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2007/01/31

「好き」を大事にするってことで、「たらし焼き」「どんどん焼き」

2007/01/20「それで好食「たらし焼き」なのだが」を書いたまま日にちがすぎた。

このあいだも納豆データ捏造問題があったばかりだ。「身体によい」「健康によい」「やせられる」といった、いわゆる「健康志向」に食が偏向し、「好き」が犠牲になっている印象がある。これでは食は「文化」ではなく「生理」かよと思ってしまう。

ま、このあいだの敗戦まで、「好き」は生活の基本ではなかった。「好き」なんぞは、「ぜいたく」「わがまま」と非難され、「好き」どころか「欲しがりません勝つまでは」テナことにまでなって、男女のあいだもそうだったが、「好き」という個の根本に犠牲を強いる、さまざまな規範や因習などが強い社会だった。

ま、その社会の制度は変わったが、制度はなくなっても、文化や習慣は、そうは簡単に変わらない。いくら「旧制度」を批判し否定し民主主義や個人主義を謳歌したところで、それぞれの「好き」という素朴な感情を育てる文化が成長しないかぎり、そうは簡単に変わらないのだ。すぐ「ぜいたく」「わがまま」といった言葉がとびだす。特定の人たちの「好き」を押しつける。「健康増進法」「食育基本法」といった、個の「好き」に干渉するような法律が、簡単に決まってしまう。

と、書いても、それこそ「好き」という素朴な感情を育てる文化が成長するわけじゃない。

で、「たらし焼き」と「どんどん焼き」だが、そういう話になると、まず、そのいわれや歴史やちがいを、のべたり知りたがるひとが少なくないと思うが、それがそもそも、マチガイなのだ。

で、まずは、またまた、おなじ投稿文を引用するのだが……「私の家では、夕飯を食べる前にお茶を飲みますが、その時にたらし焼きを作って食べます。たらし焼きはうどん粉と重曹と砂糖を入れてフライパンで焼きます。とてもおいしいですよ。」

「たらし焼き」の作り方は、ここに書いてあるとおり、じつに単純だ。砂糖も入れずに焼いて、醤油や砂糖醤油で食べる家もあるらしい。とにかく、これを作って食べてみることなのだ。

できるなら、まず、うどん粉だけ水で溶いて焼いてみたほうがよい。できたら、うどん粉の種類を変えてみる。それから、少しずつ、いろいろなものを加えていく。それで好きになれなかったら、「たらし焼き」と「どんどん焼き」のちがいなど、ほんとうはおなじものだと思われるが、考えても意味はない、無駄だ。ほかの好きなものに向かえばよい。

とにかく、この投稿者は、このたらし焼きが好きで楽しみにちがいない。この単純なものを、「とてもおいしい」という。ちょいと見栄や気取りがあったら、こういうものを、広報誌に投稿することはないだろう。あるいは見栄や気取りがあったら、私の家では伝統と文化を守っていますとか、いまの人たちはゼイタクになりましたがウチでは…などと余計なお説教が入ると思う。ようするに見栄に負けない「好き」がある。それを主張する生活がある。そのようにかんじた。

ついでに。なにもくわえないたらし焼きは、露骨にうどん粉の味がわかる。うどん粉の微妙な旨味が、わかる。おそらく、「たらし焼き」だろうが「どんどん焼き」だろうが、そこから始まったのではないか。

これを試してみないで、うどんやお好み焼きやもんじゃ焼きなどの能書きをたれているようだったら、さっそくやってみてほしいね。

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コメント

>お好み焼きというのは、昔は知らないが近頃は、水で溶かないでダシ汁で溶いて、それ用のソースかなんかかける、どんどん焼きとはちがうものというかんじだな。


ああ、大阪の知人達からは「東京のお好み焼きは出汁が入ってないから旨くない」ってよく扱き下ろされるんすけど、こっちからしたら「ガキのおやつごときにそんな必死にならなくても...」と思うんすよね。
「どんどん焼き」で代表されるように、元々おやつとしての色合いが強い東京と、主食としてる大阪を比べられてもね...

投稿: 吸う | 2007/02/01 15:51

「好き勝手」は「身勝手」から生まれるのかどうかは難しいモンダイのようなのでほっておくとして。

おれなんかガキのころ、お好み焼きなんか知らなかったから、どんどん焼きにいろいろなものを混ぜたりのっけたりして焼いても「どんどん焼き」と呼んでいた。

お好み焼きというのは、昔は知らないが近頃は、水で溶かないでダシ汁で溶いて、それ用のソースかなんかかける、どんどん焼きとはちがうものというかんじだな。

いまでもどんどん焼きをやるが、秩父の粉をつかって、最後に削り節をふりかけて仕上げて食べるのが、ツマミにもよいな。

投稿: エンテツ | 2007/02/01 13:24

さてさて、最近は一部で「好き」が行き過ぎて「好き勝手」の境が崩れて、給食費払わないのは勝手、電車の床やコンビニの前に座り込んでゴミ散らかすのも勝手、授業中歩き回っても勝手ってな風潮ですな...

「どんどん焼き」てえとガキの頃、外で遊んでると近所の長屋のおばさんから「どんどん焼きやったから食べていきな」なんて声が掛かって食べたもんですが、まあ、安っぽいお好み焼きってな感じで、子供心に「お好み焼きとどう違うんだろ?」なんて思ったもんですな。あ〜懐かしい。

投稿: 吸う | 2007/01/31 16:04

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