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2007/12/30

とりは、やはり、「雲のうえ」お声。

Mojikouいちおう、一年という区切りをつけてみると、今年の貴重な体験として『雲のうえ』をはずすことはできない。

ここしばらく、『雲のうえ』お声を掲載してないが、ブログなどは拝見しているし、メールもいただいている。こういうお声は、自分の体験を整理し、何かに生かしていくためにも、とてもありがたい。

なかでも、先日いただいたメールは、ていねいな長文で、優れた編集者らしい視線、とても内容が豊か、思うことが多かった。

牧野伊三夫さんとおれを引き合わせるという、とんでもないことをしてくれたひとからだ。数年前、西国分寺でだったかな、ワレワレは一緒に飲んだ。それ以来、三人で顔を合わせたことはないのだが、この夏の北九州取材のとき、門司港の梅月という甘味屋から、いまここにいるよと牧野さんと電話したのだった。彼は、門司の出身で、よく梅月を利用していた。

できたら三人で、何かやれる機会があればなあと思う。そう思うと、すぐ思いつくのは、一緒に飲むことだったりして……。

070720moji_manryuとにかく、このメールをいただき、うれしくて、そして彼が手術後だと知って、とりあえず電話をした。だから、おれのメールの返信はない。年が明けてから、返信と自分の整理の意味をこめて書くツモリ。ま、とにかく、牧野さんとおれを引き合わせてくれた方に、それなりのお礼になる仕事はできたかなと、ホッとしている。ホッとして、このメールを胸の中で反芻しながら、酒を飲むとしよう。

それでは、みなさん、よい年を迎えましょう。
新年の営業は、4日からです。
画像は、門司港にて。


ごぶさたしております。やっと「雲のうえ」の食堂号拝読しました。いやーもうすごくよかったです。
昨日牧野さんの個展に行って拝借して電車で読んで、また風呂につかりながら読み返しました。
感激したのは、平民食堂とか梅月とか地元の食堂が出ているからもちょっとあるけど、それより何より、遠藤さんの文章がいいからです。
僕なんか言うのはおこがましいですけど、こんないいルポ、久しく読んでなかったですよ~。
食堂ってのがどういうところなのか、伝わってきますもん。
と同時に、ここには北九州の食堂のことが書かれていますけれども、それを通した類いまれな食堂論、食文化論になっています。
でもその方法が、大上段に構えるでなく、さりげないっていうか。
あくまで、食堂の中に入って、食べて、飲んで、しゃべって、そこから離れることなく、でも要所要所で遠藤さんがそれらの意味を問い直し、意義づけていく。
やっぱり大衆食堂のことを本当に愛し、考えてきた遠藤さんでなければ書けない文章なんですよね。
ここのところずっと、取材したことを書かないライターの文章にウンザリしていたので、なんかつき物が落ちたっていうか、これだ!僕が読みたかったのは!
と。
せっかく取材して、いろんなもの見て話を聞いてるのに、それをごっそり捨てちまって、資料とか思い込みで文章をつくってしまう。
学ぶこと、考えることはそこにしかないのにーー。
それから、思ったのは、これは作家のエッセーでもないし、単なるライターのルポでもない、これは遠藤さんがあえて編集的なスタンスで書かれているのもあるんじゃないかと思いますが、それが逆にいいんですよね。
だから原稿の面白さが企画・媒体の面白さと表裏一体化してます。
こういうことがやれる媒体は、うらやましいなあ。

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2007/12/29

去年の暮れと同じ体重で。

0712atami_039やれやれ、みなもう休みモードだ。今日から休みで帰省すると言っていたやつが、大宮で仕事しているなーんてこともあったが、ごくろうさん。来年は、お手柔らかにね、よろしくお願い致しますよ。

ひとが休んでいる、とくにクライアントの担当者が休んでいるのに、身からでた飲みすぎのためとはいえ仕事をしているのは、あまり気分のよいものではない。うじうじ酒を飲み続けながら、うじうじ仕事をする。しかも、パソコンの調子が悪くノロノロだから、仕事に集中できない。途中で、なんとかパソコンの調子をもどすべくアレコレやって、どうやら少し快適になる。

このブログ、今年は明日も更新するつもりだが、去年は何日が最後かと見たら、12月29日だった。2006/12/29「本気で考える「好食」」のタイトル。今年の「好食」は、やや静的なコンセプトだった。去年が「暴走」だったからね。来年は、「キモめし」ってことで、一言では説明がつかない。ま、そのように、意味や存在を固定化しにくいものを望んでいて、うまいタイミングでコレが浮上した。

