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2007/10/31

ブログの読み方、虚と実。

小説やエッセイを読んで、作品だけではなく作者まで好きになることがある。また、作品を読んだだけで、作者まで嫌いになることがある。作者本人に会ったことがないにもかかわらず、よくあることだろう。

こういうブログもそうで、ここに書いたもので、嫌われたり好きになられたりする。書いたものを読んだ印象と実際に会ったときの印象がちがったばあい、どうするのだろうか。実際に会ったときのほうを選ぶのだろうか。どちらを実像と判断するか。それとも書いている事と実際に違いがあるから、とにかく信用ならない人と判断するとか、いろいろなことが考えられる。とにかく、こうやって書くかぎりは、どう判断されても仕方ないというカクゴはしていなくてはならない。

もし、よく見られたい、よく思われたいなら、楽しいことばかり書いていればよいという選択肢もある。そのばあいは、気分の悪いときや、こころに鬱屈を抱えているときは、なるべく書かないことだ。ブログを見ていると、そういうひともいる。おれのように、そんなことは考えずに思いついたまま、そのときの気分のままに書くことは、それなりのリスクを負うカクゴがいるのだな。

向田邦子さんの『女の人差し指』文春文庫に収録されている「ホームドラマの嘘」は、この人にしてはめずらしく、読者というか視聴者に対して、ピシッとものを申している。引用……

 ヘタをすると、脚本を書いている私よりも、演じている役者よりも、家庭については体験豊かな人たちが、ご覧になっているのです。
 おまけにホームドラマは、現実とそっくりな、「本当らしさ」の中で進行します。セットもお宅と変らない茶の間です。震えがくるほどの美男美女も出てきません。お豆腐は一丁六十五円だとか「おみおつけの実は何だい」だの、「東京の新聞は活字が違うね。あ、背中、掻いてくれよ」なんていう下世話なセリフのすぐとなりに、恋愛、夫婦、結婚――なんていう生きる死ぬの大問題とサンドイッチのようにはさんでお話しをすすめてゆかなくてはならないのです。小さな嘘もすぐ見破られてしまいます。
 この場合辛いのは、「省略」「誇張」「飛躍」「戯画化」と嘘をごちゃまぜにされてしまうことなのです。

……引用おわり。これはもちろん、彼女の書くホームドラマについてだが、読書や書評、あるいは食べ歩きなどのブログとちがって、おれのブログは、こういうホームドラマに似ているところがある。主な対象である、ふだんの食事のステージがホームドラマのようなものであるし、下世話のことを書きながら、生きる死ぬの大問題やらいろいろなんでもからめて書いている。そして実際に、「省略」「誇張」「飛躍」「戯画化」などは、つかっている。ま、それがヘタなのだから、またモンダイを生むのだろうけど。「省略」「誇張」「飛躍」「戯画化」は、ある真実を述べる、「本当らしさ」としてつかわれる。それは、「嘘」とはちがう表現上の「演出」なのだ。その細かいところに、いちいち目くじらをたてられてはかなわない。向田さんの言いたいことも、そういうことだろう。

さらに向田さんは、このようにも書いている。

 喜劇より悲劇が上等。
 ナンセンスな笑いより身の引きしまる感動のほうが高級ということになっているのでしょう。「真実一路」は「嘘も方便」より上等なんでしょう。
 マジメに語られるとすぐ、真実と信じてしまう。
 (略)
 マジメなドラマの中の嘘を見抜くことはヘタクソで、フマジメ・ドラマの中のちらっと横切る真実をみつけて下さることも、また、あまりお上手ではない、そんな気もしています。

…引用おわり。てなぐあいに、痛烈だ。

そして、「土方」や「女中」などの、いわゆる「放送禁止用語」にもふれ、「家庭中で、ごく普通に使っている言葉が使えなくて、突っ込んだやりとりも随分甘口になることがあります。」

「時には小さく傷つけても、ハッキリ現実を見たり言うほうが、本当のやさしさではないのかなあ。」

と、書いている。この最後の言葉、けっこう重いと思う。「ハッキリ現実を見たり言う」だけで、嫌われたり、「圧力」やもろもろある。

最近も、ある原稿で、ある表現を直された。それは、しかも「差別主義者」に対する批判的押さえとして、江戸期から生活の中でつかわれている例を示したのにもかかわらず、読者の中には「傷つくひとがいる」ということで、規制が機能する。とにかく、差別は歴史的にも現実的にも「ない」ということでないとイケナイらしい。

こんなことで、「ハッキリ現実を見たり言う」きちんとしたオトナのコミュニケーションが成長するのだろうか。ひとの文や言うことを理解する力が育つのだろうか。そんなに、あたりさわりのない気持ちのよい表現でチヤホヤ愛撫されたいのだろうか。

って、またなんだかタイトルとちがったようだけど、本日のヨツパライのタワゴトでした。

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タテめし、ヨコめし。須田泰成「兵庫のおじさん」。

最初に、お知らせ。
問い合わせのメールをいただいていますが、『雲のうえ』5号を都内の書店などで入手されたい方は、配本されるのは10日ごろになるらしいです。どの書店で扱っているか、おれが知っているのは神田神保町の書肆アクセス(でも11月17日で閉店!)、早稲田の古書現世、あと青山ブックセンター。ほかにも扱っているところがあるらしいけど、わかったら、このブログでお知らせします。

では、本日の、あれこれ。
ま、とにかく、それで、もう11月じゃないか。どんどん過ぎていくなあ。時は過ぎ、会うことになるのかどうか待つともなく待っているメールはなしのつぶて、このまま過ぎておわるのかとおもいながら、「タテめし、ヨコめし」をなんの脈絡もなく思い出す。いま、この言葉、ほとんど聞かないね。

ふりかえると、「外めし」だの「イタめし」だの「フラめし」だのという言い方、おれは今回『雲のうえ』では「力めし」「男めし」という表現をつかったけど、こういう言い方は、たぶん、80年代前半ごろの「タテめし、ヨコめし」あたりから広がったのではないかという気がフトしたので、忘れないうちに書いておく。「タテめし」は和食系、「ヨコめし」は洋食系。当時「ギョーカイ」とカタカナで表記された、テレビや広告などのカタカナ商売ギョーカイの人たちが使い出して広がった、と記憶している。

かと思えば、一年以上ご無沙汰しているひとから、「力強く奥の深いブログ、拝見しては元気をいただいております」と、一杯やりましょうメール。うれしいねえ。知らなかったが、「ヤフー検索数・第1位になったバカ・アニメ「兵庫のおじさん」を世に贈り、いろんな人たちに嫌われつつも、なんとかやっております」と。

コメディライター/プロデューサーの須田泰成さん。ご無沙汰しているあいだに大活躍じゃございませんか。いや、ほんと、これ、すごくおもしろいので、ここに紹介しよう。

たしかに、いろんな人たちに嫌われるだろうけど、ネットだからこういうことができるようになって、支持するひとも少なくないのだから。そういえば、おれもそうか、けっこう嫌われているし、本は絶版にされちゃうし、そういうおれから逃げるやつもいるし、でもネットというテがあるのですよ。ま、おれのばあいは、須田さんの作品ほどは、話題にはならないし、ネットじゃカネにならないけど。とにかく、嫌われても、いいじゃないの、わが道をゆく。

まずは須田さんがメールで紹介してくれた「兵庫のおじさん」。YouTubeだから、ここからほかのものも見られる。見だすと、おもしろくて、とまらない。おれのブログを好きで見ている方なら、おもしろいだろうし、嫌いなおれをチェックするためにおれのブログ見ているひとは嫌うだろうけどね。

単なる「毒舌」だの「辛口」なんて、もう古いし、センスが悪いし、おもしろくでもない。こういうセンスでいきたいよ。

おじさんの教育方針です。。。
http://jp.youtube.com/watch?v=dibtKe5p8Y0
ゴア元大統領にひとこと
http://jp.youtube.com/watch?v=SYDhjfycpDU
政見放送
http://jp.youtube.com/watch?v=sJACwH7auEE
インド洋の油についての、お政治メッセージ
http://jp.youtube.com/watch?v=6L0l1yLClu0

ということで。

須田さんの会社、大日本生ゲノムのホームページ
http://www.namagenome.com/

ほかにこんなこともやっている。
経堂系ドットコム
http://www.kyodo-kei.com/
日本スローコメディ協会
http://www.slowcomedy.tv/


このブログでは、2006/05/14「須田泰成コメディノロジー研究室から食と料理の喜劇性をへろへろ」とか…クリック地獄


新宿ゴールデン街のマチュカバーもよろしくね。

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2007/10/30

大衆食や大衆食堂から見た東京の町

おととい「コンビニ!の現在」ワークショップで、昨年のカルチュラル・タイフーン下北沢に参加の人たちと再会して、あのときのおれの報告はおもしろかったといわれた。社交辞令だろうが、とくに若い女に「好き」だの「素敵」だのといわれると、すぐ本気にしてしまうバカなおれは、このときも若い女から「あれはおもしろかったです」といわれ、うふうふ、ほったらかしになっていた報告書のことを、むかし女にほめられた古着をタンスの奥から引き出すように思い出した。

