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2007/03/23

「負」または「ハードボイルド」な散歩

Arakawaきょう。わたしは近頃ややもすると荒ぶる心を鎮める必要があると感じ散歩に出かけた。京浜東北線川口駅から駅前を通る産業道路を南東の東京方面へむかい、荒川大橋の手前で左に折れ、芝川に架かる橋を渡ってから川沿いに下る。芝川は芝川放水路と合流し荒川にそそぐ、その手前、芝川の最後の橋が〔榎木橋〕という。その橋のたもとに用があり、しかし用は十分に達することができないまま、その角を左へ曲がり芝川を離れた。すぐの道路を右へ曲がると、芝川放水路に架かる山王橋に出る。そこを渡ると東京都足立区に入る。あとは環状7号に出て、西新井大師まで、川口駅から約10キロある。

これを「散歩」というかどうか知らない。「散文」に対して「韻文」ということばあるから、これは「散歩」に対する「韻歩」というか。「インポ」だって?これじゃあ、ブンガク的な書き出しが台無しだ。

2007/03/15「負の味覚」で、藤沢周平の「読む人に勇気や生きる知恵をあたえたり、快活で明るい世界をひらいてみせる小説が正のロマンだとすれば、ここに集めた小説は負のロマンというしかない」という『又蔵の火』のあとがきを引用している。そこで「負の味覚」の話にしたのだが、散歩においても、「負のロマン」に通じる散歩があるのではないか。と思う。

「快活で明るい」散歩とは違うのだ。それは散歩する自分の気分がそうであるのか、そのコースを歩いているうちに肉体の底で静かにしていた「負のロマン」がうずくのか、この際どうでもよい。そういう散歩のコースがある。コースのほとんどは、工場地帯でありトラックがうなり炭酸ガスを撒き散らす道路だ、空の色も川の水も、なぐさめになる清らかさはない。

藤沢周平の『ささやく河』の解説を、関川夏央が書いている。そこで彼は「『ささやく河』は、彫師伊之助を主人公とする藤沢周平のハードボイルド・シリーズ三作目である」と書き出し、「「ハードボイルド小説」とはなにかということについてだけ多少考えてみたいと思う」と述べている。コレ、けっこう好きだ。

以下引用……

 ハードボイルドとは、第一に苦労人の小説ではないだろうか。
 よくいわれることだが、ハードボイルドの主人公、すなわち「探偵」は自己の内部に社会通念とは必ずしも一致しない規範を持っている。ただし彼は非常識人であってはならない。世間智の集積としての常識や法を一定程度尊重する健全さを示しながら、場合によっては自己の内部の規範をそれに優先させるのである。その規範とは主人公の生活史上の経験と苦労、すなわち「過去」によってかたちづくられたものである。」
 (略)
 第二にハードボイルドは大都市の小説である。
 大都市は無数の見知らぬ同士の集合体である。「探偵」は群集を分けて歩き、手がかりをもとめては未知の人にあえて接触し、話すのである。誰かの話からつぎに会うべき人物をたぐり寄せ、再び話を聞き出す。その繰り返しがハードボイルド小説の骨格である。ハードボイルド小説を暴力描写小説と混同してはならない。
 (略)
 大都市にはさまざまな感情が織りあげる人間の劇がある。「人情」の交差がある。江戸の河のせせらぎは「過去」をささやいている。過去をどう清算し、どう心のつかえをとるのか、それこそハードボイルドと呼ばれる都会小説群の主題なのである。過去を清算する勇気を持たない都会人が「探偵」であり、その勇気を持ち得たものがときには「犯人」であったりするわけだが、探偵は犯人を憎むのではなく、ひそかにたたえ、われ知らず嫉妬さえするのだ。

……引用おわり

苦労人の「伊之助は江戸の町をたゆみなく歩く。多くの通りを歩き過ぎ、多くの橋を渡る。江戸の空に季節を読んで、水面に屈託やあきらめ、それから希望を溶かす」とも書いてある。屈託やあきらめだけじゃなく、希望まで溶かすのだ。こういう散歩があるなら、あるとおもうが、「負の散歩」といえないだろうか。

