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2007/10/19

アジフライに関する無限的研究、中間発表

無限的アジフライ研究をやろうという話しになった。

ザ大衆食のサイトに掲載の入谷の「大衆食堂 清月」のアジフライは、アジフライらしくないという意見がある。身が厚くて、大きくて、中あじをフライにしたようなものはアジフライらしくないというのだ。

そもそもアジフライなのに、かじってかんでいるとき、衣に対して身の存在感がありすぎて、アジフライという「一体感」に欠けるというのだ。

ああいう立派なアジフライを食べことがない普通の貧乏人は、そう思うかも知れない。

では、普通の貧乏人が食べなれた、アジフライらしいアジフライとはどういうものかという議論になった。

まず、かぎりなく正三角形に近い。小アジをつかえば、必然的にそうなる。
シッポを切り落としてはいけない。
シッポのところの衣は、どうだ。ここが難しい。ほとんど衣はなく、から揚げ状態。うすく衣がかかっている。などが好ましい。シッポまで衣が厚いのは、よろしくない。

好ましいアジフライを食べさせる食堂、二か所の名前があがったが、シッポの部分まで厳密に思い出せなかった。つまりふだんは、たいして気にしてないということだ。

食べ方は、ソースより醤油がよいという意見もあった。

いまのところ、こんなところか。
おれは、何がよろしい、よろしくないより、そのアジフライ、たとえば、中あじのアジフライは何をねらったものであり、シッポまで厚い衣のアジフライは何を語っているかを考えるべきだろうと思う。と、いった。

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