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2007/10/29

コンビニって、なんじゃらほい

いま朝の6時すぎなんだけど、昨夜はヨッパライやって帰ってきて寝てしまった。トツゼン、胃から胃液と思われるものが逆流し、それがどういうことか吐くのとちがって、鼻の穴からふきだして、目がさめて起きてしまった。こんなことって、はじめてだぞ。どういうことなのだ。鼻から出ないで、口から出て欲しい。鼻の穴の奥がヒリヒリしている。眠れないので、ブログでも書くことにした。

このブログ、おれが、「個人的なこと」を書くのがオモシロイというひとが、けっこういる。ときには感傷的に書くのがうける。それは、わからなくはない。最近のように、仕事のことばかり書いていると、しょもない飲兵衛で投げやりで倫理性の低いクソッタレなおれだって、仕事にむかうときだけは、二日酔いからさめたように、姿勢をピシっとさせ高いココロザシと緊張感と集中力を持ってのぞむから、そういう話は、ま、あまりおもしろくないといえばおもしろくない。だいたい仕事の話なんてのは、都合のよいうまくいっている話になるから、おもしろくでもない。

このあいだも昨夜も、その話になって、でも、おれが個人的なことを書くと誤解するひとがいて、それも1人や2人じゃない、思わぬ怒りのメールをもらったりで困ることもあるし、アアおれってやはり信頼されていないんだなあと落ち込むから、最近はあまり書かないようにしているといった。すると、それはそのひとが身に覚えがあるからでしょう、あなたが悪いわけじゃない、というようなことをいわれたのだが、やはり、どうも以前のように書く気がおきない。たしかに信頼されるようなニンゲンじゃないよなおれは、と思う。育ちが悪く紳士じゃない、口は悪く辛らつなことをいう、遠慮も加減もあったものではない。それに、愛されるより嫌われるほうがマシともおもえない、愛されたい。シクシクシク。でも、仕事のときだけは、ちゃんとしているんだよな。

そもそも、おれが長いあいだフリーが続くのは、酒飲みぐうだらで、あまり高い倫理性を持っていなくても、やれる分野をやっているからだ。

きのうは江古田の武蔵大学まで行って、五十嵐さんたちの「コンビニ!の現在」ワークショップに参加し、そのあとガンガン飲んできた。大阪から来ている原口さんにも会えたし、彼とは、昨年6月だったか7月だったかの下北沢カルチュラル・タイフーン以来だ。五十嵐さんとも、会うのはひさしぶりだ。ほかにも下北で会っているひとがいた。

けっきょく発言することになり、というのも、おれはコンビニについては、かなり詳しい。1970年代前半の黎明期というか啓蒙期から1980年代後半まで、この分野とは深く付き合っている。発言しながら、ずいぶん記憶がアイマイになってしまったなあと思ったが、でも話しているうちにドンドン記憶がよみがえって、まるであのころにかえったような気分もした。

おれは一つの分野を深くというより、たえず水平方向に移動しながらというかんじで、何でもテキトウに経験していて、その体験をあれこれ話し、それが体験した人でないとできない話をするから、五十嵐さんには、ナニをやっていたひとだかよくわからないといわれる。たしかに自分でもよくわからない。「プランナー」なんていう肩書でやってきたが、ようするに、いまも書いたように、あまり高い倫理性を持っていなくても、やれる分野を興味のままにやってきただけなのだな。んで、いまライターのようなものをやっている。「のようなもの」人生というわけだ。

自分がダメな人間だとは思わないが、嫌われたり敬遠されることがあると、ナルホドなとけっこう納得する。とくに日本の社会というのは、仕事さえちゃんとできていればいいでしょ、ってわけにはいかないところがある。ああ、めんどくせえ、どうだっていいや。

また寝よ。まだ酔っていらあ。

「コンビニ!の現在」は、「私」「個性」「均質」「システム」など、いろいろな角度から、けっこう議論になって、おもしろかった。歴史があるものは、始まりがあるからには終わりがある。いま「コンビニ」といわれているものが、どういう終焉をむかえつつあるかという興味を五十嵐さんがいっていたけど、たしかに、コンビニはいまデータで見ても一つの終焉にむかっている。歴史あるものは必ず終焉がある。人間も。

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コメント

どーも、司会、ご苦労さんでした。
けっこう議論になって、おもしろかったですね。

コンビニだけではなく、スーパーやファミレス、ファスト系など、ここ数10年に普及した現代の「たまり場」から街や社会を考えるのも、またおもしろいかなと思いました。三浦某さんのは、ちと眉唾はったりマーケティング屋の「論」で、出版のハヤリにはなっても、それだけの話しでして。

日本は「定住型」のためか、水平方向の移動は不利になりがちですね。タコツボの底を根掘り葉掘りやっていたほうが楽というか。でも、コンビニの棚みたいに、もうこれ以上細分化してもどうにもならないんじゃないのという感じもあるし。

ま、環境もかなり変わるでしょうから、水平方向もやりながら深くほるというセンで。

また何か、おもしろいことをやりましょう。

投稿: エンテツ | 2007/10/29 22:21

イガラシです。
昨日はどうもありがとうございました。
おかげさまで、議論がより多方面に深みを増したと思います!

>おれは一つの分野を深くというより、たえず水平方向に移動しながらというかんじで、何でもテキトウに経験していて、その体験をあれこれ話し、それが体験した人でないとできない話をするから、五十嵐さんには、ナニをやっていたひとだかよくわからないといわれる。

いえいえ、これはですね、テライ抜きで言いますと、還暦迎えるころ、自分自身がそういう人生送ってたいんですよ。いや、ホントに。体験欲求みたいのかなー、そういういのはつぃよいですね。
水平方向に流れてくような人生が送れるかなーって思ってこの仕事も選んだようなものでしてね、しかし最近になってこの世界で求められてるのはどうやらそういうものでもないらしいことがわかってきてアレレとは思うのですが・・・(最近まで気づかないのがアレレという話も)

ともかくそんなわけで、なんか面白そうでやれることがあったら食いつく、でもその場その場ではきちんと仕事する「のようなもの人生」、今後ともいろいろ参考にさせていただきます!

投稿: yas-igarashi | 2007/10/29 17:18

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