いろいろご意見もいただいた。そのことからしても、これはけっこうオモシロイ。来年は、すでに懸案の企画もいくつかあり、仕事でも私的にも、いろいろありそうだ。どうなるかわからないが、ハッキリしていることは、酒は飲み続けるということ。

ところで、その去年の12月29日の記事には、「先日、体重を量ったら、66キロ」とある。また、今年も、先日、体重を量ったら、66キロ、なのだ。今年は北九州の取材で、いっとき70キロぐらいになったが、またもどった。これぐらいが快調なのだな。

酔っていたから、どなたか覚えていないのだが、『雲のうえ』5号を送ったときについていた文章がよかったといわれた。『雲のうえ』5号は、あまり手元の余裕がなくて、とにかく若い女から優先的に送って(ウソ)、順次ボチボチ発送しているうちに、とても足りそうにないし、めんどうくさくなってやめてしまった。すみません、進呈できなかった方、うらまないでください。おれがモノグサなだけなのです。

この文章、今年の締めくくりとしてもよいかなと思うし、こういうものは用が済むと保存管理がめんどうなので、すぐ削除ポイしてしまうから、ここに掲載保存しておこう。


エンテツです。ご無沙汰しています。
いつでも酒はうまいのですが、また格別な味わいの季節になりました。
今日は、酒のつまみになるかもしれない、北九州市発行の『雲のうえ』5号をお届けします。
特集「はたらく食堂」、不肖ワタクシが文を書いています。
7月に一週間、ロケハンで北九州をウロウロ食べ歩き、約50店。取材店を選び27店、8月に一週間、ホンバンの取材を行いました。原稿の締め切りが9月20日。土地勘のない遠隔地で、このトシにしては、やや無謀かと思われるやり方でした。
いまごろになって、こんなことをしていてはイノチが縮むと、どうでもよい惜しくもないイノチですが、そう思っています。ま、とにかく無事にできてよかった、よく緊張感と体力が続いた。
この夏はこれでオワリ。このような夏は、残された人生に二度とないでしょう。
私のバカな酒飲み人生とあわせて、御一笑ください。

寒さなどぶっとばすほど、めしを食べご活躍を。

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熱海で文学的お散歩。街を読む。

0712atami_043きのうは、急いで書いたので、唐突だったかも知れないが、「高度俗物文化財保護」と「肥満擁護」は、「美醜観」においてつながっていると考えている。つまり肥満を「醜い」と思うようになった観念あるいは思想のたぐいは、また熱海に見られる「高度俗物文化財」といってよいような町並みを「醜い」と思うのではないか、ということなのだ。

このばあいの「高度俗物文化財」とは、猥雑さ雑多さが高度である、美しくいえば多様性と複雑性が、高度にからみあって組んず解れつ乱交状態にあるをいう。

で、その美醜観が大きく変った時期を考えてみると、1980年前後の10年間ぐらいのあいだではないかと思われる。ほかのことでも、この10年間の変化に、おれは注目しているわけだけど、70年代前半と80年代後半のあいだには、かなり激しい変化がある。

日本肥満学会は、その沿革をWebで見ると、「本学会は1977年に開始された文部省(現.文部科学省)の総合研究班会議を拡大し、肥満に関する問題の究明及び解決のための研究発表、情報交換、啓発を目的として、1980年、肥満研究会として発足し、第1回学術集会を開催しました。」とある。日本肥満学会は、日本の肥満を決める総元締めだが、ここはオカシイことに、厚生労働省ではなく文部科学省の系譜であり、かつそれなのに肥満を文化としてとらえることをしてない。

0712atami_029ま、そのことはとりあえず置いといて、肥満を「悪」「醜い」とする観念は、それ単独であるはずはなく、世の中のことはモロモロが関係するわけだから、その美醜観は、いろいろなところに関係している。都市や、その景観、あるいは建造物に対する、美醜観。

美醜観というのは、人間の、けっこうコアな大事な部分を占めていると思う。自分の美学のために、自分を殺したり、ひとを傷つけたりする人間だ。

ようするに、健康不健康、肥満痩身が生理を越えて美醜観に置き換えられ、そして個人固有のものであるはずの肉体と美醜観が、国だか政府の管理下におかれた。それは日本肥満学会の誕生と重なるのではないか。

コンニチ「美しい町」「健康な町」というのは、「上」から見て、管理しやすい町のことであり、「醜い町」「不健康な町」というのは、「上」が管理しにくい町のことにすぎない。

肥満は管理しにくいという「上」の都合が、美醜観に置き換えられ、ほんらい個人固有のことが「脅迫的」に管理下におかれた。と考えてみてもよいのではないか。じつに巧みな「統制」といえるだろう。

