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2007/04/01

ピンクとグレーそして料理のイメージ

みなさん、よい週末の夜をすごしているのでしょうねえ。おれ失意の意地酒妖怪エンテツです。午前1時、今夜のよいどれ便は、ちと難しい理論的なことを書くような気がするが、ま、酔っているから大丈夫だろう。

2007/03/27「ピンクとグレーまたは桃色と灰色」に書いたように、ブログのデザインを変えた。いまのデザインは、ピンクとグレーを使っての4回目の変更になる。短いあいだの変更だったから、たぶん全部を見ているひとはいないと思うが、ずいぶんイメージが変わる。いまのこれは、気に入っているわけではない。また設定を変えるのがメンドウなので、しばらく、このままにしておく。

デザインやカラーや写真の専門的な知識などないのだが、すでに書いたように、「ピンクとグレーまたは桃色と灰色の組み合わせのコントロールは、むかしから強い興味がある」。むかしからというのは、1970年代後半ぐらいからということだ。

おれの記憶の整理として書くのだが、(酔っぱらいに記憶はあるのか。うるせえ)、ピンクとグレーの組み合わせが注目されるようになったのが、そのころからだったと思う。

パステルカラー、パステル調というのが流行した。その中心にピンクがあった。ほぼそれと平行するように、モノトーンが流行する。つまりグレーをあいだにした白と黒だ。80年前後にピンクとグレーは重なったと思う。もともと、グレーについては、とくに印刷デザインの分野では、カラー印刷が高価だったことから、黒に網をしたグレーの使用法が、いろいろ工夫されてはいた。そこに流行のパステル調のピンクが重なったとみたほうがよいかもしれない。

これは、どう考えたらよいのか。パステル調のピンクは、当時流行の「ナチュラル」「フェミニン」な気分を表現していたと思う。のちに「かわいい」あたりとゴチャゴチャになる。一方のグレーだが、これはピンクとおなじ中間色系とはいえ、無彩色系であり、本来は、ナチュラルやフェミニンとは対極の、人工的なイメージだ。

これを組み合わせると、そのデザインにより、とんでもなくイメージが変わる。ものすごくシックにもなるし、ものすごく卑猥にもなる。27日書いたように、その表現の幅は広く、たいがいの人間のことは、このなかにおさまると思った。それでまあ、興味を持った。じつは、一時こって、イロイロなプランに強引につかったのだが、ま、そのことはまた別の日に。

ピンクとグレーというが、「赤―白―黒」の関係におさまる。ピンクは赤と白の中間であり、グレーは白と黒の中間だ。

これが料理のイメージと深い関係にある。とくにグレーのトーンの使い方なのだが。ちょうど、いい例がある。こちら「Soup.」3月号掲載「ストロベリーミルフィーユ」の写真。カメラマンは武井メグミさん、このブログにも登場していて、一緒に飲んだことがある武井さんだろう。関係ないが、いまごろどうしているのやら。

いちばん手前、グレーのふちどりに見える白い皿に、「ストロベリーミルフィーユ」がのっている。この写真の主な色調は、まさに「赤―白―黒」の関係におさまる、ピンクとグレーだ。ピンクは直接使用してないが、広い白っぽい面積に赤いストロベリーは、視覚的にはピンクのイメージにつながる。

ここで注意が必要なのは、ライティングだ。このライトのあてかたは、いまではフツウだが、料理写真の分野で、この方法が広く普及するのは1970年代後半からだったと思う。ま、おれが35歳になる前か、そのころからだ。つまり、ピンクとグレーが流行する時代に重なる。

これは、上方斜め後からのライトをきかせているのが特徴だ。料理の斜め上後方からあたるライトがメインで、すると前方に陰影ができる。この陰影は、視覚的にはグレーなのだ。白い皿も真っ白にしないで、陰影をつけている。

70年代前半は、こういうライティングで撮ると、ほぼクライアント側からダメが出た。ライトは前方からドヒャッとあてるってことでないと、前方に陰影が出るなんてトンデモナイ、料理が汚く見えるという見方が大勢だった。白い皿は、もっと直接ライトをあて、真っ白な部分が多くなくては、清潔感に欠けるといわれた。それは、印刷技術の問題もあって、中間調のコントロールが難しかったということもあるだろう。