そのときも話したのだが、この報告は、ひごろなんとなく考え、そして目先のカネの忙しさに追われては忘れてしまう、大衆食堂と町の関係を整理するのに、よいチャンスになった。こういう機会でもなければ、なかなか、まとめられない。そして、これが、今回の北九州の食堂を書くについても、食堂と町を「読む」よい栄養素になっていたといえる。

ってえことで、CDの保存庫から探しだし、ザ大衆食のサイトに掲載しましたぜ。

2006年7月2日 下北沢成徳高校

カルチュラル・タイフーン2006下北沢「都市を紡ぐ」のセッション
闇市と昭和の記憶、大衆の痕跡

報告2 大衆食や大衆食堂から見た東京の町

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飲食店の表示モンダイ。泥酔窒息死に気をつけよう。

きのうは、けっきょく一日中、胃腸のぐあいが悪く苦しかった。どうも二日酔いではない。吐いたりしているから、前夜に食べた何かがあたったのかもしれない。飲んだときに食べたものは、なまものはない、ぜんぶ火が通っていた。10人ぐらいで飲んでいたから、ほかの誰かにも異常があったかどうか、でもみな30歳前後の健康そうな男たちばかりだったから、おれの体調もあった可能性も高い。

とにかく、そんなことをぶつぶつ考えているうちに、ちかごろの比内鶏モンダイを思い出した。まただよ。ここんとこ騒動が続いている「偽装表示」モンダイだが、死者が出ているわけでもなく、食中毒の話しも聞いてない。そして一方では、飲食店の食中毒は毎年あり、ときには死者も出ている。これは傾向としては、宿泊施設の食堂も含めて、中規模クラス以上での発生が多い。データ的に調べたわけではないが、それなりに、コスト管理と品質管理の関係が難しくなる規模のあたりで多く発生しやすいのではないかと思う。

おかしいというか、おもしろいことに、スーパーの店頭では消費期限切れのものを売っているとモンダイになる、あるいは最近もあったと思うが、どこかのメーカーが売れ残りを保存して製造年月日をつけかえて発売してモンダイになる。ところが、飲食店では、こういうことは許されている。というかチェックがあまい。チェックされない。そもそも消費期限切れなんていうものは「自主管理」だ。産地や成分の表示だって、義務ではない、店内メニューにウソを書いても、まずモンダイになることはない。だけど、全食品流通のうち、飲食店で消費される量は、そうとうあるはずだ。

いや、だから、消費期限や表示を厳しく管理せよということを言いたいわけじゃない。産地表示など、そうだが、「表示をしてはならない」という規制をしたほうが、合理的ではないかと思う。もともと管理などできないことを決め、安心安全が保障されているようなフリをしているやり方がおかしい。できないやる気のない約束は、しないほうがよい。

安全安心のためには、品質管理の徹底をまず優先すればよいのだ。飲食店のばあいは、抜き打ち立ち入り検査で、けっこう徹底できる。ただ、これを保健所の役人などがやっていてはダメだな。たとえば、地域の外部のひとなど、経験者が、それこそ団塊世代の退職者なんかよいかもな。おれだって、ときどき、ちょっと厨房を見せてみろといいたくなる飲食店がある。チョイあやしい店の料理を雑誌、しかも業界専門誌でほめていることもあるぞ。だいたい現場の経験者がみれば、そこの店の品質管理の状態は、わかる。とかとかね、いろいろ考えたことだった。

とにかく、寝ている最中に、ほとんどが胃液のような汁をドッともどして、それがなぜか鼻から出たのだが、泥酔して寝ている最中に吐くと、吐物で窒息死ということがあるらしい。

おれは、30歳ぐらいだったかな32、3歳ぐらいか、第一婚期のとき、3番目の子供を2歳で亡くした。その直接の死因は、寝ている最中に吐いて、吐物での窒素死だった。小さい子供のばあいは、自分で完全に吐き出す力がないこともあるし、ひきつけと同時に吐く場合もあって、とにかく就寝中のことで、わからない。おれは、その夜は会社で徹夜で仕事していて家にいなかった。このケースでは、「事故死」あつかいで、親は警察の取り調べを受ける。警察は、いろいろな可能性を考えるわけだ。朝、連絡を受けて家にもどったおれが、まずしなければならなかったことは、警察へ出頭することだった。そこで調書をとられ、問題なければ、埋葬許可証を発行してよい旨の書類をもらう。それがないと役所から埋葬許可証をもらえない。ま、そんなこともあった。そういえば、あの相撲部屋の「事故死」は、どうなったのだ。おれあたりだったら、酔っ払ってビール瓶で誰かを殴っただけで逮捕だろうに。

泥酔して寝て、吐き戻す力がないときに吐くと、窒息死することもありうる。気をつけましょうね。って、何に気をつけたらよいのだ。飲みだしたら、とまらない。きのう飲めなかったぶんも、今日は飲むぞ。

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2007/10/29

ブログの読み方、人の読み方、街の読み方

ああ、今日は、なんだか胃のあたりが苦しい感じ。二日酔いとはちがうような。ありゃりゃりゃ、いよいよガタがきたか。

朝方書いたのを読み返したら、これまたいとおかし。どうか、どなたさまも、うふふふふと笑っておすませくださいよ。ま、「コンビニ」ワークショップの話しのほうは、メモのようなものだから、いいけど。

きのうの、そのワークッショップのときにも、「リアル」と「バーチャル」ということが出てきた。だいたい、時間と空間に特定された、あるいは特定できるものが「リアル」というかんじだった。しかし、ではコンビニがリアルな存在かというと、なかなか難しいなあと思った。それは、いわゆるハードだけでコンビにが成り立っているわけじゃないからだな。そもそも運営している人がいる、客も人間だ。となると、その人間がバーチャルな情報に支配されているという可能性があるし、実際かなり支配されている。顧客ニーズだのというが、たいがいはそういうものである。人間は幻想なしでは生きられない。そこに広告や情報がつけこむ。ところが、そういうニーズは、きのうも話にでたが、POSといったシステムで組み込まれ、リアルな商品の存在になる、それをまたバーチャルなニーズが購買する。というような関係があるような気がするのだ。どこからどこまでがリアルで、どこからどこまでがバーチャルかの仕切りの「境」が難しい。世の中、そのように成り立っているのじゃなかろうか。バーチャルはゲームの世界だけじゃない、ゲーム化している社会がある。とか、考えていたわけだが。

こういう「日記」の文章を読むと、ますます、そういう感じがする。つまりは、なにもかも不確かな存在だから、そこに「読む」という作業がつきまとう。ああ、「読む」ことの難しさよ。

ってえ、ことで、タイトル通りに書くのは、まだ頭痛があるので、やめた。こんなこと考えていたら、よけい頭痛がひどくなる。

しかし、いま昼なのだが、たしか今夜は、「地酒と料理の夕べ」なるものがあって、行くつもりじゃなかったが、たまたま知り合いがそれに関係していて、行こうといってきている、のだが、はて、どうしたものか調子が悪い。どうしようかねえ、行けばなかなか会えないやつらにも会えそうだが。

そうそう、きのうのワークショップの発表者の1人は実家が北九州でコンビニをやっている東大の院生。スタフライヤーを利用するので『雲のうえ』のことは知っていましたよ。

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コンビニって、なんじゃらほい

いま朝の6時すぎなんだけど、昨夜はヨッパライやって帰ってきて寝てしまった。トツゼン、胃から胃液と思われるものが逆流し、それがどういうことか吐くのとちがって、鼻の穴からふきだして、目がさめて起きてしまった。こんなことって、はじめてだぞ。どういうことなのだ。鼻から出ないで、口から出て欲しい。鼻の穴の奥がヒリヒリしている。眠れないので、ブログでも書くことにした。

このブログ、おれが、「個人的なこと」を書くのがオモシロイというひとが、けっこういる。ときには感傷的に書くのがうける。それは、わからなくはない。最近のように、仕事のことばかり書いていると、しょもない飲兵衛で投げやりで倫理性の低いクソッタレなおれだって、仕事にむかうときだけは、二日酔いからさめたように、姿勢をピシっとさせ高いココロザシと緊張感と集中力を持ってのぞむから、そういう話は、ま、あまりおもしろくないといえばおもしろくない。だいたい仕事の話なんてのは、都合のよいうまくいっている話になるから、おもしろくでもない。

このあいだも昨夜も、その話になって、でも、おれが個人的なことを書くと誤解するひとがいて、それも1人や2人じゃない、思わぬ怒りのメールをもらったりで困ることもあるし、アアおれってやはり信頼されていないんだなあと落ち込むから、最近はあまり書かないようにしているといった。すると、それはそのひとが身に覚えがあるからでしょう、あなたが悪いわけじゃない、というようなことをいわれたのだが、やはり、どうも以前のように書く気がおきない。たしかに信頼されるようなニンゲンじゃないよなおれは、と思う。育ちが悪く紳士じゃない、口は悪く辛らつなことをいう、遠慮も加減もあったものではない。それに、愛されるより嫌われるほうがマシともおもえない、愛されたい。シクシクシク。でも、仕事のときだけは、ちゃんとしているんだよな。