0712atami_031あ、何を書こうとしていたかわからなくなった。画像、いちばん上は、きのう掲載のソープランドを撮影した位置から右手の湯河原方面。ようするに、無理矢理の管理下に置こうとしなければ、このようにソープランドが健康的な観光の目抜きに存在しうる。しかも、このソープランドの建物は、風俗街のそれと比べると、周囲の環境に配慮した外観といえる。

もちろん、だからといって、それが理想だといっているのではない。これが、町が生まれ変わり生きてゆく自然の姿なのではないかと思ったのだ。「上」が管理しやすい「美しい」「健康な」町を、巨額を投入した再開発だのゾーンニングだのとやって、つくりあげるのは、すでにニュータウンというかつての「理想的郊外都市」の例を見るまでもなく、現実的じゃないのだ。

0712atami_026_2ま、それで、もう書くのがめんどうになったので、画像の説明。熱海駅から海岸線に下る、かつての最も繁華な温泉街だ。このあたりの変転衰亡の姿は、けっこう激しく、巨大なドラマを見ているようだ。廃墟と化した元旅館や、まだ真新しいまま入居者がいなく封印され丸ごと「売り物件」の建物。木造の昭和、そのあとの鉄筋の昭和、そのあいだに平成以後の管理的な美観の建物が生まれつつある。とある商店の店頭では、年寄りたちが、タマネギとニンクニの皮をむいては、ビニールの袋につめていた。熱海はベタな観光都市というイメージだが、けっこう生活臭のただよう町なのだ。

そうそうタイトルね。とかく「文学的お散歩」というと、なにかの文学屋の作品を読んで町や風景にあてはめることをする。ようするに頭の中に、図書館や書斎や本を詰めて散歩しているようなアンバイだ。そうではなく、見えたものを言葉で拾ったり、「なぜ」や「とは」などを考えながら街を読む散歩、それが本来の「文学的お散歩」なのではないかと思う。そして、それが、もしかすると、管理しやすい町を「美しい」とする美醜観にまみれた都市計画の横暴をやめさせ、自分たちの美醜観で町をつくる道なのかもしれない。と、熱海でボンヤリ、酒を飲んだ。

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2007/12/28

熱海を読め!高度俗物文化財保護委員会そして肥満擁護同盟。

0712atami_044去年の五月以来の熱海。いやはや、熱海はスゴイ。おれはしばらく熱海に心が奪われそうだ。ポルトガルへ行ってしまうよりは、いいだろう。

熱海と東に位置する湯河原の中間と思われるあたりには、日本森林再生機構の大将の実践林がある。今回は、それではない。それではないが、森林と深く関わりがあるのかもしれない、ないのかもしれない、高度に俗化しながら、やはり森林に抱かれるようにあるがゆえに高度に文化的な熱海で、高度俗物文化財保護委員会の活動をした。

まだコーフン冷めやらぬ状態なので、どこから報告してよいかわからない。そもそも今日中にやらなくてはならないことを、もうたいがい休みになっている明日にのばして何をやっているのか、なーんて無粋なことはいわないでほしい。やはり、熱海は深くて大きい。

上の画像。この左の二軒はソープランドだ。これがどこにあるかというと、景観観光資源として熱海のメインである、海岸線の道路ぞいにある。写真を撮っている位置は、海岸沿いのデッキスタイルの遊歩道公園であり、すぐ前の白く着飾った欄干の道路は、熱海ビューラインにつながる、なんてったって熱海一の観光道路なのだ。であるから、ソープランドが、明るい陽光を浴びて堂々と営業していても、なんら不思議はない。ということが、ここ熱海についてはいえる。これは、熱海の文化の深さと大きさを象徴する景色だと思う。ワレワレ高度俗物文化財保護委員会は、海のほうにケツを向けて、この景色をシミジミ味わった。

ソープランドの前の川を山のほうへさかのぼり、中腹ぐらいまでが古い街なみ、旅館ホテルに歓楽街、みやげもの飲食店、水産系の店も多い。いまハヤリの、しかも本当の「昭和」の佇まい、といえる。山のほうの高台は、多くはバブル期に開発された滞在型ホテルもしくはコンドミニアム、リゾートマンションとかいわれるたぐいのものだ。日本各地にみられる、「山の手」とダウンタウンの構造が、一見ここにもあるように見える。だけど、チトちがうのだ。MOA美術館ですら、芸術の香りというより俗物のカタマリのように感じられる不思議。それは、たぶん近代的な「都市計画」らしきものが存在しなかったことに関係するのではないかと思われる。欲望のままに膨張した観光都市、熱海。そのことは、これからゆっくり考えたい。

