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2007/05/28

二日酔いの朝にアル中小説を読み

Yomiuri0705_gyonikusoああ、ひどい二日酔い。二日酔いがひどいと、なぜマブタの裏が痛むのだろう。マブタの裏が痛むのか頭が痛んでいるのかワカラナイが。

昨夜は、大宮いづみやで飲み人の会。出かける前に、画像の読売新聞5月26日の夕刊が届いた。魚肉ソーセージの留め金が、「けが心配」「分別大変」などの消費者の声で消える。社会部の記事というところがオモシロイ。日常の何気ないところに、かえって本質的な、社会や人の変化がみられる。大事件だけじゃなく、こういうところに目配りのきく社会部っていいな。記事の最後に「大衆食に詳しいフリーライターの遠藤哲夫さん(63)は「開けるコツは、犬歯をうまく使うことだが、ヒヤッとした金属の苦みが口の中に残るのが印象的。野趣のあるものがだんだんなくなるのはさみしいですね」と話す。」と、おれのコメントがのっている。

飲み人の会は6時から。ちょい前にいづみやに着くと、シノさんがすでに飲んでいた。彼は中野からの参加だが、これで1月の最初から毎月「皆勤」。ほぼ時間通りに、地元のモンクさん、小岩のタノさん、川崎のクマさん、阿佐ヶ谷のオッタチトウフさん、かんぱーい。7時近くに地元のコンさんあらわれ、これで参加予定者すべてそろう。とにかく飲む飲む食べる食べるしゃべるしゃべる。いつものように大雑把にたのしく。おれは、予定どおり、ビール、ホッピー、梅割りと飲み継いで、最後によくきくアヤシゲ黒糖焼酎で、すっかりできあがり。10時閉店。もう一軒という声もあったが、もう飲めない、解散宣言。

朝、キツイ。午後イチまでにやることがあったので、ムリヤリ身体を動かす。片付け、横になって、村上春樹訳の『レイモンド・カーヴァー傑作選 CARVER'S DOZENカーヴァーズ・ダズン』(中公文庫)を読む。このあいだ2007/05/12「「古本暮らし」で「人生派」を考える」でカーヴァーの『ぼくが電話をかけている場所』を思い出し、読みたくなったのだ。いまは、この短編は、この傑作選に収録されている。二日酔いの頭で読むアル中小説。村上春樹も書いているが、「まったくもって明るい話ではないのだけれど」「読み終えるたびに「巧いなあ」とつくづく感服する」。まさに。

うげっ。吐き気をこらえて。ほんとあの黒糖焼酎は翌日の午後すぎまで、悪い酔いを残してくれるよい酒だ。これから、昨夜、オッタチトウフさんにコピーをもらった、田中小実昌編の『日本の名随筆66 酔』のなかの内田百閒「わが酒歴」を読むのだ。二日酔いで、アル中小説や酒歴話を読んでも、二日酔いがひどくなることもアル中になる心配もないだろう。読むだけならば。じつは、ビールを飲みながら読もうと思っている。

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