そもそも、おれが長いあいだフリーが続くのは、酒飲みぐうだらで、あまり高い倫理性を持っていなくても、やれる分野をやっているからだ。

きのうは江古田の武蔵大学まで行って、五十嵐さんたちの「コンビニ!の現在」ワークショップに参加し、そのあとガンガン飲んできた。大阪から来ている原口さんにも会えたし、彼とは、昨年6月だったか7月だったかの下北沢カルチュラル・タイフーン以来だ。五十嵐さんとも、会うのはひさしぶりだ。ほかにも下北で会っているひとがいた。

けっきょく発言することになり、というのも、おれはコンビニについては、かなり詳しい。1970年代前半の黎明期というか啓蒙期から1980年代後半まで、この分野とは深く付き合っている。発言しながら、ずいぶん記憶がアイマイになってしまったなあと思ったが、でも話しているうちにドンドン記憶がよみがえって、まるであのころにかえったような気分もした。

おれは一つの分野を深くというより、たえず水平方向に移動しながらというかんじで、何でもテキトウに経験していて、その体験をあれこれ話し、それが体験した人でないとできない話をするから、五十嵐さんには、ナニをやっていたひとだかよくわからないといわれる。たしかに自分でもよくわからない。「プランナー」なんていう肩書でやってきたが、ようするに、いまも書いたように、あまり高い倫理性を持っていなくても、やれる分野を興味のままにやってきただけなのだな。んで、いまライターのようなものをやっている。「のようなもの」人生というわけだ。

自分がダメな人間だとは思わないが、嫌われたり敬遠されることがあると、ナルホドなとけっこう納得する。とくに日本の社会というのは、仕事さえちゃんとできていればいいでしょ、ってわけにはいかないところがある。ああ、めんどくせえ、どうだっていいや。

また寝よ。まだ酔っていらあ。

「コンビニ!の現在」は、「私」「個性」「均質」「システム」など、いろいろな角度から、けっこう議論になって、おもしろかった。歴史があるものは、始まりがあるからには終わりがある。いま「コンビニ」といわれているものが、どういう終焉をむかえつつあるかという興味を五十嵐さんがいっていたけど、たしかに、コンビニはいまデータで見ても一つの終焉にむかっている。歴史あるものは必ず終焉がある。人間も。

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2007/10/28

愚直に

Kumonoue5_anzen『雲のうえ』5号を手にして、アッと思った。なるほど、これが「アリヤママジック」なのか。いや、「アリヤママジック」という言い方は、チトなんだけど、そう思ったぐらい、色校とはちがう仕上がりだった。写真の表現の微妙なコントロールが、色校と比べるとハッキリわかった。このへんが、この雑誌の決め手にちがいない。ナルホド、なのだ。

「アリヤマ」とは、アートディレクションを担当している有山達也さんのことだ。今回初対面で初めて一緒に仕事をした。ほかの仕事は、ほとんど知らないのだが、『雲のうえ』と『クウネル』を見るかぎりでは、有山さんのアートディレクションは、いわゆる世間でいうところのシンプルなんだけど、写真の表現がものをいうし、牧野さんにきいたところでは、そのあたりで有山さんは一つのムーブを生んだものであるらしい。それが、アナログカメラで撮影した写真をもとにどう行われるかを、東京八重洲北口の「ふくべ」で燗酒を飲みながらきいたのだが、大半は酔って覚えていない。だけど、いくつかは覚えていて、ナルホド、だった。アナログ技術とデジタル技術の出合いのような話で、とても興味あるものだった。

とにかく、その写真は齋藤圭吾さんが撮影した。齋藤さんとも初対面で初めて一緒に仕事をした。彼のことは簡単だが、すでに書いた。詳しくないのでまちがっているかもしれないが、たしか使用したカメラは6×7のアサヒペンタックス、フィルムはエクタクロームではなかったかと思う。ライトは、いっさい使わない。しかも大部分がフリーハンドで、何気なげに撮影する。

じつは、7月のロケハンの段階では、カメラマンは決まっていなかった。おれは、トウゼン決まっているものと思っていたが、そうではない。そのへんにも、この雑誌のつくりかたの特徴がありそうだ。いっさい、実績や過去にしばられず、カタチにはまらず、カタチにはめず、というかんじの「自由」が、編集の信条なのだな。それは、表紙が毎号ちがっていることにも象徴的にあらわれている。また本文と写真の関係は、よくあるようなおなじページでの処理にしばられない、それはそれなりの意図があってやっているのだが。

6月27日水曜日が、この仕事の初めての打ち合わせだった。新宿の「らんぶる」で、編集の大谷道子さんと絵を担当しながら北九州出身者として編集に関わる牧野伊三夫さんと会った。大谷さんとは初対面だった。

牧野さんは、何度も当ブログに登場している。一緒に銭湯へ行ったり、『四月と十月』の古墳部で旅したりはあっても、なぜか気が合うだけの基本的に飲酒な関係。お互いに仕事のことなど、アウトラインだけで、ほとんどしらなかった。牧野さん宅に泊まって泥酔談話しても、だいたい、いくら酒飲んでも仕事の話などほとんどしたことがなかった。ときどき牧野さんから送られてくる作品を見て、ああこういうことをしているひとなのか、ていど。牧野さんにいたっては、おれを「独身」と思っていたらしく、おれのことをそう紹介したことがあるらしく、おかげでおれは女に言い寄られて大変だった、ってこたあねえが。ま、そういうことはどうだってよいという関係が、とてもよくて続いていたように思う。そんな調子だった。

で、その打ち合わせで、大谷さんがなんども言って、そのあとも、ことあるたびにいっていたのが、この雑誌はなんの決まりもカタチもないのです、毎号新しい雑誌をつくるつもりでやっています、だから……ということだった。

ロケハンをやってからカメラマンを決める、おれのようなライターがロケハンから参加するというやり方は初めてだそうだけど、だからこそありえた。

牧野さんは、一秒あとの行動や言動の予測もつかないぐらいのひとであることはしっていたが、有山さんは有山さんで、カタにはまることもはめることも嫌いなひとだ、なんていうのかな野生馬のようなところがある。既成概念クサイ言葉を口にすると、すかさず突っ込んでくる。しかし、編集の大谷さんは、けっこう大変なのだ。

と、人物評が目的なのではない。おもしろかったこと、もう長くなって書くのがイヤになってきているから、一つだけ書こう。

編集制作関係者というのは、「いいものつくりましょう」ということを口癖のようにいう。このあいだも、原稿を頼まれて打ち合わせしたあとに、「いい原稿書いてくださいね」といわれた。もう時候の挨拶のようにいう。むかしは、「いい仕事しましょう」とかいうやつがいると、「いい仕事とは、どういう仕事だ」とかちゃかして、よく喧嘩になったが、ちかごろは人間が丸くなったというより、なにもかもあきらめて期待していないから、そういうことをイチイチいわない。「いいものつくりましょう」なんて、本人たちは「妥協のない仕事」のつもりかもしれないが、なれあいの空気のなかでのそんな言葉は、ほとんど意味をもたない。朝の「おはようございます」の挨拶ほどの気休めにもならない。

ところが、この『雲のうえ』の関係者は、だれも最初から最後まで、そういう言葉は口にしなかった。「楽しみながら」とか「アソビゴコロ」とか、そういうクサイことは、もちんろ口にしない。ただひたすら、黙々と対象にむかい、そこに何かを感じ何かを読み、自分がなんのために何をしなくてはならないかを理解し、必要な短い会話をかわし必要なことをやり、あとは男と女のこと飲み食いのことバカ話も含め関係ない話、それもなかなか味な。

きのう「「ふだんの顔」「ふだんの生活の場」からまちづくり」を書いたが、じつは「ふだんの顔」や「ふだんの生活の場」を見せたがらない習性が強い。であるから上手な見せ方も知らないし、見られ方も知らない。テレビをはじめ、あまりにも演出されたものごとにひたりすぎ、自分たち自身のふだんに魅力を発見できなくなっているようだ。

PRの雑誌の写真になる人物が、下着姿でめしをくっていてはイケナイと思われたり。高い実績のある人、話題の人、知識人や文化人、名やいわれのある建物、珍奇なモノやコト、スタイリストがいて見栄えのよいようにセットされているがゆえに「おいしそう」に見える料理、そういうモノやコトに頼った「表現」を要領よくやることが評価される。

ところが、今回は、「料理研究家」や「味覚評論家」や、そのエセのたぐいまで含めて、彼らならまちがいなくはずすだろう店を入れたり、食べ物の写真は、ふだんの営業のときに訪ね、店の人がつくって出したものを、そのまま撮影している。下着姿でめしくうひともいる。とくに店内は、取材があるというとキレイに片づけされちゃうことがあるので、そういうことがないよう念をいれた。

Kitakyusyu_aezenirihune_2そして、その「ふだんの現場」から、表現を考えるのだ。「「ふだんの顔」「ふだんの生活の場」からまちづくり」をやろうと思ったら、ふまなくてはならないことを、そのままやっている。

大谷さんは「愚直に正直にやるだけです」といっていたけど、大谷さんのように才能のあるひとがそういうと、やけに重みを持つのだった。世間的には才能や能力や作品が高く評価されている有山さんや牧野さんも、じつに愚直そのものに対象にむかっていた。まあなんていうか謙虚そのもので、おれは、少なからずおどろいた。最初に述べた、「アリヤママジック」もそういうものであり、「マジック」なんていってはならないことなのだ。