0712atami_037_2そして、街をゆけば、つぎつぎに驚嘆の声がとぎれないほど、熱海の高度俗物文化財を発見するのだった。熱海銀座通りにある、このパーラーというべきか、この佇まい。その右隣の「高級ハンドバッグ」の店、ビトン、グッチ、セリーヌ……銀座原宿チャンチャラおかしい。

さらに感嘆したのは、やはり「お宮の松」だ。貫一がお宮を足蹴にしている銅像。これは、もしや植民地主義者白系外国人が見たら、日本人は、なんと野蛮な人種というのではないかと、ワレワレは、その前で、やはり蹴った貫一の気持がわかる、いやお宮は悪くない仕方なかったのだとか、議論した。おれがイチバン驚いたのは、ここに若い20歳代の女たちがたくさん来ることだった。彼女たちは、その銅像の前でピースな写真を撮る。おれもそこにいるあいだに、2人の女に頼まれてシャッターを切ったのだが、とにかく、熱海は深いなあと思った。

これからの「混在型都市」を構想するなら、熱海を読むべきだ。

そしてそこで、なぜか、この文化を擁護しつつ南陀楼綾繁さんら肥満を擁護することを考えねばな、と思った。肥満が生理のモンダイを越えて「罪悪」になるような事態というのは、熱海に偏見を持つように異常である。そうだ、肥満擁護同盟も発足させよう、と思うのだった。

とにかく、熱海については、高度俗物文化財に該当すると思われる写真をたくさんとってきたので、そのうち掲載したい。もちろん食堂もある。

しかし、このアワタダシイ年末に、なにをやっているのだ。いや、年末をやっているだけであります。ううううう、明日29日が、勝負だ。

ああ、ほんと、忙しい。この大事なときに、パソコンが壊れそうな音を立ている。

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2007/12/27

やっぱり年末だ。

Sake_hidenよく考えないで飲んだくれていたら、世間は、今週で休みになってしまうところが多い。それは困るといっても聞いてもらえない。そんなわけで、今日は、パソコンにへばりついていた。もう25時すぎだ。

年内に立ち上げようと思っていた、新しいブログは、「仕組み」が必要なので、アレコレ考え悩んでいた。うーむ、年内は難しいなあと思っていたら、ちょうど今日電話があった新年早々の打ち合わせの件で、全体の仕組みも関係しそうなので、それを自らの理由にして開設を延期することにした。そのように、なんとか理由をみつけては、先に延ばし、んで、酒を飲む努力をしている。

酒といえば、「秘田」を所有している男からメールがあって、まだ無事に飲まずにあると。これを今週中に飲む会をやるべくメールで相談していたが、おれが27日28日はまったく時間がない、29日にはもう休みで帰省するヤツがいるというので、これも来年になった。こういうのは先に延ばすと、酒を飲まれやしないかシンパイなのだが、しようがない。

「秘田」は、福島県白河の酒で、白河良酒会が企画した。画像。ちょっと前にもらって飲んだ。うっかり「福島らしくない酒」と感想を言ってしまったが、ほんとにそうなのだ。そうだねえ、花に例えれば、コスモスのような。では、福島らしい酒とは、花に例えるならなにか。うふふふ、言わぬが花。

福島県の某酒蔵の人に聞いたところによると、福島県は県内消費が高く、あまり東京市場を意識してこなかったとか。しかし、最近は、そうはいかなくなった。「秘田」は、東京市場を意識した酒のようだ。で、こんどは、この一升瓶があるから飲もうということになっていた。正月中に飲んでしまうなよ。

キモめし=キモイめし、まだ考えている。やはり、「キモめし」か。こうやって、いろいろ考えておくことが、いいんだよな。これは、来年の新しい展開に関係しそうだし。考えていたら「キモ女」からメールあり。かわいいところがあるねえ。この女がいなかったら、「キモイ」なんていうオモシロイ言葉を思いつかなかったのだから、ま、そのうち安いマズイ燗酒を一本だけおごってやるか。メールのやりとりは、考えようによっては、ブレストになるな。とにかく、新企画で悩まなくてはならない。

電車の中吊り、『週刊ダイヤモンド』だったかな、中国はオリンピック後でも10%の成長とか、原油価格は70ドルよりあがらない、というような見出し広告があったが。ほんとうかい。おれのまわりのビジネスマンのあいだでは、そんな観測しているやつはいないが。ま、どのみち、日本経済は難しい事態のなかにあることにはかわりない。

当方の営業は、いまのところ、年内は29日までの予定。とはいえ、27日28日はパソコンの前に座る余裕もあまりない。新年は4日からの予定。

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2007/12/26

ラグビー。タックルでベッドから落ちる。

もう一つ忘れないうちに。きのうの朝、ひさしぶりに夢を見て、しかもベッドから落ちた。ベッドから落ちて目が覚めたから、夢を覚えていたのかもしれない。

ラグビーをしていた。おれはハイパントの高くあがったボールを追いかけて走った。真っ青な空(夢に色はつかないという説があるので、あるいはあとでおれが真っ青な空と思ったのかもしれない)に、ボールが一個。

