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2007/10/03

世間遺産も世界遺産も、遺産なのか

Itukusima_1ボチボチやっていた部屋のゴミの整理。送ってくれたひとには申し訳ないが、郵便や宅急便で届いた封書など、6月ごろからたまっていたものを、今日はキレイに片付けた。なかには、暑中見舞いをもらったまま、返事もしてないものがあったり、チョットした問い合わせがあったり。そういうコボレはないように、やってきたつもりだったが、やはり根がズボラなのか、いくつかあった。なにしろ、この夏ほどの忙しさは、ひさしぶりで、もう二度とないだろうから、そんなこともあった。

で、その山の中から、漫画屋から送られてきた、『コミックMate』8月号。ようするに18禁のエロ漫画。これには、南陀楼綾繁さんの、「活字本でも読んでみっか?」の連載がある。このことについて、ここでふれるのはズイブンひさしぶりだと思うが、この号は97回で、『世間遺産放浪記』(藤田洋二、石風社)を取り上げている。なかなか興味津々で読んだ。

いったい、「遺産」というのは、世界遺産あたりからハヤリだしたと思うのだが、よくわからないものだ。よくわからないから、それぞれが勝手に遺産をみつけ、これは「遺産だ」と宣言する。それではあまりにもアンバイが悪いし、どうせならゼニ儲けにしようと、世界遺産の登録制だか認可制だかへんなのが、オリンピック開催地を決めるがごとくウサンクサイ状態ですすめられる。一方で、街角の、南陀楼さんの表現によれば、「気がつけば何のテコ入れもせずに二十年……」という風情の靴屋のなんとすがすがしいコトか。」というものも、「遺産」といえるわけだ。

で、「世間遺産」とは、南陀楼さんの紹介によれば、「無名の庶民がさまざまな目的でつくった建造物だ。タマネギ小屋、トタンの納屋、イモ貯蔵庫など」。

こういうものは、チマタにごろごろある。ただし、あっても、それが「遺産」といえるものなのかどうなのか、誰にも判断つかない。言ってしまったほうが勝ち、というか、そういうふうに、ま、「遺産」という一つの「論」を置いて、世間を見てやろうということなのではないのかな、と、おれは理解した。すると、まあ、そこにはおどろくべき庶民のアレコレがある。

それは、大衆食堂にもあるし、だいたいフツウの大衆食には、ある。ただ、やはり、それは「遺産」と言った瞬間に、なにか生活から離れていく感触がある。そこなんだなあ、モンダイは。

おれは、北九州の食堂を取材した帰り、すでに書いた下関に泊まったあと8月29日、じつは、広島の厳島神社へ寄った。世界遺産になった厳島神社を見るためだが、なぜ、そこへ行ったかを、いま書くと長くなるので、またの機会にする。

ようするに「世界遺産」そのものには罪はない。それを商売にするやり方がモンダイなのであり、その意味では、よく「立ち飲み」や「大衆酒場」など庶民の「遺産」を商売にしているひとたちのなかにも同じモンダイがある。「世界遺産」だから悪くて、「世間遺産」だから良いというものではないだろう。ある意味「世界遺産」も、庶民の立場からみて、自分たちの「遺産」であるといえるところがある。

Itukusima_honyaようは、自分が、どのようなテーマ(「論」)を持って臨むかなのではないか。

そういうことで、本日は、厳島神社。宮島は、全島が厳島神社と思い込んでいたが、町があり、厳島神社へ向かう通りにはフツウの本屋まであった。ここだけ見たら、フツウの町だ。

Itukusima_syokudou例によって、商売っ気ムンムンの気どった飲食店が並ぶなかで、宮島のフェリー乗り場の真ん前にある地味な食堂、おれが目にしたかぎりでは、このように「食堂」を名のる大衆食堂風情は、この「加福食堂」一軒だった。ここは、他の飲食店より2割ぐらいは安い、ビールも安い、チキンライスだってある。おれは、ここに気がつかず素通りし、ほかの店で、さんざん待たされたうえにどうってことないカレーライスを800円もとられ、この食堂でならビール大瓶の料金なのに中瓶だったので、たいへん悔やまれた。

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