きょうは、いくつもの橋を渡り、あるいは橋の下を通り抜け、川辺を歩き、そして、大都市ならではの騒音、生身の人間が労働しているが無味乾燥な工場群を通り抜け、そう思うのだった。

しかし、よく歩いた。ヘトヘト。たくさん歩いたので、まだほかにも、いろいろなことを考えた。荒川の土手でボンヤリした。河のささやきに耳を傾けてみたりもした。カップ酒を買ってくるべきだったと思ったりもした。そしてまた過去を思い出したりもした。

西新井は、かつておれが、会社の売買にからんで、仕組まれたワナにはまって濡れ衣を着せられ窮地にたったとき、密かに味方してくれた、おれより一回りほど年上のオバサンが大部分の人生を過ごしているところだ。

あのジケンのときは、誰もがおれから離反していった。しかしそんな中でオバサンは、イザとなったら、というのは訴訟になったらということだが、おれの無実を証明しうる書類を作って渡してくれた。もちろん見つかったら会社の経理の書類の持ち出しだからクビがとぶ。彼女は経理の立場上、おれがおかしなことはしていないのは知っていたし、社長のだまし討ちのようなやり方も気に入らなかったし、なによりも昨日までおれのことを頼りながら風向きが変わったら離反していく男たちが許せないと言った。そのジケンから10年ばかりたってほとぼりもさめ、そのころの連中が何人かで飲んだとき、そこにいたオバサンは、「なんで、あんたたち、あのとき、このひと(おれのこと)を裏切ったのよ」と、激しく怒った。あのときは、買収側におれの友人がいて、「おれはあんたのことを信用している、がんばれ」といったこともあった。当時は、もうなるようにしかならないと開き直っていたから、二人の親切や励ましを鈍く受けとめていたが、あとになるほどありがたく思うのだった。

ごく最近になって、その友人から聞いて知ったのだが、あの取引は社長が億単位のカネを手に入れる絶好のチャンスだった。そこで、経営の実権を握り社員に対して社長以上の影響力があって邪魔になりそうなおれを、なんとしても排除したかったようだ。そこまでやるかという手をつかってきたのだが、それにしてもみなは、あっさり手の平をかえした。きのうまでの恋仲も今日は赤の他人どころか敵。情もなにもあったものではない。

ま、フツウは社長に背くことは難しい。カネを出すほうにシッポをふる。人間だれしも自分が可愛い。そしてカネが欲しいから自分が可愛いからと正直にふるまうならまだしも、他者を悪者にしたて自分に合理と正義があるかのようにふるまう。いい服着て優しいオリコウそうな紳士淑女ぶって、かっこつけていても、たいがい、そんなところだ。

けっきょくおれはおとなしく身を引いたからか、訴訟にはならなかったが、ということはおおやけに濡れ衣をはらすチャンスはなく、まだときどき彼らの周囲から中傷の声が聞こえてくるのだが。いまとなっては、それを晴らすほどの執念はない、そうしようとしたところで疲れるだけでたいして得はない、あの書類は手元に残ったままだ。醜悪な欲望の泥沼からは逃亡するにかぎる。

そんなことを思い出しながら、しかし、いったい、「苦労人」というのは、どういう人間をさすのだろうかと考えた。関川夏央は、そのことについては、書いていない。あんた、苦労人? 

ひとはアンガイ自分のことを苦労人と思うのではないだろうか。すると、あとは「探偵」か「犯人」かというモンダイが残るだけだ。が、ほかに苦労人でも「凡人」ってのがあるのだ。そうではないだろうか。「凡人」でいいのだ。しかし「凡人」だって、心のつかえぐらいある。だからどうした。意地酒を飲むってのはどうかな。ひとに意地をはってもいいことないが、酒に意地をはるならいいだろう。とかいっちゃって飲みたいだけ。

そうそう、大事なこと。その榎木橋のたもとには、榎木屋という大衆食堂があるのだ。工場地帯の、橋のたもとの大衆食堂、いいんだなあ。しかし、営業時間が朝8時から午後3時までだから、着いたときは閉店後だった。残念。

画像は、荒川。東京都足立区側の土手から、正面は埼玉県川口市のマンション群。

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