ボールが落ちてきた。ジャンプして飛びついた。着地の瞬間タックルがきて、足にからまれた。大きくジャンプしながら身体をひねり逃れようとする、身体が宙に浮いた、、、で、ドーンとベッドから落ちて目が覚めたのだった。

ベッドから落ちたのは、何十年ぶり、もしかすると小学校低学年以来か。

とくに冬はラグビーシーズンだ。登山以外のスポーツというと、上京してから登山のためのトレーニングの目的もあって、ラグビーをした。一時は草試合にも、よく参加した。

ラグビーを覚えたのは、大学の体育の授業だった。何回も書いているように、家業の倒産で、まっとうに大学へ通ったのは1年半ぐらいだったと思うが、一年生のときの体育の授業だけは、いちばん真面目に出席した。選択があって、サッカーにしようかラグビーにしようか迷ってラグビーを選んだ。どちらも、高校のときには、お目にかかったことがないものだった。ラグビーの教師は、当時の母校が関東大学リーグで連覇をしていた監督だった。教え方もうまく、おもしろかった。

ラグビーのパスは、ボールを持った人間から後ろにしかできない。そこがオモシロイ。自陣のゴールがある前へボールを運ぶには、持って走るほかは蹴るときだけだ。キック。その蹴り方にいろいろあって、ハイパントは、とにかくボールを高く蹴り上げる。冬の青空にボールが舞い上がり落ちる。それを夢中で追いかけるときは、青空とボールしか目に入っていない。

冬の空を見上げると、ラグビーボールを追いかけたころを思う。だから、こんな夢を見たのだろうか。それにしてもベッドから落ちるとは、かなり本気だったぜ。ハイパントのボールに向かってジャンプするときは、空中での不安定、激突、そして着地の瞬間にくらいかねないタックル、勇気というか緊張感がいる。

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スパークリングワインの幸せ。

忘れないうちに。一昨日のことか一昨昨日のことか。よく利用するC級スーパーでレジに並んだ。前の前ぐらいに、おれより貧相と思える、若い男がいた。20歳後半ぐらいか、青白いつやのない顔、眼光にも力がない、無精ひげ。彼は、見るからにつくりが安物のバギーカーに、数か月と思われる女の子をのせていた。

彼は買い物カゴは持たず、たしか右手に、これからレジに出すだろう金キラの包装の安いスパークリングワインをしっかり握っていた。

おれは、一瞬、もしかして女房に逃げられたのかと思った。そして、すぐそれを否定した。彼の着ている物も、バギーカーの子どもが着ている物も、サティの安売り品のようだったが、こざっぱりとしていた。子どもが身に着けている濃紺とピンクのコーディネート、バギーカーの握り手にぶらさっがた小さな人形。彼の妻の、ある種のセンスと心遣いのようなものがアチコチに感じられた。チト、その妻に会ってみたいものだとスケベ心を発揮しながら、彼がしっかり手に握っているスパークリングワインを妻と飲むだろう、その幸せなうまさを想像し妬けたが、気分はよかった。彼は、やはり、失業中にちがいないと思った。妻の浮気を想像してみた。とにかく、安物のスパークリングワインは、とりあえず幸せな気分をもたらすにちがいないと思った。レジに並んでいても退屈しなかった。

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大宮いづみや本店のルサンチマンの味はウニュムニュだった。

Nikomi_idumiya_oomiya071225ああ、もう、きのうになったか。シッカリ酔っているぞ。クソクラエ、だ。21日に書いた、女に「キモイ」といわれふられた新宿下層労働者が、ほんとに大宮いづみや本店のルサンチマンの味の煮込みを食べにきた。午前中にトツゼンの電話。午後、夕方までのあいだという。やつは夜のオシゴトなのだ。今日は、やることたくさんあったが、いいのだ。おれは男と女のためなら、仕事なんぞあとまわし。ついでに早めに出て、大宮ジュンク堂とロフトに寄ってから、いづみや本店へ。

男と前回会ったのは、このブログの2月19日に書いてあった。その前日に、新宿南口の長野屋食堂だった。どうも、長野屋食堂もいづみやも、ふられた男にはお似合いだな。もっとも、長野屋のときには、やつはまだ女と仲良くやっていたのだが。

ま、詳しく書いてもしょーがない。切ない話だ。けっきょく、なんだね、ま、そういうことなのだ。うすっぺらで派手で軽く楽しい方へ流れてゆくということだ。要領の悪い真面目な男は、鬱陶しいだけなのだ。