おれも、少しは愚直のクスリをもらえたかな。

画像、上は、本誌に登場の門司港にある「安全入船食堂」。朝定食が300円。下は、おれがロケハンのときに撮影した、その外観。詳しくは本誌をごらんください。

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2007/10/27

「ふだんの顔」「ふだんの生活の場」からまちづくり

Machi_zassi_001きのう『雲のうえ』5号が届いて、じっくり見た。いやまったく、素晴らしい。自分が関わっていながらいうのもおかしいが、このように食堂を表現できる場があったなんて。

それはともかく、おなじきのう北区まちづくり公社でもらった資料を見ている。その中に『街よ!元気になれ』という雑誌がある。これは、公社が年に1回発行するもので、1冊1テーマの全特集で編集されている。それと、もう1冊、年に1回地域特集のものを発行している。つまり、年に2冊だね。

その企画・編集に関する基本的な考えを述べた資料には、「「まちづくり=都市基盤づくり」という狭義にとらわれず、区民の視点からみた幅広い「まちづくり」を対象とするものであること。」という一項がある。というわけで「飲み歩き隊」なるものも組織され、大衆酒場の多い北区内を飲み歩いて記事にしたり、といったぐあいなのだ。北区にはJRの駅が多いのを生かした「駅弁コンテスト」なるものもおもしろい。

つまり、「ふだんの顔」「ふだんの生活の場」を見直して、そこから「まちづくり」を考えていこうという取り組みと理解できる。

これは『雲のうえ』の方向性と共通するところがあるようだ。そこで思い出したのが、岩手県盛岡の『てくり』だ。今夏、盛岡へ行ったときにバックナンバーを買ってきてあって、ここで詳しく紹介するといいながら、まだやってない。すみません。

この雑誌の、表紙には、「伝えたい、残したい、盛岡の「ふだん」を綴る本」とある。有料のリトルマガジンだけど、「高級」という意味ではなしに、かなりクオリティの高い雑誌だ。

この3冊、それぞれちがう特徴を持っている。しかし、「ふだんの顔」「ふだんの生活の場」から見よう考えようという方向性は共通しているように思う。これは、なかなかおもしろい傾向ではないかな。少なくとも、「気どるな、力強くめしをくえ」「普通の食事を大切に」「ありふれたものを美味しく食べる」とかいい続けているおれとしては、とても興味ある動向なのだ。

そして、しかも、北区の雑誌のばあいもそうだし、『雲のうえ』もそうだが、テレビや商業雑誌が、それをもとに番組や記事をつくるといったアンバイで、けっこう宣伝波及効果がある。ま、人びとの関心も、身近な「ふだん」に向いてきたということでもあるようだ。そして、そういうことになると、テレビや商業雑誌は地域誌に頼らざるをえない。これは、おもしろいことだ。

それに、『雲のうえ』『てくり』『街よ!元気になれ』も、現在から未来を志向しているのであり、昔はよかったの「嘆き節」で終わらせるわけにはいかないというのところが、またおもしろいと思う。未来へむかう、自分たちの街の物語を発見し、創造しなくてはならない。『雲のうえ』の今回の特集「はたらく食堂」では、そういう視点で食堂を見て書いた。

岩手の「地元学」や北九州の雑誌『雲のうえ』は、「地域ブランドセミナー」のネタにまでなっている。アイアムペン「石垣島だけのブランド確立を-専門家招き「地域ブランドセミナー」」…クリック地獄

「てくり」のサイト…クリック地獄

北区まちづくり公社…クリック地獄

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2007/10/26

りんごの匂いがする北区東十条商店街

Higasijyujyo071026秋の雨は、おれを感傷的にする。酒とバラの日々とはいかず酒のみの日々。バラのあの子はどうしているのやら。雨はしとしと、心を濡らす。なんてね。

はて今日は16時からの打ち合わせ。と、朝方、手帳カレンダーを見たら、ぎゃあああ、ダブルブッキングじゃないか。きのう電話で、今日の16時からの打ち合わせを入れるとき、なにもないハズと思い込んでいて、手帳カレンダーを確認しなかった。予定は記憶に頼り確認を怠る、というか確認をする習性がない。なんのための予定カレンダーか。

とりあえず、片方は、資料だけつくって渡すことにして、大急ぎで資料づくり。うがうがヘトヘト。16時前、北区京浜東北線東十条駅北口低地側。腹へったので、駅出てすぐの立ち食い。かきあげ天そば300円。おっ、ここは水を飲むコップにカップ酒の空き瓶をつかっている。そういえば、北九州の食堂では、そういうところが多かった。そういえば、北区は、なんだか北九州に共通するところがあるな。工場も多いし、労働者の街というか。

で、行ったところは、北区まちづくり公社。途中、商店街を歩いていると、リンゴの匂いがただよってくる。八百屋の店先から。うわ~、いいねえ、市場みたいな商店街だ。こういう商店街のある街こそ人間の住む街だよ。

担当者に会って話しを聞く。なかなかおもしろそう。なのでイチオウ首をつっこんで見ることに。そもそも、おれは、北区のあちこち好きだもんね。

帰り赤羽駅ホームで資料を渡す。なんだか疲れたし、雨なので飲まずに帰る。
けっきょくイエ酒で酔う。
北九州から『雲のうえ』5号が届いた。すばらしい!そのことは、またあした。
と、とりあえず日記風に書いてみた。

チト、北区関係といっても、主に赤羽や王子あたりのことを書いた記事を拾い出してみた。ほんとうは、けっこうアチコチ歩いているのだけど、飲んだ話しばかり。やれやれ。
画像は東十条駅の階段からガラス越しに見た商店街。

2005/10/20
王子、柳小路とさくら新道

2005/12/03
王子のたぬき

2005/12/03
王子の大衆酒場、山田屋

2006/07/15
カレーライスの夏だけど

2006/10/21
よろよろと、きのうも王子で

2006/10/20
赤羽・竹山食堂のち王子・福助とリーベのち東十条・みとめ

2006/10/29
赤羽、王子で横丁路地街談義

2007/02/24
喜びや快楽をつくり出すことについての経験

2007/08/19
アブナイ女2人と泥酔、電車乗り過ごす

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2007/10/25

特集「はたらく食堂」の北九州市「雲のうえ」5号、発行です

2007/10/20
「北九州市「雲のうえ」5号校了、特集「はたらく食堂」、10月25日発行」

で案内したように、『雲のうえ』5号が発行になりました。市のサイトでは、「第5号の特徴」をこのように案内しています。有山達也さん+牧野伊三夫さんの表紙、すばらしい!…クリック地獄

「食欲の秋にお届けする「雲のうえ」第5号のテーマは「大衆食堂」。
 市街地のパワーを支える食堂、工場や学校の「門前食堂」など、それぞれの地域に根ざした大衆食堂を特集しています。
 市民の素顔、素朴でたくましい、働き者たちの街・北九州のエネルギーの源をご覧ください。」

ぜひ、ご覧ください。フリーペーパーですから、どなたでも無料で入手できます。上記のクリック地獄から「入手方法について」をどうぞ。「1冊送付希望の場合 返信用切手200円分」から受け付けています。既刊、1号はすでに在庫なし、2号3号も在庫わずかになっていますから、あわせてご覧いただくとよいでしょう。もちろん、この号をたくさん取り寄せていただき、まわりの方に配布いただくと、そりゃもう、うれしいです。

Kitakyusyu_yano画像は、この特集に登場する食堂「矢野」です。ここは元漁師のご夫婦が経営しています。しかも小倉駅の近く、東京でいえば東京駅の近くということになるけど、このように目の前は日本海につながる入り江、向こうには埋立工場群が見えます。この元漁師のご夫婦が経営している食堂の光景は、ひとつの北九州と北九州の食堂の物語を象徴し、そして東京や「東京化」した都市が失った生活を語っています。それは、工場があるかないかといった皮相的なことではないのですね。そこんとこは、不肖エンテツが本誌で書いています。

大都会で見失われてきた「市民の素顔、素朴でたくましい、働き者たちの街・北九州のエネルギー」を感じてみましょう。土地に根を張った労働的生活を見つめなおし、「グルメ」な浮ついた「わるのり」の「趣味的生活」に走った近年をチト振り返ってみるよい機会になるかも知れません。働き生きるということ、そのための食、その日常茶飯をよりよく楽しくする大切さ、ま、「快食」ということですが、もっと考えてみてもいいんじゃないだろうか。

北九州は、安くてうまいぞ楽しいぞ。それは働き者たちがいるからだ。

おれは以前にチト書いたけど、今回は、「うまい」という表現をなるべくつかわないで、食堂の魅力と味覚を表現しようと工夫をしました。はたして。

では、よろしく~

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2007/10/24

アジフライに関する無限的研究 その2

は~い、わたしアジフライよ。今日は、アジフライに関する無限的研究の2回目。1回目をごらんになってないかたは、こちらね。…クリック地獄

Ajihurai_idumiya_nippori上の画像は、10月20日に日暮里のいづみやで、くそったれなエンテツに撮られたわたし。下の画像は、その翌日21日にドばかなエンテツは大宮のいづみや本店で飲んで、そのときに撮られたの。どちらも、最初に皿にもられたときは、上のように尾のほうが重なっているの。そうね、ミニスカートの女が足を組んだときにみえる重なった太もものように、色っぽいでしょ。

