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2007/04/10

一か月つぎの一か月

一か月がすぎた。一か月前から一か月がすぎた。その意味は人それぞれだろう。つぎの一か月についても、それはいえる。

最近届いた何枚かのハガキは、その人が会社を辞めたことを知らせるものだった。その中の一枚に、おれは、驚いた。何度か親しく飲んだことがあるし、一か月たたないうちにも飲んでいるのだが、そんな素振りはまったくなかった。と思う。もしかしたら、話を聞いたのに、泥酔して記憶に残らなかったのかも知れないが。

トツゼンのことで、明日あるいは時間さえあればいつでも会えると思っていた好きな女にトツゼンさよならされたように、うろたえた。というのも、そのハガキには、差出人の住所がないのだ。おれは彼の自宅の住所や電話を知らない。彼が在籍した会社の連絡先しか知らない。メールアドレスも会社のものだから、会社を辞めたら使えないだろう。

おれはまた、街のない大都会を思った。このまま彼から連絡がないなら、偶然出会わないかぎり二度と会えないかもしれない。そして東京という大都会は、そういう偶然が期待できる街ではない。

おれは、あわてて親しく何度か飲んだことがある人たちについて考えてみた。すると会社の連絡先しか知らないひとが何人かいるのだ。このばあい、ほとんどは編集者だ。

おれは一介のフリーライターだから、編集者から連絡があって仕事が始まる。あちらはこちらの自宅を知っている。こちらは、あちらの自宅の住所などを聞くことはない。その必要はないのだ。あちらが年賀状などで、自宅を知らせてくれないかぎり、かなり親しくなっても、会社の連絡先しか知らないで月日はすぎていく。そういうことに、いまさらながら思いを深くした。かといって、その人たちに、自宅を教えてくれませんかと言い難いものがあるのにも気づいた。

編集者や編集長というのは、ある種の小権力者なのだ。会社を背負っている小権力者であり、こちらは、そこに派生する仕事とつきあう。基本は、それなのだ。そして、その基本を、あまりはずさないほうがよい場合もすくなくないとおれは思った。

というのもふつうの会社とちがい、メディアに関わっているからだ。メディアの性質にもよるが、小権力者とフリーの馴れ合いは、メディアの「私物化」につながりかねない。お互い、そのへんを自覚した抑制のきいた付き合いということになると、それができれば別だが、あえて編集者の自宅の住所まで知らなくてもよいという結論になるかもしれない。

しかし、編集者たちと飲んだりすると、どうせ一緒に仕事をするなら美人のほうがいいよナ、なんてことをアンガイ平気でいう。じつは、この10年ばかり出版業界と付き合って、イチバン驚いたのが、わりと美人にヨワイ体質だということだ。これはメディアの制作に関わるものとしてどうかなと思うが、それは考えてみると、出版業界というのは古い歴史の古い体質の業界なのだ。前にも書いたが、ボス・コネ・ムラ社会。そしてカネになる有名作家などを自社につなぎとめるために美人編集者を担当にしたり、その編集者と作家がなさぬなかになって心中なんてこともありましたが、昔からそういうことなのだ。ちかごろ聞いたウワサでは、スゴイうるさがたの某評論家先生は、美人編集者じゃないと機嫌が悪いということだし、男の編集者がフリーの美人スタッフとできちゃうなんて、けっこうあるようだ。公平を装ったメディアの中枢に淫靡な関係が存在することはめずらしくない。ま、男と女のことは、どっちがどっちとは言えないだろうし、簡単に否定してはいけないが、とにかくメディアの一つの小権力をめぐることにはちがいない。そのことがどれぐらい自覚されているかだろう。

ようするに、やはり大権力―中権力―小権力のタテ軸が強く、ヨコの人間関係は弱くハカナイということだ。とくに、おれのような、なんの小権力もない一介のフリーライターというのは、そういうなかにいるということを、あらためて考えた。

どんなに親しくしていても、明日あるいは時間さえあればいつでも会えると思っていた好きな女にトツゼンさよならされたようにうろたえることがあったり、そしてそうなれば相手から連絡がないかぎり二度と会えないかも知れない関係がフツウなのだ。もちろん、気にいった美人がいたとしても相手が会いたくないといえば、編集者のような小権力はないから「仕事の打ち合わせ」を理由に会うこともできない。誰だろうと、こちらから連絡できなくなったら、街で偶然あうことも期待できない。この大都会においては、フリー、そういうことなのだ。これまで、もう20年以上か?フリーでやってきたわけだけど、この一か月、そういう思いを強くした。

「さよならだけが人生だ」なんていうセリフがあるが、それより「飲んでるときだけが人生よ」ってのはどうかね。ってことで、まもなく午前3時のよいどれ便でした。

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