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2007/10/10

手こずる日々の、一匹小ネズミ、ゴマメの歯軋り

書評のメルマガの原稿、9日締め切りは、無事というか、やはりチト難渋したが、なんとか書き上げて送った。

某誌から連載の打診があったので引き受けた。ま、続くかどうかは、原稿のできしだいだけど。おれは業界とのツキアイというか営業をあまりマジメにやってないから、声のかかった仕事は、できそうかどうか(能力的に)考えて、できそうだったら、安くても引き受けちゃう(もっとも相場も知らないのだが)。あとはやってみなくてはわからない。とくに今回は食がテーマではないし。

よくフリーライターで自分は「一匹オオカミ」だと気どるやつがいるけど、けっこう編集者とよく付き合っている、おれから見たら、どうみてもドップリ業界に染まっている。社員よりフリーのほうが忠実ということもある。いまのような外注制度下では、いかによい外注を子飼いにしておくかで、社員は出世できるかどうか決まるという関係もあるし。

とにかく、オオカミというのは、自分でそうやって、エサを獲得してこそオオカミだから、それでよい。おれなどは、一匹小ネズミで、オオカミにくわれてしまう立場だ。

その強い一匹オオカミを気取るやつが、おれよりたくさんの本を出しているし、版を重ねて売れている本もあるのに、そして紳士であるのに、けっこうおれのような人間を「利用」といっては怒られるかもしれないが、でも、自分が用のあるときだけ電話をかけてきて、おれが時間がないといっても押し切ってずうずうしくいろいろ頼み、ま、おれはお人好しだから、どーせ利用されるだけだろうとわかっていても、何か教えたり資料をあげたり、ことによったらひとを紹介するぐらいはやってあげちゃう。すると、やはりそれっきりで、つぎ何か用があるまで連絡がない。

それはまあよいのである。酒飲んだときに、おれはあなたの味方だ、誰がなんといっても味方する、なーんていいながら、別のところでは、エンテツってのはしょうがねえやろうだ、なーんてことを言っている。今回は、『汁かけめし快食學』の絶版を心からよろこんでいるそうで、そういうことも耳に入ってくる。おまへは、バカか。紳士面して。

ま、でも、それも「ビジネス戦争」のなかを生き抜くには、仕方ないだろう。フリーの世間は、なかなか厳しいからな。おべっかをつかったり、誰かを蹴落とさなくてはならないことが、けっこうある。

それは、わかる、よいのだが、そういうことなら、おれとの酒を飲んだときの約束ぐらいは、ちゃんと守れよな。と、言ってみたくなるわけだ。何も期待していないが。それから、おれが用があって電話したりメールしたりするときぐらいは、ちゃんと応じろ。「忙しい」なんて、たわけをいいおって。

と、こんなことをこのあいだから書いているけど、ゴマメの歯軋りで、さっぱりだ。そういう何を言っても通用しない鉄面皮がいて、だけど、これがなかなか憎めないやつということがあるのだな。

もっとも、このあいだから書いていることは、本人は自分のことだと思っていないフシがある。だから、もう一度、こうやって、少しはわかるように書いている。逃げるんじゃないよ。後ろめたいことがあって逃げていても、自分が用があるときは出てくるくせに。

後ろ盾のないフリーなどは、オオカミだろうと小ネズミだろうと、こずるく傷をなめあいながら生きる、みっともない生き物なのさ。

ほんと、このあいだから、もめごとを、そんなことでブログを汚すのもつまらんから「文学的な表現」におりこんで書いても、さっぱり届かない。まるで関係ない方面から、あらぬ反応があって、それもまたブログのおもしろいところというか、主語をアイマイに書くと、自分のことかと思っちゃうひとがいるのだな。たしかに、読み返してみると、そう思われても仕方のない文章が、いろいろ織り交ざっているわけだ。無理からぬことだが、ややこしいことになって、誤解するほうも悪いが、誤解されるような文章を書くのも悪い。自らそう言い聞かせながら、ますます、おれの電話やメールから「忙しい」と逃げているやつが、アタマにくる昨日今日なのだった。

さて、どうしてくれようか。といっても、むこうのほうが売れていて信用と力があるから、どうせ、これもゴマメの歯軋りなのさ。しかし、売れっ子で要領のよい紳士には、かなわない。と、愚痴ぐらい書かせてちょうだい。

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