こいつとの出会いは、ホントおかしい。会えば、そのときの話になる。1992年ごろだったと思う。おれは、この男に新宿でユスリというかタカリというかにあった。それが最初だった。3丁目の末広亭の近く、「おれ、ム所から出たばかりで、一銭もないんだ、千円貸してくんないか、必ず働いて返すから」と、ヘタな言い草で、おれより上背はあって、両手をズボンに突っ込み肩をいからせてはいたが、人のよさそうな童顔がまだ残って、ほんとに返してくれそうな顔をしていた。

おれは、ちょうどそのとき財布の中に千円札一枚しかなかった。財布を開けてみせて、貸してもいいがおれもこれしかないから無くなると言ったら、ゲラゲラ笑って「ほんとに、ねーんだな、たいがい千円を出せるぐらいは持っているのに、あーあついてねえ」って、真剣にユスリもタカリもしない、へんなやつだった。

「どうだ、カネなんか銀行にあるから飲みに行くか」と言ったら、じつは彼女を伊勢丹のところに待たせてあるという。カネもないのに彼女を誘って新宿に遊びに来たのだった。おれは銀行でカネをおろして、開店早々の池林房へ連れて行った。そのころおれは新宿から歩いて帰れる新宿御苑の千駄ヶ谷門の近くに住んでいた。泥酔のあげく、2人だから2千円と言って渡して別れた。その彼女と、いつどうして別れたかは知らない。そういうことは相手が話せば聞くが、おれはあまり関心がない。とにかく、教えておいた電話番号に電話がかかってきた。また会った。そのときには、おれの二回目の離婚は決まっていたような気がする。やつは、高校2年とき、両親をトツゼンの交通事故で失っている。兄弟はいない。それからチトおかしくなった。ま、そんなことは、いいだろう。

とにかく、2人でルサンチマンの味を食べながら、いったいルサンチマンはいけないのかよいのか、そういう問題ではないのか、その味は、煮込みじゃないとだせないのか、いやこれは160円の煮込みだというところがルサンチマン的味覚のキモなのではないか、などを話のツマにしながら、女との切ないイキサツを聞いたのだった。「キモイ」といわれたからといって、それが二度と会わないサヨナラとはかぎらないだろうが、やつの場合は完璧にサヨナラだ。別れ方がザツという気がしないでもないが、いまさら別れの美学を語ったところで仕方あるまい。今年は、男と女に関しては、おかしな釈然としないことが多いなり。

ルサンチマンの味を撮影してきた。わかるか、これが、ルサンチマンの味だ。160円。

関連
2007/11/18大宮いづみやで「ルサンチマンの味」を知る

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2007/12/24

ボクのクリスマス・イブ

Aji_001

やあ、みんなイブしているかい。教会へ行って、こねえだろうな。賛美歌H2Oノロウイスル唄って、ねえだろうな。ボクのイブは、これだ。七面鳥のアジ姿づくり。これを本場のイブじゃ食べるんだぜ。イブの本場って知っているかい。知らんだろうなあ。ボクの家だよ。

無農薬有機栽培スローライフ七面鳥のアジ姿づくりと、小泉武夫先生未公認の大日本清酒銘柄なんでもよいを飲むのさ。それが伝統というものだ。

で、音楽といえば、やはり、賛美歌だよ、戦争ばんざーい、ってやつ。不滅のクリスマスソング。知ってるかい、「平和もまた大量殺人につながる」ということ。「平和であることに耐えられない人たちがいる」ということ。「平和そのものが人を殺す」ということ。「家庭を愛するということ、つまり、マイホーム主義も殺人につながる」ということ。そうなのだ、だから、平和を望んでもよいが愛してはいけない、家庭を望むのはよいが愛してはいけない、戦争をやりながら平和を望み、この賛美歌を歌おう。戦争がなかったら生まれなかった賛美歌だ。

http://www.youtube.com/watch?v=s8jw-ifqwkM

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「昭和」や「近代」をくいつぶす「葬送の季節」。

しかし、なーんでまあ、こうなんだろうね。懐古、嘆き、追悼、そしてALWAYSな感動と涙に満ち満ちている。みな葬儀屋と参列者になったかのようだ。延々と続く、葬儀と参列者。あの町にあった、あの店が亡くなって、あの人がいなくなって、あの町へ行くのが淋しくなったとかさ。ああ「昭和のニホヒ」あの頃はよかった、ほらこの街角にこんな「昭和のニホヒ」がある、いいでしょ、こういうのが無くなっていくって淋しいなあ。ほら、ここに、こんなオモシロイひとがいたのだよ。うん、こういうのが好きなおれって、なんか優しい人間、よい人間、正しい人間、美しい人間だなあ、とかさ。おまえ、酔っ払いか! と言いたい。

