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2007/07/24

北九州市折尾の高橋酒店角打ちに顔がほころぶの図

小倉に着いた17日の昼下がり、折尾地区へ行った。いまでは八幡西区になる折尾は、北九州市の古い地図を見れば、門司、小倉、八幡、戸畑、若松とならんで北九州の近代を代表する地名だ。かつて、奥地で掘られた石炭は、ここを通って積出港に運ばれたことから、東西南北を結ぶ交通の要衝となった。

0707_orio1JR折尾駅は、まだ昔の佇まいのままだが、例によってJRは、こういう駅舎は無くす計画らしい。その駅を背に立って右手(画像左手)に、川と川に沿った飲食街がある。川の名は堀川。用水として整備された川で、ここを石炭を運ぶ船がのぼりくだりした。

0707_orio2川沿いの飲食街には「鶴の湯」という銭湯もある。とくにこのあたりは学校が多いので、生徒学生を相手の安い良質の食堂や餃子の店などがある。ワレワレが入った二軒の食堂にも、高校生がいて旺盛な食欲を発揮していた。そして、「企画整理反対」の看板がアチコチに。ああ、いずこもおなじ経済優先と金銭欲の「開発」の手がここにも。経済優先や金銭欲より、安いうまい飲食がある日常を大事にしたいものだね。

それはともかく、その川沿いに大正ヒトケタ開店の建物で営業の角打ちの有名店「高橋酒店」がある。今回のおれは食堂のロケハンなので、一日にまわる予定の食堂を終えるまでは酒を飲まないようにしようと自粛していたのだが、みながすすめるのでシカタナク、食堂の立地を知るという意味で入ってみることにした。なんて、もったいつけて。

0707_orio3画像の若旦那と話しながら飲む一缶だけの缶ビールのうまかったこと。画像はないが、おばあさんと呼ぶには若すぎるおばさんがすばらしい。缶ビールをあけているあいだに、つぎつぎ男たちがやってきては、若旦那やおばさんと楽しそうに言葉をかわし、あるいはさっと飲み、あるいは腰をすえて飲み、生きている時をきざむのだった。高い天井、壁面をうめる木彫りの額、大正から続く空間、若旦那は「うちはアナログでやっていますから」といっていたが。いいねえ、思わず顔がほころぶ。けっきょく、こころに残るのは、アナログな関係なのさ。

ちかごろのレトロブームの装置として「再開発」された空間には、アナログな歴史もないし、アナログな歴史を抱えた人間もいない。北九州でアナログな歴史や人生、アナログなめしや酒にふれてみよう。この夏、いまからでも遅くはない。

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