« 読みごたえと食べごたえ | トップページ | ヒゲと情報社会 »

2007/03/25

ブルーチーズの味わい

じつは、ナチュラルチーズが、けっこう好きだ。これは1970年代、その普及のためのシゴトで食べるようになったのが始まりなのだが、すっかり好きになってしまった。

おなじカネを出して、清酒と肴、ワインとナチュラルチーズの組み合わせ、好きなほうを選んでよいとなったら、悩む。たぶん、そのときの気分で選ぶことになるだろう。

なかでもやはり、ブルーチーズ系が好きだ。いまじつは、ブルーチーズとワインをやっていたのだが(どっちも安物)、シミジミそう思った。おれはブルーチーズのような人間も好きなのだ。

ブルーチーズの味わいは、なんてのかね、ブルーチーズのような人間の味わいだなと思う。ま、そういうことだ。それはコクのなかに、毒のあるクセを含んでいるというか。ブルーチーズのばあいは、ひとによっては、あれは、そのものが、ひどいクセじゃないかというひとがいるかも知れないが。

でもあれは、人間でいえば、「育ちの悪さ」とでもいうか、それがむきだしなのではなく、おれのようにあたたかい優しい深みのある情のなかに、それだけではすまないクセをひめていて、それがそこはかとなく漂ったり、トツゼン表層に出てきたり、そこだけを齧るとウーム毒だねえ、しかしこの毒がたまらんねえ、という感じの味わいだろう。

「育ちの悪さ」というのは、適切な表現ではないが、イメージとしてはよいかなと思う。恵まれた環境で不自由なく育った者でも、カビのような卑屈や屈託あるいは劣等感などを背負うことがある。もちろん、おれのように貧乏で、育ちの悪いものであればなおのこと。ようするに「過去」のカビだ。またもや藤沢周平流にいえば「暗い情念」か。そういうものがフトした何気ない表情や所作や言葉づかいにでる。それをおれは逃さないで感じ、かみしめる。

一般的に世間ではカビは嫌われる。だから人間のばあい、成長しそれなりに社会に受け入れられていく過程で、カビは表層から中へと包まれる。いわゆる「上品で明るい」装いで。たいがいのひとは、わたしはカビじゃありませんよという顔をしている。そしてまたカビじゃないところだけを評価して「よいひとだね」とかやっている。だが、おれのばあいは、そのカビのところが、カビの味わいが魅力が、どうであるかなのだ。美人だって、カビがなきゃ、つまらない。仕事がデキル男だって、クセのないやつ、つまらない。ひとに接すると、まずカビのほうをみる。まったく、おれは、ついついクセがあるほうに惹かれてしまう。

カビの味わい、このクセが、たまらんねえ。好きだよ~、ブルーチーズ。好きだよ~、ブルーチーズなやつ。

ああ、酔った。もう夕方か。じゃ、清酒にしようかな。

|

« 読みごたえと食べごたえ | トップページ | ヒゲと情報社会 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30930/14398468

この記事へのトラックバック一覧です: ブルーチーズの味わい:

« 読みごたえと食べごたえ | トップページ | ヒゲと情報社会 »