あっ、酔っているのは、おれか。酒に酔っているだけだ。イブだからな、昼から飲んでいいのだ。イブだからな、ちゃんとキリスト様の血である赤ワインだ。

そーいえば、おれは近頃、葬式ってのに出たことないのだが、葬式でも、故人の歩みや業績なんかをスライドやらビデオにして見せるショーバイがあるんだってな。アア、あの人は、いっていってしまった、悲しいね、淋しいね、あのひとはワレワレにこんなよい思い出、こんなよいことを残してくれました、その意思をワレワレは継ぎましょう。テナ、ものだ。こういうのは、活字の世界じゃ、むかしから「追悼集」とかいってあったね。いまでもあるけど。そんなものは、未来へのプロセスなど展望してないのだから、いっときの感傷のネタになるだけ。

ま、それもよいだろうが、おれは、こういう葬儀屋にも参列者にも、なりたくないね。大衆食堂や大衆酒場を、そこにイマを生きているひとたちがいるのに、その人たちには、まだ未来があり明日があるのに、懐かしい過去の見世物にしてしまう。いくらなんでも、そりゃヒドイぜ、と思う。

「昭和遺産」「近代化遺産」なーんじゃそりゃ。文化庁が指定した「近代化遺産」、かと思えば役人の「遺産利権」争いか、経産省が「近代産業遺産」。なーんじゃ、そりゃ。そして民の諸君までが、その尻馬に乗って、やれ「路上昭和遺産」だとか「街角遺産」だとかなんだとか競って町を遺跡にして、みな昭和近代葬儀人になろうというのか。また、そういう本や雑誌を買って葬儀に参列する人びと。そんなに葬式が好きなのか。なるほど、感傷にふける自分がカワイイのだな。

なーんじゃ、そりゃ、もっと創造的にやれないのか。何かを生み出せないのか。創造に働く力強さを失ったのか。けっきょく、昭和や近代をくいつぶしながら滅びるんだよな。そういう文化や日本は滅びても、おれは痛くも痒くもないの。むしろ、そういうのがワケしり顔シタリ顔で、のさばっているほうが鬱陶しいの。大衆食堂や大衆酒場に必要なのは、ワケしり顔やシタリ顔じゃない。

そう思う、近頃の「葬送の季節」なのです。

こういうことを書いていると敬遠されて、仕事がこなくなるのだけど、また書いてしまった。

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2007/12/23

わかれうた 口ずさむ

喪中のはがきが届くころから、亡くなったひとを思い出すようになる。幸いなことに、今年は身近に、亡くなったひとはいない。

去年は2006/12/11「ことし亡くなった人のブログ」に書いた、「たつ!」さんこと坂本達哉さんが6月2日に38歳の若さでなくなったのだった。おどろいたことに、その「たつ!」さんのブログだが、まだ残っている。

身近なひとが亡くならなくても、喪中のはがきのなかには、64歳?の自分の歳に近いか一回りぐらいしか違わない方も少なくない。するとひとごとには思えない。

中学の同期生と呑むときによく話題になるのは、これから10年ぐらいのあいだにけっこう死んで、そこで生き残ったものが80、90まで長生きするということだ。でも、自分がどちらになるかは、誰もわからない。どのみちこれまで生きてきた歳月とくらべたら、たいしたことではない。つまり、死が見通せるなかでの日々なのだ。とはいえ、おれなんぞは、自分の歳も忘れて呑んだくれているが。

いまごろになると、ひとの死とあわせて、そんなことを考えてみたりする。考えてみたところで、どうなることでもないが、いちおう、「たそがれ」を自覚する。

中島みゆきが、「わかれうた」で、

人ごとに言うほど たそがれは
優しい人好しじゃ ありません

とうたっている。

たしかに、そうかもなあと思う。この「わかれうた」は男女の恋のわかれだけど、男女の恋だけではなく、ひとはいろいろなことに恋するわけで、年末というのは、恋した今年のたそがれである、恋した今年とのわかれのときでもある。ああ、今年は、今年も、いろいろあったなあ。誰にも、あと何年残っているか、わからない。はやく死んでいったものが美しく思われる。

立ち去る者だけが 美しい
残されて 戸惑う者たちは
追いかけて焦がれて 泣き狂う

去る今年を追いかけて焦がれて泣き狂っても、すぎた月日がもどって来るわけじゃなし、「キモい」という言葉を投げて去った女がもどってくるわけじゃないんだよな。ま、去る今年が美しく思えて、多少感傷的になったとしても、「泣き狂う」ほど、もう「純」じゃない。クリスマスや大晦日に感動することもない。残酷に「残されて戸惑う者たち」に同情か連帯の杯をかざし、ひねくれ酒を飲む年寄り心のほうが楽しい。それが、「たそがれ」というものだ。うふふふ、おれの心はブラックだぞ。

