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2007/03/22

台東区入谷の金美館通りで下町の十人十色を妄想する

Iriya_kinbikan2下町を把握するのは容易ではない。いわゆる「谷根千(谷中、根津、千駄木)」が下町だなんていうのは論外にしても、上野鶯谷あたりから浅草のあいだを取りあげてみただけでも、多様で類型化できない。

たとえば、台東区の下谷と入谷は、昭和通りをはさんで隣接しているが、歩いて受ける感じは、似てはいるが、まったくちがうところがある。金美館通りを歩き、下谷、根岸をぬけ、山の手線を越えて谷中の頂上に出て、谷根千あたりをうろつけば下町のニオイすらしなくなるのがわかる。では、下町のニオイとは、なにかというと、これが難しい。

それで、おれは、ようするに十人十色が生きている町ということに、とりあえずしてみた。これが五色や三色や二色になったら、もう下町ではない。つまり類型化できない多様性こそ下町なのかも知れない。

永井荷風ジジイは、「深川の散歩」に、「夜烏子は山の手の町に居住している人たちが、意義なき体面に累(わずら)わされ、虚名のために齷齪(あくせく)しているのに比して、裏長屋に棲息している貧民の生活が遥に廉潔(れんけつ)で、また自由である事をよろこび、病余失意の一生をここに隠してしまったのである。」と書く。(岩波文庫『荷風随筆集』上、野口冨士男編)

「夜烏子」とは深川夜烏こと井上唖々だ。むかし下町の外の場末といわれた深川のことだが、いまでも山の手と下町の比較は、イメージとすると、こんなあんばいではないかと思う。だけど、いまや深川にしても入谷にしても、「貧民の生活が遥に廉潔(れんけつ)で」といえるほど、町に「貧民」の相はない。ただ、「自由である事」は、空気として感じることができる。それは片方では、着飾らないということになるかも知れない。あけすけ、ということにもなるだろう。十人十色がごちゃごちゃにまざり、一方では激しくぶつかりあい、だからそんなところでは、冗談というか駄洒落が人間関係の円滑のために必要なのか、どこかの店先に立ち止まっているあいだに、店の主人と客や客同士のあいだに、それが聞ける。

しかし、この夜烏のころから、山の手は、こんなふうだったのだ。いまの山の手は、「体面に累(わずら)わされ、虚名のために齷齪(あくせく)」することは、空気のようになっていても不思議ではない。すでに住んでいるひとたちは、それに不自然を感じないほどになっているのかも知れない。そこは、やはり下町の空気とはちがうようだ。でも、それは、それで、よいのだ。下町には、たいした守るべき体面や虚名がない人たちがおおいだけなのかも知れない。それはまたそれでよいことではないか。好きなようにすればよいのだ。

おれは肩肘張って生きるのは苦手なだけだ。山の手にも下町にも、肩肘張った連中はいる。お調子ものも苦手で、調子をあわせるのも苦手だから、下町の駄洒落についていけないこともある。もちろん山の手紳士淑女風の調子のよいお世辞も苦手だし、知的な文化人ポイのも苦手、華やかなのも苦手……。守るべき体面や虚名などないし。

しかしなんだね、どこだろうと、体面や虚名に関係なく、庶民というのはアクセク働かなくては、食っていけないのではないだろうか。そういう意味では、「山の手」だ「下町」だという概念は、ヒマな観念的な連中が考え出したタワゴトかも知れない。となれば、谷根千が下町になってしまおうが、モンダイはないわけだ。

画像は、金美館通りの細沼甘味店と、数年前に新装なった入谷市場。このへんから浅草千束方面にむかって歩くと、右側に大正小学校があり、その先に「大衆食堂 清月」がある。おれは、なるべく周辺を歩きこんでから、その地域の大衆食堂に入るようにしている。大衆食堂は地域の生きものだからね。2007/02/27「入谷千束ウロウロのち渡辺勝に酔いしれる」に、この日のことは書いた。……クリック地獄

「大衆食堂 清月」については、近日中にザ大衆食のサイトに掲載する、つもり。

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コメント

こちらこそ、すっかりごぶさたしています。
このあいだの「地域社会論」ワークショップ、
行って見ようかなとおもったけど、
遠いのでくじけてしまいました。

「虚業の暇人」どころかいそがしそうじゃないですか。
とにかく、また上野あたりで飲みましょう。

投稿: エンテツ | 2007/03/30 14:32

ごぶさたしてます!
そうそう、金美館も少し歩くごとに表情変わるし、上野なんか「上野」と名のつくところだけでもめちゃくちゃですよね、実際。しかも、この十人十色が何のラベルもつけられずに放置されているという雑然ぶり。

ラベルがつけられた瞬間につまらない「多様性」になると常々思っているわけですが、いまどきの「まちづくり」では、こういう十人十色の雑多性は、ダメの見本なわけです。
下町だろうが山の手だろうが、ベンリと見栄えを求めて、どんどんわかりやすくなっていってしまってます・・・エンテツさん流に言うチャーミングさがなくなっているんですな。

それでいて、「街に匂いがあった昭和30年代」の人のつながりを欲しがるっていうんだから、わけわからない。みんな自分たちが要らないって言ったものなのに、ラーメン博物館にそんなものがあるような気がしてる(させられてる)。

なんてことを、虚業の暇人は考えるデスよ。
また近々飲みまショー


投稿: yas-igarashi | 2007/03/30 07:31

貧乏の苦渋のなかで育ったおれだが、
とっても素直な男です。うふふふ。

投稿: エンテツ | 2007/03/23 23:49

まあ、世間一般の大多数がイメージする「下町」てのは、やっぱり「男はつらいよ」の世界なんでしょうな。地方には浅草と帝釈天を混同してる人がいたりします。
おいら「下町」ってのは実際よく分からねえんすけど、やっぱり先生様の言うとおりヒマで観念的で上等な連中が考え出したタワゴトなんでしょうな。「谷根千」なんて全く下町じゃないのにね。以前、谷中で仕事してた時に町歩きの連中に「下町らしい所はどこですか?」なんて聞かれて返答に困ったことがよくありました。
ああいうのが下町だとしたら、下町ってのはずいぶん上等なもんで。
山谷の外れの共同便所、共同炊事場、年中ジメジメした細い路地奥の陽が当たらない築ン十年のボロアパートの六畳一間で育ったおいらにゃ「下町」の生活ってのは高級で羨ましい限りで...あんなナメクジだらけのところで人間育つとおいらみたいにひねくれ者になっちまう。うふふふ...

投稿: 吸う | 2007/03/23 13:12

この商店街の主人たち
年寄りがふえたけど
みな「絵になる」顔をしている

大衆食堂 清月の
アジフライ
たべてみる価値あります

投稿: エンテツ | 2007/03/23 11:59

入谷市場新装したんだ

最近この界隈歩いてないから行ってみよう

投稿: 庄左衛門 | 2007/03/23 09:33

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