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2007/04/06

なぜ『「こつ」の科学』なのか、そして押上のいこい食堂

ほんとうはきのう締め切りだった、「書評のメルマガ」連載の「食の本つまみぐい」の原稿を、なんとか昼までに仕上げて送った。今回は、「科学化される調理」というタイトルで、杉田浩一著『「コツ」の科学 調理の疑問に答える』(柴田書店、1971年)を取りあげた。

この本は昨年11月に新装版が出たのだが、「初版から30年、累計25万部」というロングセラーなのだ。なぜこの本がロングセラーになったのか、その背景や本質を中心に書いた。

いわゆる「外食産業」が注目浴びるというか世間的に成立するのは、この本が生まれた1970年前後。それと密接に関係する。バクゼンとなんとなく『「こつ」の科学』がロングセラーになったわけではない。「書評のメルマガ」今月中旬には発行になると思うから見てください。

そこには書かなかったが、80年代なかば、外食産業は成長期から成熟期に入る。とみてよいだろう。「成熟期」というのは、ほかのばあいもそうだが、本質を糊塗する呼び方で、供給過剰からくる成長の鈍化や停滞、サイクルとしては下降期へ向かうターニングポイント。

そこで、余分な必ずしも必要とされない付加価値サービスを対策しないと利益を生み出せないというわけで、ま、ようするにアンビテンデンツな過剰サービス時代が到来する。「癒し」だの「アメニティ」だの「ホスピタリティ」だのと騒がれるようになる。最初のころは、それでも、そのアンビテンデンツをアンビテンデンツとして感じ、そこまで必要なのかという疑問の声もあったが、いまでは、そういう声はほとんど聞かれない。つまり過剰なサービスに慣れっこになってしまった。たとえば、たかだか居酒屋チェーンで、しかもアルバイトの従業員が、テーブルの側に跪いて注文を受ける姿に苦痛や疑問を感じない。

外食という行為は、食欲と食欲の文化的充足を超えて、なにか得たいの知れない、自分でもよく確かめようのない、自己を失いかねない欲望や欲求の満足へ向かっている。ような気がする。

Osiage_ikoiそこで画像。

2007/04/02「押上よしかつ もんじゃで清酒が意外によい」に書いた、4月1日はよしかつへ行くために押上駅で降り、初めてのB1出口を出た。するとスグ目に入ったのが、「いこい食堂」という文字。オッと思ったが、日曜日は休みらしい。ガラス窓になにやら貼ってあるので近づいて見たら、「五百円定食」とあって「1番」から「12番」まで。人気の順番なのだろうか。とにかくオモシロイので写真に撮った。

1番、アジフライ。2番、串カツ。3番、エビフライ。4番、メンチカツ。5番、カニクリームコロッケ。6番、野菜コロッケ。7番、たらフライ。8番、キスフライ。9番、チキンカツ。10番、ヒレカツ。11番、目玉焼、ナットウ。12番、小ヤッコ、ナットウ、生玉子。

ここには自己を失いかねないアンビテンデンツは存在しない。そして上っ面調子のよい「癒し」だの「アメニティ」だの「ホスピタリティ」だのが失った「人肌のぬくもり」を確実にたくわえているような気がする。入ってみたい。

押上には、押上食堂もありますね。ここでは数回たべたが、素晴しい。…クリック地獄

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コメント

おおっ、地元のかたですか。
いい食堂があってシアワセですね。
大事にしてください。
押上には、ときどき行くので、
いこい食堂にも寄ってみたいとおもっています。

これからも、よろしく~

投稿: エンテツ | 2007/05/14 07:27

初めまして。地元住民です。
いこい食堂は、本当に書いていらっしゃる通りですよー(笑)
注文で「タラのフライのセットで・・・」なんて言うと、
おかみさんに「ああ、定食の7番ね!」とざっくりと斬られ(?)ます。明朗そのもの。
押上食堂も好きです。是非また押上にお越しくださいませ。

投稿: しゃんだお | 2007/05/13 23:59

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