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2007/09/28

瀬尾さんの土器と、おれの土器。縄文人に近づけたか。

Doki_seo数日前、自作の土器が届いた。これは、「四月と十月」古墳部東北縄文の旅のとき、7月27日に秋田県大湯環状列石(大湯ストーンサークル館)で、制作したものだ。それが、なるべく縄文時代のままにと、自然乾燥と野焼きでやるというので時間がかかり、やっと出来上がって、送られてきた。

料理研究家の瀬尾幸子さんからも、「届いた!」のメールがあったので、画像を送ってもらい、一緒に掲載する。上が瀬尾さん作、下がおれ(おれの土器の大きさは、高さ10センチぐらい)。おれんのと瀬尾さんのは、かなり違う傾向の形と文様だ。その話は、あとまわしにして。

荷を開けてみるまでは、もしかして「爆発」していたらとドキドキだった。というのも、当日土器づくりを指導してくれた学芸員の話では、ちゃんとつくらないと、焼いている最中に「爆発」して壊れてしまうというのだ。そのときは「ポン」という音がするんですよと、うれしそうに話していた。かりに「爆発」しても、そのザンガイを送ってくれることになっていた。

土器は、ねんどをよくこねて、ちぎって棒状にのばし、そのまま巻き上げるようにカタチをつくっていくか、いくつもの輪をつくり重ねてカタチをつくるかする。そのとき、少しでも中に空気が残ると、焼いたときに膨張して「爆発」につながるというわけだ。実際、つくるときに、最も注意が必要なのは、空気が残らないようにねんどをのばしながら成形することだった。やってみると、けっこう難しい。おれは輪を重ねるやりかたでやったのだが、輪と輪のあいだに、どうしても空気が残りやすい。その作業をやりながら思ったことは、当時の縄文人は、空気が残っていると「爆発」につながるということはわかっていたというオドロキだ。もちろん「空気が残っていると」というのは、いまの言い方だから、べつの認識だとは思うが。

いつの時代か何度か失敗しながらだろう、そのことに気づいたか、とにかく、それは直接、目に見えないことに関する知識なのだから、かなり「科学的」な思考だったのではないかと思われた。縄文人というと、狩猟と採集で呪術的な、自然のままの暮らしというイメージが根強いが、偏った見方だろう。すでに一部では栽培もやっていたことがわかっているし、だいたい料理技術からみれば、基本的なことは、ほとんど縄文時代に行われていたのだし。けっこう「科学的」だったのだ。

Doki_oreそれから、形と文様だが、瀬尾さんのとおれんのと比べてみてもわかりやすいが、瀬尾さんの壷のほうが縄文人のものに近い。おれんのはどちらかというと、かなり弥生的であり現代的だ。そのちがいは、作ってみるとわかるのだが、どうしてもおれの場合、輪郭線にたよってしまう。これは定説かどうかは知らないが、作ってみて感じたことは、縄文の形や文様は、輪郭線に頼っていては作れない。そこなんだなモンダイは。それで考えたことを書くと長くなるので、今日は、ここまで。いずれにしても、機会があったら、やってみることをおすすめします、いろいろなことを発見できるでしょう。

土器作りをしている様子は、2007/07/31「四月と十月古墳部東北縄文の旅。帰ってきた。」に画像が掲載してある。……クリック地獄

古墳部のなかには、すでに以前に一度、埼玉県行田のさきたま古墳で土器作りを体験しているひともいて、かなり手馴れた様子のひともいた。ま、なんでもそうだけど、一度体験しておくかどうかってのは、けっこう大事だからな。

環状列石も、なかなか興味あるもので、写真も撮ってきてあるが、まだ掲載できないでいる。そのうちに。
大湯ストーンサークル館……クリック地獄

瀬尾さんの最新刊、『簡単! 旨いつまみ』(学研)もよろしく~……クリック地獄

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