Ajihurai_idumiya_oomiya下の画像は、助平のエンテツが、わたしの股を開こうと、こうなったのではなくて、もちろんエンテツは紳士ではないけど助平でもなく、好きな女がいてもジッと会えるのを待っているような純情で控えめな男ですが、この画像はね、ただ単にわたしのプロポーション、つまり物理学的形状の探求のため、こうして、もとの開いた状態のように並べて撮影したの。ほら、正三角形に近いでしょ。つまり、これが、前回あったように、貧乏人らしい伝統的なアジフライのカタチという主張があるのです。

で、もう気がついた方もいるでしょうけど、このどちらも、わたしは開いた一枚ではないのね。三枚おろしじゃないけど、二枚になっているわけ。総菜屋さんのは、たいがい一枚だし、大衆食堂でも一枚のところが多いでしょ。そのワケは、そのうち明らかにしましょう。

まずプロポーションの観察がすんだら、わたしの衣を見てちょうだい、うっすら素肌が見える大宮に対して、厚い衣の日暮里なのです。いやん、それだけで大宮が好きだなんていわないで。よく見てちょうだい、ほら、うっすら素肌の大宮の尾のところ、全体がうっすらのわりには尾までシッカリ衣を着ているでいるでしょ。日暮里は、ちょっとわかりにくいけど、身の衣は厚くても、尾のところはうすくて、パン粉がチラチラと飾りのようについているだけ。

では、尾のところに、ほとんど衣がついていない画像、あるのですよ。こちら「アジフライ レシピ料理 gooグルメ&料理」……クリック地獄

これはまた、ずいぶんシッカリ厚い衣を着ているけど、尾のところはツルンですね。

このチガイ、わかるでしょ。そう、尾のところにまったく衣が着いていないのが好きなひとは、ロリコン趣味ね。となれば、ちょっとだけついているのが好きなひとは、「青い麦」趣味、中学高校生趣味とか。そして、シッカリ衣がついているのが好きなひとは、もう「熟」が大好きという東陽片岡さんのようなひと、ってことになるかしら。とにかく、そういう細かいところにこだわり趣味を発揮するひとは、けっこうイヤらしいひとが多いってことね。これが、今日のアジフライのシッポ的結論です。

ってことで、今日の研究は、おわり。

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2007/10/23

メタボや食育の根底にあるアブナイこと

というタイトルは、考えつくのだが、書こうとすると、ぼうだいなものになり、ブログにそんなこと書いてなんかいらんねえよという気分になってしまう。でも、忘れないように、問題点だけを、テキトウに少しずつ書いておこう。まだ調べている最中だから、把握や理解が足りないところがあるかも知れない。よく調べないまま、よそで引用などしないでね。

とにかく、この問題は、調べていくと、とんでもないところにゆきつく。ようするに、明治初期、東京の中央政府は教育方針の根本について「脅迫的方法」を採用する。これが、学校教育だけではなく、「人を育てる」根本になってしまうのだな。

ときたま、「体罰」がモンダイになったりするけど、いつも体罰そのものが問題になるだけで、その議論に欠けているのは「体罰」を脅迫的に使うことだと思う。日本の「体罰」は、おれの戦後の体験でも、「恐怖」をあたえ服従させる「脅迫的」利用だったといえるし、それが問題なのだと思う。

食育については、何度も書いてきたように、推進論者は、じつに不安を煽り「脅迫的」にこれを推進してきた。

メタボにいたっては、かつては病気ではなかった「肥満」を病気に仕立て上げ、「ほおっておけば死ぬ」というようなイメージを脅迫的につくっているようにみえる。

「ほおっておけば困ったことになる」。このテの根拠のない想像や推察に過ぎない事実ほど人びとに不安や脅威をあたえるものはないし、そのことによって、人びとは強制や管理に従順に従うようになる。メタボや食育の根底にあるアブナイことは、これなのだ。「私」の喪失。その「私」の喪失に便利な、もう一つの「積極的な生き方」が、このあいだから書いている「趣味的生活」なのだが。

というぐあいに、列挙したあたりで、今日はオシマイ。

しかし「肥満学会」なるアヤシイ学会が、腹の太さでメタボかどうか決める基準をつくり、それで一挙に「メタボ健診義務化で医療界は「健診景気」」なんていわれる状態が生まれるなんて。…クリック地獄

そのことについて、なんにも問題にならない、反対の声もあまり聞かないなんて、それはもう「ほおっておけば困ったことになる」という脅迫と「趣味的生活」の前に「私」を失ったコンニチ的日本的風景そのものではないか。と、思ってしまう。

メタボの基準については、最近は見直しの記事も見られるが、そもそもがアイマイな基準で「メタボ健診義務化」なんて、ふざんけんじゃねーよと声を大きくしてよいのではないか。メタボといい食育といい、こんなものは健康を食いものにする「脅迫ビジネス」のなにものでもない。と、言い切りたいね。

肥満者たち、「私の肥満権」を主張しよう。
私の身体は私のもの。私の体型は私が決める。


女性80・男性87cm以上…東北大が“メタボ腹”見直し
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20071020it04.htm?from=top

 腹部の内臓周辺に脂肪がたまるメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)の診断基準について、東北大学チームは、腹囲は「男性87センチ以上、女性80センチ以上」が適当とする研究結果をまとめた。

 日本肥満学会が中心となって策定した「男性85センチ以上、女性90センチ以上」とする腹囲の国内基準に見直しを迫るもので、今後、論議を呼びそうだ。

 今井潤(ゆたか)・同大教授(臨床薬学)と浅山敬上級研究員らは、岩手県旧大迫町(現花巻市)で、1980年代から住民の健康を追跡している「大迫研究」の一環として、395人(男性118人、女性277人)のデータを分析した。

 その結果、男性は腹囲が87センチ以上、女性は80センチ以上の場合に、血圧が高かったり、血糖値が下がりにくかったりといった、健康問題が見つかる可能性の高いことが分かった。

 メタボリックシンドローム(メタボ)は、腹囲が基準を超えた上で、血圧、血糖値、血中脂質の値のうち2項目が基準を上回ることで判定される。メタボを放置すると糖尿病など生活習慣病になるリスクが高くなるため、来年度からメタボの国内基準に基づく健診と保健指導が始まる。

 しかし、現行の基準では、特に女性で腹囲が下回ったために、十分な生活改善指導を受けられない恐れがある。

 浅山研究員は「肥満学会の基準のもととなったデータは、分析対象者の3分の1が病院の肥満外来に来ていた人で、偏っている可能性がある。今回の研究は一般的な地域住民を対象に分析しており、少なくとも女性の腹囲基準は見直す必要があるのではないか」と話している。

 腹囲を巡っては、男性に厳しく、女性に甘いと言われてきた。これに対し、肥満学会は19日、「内臓脂肪の量から腹囲基準を決めた。基準を変える必要はない」との見解を示した。

(2007年10月20日12時41分 読売新聞)

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読者から、亀有・ときわ食堂

いやあ、ひさしぶりのハジメ男さんからのメール。ハジメ男さんを、ご存知か。ザ大衆食「大衆食者の食卓」に以前から登場する読者の方ですね。…クリック地獄

今日は画像と一緒に、こんなメールをいただいた。この方、ここに書いてあるように、3年ほど前に30年間ぐらい住み慣れた山の手を捨て、こちらへ移る大胆をした。まだお若いはずなのに、いつもこの文体には感心してしまう。


遠藤様

お久しぶりでございます。遠藤様ファン、ハジメ男でございます。
遠藤様におかれましては原稿執筆、酩酊徘徊、著作物絶版...,
と粉骨砕身の大活躍、敬服の至りでございます。

本日付遠藤様のブログを読んでおりまして、ふと当方手持ちの
画像をお送りしたくなりメールした次第です。勝手ながら添付いたします。

これは亀有・ときわ食堂でございます。
「常盤」といえば巣鴨が有名でしょうが、亀有のそれもご覧くださいませ。
なかなかよろしゅうございます。飯を食っても、酒をのんでもしっくりくる処で
す。

貧乏ゆえ自炊、家呑みが中心の私ですが、ここでやる昼酒はなんともよろしい。
ぬる湯につかって体をのばしているような気になります。

東京の人間でも亀有と亀戸の区別がつかない輩が多うございますが、
かくいう私もそうでした。そんな当地に住みだして3年が過ぎましてございま
す。

亀有に遠征することがございましたらご利用お勧め申し上げます。
平日夕方には、江戸っ子(立石にある店の暖簾分けということです。)のもつ焼
きもよろしいです。

―ハジメ男、自宅で酩酊中


おれの返信。
 
ハジメ様

まったく、お久しぶりです。
もう、おれはハジメ様にも見限られたかと秋の空を見上げてはタメイキをつき、酒は涙かタメイキかと過ごしていたのであります。

亀有・ときわ食堂の画像、ありがとうございます。知りませんでした。なかなか落ち着いて過ごせそうな、よい雰囲気で。うむ、昼酒、よさそうです。昼から夜まで飲んでも、よさそう。ぜひ行ってみたい食堂リストに加えさせてもらいます。

