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2007/05/14

たくましく やりたいねえ プロセス主義

ある全国紙の記者と電話で話した。魚肉ソーセージについて取材していて、コメントがほしいということだった。ザ大衆食の「したたかな魚肉ソーセージ」を読んでおられて、いくつか質問され答えた。

そのとき話の中で、ようするに魚肉ソーセージは、片手に持って、あの留め金のところをかじり切り、口にくわえたまま包装のフィルムをはがし、丸ごとかじる、その野趣がよいとおもうのだけど、そういうものは行儀が悪いということになって、だんだんおとなしくなるだけでツマラナイ、というようなことをいった。すると記者が、「たくましさがなくなっているということでしょうかね」というふうにいった。

電話がおわってからまた、さきほどブログに書いた「たまたま入った食堂が」にも関連して考えた。大衆が、敷居の高い高級店に入るならともかく、大衆的な飲食店に入るのに、情報を頼るというのは、もしかして「たくましさ」が失われていっているからだろうか。

いつもハズレのない結果がほしい。よい結果だけを得たい。そういう、ある種の「結果主義」というか「成果主義」というか、それは経済活動のことだけではなくて、「生き方」として、そのようになっているのかもしれない。

たしかに行儀よくして、紳士淑女していれば、失敗は少ないだろう。ほんとはちがうとおもうが、そういうことになっている。それが食べ物や飲食店の選択や食べ方にまで関係し、食品や料理のつくりかたにまで影響をあたえるようになった。もちろん、賞味期限などの表示も含めて。そういう生活のために、とんでもない(飲食をネタにするだけの)「評論家」や「情報屋」が跋扈している。経営コンサルタントなんかいなくてもやっていけるのに、無用な経営コンサルタントに頼る経営みたいだ。

そこで、おれとしては、「プロセス主義」というものを考えてみている。「プロセス主義」は、刹那が大事だ。以前、チョイと書いたことがあるが、「刹那」というと、悪のイメージがあるが、そんなことはない。ま、とにかく、たいがい、成り行きまかせの出たとこ勝負をたのしむ。そういうことに強くなる。なにか、よい結果を出したい残したい、なんてことは、あまり考えない。うわべの調子よさに流されずに、ひたすらプロセスを大切にし、たのしむ。

その金谷の食堂に入ったときもそうだったが、朝起きて、とにかく金谷まで行くことだけは決めた。東京湾をフェリーで渡りたかったからだ。その先は決めてない。金谷について、とりあえずめしをくうことになって、さきほど書いたところに入った。それからJR線に乗って館山方面へ行くことにしたが、行き先が決まってない。最低料金の切符で乗り、乗ってから、駅の周辺にビルがないところで降りようと決めた。それで富浦駅についたら、まわりにビルがない。あわてて降りた。こうして、初めての土地、富浦に行った。ガイドブックを調べてなら、けっして行かなかったであろう土地だ。そこが気に入って、また行った。そのいきさつは、こちらに書いてある。(クリック地獄

万事その調子でも、けっこうたのしく充実した旅ができる。毎日の生活も、その延長の人生も、それでいいじゃないの。じつは、その調子で、横浜の伊勢崎町や渋谷で「遭難」しそうになったこともあるのだが。とにかく、もっと力強く、たくましく、魚肉ソーセージを丸ごとかじるように、したたかに生き残る魚肉ソーセージのように、やりたいものだなあ。

そんなことを、魚肉ソーセージの話から考えたのだった。
ああ、魚肉ソーセージをかじりたくなった。あれは、やはり、丸ごとかじるのだよ。うん。

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