« 月を仰ぎドタキャンなしを願い、ある種のニオイが気になる。 | トップページ | 大笑い。「業界ゴロとは」 »

2007/11/26

苦しんだ分の幸せはある。か。

細かい作業に忙殺された一日だった。

おれが利用する最寄の駅のホームに立つと、おれが好むようなみすぼらしいビルに、この言葉が見える。ある進学塾だ。

「苦しんだ分の幸せはある」。

そのみすぼらしいビルにこの言葉は説得力に欠けるような気がしたり、つましい「幸せ」を感じたりするのだが、似たことを言われ続けた高校生のころを思い出す。

「四当五落」なんていう言葉が、急速に広がっていた。ようするに、ガマンして4時間の睡眠でがんばって、いい大学に入れば、美人もカネも思うままの「幸せ」が手にできる。担任で、進学担当の教師は、そのようなことを何度も言った。その担任は、おれが2年からの担任で、そんなことをいう彼のことを信用も尊敬もしてないおれとは、かなり険悪な関係だった。

なるほど、確かに、小さくてもよい「長」がつくような権力を手に入れたら、あるいはそれに匹敵するような権威になれたら、そのていどによって「美人もカネも思うままの「幸せ」が手にできるんだなあ」と思わなくはない。それは、彼らなりのそういうものであるらしいが。そうそう、そういえば、その担任は美人な教え子と結婚したのだった。その後、県の教育の中央部で出世もしたらしい。

どうも、おれは、そういう大勢にノリが悪い。つまらないことで抵抗、このトシに似合わない反抗をしてしまう。今朝のラジオの出演でも、やった。10分ぐらいの出演だから、放送作家が原稿をまとめるということはないし、相手が何を言って欲しいか、だいたい想像がついている。でも、それに素直に応じることができない。

大衆食堂というと、ま、「地域密着」であり、土地のものが食べられるというステレオタイプのイメージがある。それが大衆食堂の魅力ですよねと話をふってくる。でも、おれは、カツ丼でも地域ごとに味がちがう話をしてしまう。むこうは、土地でとれる素材の話をしてほしいのがわかっているのに。

でも、たいがいの大衆食堂は、その土地ならではの素材をそんなに使っているとは限らないし、むしろ同じ料理なのに、味覚の傾向がかなり違うところに地域的な特徴が出る。という「正論」を「正攻法」で、おれは話す。でも、むこうは、そういう答えは期待してない。さらに、どんなものがと突っ込んでくる。そこで、北九州だから海のものでもあげればよいのだろうが、おれは山菜だのキノコだのといった話をした。ぐふふふ、でも、しまいには、「ぬか漬け」をあげて、まあまあのところにおさめたのだが。

たいがい、そのように、これは「やらせ」とはちがうが、「できレース」なのだ。だから素直にしたがって、司会者の言ったことを大げさに裏付けるようなことを言えば、たぶん司会者も聴いているひともよろこぶ。そういう「あ・うん」の呼吸が、業界や業界的市場で要領よく生き成功するためには必要なのであって、「正論」はいらないのだ。

でも、なんてのかな、長年のクセなのか肉体が、そのように反応しない。パッパッと素早く、べつのことを言ってしまう。司会者は、大衆食堂に、たいへん好意的ではあるので、失礼になる。

そして、あとで、激しい自己嫌悪に陥る、……ことはない。あははは、期待に応えなくてすまなかったなあというぐらいは思うが。おれは、むかしからこうだし、大衆文化に教条的なステレオタイプは通用しない。かくて、カネも女も自由にならない「幸せ」のないイバラの道を、好んで歩んでいる。ある意味では大衆食堂に似つかわしく、かっこいい。

いまだに「苦しんだ分の幸せはある」なんていう根拠のない話で、子供たちをだますことが許されているのだから、どんなウソも許されるのだ。わずかな権力や権威のために大きなウソをつく。どうせなら、より権力や権威のあるものに、ウソをつきたいものだ。ほかのひとは裏切ってもいいから、おれだけは裏切らないでね。

|

« 月を仰ぎドタキャンなしを願い、ある種のニオイが気になる。 | トップページ | 大笑い。「業界ゴロとは」 »

コメント

自分に都合のよい神様をつくる、というテがありますね。

投稿: エンテツ | 2010/11/27 10:50

都合の良い神様は居ないと思います。

投稿: ハナクソ | 2010/11/27 02:00

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 月を仰ぎドタキャンなしを願い、ある種のニオイが気になる。 | トップページ | 大笑い。「業界ゴロとは」 »