それに、このメールの文章、いいですね。ブログに掲載させてもらいます。

ということで、とり急ぎ、お礼まで。

今夜はオウチで酩酊のエンテツ

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2007/10/22

きのうは大宮いづみやで飲み疲れ

Oomiya_izumiya003まだ前夜の酒がふわふわ残っていた夕方、18時半ごろ、大宮いづみや。サッポロラガーをとって飲み始める。まもなく吸うさんあらわれる。どんどん飲む。2人でホッピー2、中ハイ350円を12ぐらい。若い吸うさんとおなじペースで飲んだので、もうヨレヨレ。今朝は、頭のほうはなんともないが、全肉体が酒で疲労しているかんじ。

画像は、本店の内部。正面、生ビールの手書きポスターには「違いのわかる器の大きさ」と書いてある。「中」600円だけど、居酒屋チェーンの「大」サイズぐらいある。サッポロラガーは500円、もつ煮込み160円。これで切り上げれば、660円ですむわけだ。二級酒!ならコップ一杯210円。

ラガー、日暮里いづみやは、470円か480円のはず。日暮里は、西口山側の近頃は「下町」を僭称するが実際は「山の手」に対して、いづみやがある東口低地側は昔から「低層」の中国人や朝鮮人もおおく、ビール大瓶は500円以下の勝負になっている。

Oomiya_izumiya005大宮いづみやは建物が昔のつくりで天井は高いし、こういう酒場が、もっとあちこちにあるといいねえと話ながら飲む。なんで、値段の高いところで、よろこんで飲む人がおおいのだろうねえ、とか話す。もっと生活の実質を大事にしなくてはな。ポップメニューの「白菜朝鮮漬」を吸うさんが指差し、いまはみなキムチというけど、昔は朝鮮漬だったですよね、という。そういえばそうだ。

いつものことだが、南千住にあった大利根の思い出話。
飲み仲間の事実婚していた2人がついに別れた話しなど。

ご参考…ザ大衆食「居酒屋食堂考 いづみや」…クリック地獄

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2007/10/21

日暮里いづみや、鶯谷呑兵衛、泥酔

きのう、人生残り貴重な時間を、どうでもよいやつら、しかも男だけ8人で飲む。6時、日暮里いづみや。日暮里駅に少し早く着いたので、話題のテープ文字「修悦体」を見て、風俗街方面の視察へ。くらがりで立ちんぼに声をかけられる。中国系。日暮里の街は、中国人が増えたようだ。いづみや、どうせガラガラだろうと思っていたら、意外に混んでいた。ちかごろ混むのだろうか。悪酒「梅割り」をガンガン飲む。のち、1人がほかの飲み会へ抜け、7人で鶯谷へ。

吸うさんから「店舗拡張の工事中だった鶯谷「信濃路」が今日から再開してますよ。良かったら見てきて下さい」とメールがあったので行ったのだが、たしかに、店舗を拡張して、となりの店と中はつながったものの、まだそちらは営業していなかった。かつ混雑のため7人収容は困難。ならば、いっそ大きな店へとラブホの林のなかをぬけ「呑兵衛」へ。ここもすごい混雑だが、ちょうど出て行く団体があって、うまく座れる。途中から、やはり日本酒を飲もうということになり、一升瓶をとる。野暮ったい男だけのテーブル、おれたちだけ。一升瓶をデンとおいて飲む気分は、いいねえ。まわりは、近くのダンスホール帰りらしい中高年カップルだらけで、イジョーな雰囲気。

ということで、何時ごろまで飲んだのか、きのうはとくに寝不足だったので、途中で酔いがまわりわからなくなった。

まもなく午前9時。二日酔いであるが、気分は悪くない。

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2007/10/20

北九州市「雲のうえ」5号校了、特集「はたらく食堂」、10月25日発行

Kitakyusyu_moji_irihuneオオタニさんから連絡があって、

無事に5号を校了しました。25日には見本アップ、遠藤さんのお手元には、26日もしくは27日にお届けすることができそうです。飛行機に乗せられるのは11/1から、都内書店では11月10日前後からの配布になります。

とのこと。「飛行機に乗せられる」とあるのは、この雑誌は、機内誌として北九州空港を使用するスターフライヤーでも配布するから。

このブログでは、これからしばらく、ときどき、このことについて書きたい。「取材裏話」とかね。

特集「はたらく食堂」の構成は、つぎのようになっている。
p2~17 「働く食堂、働く人々」
p18~21 「小腹食堂」
p24~35 「名物はないけれど……」
p38~39 全27取材店リスト

編集=大谷道子(小腹食堂の文も)、アートディレクション=有山達也、絵=牧野伊三夫、写真=齋藤圭吾、文=遠藤哲夫、という顔ぶれです。

大谷道子さん連載の「街のうた」は、食堂特集にあわせて「ちゃんどん恋歌」。これが、大谷さんいつものことだけど上手で、いいねえ。「ちゃんどん」という料理、ご存知かな。もう二度と食べらないかも知れない、ちゃんどんの話しです。

掲載店などは、発行になってから、ここで紹介します。

自分で撮影した画像のなかに、たまたま日めくりカレンダーが写っているものがあった。こういう大きな日めくりは、いかにも食堂らしい光景だが、日付が、ちょうど三か月前の7月20日。ロケハンで訪ねた門司港の早朝営業の食堂。この食堂のことは、しっかり書いた。

ロケハンでは正味5日で50店ぐらい試食した。いちばん多い日は、14店ぐらい。食欲が減退する蒸し暑い夏だから、「難行苦行」。ふつうの取材では、ありえない「無謀」だろう。自分の住んでいるところではない、土地勘のないところだから、それなりの難しさはあったが、こういうときのやりかたには、またそれなりの「ノウハウ」があるんだな。いちおう「プロ」だからね。時間と空間とカネの制限のなかで、それなりの結果を出すのが「プロ」としたら。でも、これは、どういう「プロ」なのだろうか。やりながら考えた。おれは、なんの「プロ」なのだ。「味覚評論家」ではないし……。でも、ちゃんと、味覚の判断はしている。このブログでは、味覚についてウルサイことは書かないけど、必要なときは必要な判断をしているのだ。

もともと事前に手元に届いた資料には100店近くの候補があって、それから、どうやって27店にしぼったか、8月の本番の取材はどう行われたか、そのへんのことも、いずれ書こう。と、思う。しかし、ほんと、よく身体と緊張感がもった。

ロケハンから原稿アップまでの、あの暑い夏がウソのよう。ああ、こうして時はすぎていくのだなあ。財布のなかは、いつも秋風だけど。ああ、おれの人生も秋のタソガレかあ。もう二度と出会えないかも知れないことが、ふえていくのだなあ。ああ、はあ、一瞬一瞬が、これで最後かも知れないのだ。ああ、秋は、切ないなあ。ああ、はあ、それにしては、うふふふ、どうでもいいやつらと酒を飲みながら時間をつぶしているなあ。って。

どうか、みなさんご覧なってください。こういう仕事は、もうおれトシだから、二度とできないかもしれない、「記念碑的事業」ですね。もちろん、写真、絵、デザインは、もう素晴らしいに決まっています。

「雲のうえ」はフリーペーパーです。問い合わせ、入手希望の方は、こちら、北九州市企画政策室 にぎわいづくり企画課…クリック地獄

これまで当ブログに掲載の「雲のうえ」に関する主な記事。

2006/11/16
北九州市「雲のうえ」の素晴しさ

2006/11/18
情報を蹴散らして詩人の感性を取り戻せ

2007/09/04
「北九州市情報誌『雲のうえ』が本当に素晴らしい」は素晴らしい

2007/02/03
北九州市の「雲のうえ」2号 特集は「おーい、市場!」

2007/04/30
北九州市の『雲のうえ』3号が、またいいんだな

2007/05/01
仕事が好きか。生きているか。…『雲のうえ』おとなの社会科見学

2007/08/11
九州も島だけど北九州には島がある 「雲のうえ」4号

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2007/10/19

アジフライに関する無限的研究、中間発表

無限的アジフライ研究をやろうという話しになった。

ザ大衆食のサイトに掲載の入谷の「大衆食堂 清月」のアジフライは、アジフライらしくないという意見がある。身が厚くて、大きくて、中あじをフライにしたようなものはアジフライらしくないというのだ。

そもそもアジフライなのに、かじってかんでいるとき、衣に対して身の存在感がありすぎて、アジフライという「一体感」に欠けるというのだ。

ああいう立派なアジフライを食べことがない普通の貧乏人は、そう思うかも知れない。

では、普通の貧乏人が食べなれた、アジフライらしいアジフライとはどういうものかという議論になった。

まず、かぎりなく正三角形に近い。小アジをつかえば、必然的にそうなる。
シッポを切り落としてはいけない。
シッポのところの衣は、どうだ。ここが難しい。ほとんど衣はなく、から揚げ状態。うすく衣がかかっている。などが好ましい。シッポまで衣が厚いのは、よろしくない。

好ましいアジフライを食べさせる食堂、二か所の名前があがったが、シッポの部分まで厳密に思い出せなかった。つまりふだんは、たいして気にしてないということだ。

食べ方は、ソースより醤油がよいという意見もあった。

いまのところ、こんなところか。
おれは、何がよろしい、よろしくないより、そのアジフライ、たとえば、中あじのアジフライは何をねらったものであり、シッポまで厚い衣のアジフライは何を語っているかを考えるべきだろうと思う。と、いった。

