、うであげたカニの甲羅に値段の数字を書いたのが大ざるに積まれていたりしたこともある。奴豆腐がうまい。ずるずるのアメリカ大豆オンリーではない。ちゃんと箸で食べられる。アナかばもいい。品書きの板がずらりとかかっているのを見てもたのしい。季節の鍋は肉もの、魚もの、ひととおりやる。ふぐちりもやる。
 夕刻から混んでくるが、いかにたてこんでも客に、妨げ合うことがない。談笑さかんな組々のなかで、一人でだまって徳利をならべている孤愁の姿もあって、好もしい眺めだ。皿も鉢もとちゅうでさげることをしない。その数で計算するからだが、これがまた迅速でおどろくほど。総じてさばきのあざやかなことがこの店の特徴である。(添田)

……全文、引用してしまった。

必ずしもおれの好きな表現ではないが、興味や趣味のちがい、あるいは思想のちがいをこえて、その文章に納得できるものがある。

ということで、では、おれのための食べ歩き文の見方考え方、その1。

内容がない、何に興味や関心があるのかすらわからない、キレイな写真や、ハッタリ言語あるいは「ですます」調で誤魔化すものは、バツをつけ捨てましょう。

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コメント

>「ラーメン屋」が街に増殖し始めたのは、ひょっとして「どさん子チェーン」の展開以後……なのかも。

なーるほど、ですね。あと、背景的には、おうちで三食たべるのがフツウの時代は、ラーメンは軽食や間食のかんじだったけど、どさん子ラーメンのころには、それで一食分の「メシ」というかんじにボリュームのあるラーメン屋がふえたような気もします。

しかし、そうですか、あそこ「サンチカタウン」というところ、懐かしいです。「カポネ」とは名前もイタリアンだけど、スパゲティのような麺だったような気もします。

投稿: エンテツ | 2006/11/11 23:03

>ついでに。60年代中ごろ大阪へ一年間長期出張になったとき、よく神戸へ行きましたが、たしか三宮駅そばの新しい地下街だったと思うけど、通路に面した見えるところで、手打の麺を作っている中華屋があって、あの一本が二本に、二本が四本にと、どんどん細くなっていく様子を、仕事をさぼりつつあきもせず眺めていました。食べたような気もするけど、よく覚えていない。

 それ!その店、「サンチカタウン」にあった「カポネ」です。
 メニューは、「ラーメン」「タンタンメン」「チャーシューメン」だけ、というとてもシンプルな店でした。
 当時の神戸で「ラーメン専門店」というのは、とても珍しい存在でしたが……
 震災後だったかその前だったか、いつのまにかなくなって、現在はありません。
 新興ラーメン店が、あちこちに「ぽこぽこ」と出来たせいかな……?

 東京の事情はわかりませんが、70年代ころまでは、少なくとも神戸では、「ラーメン屋」あるいは「ラーメン」との看板掲げる店は、あまりなかったように記憶します。
 もちろん「中華料理店」てのは、その辺にいくらでもあって、そのメニューには「ラーメン」がありましたが、「専門店」てのは、なかった。
 こないだ人と話してたら、大阪でもやはり「そうだった」と聞きました。

 「ラーメン屋」が街に増殖し始めたのは、ひょっとして「どさん子チェーン」の展開以後……なのかも。

投稿: からす | 2006/11/11 22:24

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