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2007/02/08

そして切ない「愛情料理」

「熟年離婚」ってのは話には聞いていたが、「現物」にあったことがなかった。しかし、これが「熟年離婚」かというのが、ついに出現した。本人にはスマンが、なんだかウレシイ、よろこんでいる。

おれより1年上の男、たしかカミサンは10歳ぐらい年下だったと思うが、離婚届を書いて家を出たという。ま、それで、おれに相談というか、ようするに連れ戻したいから一緒に来てくれという長い電話。

おれは、たしかに2回離婚し3回結婚しているが、だから、離婚のしかたなら知っているけど、連れもどしかたなんか知らないよ、カンベンしてくれよ。もうあきらめろ、おれならよろこんで、若い女をみつけるぞ。というと、「いや、いまさら、そんなメンドウはしたくない」

はあ、なんてやつだろう、「いまさら、そんなメンドウはしたくない」って、そういう根性で夫婦をやってきたからカミサンは家を出たのだろうし、そんな根性じゃ、ゼッタイもどりっこないよ。

そこそこの会社の幹部にまでなったやつだが、話をしていると、こっちが情けなくなる。カミサンの「愛情料理」が自慢だったやつで、そもそも「愛情料理」なんていう言い草が、自己中心的というか自己愛まみれで。

うちのカミサンは、うまい料理をつくる、「愛情料理」なんだよ。なーんて、20年前ぐらいに、よくそんな話を聞かされるたびに、おれは、そんなもの、夫婦を長くやっていて毎日料理をつくっていれば、自分がうまいもの食べたくて、うまい料理つくるようになるんだよ、愛情なんか関係ないよ、というと、いや、おまえは平気で離婚をするようなやつだから、女や女房の気持なんかわからないのだ。とか、しゃらくせえこといっていたが。

うまい料理をつくったり、夫婦で子供を育てるなんてのは、結婚していればアタリマエのことで、そんなもので「愛」だの「絆」だのって、本気にそう思っていたのか。おれだって子供の保育園の送り迎えから、掃除洗濯炊事、1人の子供は小さいとき入院手術もしたし1人は死んで葬式まで出した、それでも離婚だよ。そういうことで夫婦協力は、美しい「愛」だの「絆」だのと思いたいかも知れないが、フクザツな人間のココロを単純にしてみせるホームドラマやメロドラマの見すぎというものだ。

あんたは、ほんとうは、自分の好きなこと以外はめんどうだから、「愛」や「絆」ってことですまし、いい気になっていたのだろう。

とか電話でガンガン言いながら、そういや、どうもこやつ誠実で要領はよく仕事もできたが、コクのない男だったなと、フト伏木亨さんの『コクと旨味の秘密』を思い出したり。

ま、なんだか知らんが、あまりの自己愛の強さにオドロキながら、これからどうなるか楽しみになった。なにしろ、熟年離婚の「見本」は、初めてだから。

しかし、「愛情料理」なんてヘドが出るような言葉、ずいぶん罪つくりだと思う。料理は、愛情なんかなくたって、おもしろく楽しく、うまくできるのだ。

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