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2007/10/18

コンビニと、どう向き合うか、どう付き合うか

ひさしぶりにyas-igarashiさんにコメントをいただいて、めったに更新のない彼のブログ「まだまだこんな風に生きてみた」をのぞいたら、興味あるワークショップの告知があった。チト内容紹介が学者的堅苦しさではあるけど、これはなかなかおもしろいし大事なことだと思う。だいたい五十嵐さんたちの活動は、若いからもあるだろう、対象や視点がいいね。それに話も学術的に気どることなく、普通の会話のようで、いいね。でも、文章にすると、なぜか難しいんだな、これが。論文調の弊害というか。

October 16, 2007CSF10月例会「『コンビニ』の現在」のお知らせ

コンビニを頭ごなしに非難するひとがいるけど、そんなことで片づく存在じゃない。すでに経済的生活的にだけではなく、社会的に地理的に、また文学的言語的に、コンビニは地域と密接である。日本の風土や文化と、じつに根深い関係にある。だいたいね、たとえば日本の伝統的な夏の風物詩といわれる花火をやろうと思ったら、コンビニへ買いに行くのですよ。冬のおでんだってね。もっと、コンビニとどう向き合うか、どう付き合うか、考えなくてはならないのだなあ。これだけ身近でありながら、利用するだけ、非難するだけで、何も考えないというのは、おかしい。選挙なみに大事なことだと思う。

当ブログでも、けっこうコンビニについて書いていたと思ったが、意外に少なかったな。あるいは、もっとあるかも知れないけど。とりあえず、「コンビニ」で当ブログ内を検索して見つかった記事。

2006/11/21
わたしの文房具で小沢昭一的

2006/08/07
冷し中華、冷しラーメン、サラダラーメンの日本て、いい国だなあ

2006/08/06
コンビニの棚化するカテゴリーの生活の行方

2006/07/28
「自分の言葉」ってなんじゃらほい、コンビニで考えた

2004/09/16
弁当とレトルトごはん

2004/09/15
「夜霧のハウスマヌカン」と「ほか弁」

2004/09/10
コンビニ激戦のあと


五十嵐さんたちとは昨年、「カルチュラル・タイフーン 2006 下北沢」の「都市を紡ぐ」のセッションに参加したのでした。

2006/07/03
「若者文化」を商品化した「若者の街」の後の祭り

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トシはとっても人間は退化するとはかぎらない、か?

短い期日で予定外だった難しい仕事をやり終えた。いや、ほんと難しかったなあ。調べるのも大変だったし。苦労したよ。脳みそ絞りつくしたかんじ。あははは、たいした脳じゃなかったってことか。でも、なんだか脳が鍛えられた感じがするな。こういう達成感と充実感は、チトめずらしいね。このあいだの北九州の長丁場が片づいたときと、またチトちがうかんじだ。メンドウを避けちゃいけないってことか。トシとるとメンドウはしたくないものだが。いい経験が続いている。

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2007/10/17

「普通」の一瞬の輝き。1977年キャンディーズ「普通の女の子に戻りたい」。

チト仕事のために資料を見ていたら、どういうわけか。わきみちからわきみちへとそれ、キャンディーズにたどりついてしまった。

1978年4月4日後楽園球場で行われた、キャンディーズのさよならコンサートのカセットテープは、何度も聴いた。どちらかといえば、このときに歌った、洋モノのカバーが印象的で、あらためてキャンディーズをみなおしたのだった。とくに、「朝日のあたる家」は、ずっと記憶に残っている。

彼女たちは、いまから30年前、1977年7月17日、日比谷野外音楽堂のコンサートで「普通の女の子に戻りたい」と、トツゼン引退を宣言した。多くの人びとのあこがれである普通ではない「芸能人」になったのちのことだ。

その「普通」という言葉を、当時の普通の人間だったおれは、どう思ったか。ああ、普通が大事だよ。

でも、80年代は、ますます普通であってはイケナイ時代になった。ワンランク上、「個性」的、自己実現、自己表現、仕掛け人……普通ではなく突出していなくてはならない、目立たなくてはならない、「凡」ではいけない「奇」でなければ。あるいは「究極」とかね。

ひとを殺してもいい有名になりたい。自己を「商品化」し付加価値を高める時代。みなメディアへの露出を競った。みな「芸能人」のようになりたがった。必要以上に自慢し、必要以上に知ったかぶりをし、必要以上に自分を演出する。過剰化する自意識。そのまま、コンニチなのだな。

キャンディーズのさよならコンサート、最後の曲は「つばさ」。いまYouTubeで見たら…クリック地獄、舞台のラストには「FOR FREEDOM」という言葉が輝いている。「普通」と「自由」、深い関係にあるのだな。普通ではない人間をめざして、より自由を失う時代が続いている。ということか。

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2007/10/16

痛飲泥酔二日酔い心は晴れ、書評のメルマガ発行

きのうは、御徒町で打ち合わせ。出かける前に郵便受けを見たら、ポルトガルからはがき。まりりんから。知り合いのところに着いた。美しい海岸のそば、やつがおれの来るのを心待ちにしていると。悪い話じゃないなあ、本は絶版になるしいろいろ失意の日々、しばし離れてみるのもよいか、ニューヨーク経由が安いのか北回りが安いのか、とかボンヤリ考えながら向かう。

上野駅からアメ横を通り、前日の暴力団射殺事件の名残り少しはあるかと思ったけど、まるで無し。卸のエフのシャッターが閉まっていた。どうしたのかな。おれの知り合いをクビにしたから閉店か。まさかね。

御徒町駅南口19時の待ち合わせにチト早かったので、周辺を歩く。ジュエリー問屋の前で、ヤーさま風の男が、ねえちゃんの尻をなでながら、このナントカを買ってやるからナントカと別れろ、それとも若いものをさしむけようか、なーんてくどいている。こんなやつ、ヤーさまじゃねえか。

初対面男37歳と駅近くの安くてまずい居酒屋へ。ここならいくら飲んでも、会社の経費で落としやすい。この男、日本酒好き、燗酒をガンガン飲む、アレコレ盛り上がる。しかし、給料安いのに、よく働き、ほんと大変。

上野駅で別れたところまでは覚えているが、あと記憶喪失。目が覚めたら激しい頭痛、身体の中じゅうがただれている感じ。でも起きてメールをチェックすると、ポルトガルのやつからメール。魅力的な誘い。ますますポルトガルへ心が傾くが、行くか行かざるか決める前にメールを一本。その返事でポルトガルはやめた。まりりんの土産話を聞くだけにしよう。

いま15時、まだ胸がやけている。いったいどんな飲み方をしたのか、どれだけ飲んだのか。明後日まで仕上げなくてはならない仕事があるので、二日酔いなんかやってらんないのに。

書評のメルマガvol.332が発行になった。先日来予告のとおり、「スピード感とリズム感のある料理」というタイトルで、瀬尾幸子『簡単!旨いつまみ』学習研究社を紹介しています。ごらんなってください。……クリック地獄

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2007/10/15

「料理研究家」とは、その芯と輪郭

「料理研究家」について考えている。直接的には、まもなく発行になるだろうと思われる「書評のメルマガ」で、「料理研究家」の肩書を持つ瀬尾幸子さんの本を取り上げたのがキッカケだ。

で、たまたま古本屋で見かけて買ったが、まったくツマラナイからほっておいた『「料理研究家」たち』(宮葉子著、NHK出版)をパラパラ見ていた。

この本がツマラナイのは、まさに著者が「「料理研究家」とは」、ということを考えないまま、「料理研究家」にインタビューしているからだろう。とくにおれのばあい、文章のうまいへたなど、あまり興味はなく、よくこのブログで使う言い方だが、対象への向かいかたや、視線の持ち方から伝わるものを大事にしている。どんなに文章がうまくても、それがなかったら、読み取り継ぐべきものが一つもないにおなじ、中身はからっぽというやつだ。

これは、べつの言い方をすると、モノゴトを「芯」でとらえるか「輪郭」でとらえるかに関係すると思う。どちらでとらえるかというより、芯がなくてはお話にならないと、おれは思っている。この本の著者の宮葉子さんには、芯でとらえようとする考えというか姿勢がない。

本書は、5人の「料理研究家」にインタビューしてまとめている。登場するのは、藤野真紀子さん、有元葉子さん、上野万梨子さん、北村光世さん、枝元なほみさん。この人選そのものからも、「「料理研究家」とは」を追求する考えのなさをうかがわせるものがある。

ま、それはとにかく、このなかで、やはり異彩をはなっているのは、有元葉子さんなのだ。

「書評のメルマガ」で「料理研究家」の著書を取り上げるのは、瀬尾さんで2回目。これまで連載8回目の04年10月7日発行vol.183で『有元葉子の料理の基本』(幻冬舎) を扱っただけだ。…クリック地獄

有元葉子さんには共感するところが多い。というのも、このひとの料理の「芯」には、日常茶飯つまり「ふだんを大切にする」という考えや姿勢があるからだ。それは、有元さんの著書である『わたしの日常茶飯事』(ちくま文庫)のタイトルになっている通りだ。