で、とにかく70年代後半には、その陰影があったほうが、ナチュラルでフェミニンでよろしいということになる。それは料理の表面の微妙なデコボコが、この写真のように上手に出ればということなのだが。カメラマンの腕ですね。とにかく、流行のナチュラルでフェミニンな気分が、かつての写真より、こちらを選んだということになるか。それとも、なんらかの「文化装置」によって、そういう流れになったというか。昼下がりのアンニュイなひととき、お茶でもしましょうか。レースのカーテンごしに入る、さわやかな自然の光のなかに、太るかもしれないスイーツをおくと、バカ亭主は会社へ行っていないし、あららフェミニンな素敵な気分なのです。といった「中流意識的市民的」ストーリーが立ち上がってくる雰囲気ですね。

この写真のばあい、何種類かのグレーのトーンがあり、皿のふちの比較的濃いグレーは締まりを出し、その右背後にオレンジのカップを置くことで、グレーとピンクの色調を崩しカジュアルな雰囲気を出していると見ることができる。ともあれ、このように料理写真においても、人工的イメージと見られていた無彩色系のグレーのトーンが、意識的に演出されるようになる。

いやあ、そういえば、60年代などは、グレーなんていわずに「ネズミ色」だったもんね。「灰色」だって、日本の色の名称に多い花鳥風月から遠く、そんなによいイメージではないが。

しかし、どうして、このピンクとグレーの組み合わせが、ナチュラルでフェミ二ンということになっていったのか。やはり疑問は残る。

『欲望と消費  トレンドはいかに形づくられるか』(スチュアート&エリザベス・イーウエン著、小沢瑞穂訳、晶文社1988)には、興味ある記述がある。つまり「主流の文化が郊外のパステルカラーにグレーの産業カラーを投入するものだとしたら」と。たったこれだけでも、示唆的だ。

これはアメリカにおける50年代60年代の動向を述べているのだが、日本のばあい、郊外が成長するのは60年代70年代だ。この時代はまた、工業で高度経済成長をした時代でもある。人びとのこころのなかでは、いまではたいがいのひとは忘れているようだが、産業や工業は、誇りだったのだ。そうそう、アジノモトバンザーイでしたしね。

郊外生活への憧れはいうまでもない。ああ、郊外。それは、日本では、山の手の延長であるところの郊外であり、杉並や世田谷あたりから西域に、まず広がった。そのあたりが、ピンクとグレー、ナチュラルとフェミ二ンの震源地だとすれば、なにかわかるかもしれない。

しかし、だよ……あ、文章が浮かんでこない。ま、トツゼンだけど、今夜は、ここまで。

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コメント

田中さん、はじめまして。

東京は定食スタイルが多く、
おっしゃっている最近のチェーン店は、
ほとんど関西出身です。

押上には、チェーン店ではなくて、
おかずを選べる押上食堂があります。
なかなかよい食堂ですよ。

投稿: エンテツ | 2007/04/08 07:49

私関西の明石の人間です、50終わりにもなっていろいろあって今千葉は幕張に住んで
ますが、千葉は私の田舎そっくりに田舎っぽくて、それでいて食い物は私の肌に合わず
それで休みの日はしばしば花の東京に電車に揺られてでていきますが、ある時押上に気
まぐれに降りてその雰囲気が私のお気に召しました。
話変わりますが、
大衆食堂、関東はほとんど定食屋ですが、関西ではセルフサービスがよくありますね、
ガラスケースから溺愛のでなく出来合いのおかずをとりだしてきてから「だいめしと
粕汁」と叫んで頼む形式の食堂です。こういう店がないかと気にしていたら、
このごろチェーン店でそんな店があるのですね、JRの小岩駅から行けるところに
外見はジャンクフード店みたいな店がありますし、フナパシ競馬場前駅には
レストランみたいな宮本食堂というのがありますしね、この店実は私の生まれた農村
地帯に偶然同じフランチャイズ店があるのですが、こういう店が出来てくれるのはうれしい事です。
なんせやっぱり、白和えやら高野豆腐やらおからやらひじきやら、ちくわのてんぷら
やら、厚揚げ煮やら、里芋煮やらそんなものがたべれますから。


投稿: 田中 | 2007/04/07 21:30

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