で、今回、このインタビューを読んで気がついたのだが、有元さんは、あまり「輪郭」の話はしない。そこが際だっている。料理を芯でとらえようとしているか、芯でとらえている。輪郭は、とにかくボンヤリしている。芯を深める、肉付けした結果なのだ。

こういうの、おれは好きだな。たとえば、絵でも、牧野伊三夫さんの絵は、輪郭がはっきりしていない絵が多い。何度も一緒に飲んでいるから、本人についても知っているが、本人もそういうひとだ。輪郭のはっきりした空間の飲み屋は嫌う。絵ということでは、なかだえりさんも輪郭のアイマイな絵が多いし、そもそも著書に『とらえどころのない曖昧な輪郭』があるぐらいだ。

絵のばあい、輪郭がアイマイというのは、必ずしも輪郭線は使わないということではない。芯でとらえて、輪郭は自由である、という感じかな、あるいは柔らかいとか。腹から出ている声のような。輪郭がないとかあるとかではなく、とにかく、対象を芯でとらえる。

一見、輪郭がアイマイのようでいて、はっきりしているものもある、好きな人が多い、印象派の絵など、そうだろう。

なんでも輪郭がはっきりしているほうが好まれる傾向がある。カプセル入りの粉薬のように、きちんと輪郭のはっきりしたコンパクトにまとまった話が、「わかりやすい」と好まれるようだ。芯などなくてもよい。大方のグルメ談義とは、そういうものだ。もちろん、輪郭がはっきりしているからといって、芯がないとは限らない。芯に向かう姿勢や視線のモンダイなのだ。

最近、『雲のうえ』の仕事で、おれは初めて、文章の「起承転結」を芯から説明するひとに出会った。編集のオオタニさんだが、そのことは、今月末『雲のうえ』5号ができあがったら、すでに予告してあるように、「オオタニ讃歌」をここに書きたいと思っているので、そのときにしよう。

で、「料理研究家」とはについて考えたことは、例によって書くのがめんどうになったので、またそのうち。

話はちがうが、今日は、御徒町で打ち合わせがある。きのう、アメ横で暴力団の元幹部?が射殺されたらしい。その現場を見て行きたいと思っている。

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2007/10/14

浪曲乙女組、浅草泥酔

Sensouji00412日は、ひさしぶりに浅草の木馬亭へ行った。夜、7時からの「浪曲乙女組」の公演。たぶん、これが初公演のはずだ。「組長」関東節の玉川奈々福、そして関西の春野恵子、菊地まどか。

木馬亭へ行く前に、チト散歩をしようと、早めに出て、JR山手線鶯谷駅から下谷とかっぱ橋あたりをウロウロして浅草へ。下谷のときわ食堂、かっぱ橋商店街のときわ食堂、浅草ふれあい通りの五十嵐食堂の前を通った。下谷のときわ食堂と五十嵐食堂は、まだ5時前ということもあってか、開いていなかった。浅草で閉店のウワサのあった阿つみ食堂の前へ行くと、たしかに、そこは喫茶店になっていた。

ついでにそばのニュー浅草本店に入る。一人客用の大テーブルにすわって、暑かったのでビールを飲む。おなじテーブルに見たことがあるひとがいる。風体からして木馬亭の客らしいと思っていたら、やはりあとで木馬亭にいた。

乙女組は、すばらしかった。身体がゆさぶられるような演技だった。奈々福さんがお姉さんということは、ほかの2人はもっと若いということだ。まどかさんは、まだ20歳代か。関西の2人の声の太さと声量にはおどろいた。これは、もう、こんな若手が3人もいるのだから、すごい。ほんと、まだ芸が若いのはやむをえないけれど、それをこえる可能性を感じた。

聞くところによると、近頃は若い女性の入門が続いているとか。浪曲界も、なんとなく若やいだ活気が出てきたような感じがした。一年前には、考えられなかったことだ。

まどかさんは、新作の「嫁ぐ日」。同年代の女性にもよろこんでもらえる浪曲を、ということで作ったものらしい。なるほどと納得。奈々福さんは、小沢信男さんの原作による新作「悲願千人斬の女」、もう余裕の演技だった。こういう新作が生まれるのも、活気の反映だろうが、恵子さんの「齋藤蔵之助堅田落ち」は、古典ながら古臭さを感じさせない声と節で、現代をとらえていくセンスのよさを感じた。古典の洗練再生ということになるか。とにかく、ぞれぞれの個性が、現代に生きる浪曲を生んでいるようで、うれしかったねえ。

曲師(三味線)は、沢村豊子さん。ほんと、いつも、うまいねえ。この乙女組は、じつは今日、国本武春と組んで、新宿歴史博物館でやる。これが、曲師は、豊子さんのほかに、おれが好きな佐藤貴美江さんなのだ。あのニヒルでアナーキーな、やさぐれな感じがいい貴美江さん。応援しているよ~

奈々福さんの師匠の福太郎さんが、おもわぬ事故で急逝したのは、去る5月23日だった。おれは、たまたまネットニュースを見ていて、その午前1時過ぎの一報で知り、すぐブログに書いた。2007/05/24「玉川奈々福さんの師匠、福太郎さん亡くなる」。師匠は、おれより2つぐらい若い。奈々福さんは、この師匠に導かれて浪曲をやりはじめた。その突然の死だった。

奈々福さんの心中を察すると痛々しくて、なかなか木馬亭に足がむかなかった。先日、今回の予約のこともあって、メールのやりとりしたが、奈々福さんは、こんなふうに胸中を書いていた。「師匠が死んで、希望の星を失って、私は二度と浪花節を楽しい気持ちで演じることができなくなっちゃったと思いました。ひとの浪花節を聞くのも含めて、イヤで、アレルギーみたいになりましたが、人は希望をつながずには生きていけないもんですねえ。」

もともと先の見えない逆境どん底の浪曲界に身を投じて、ここまで来たのだ。まずは、祝「乙女組」。

Sensouji005画像は、その夜の浅草寺。ライトアップされ、昼間とはちがった姿を見せている。しかし、人影もまばらで、もったいない。

そうそう、この日は、シンさんとタノさんという若い男たちと一緒で、おわってから、もうすでに有名店の「正ちゃん」でホッピー、中3をやって、そのあと前から気になっていた小さなもつ焼屋に初めて入ったのだが、ここがよかった。ホルモンつまみ充実。〆張り鶴が安く飲めるので感動。燗のつけかたもよかった。また行きたい。帰りは、泥酔、終電。

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2007/10/12

昭和の労働的生活を語る広告

Koukoku_kesyouhin昨今の「昔はよかった」の「昭和ブーム」だが、これもある種の貴族趣味といえよう。大衆酒場や大衆食堂や立ち飲みなどで、繰り広げられるそれは、徒然草や方丈記のような隠遁隠居の貴族趣味的でもあるし、昔から貴族趣味として盛んだった「下層趣味」にも似ている。ただホンモノの貴族ではないぶん、かえって卑しく出るようだ。

それらを舞台に通ぶり、「手づくり讃歌」だの「人情讃歌」ともすると「近代文明批判」のごたくを並べ、自分が何か生活や食に関して正しい眼力や審美眼の持ち主であるがごとき言辞を弄し、その守り手、旗手のごとく大見得を切る。これは、ある種の虎の威を借るキツネに似た行為だろう。

大衆酒場や大衆食堂や立ち飲みなを支えてきたのは、そのような「通人」たちではない。それらは、とりわけ昭和の労働的生活が育てた。

それはともかく、昭和の労働的生活、その風俗は、どのようなものであったか。画像は、『週刊文春』昭和35年12月26日号に載った、説明するまでもない有名化粧品会社の男性用化粧品の広告。右肩にシリーズタイトルがあるのだが、それは、こうだ。

「男性を訪ねる」

見てわかるとおり、これは溶接工。溶接工が、こういう広告にのる、それが昭和の労働的生活だった。

はて、しかし、そこから何を考えればよいのだろうか。いまチョイトした「遺産ブーム」で、「工場遺産」は注目されるようになったが、そこにあった暮らしのほうは、あまり話題にならない。

いまだって、たしかに年金暮らしや金融生活者はいくらか増えたかもしれないし、そして労働のスタイルの変化は大きいが、たいがいは労働的生活を生きているのではないか。

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貴族趣味と「おかず」のゆくえ

「おかず」という言葉は「御数」であり、もとは「お菜」だった。「お菜」が「おかず」になるには、貴族社会の宴会の膳の様式の変化が関係する。はやい話が、チトいつごろ変わったかすぐ思い出せないが、酒の杯がめいめいの膳に置かれるようになったころだ。その前は、大杯のまわし飲み。

大杯のまわし飲みのときは、一献目は、この料理、二献目は、この料理といった決まりごとがあった。この場合の料理は、肴であるけど、また「献立」という言葉もそこから生まれた。そのように「伝統的な日本料理」が成り立っていた。

で、杯がめいめいの膳におかれるようになると、献ごとの肴のしばりはなくなる。というわけで、「肴のほうは、お膳の上へむやみに物を並べなければ承知できなくなってきた。そうしてお菜がおかずという言葉に代わってきたわけです」ということになる。

「おかずとか数の物という言葉は宮廷で使われていた言葉でありました。やがてみなさん