死ぬまでに、これとこれだけは書き残したい、なーんていうおれぐらいの歳のライターというか作家もいるけど、おれにはそういうものもない。

なにもない。
でも、一年に一度ぐらいは、感傷にひたろう。わかれうたを口ずさみながら。
悔恨は去りゆく今年の海に投げ捨て、
荷物にならないていどのいい思い出と荷物になってもかまわない大酒を抱えて、
「たそがれ」の明日へ向かうのだ。

みんな、この「たそがれ」を生きるおれを、もっと大事にしろよ。クソッタレどもが。おれを大事にすることが足りなかったと反省したら、おれに酒を飲ませろ。
そういや、あの「秘田」は、どうなったのかな。
あっ、昼間から飲んだくれています。

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「わるのりの七〇年代」

「グルメ」について。かつての「食通文化」の大衆化とみることができるし、どこかでそのように書いた気もする。だけど、本質的にちがうところがある。それが気になって考えていたが、やはり、これなんだな、つまり「わるのり」なのだ。

ご本人たちは、メディアから「グルメ」なる呼称を与えられてうれしいらしく、堂々と自ら「グルメ」を名のったりしているが、本当のグルメはわずか、たいがいは「わるのり」にすぎない。

一部のメディアは、「ゲーム感覚のグルメ」という言い方をしたことがあるが、それは「わるのり」のイメージにつながるものだろう。

80年代の中ごろに赤塚行雄著『戦後欲望史』(講談社文庫)が刊行された。これは、「混乱の40・50年代篇」「黄金の六〇年代篇」「転換の七、八〇年代篇」の三部作。

人間の欲望は、他の動物の欲望とちがって、そのままストレートに行動に結びつくのではない。ある種の「文化装置」のなかで置き換えられて行動化される。だから、たとえばメディアなる文化装置が有効に機能するわけだけど、欲望は、心理的精神的な影響を受けて表出する。本書は、欲望が、どんな心理的精神的状況を生んだか、あるいは、時代のどんな心理的精神的影響を受けてきたかの戦後史、といえるだろう。

「転換の七、八〇年代篇」で赤塚行雄さんは、「「わるのりの七〇年代」へ」について書いている。これを読むと、1970年代にはじまった「わるのり」ぐあいは、コンニチまで、様々な混乱と増幅のうちに続いていることがわかる。卓見というほかない。

「七〇年代は、六〇年代ほどドラマティックではなかった。ドラマティックではなかったが、七〇年代には、却って六〇年代よりもドラスティックな変化が無言のうちに進行してきていたのである。」

それを、赤塚行雄さんは「会社経済」から「個人経済」への移行だという。「わるのり」の根底には、そういうドラスティックな変化がある。

「わるのり」とは、いうまでもなく「調子にのりすぎ」ということだ。

一緒に騒ぐ。あるいは、そうなのだ、いまでも紳助などがやっている、そしてその紳助も、この時代に登場するのだが、「ブス、ババア、アホ、貧乏人、田舎っぺなどが徹底的に差別され、パロディ化される」。つまりは「弱者いびり」が大うけする。これは、辛口評論や毒舌の「流行」にも関係しているだろう。

頼まれもしないのに、店や料理を採点して歩き偉そうにし、ときには「辛口」の評価が自慢げにしている。だいたいね、グルメ本書いたぐらいで「先生」と呼ばれ文化人気取りなんて「わるのり」以外のなにものでもない。それも、高級な難しいほうへ向かって辛口するなら、まだわかる、組しやすい大衆店を食べ歩いて「グルメ」だなんて、「わるのり」以外のなにものでもないだろう。へたすりゃ、それこそ「弱者いびり」だ。

おっとっと、そういうことじゃない。「キモめし(キモイめし)」だが、これは、その1970年代から始まった、やめられないとまらない「わるのり」に対して、毒をもって毒を制しようという洒落でもあるのだ。そういえば「キモい」という言葉も、この「わるのりの時代」が用意したのかも知れないな。「ストップ・ザ・わるのり」が「キモめし」のココロでもある。グルメやるなら、「わるのり」ではなく、ちゃんとグルメをやれ、ということでもある。

ああ、赤ワインの「わるのり」か、午前2時だよ。

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2007/12/22

赤キャップ呑んで「全否定」を考える。

Aka_capちかごろ赤キャップを愛している。これを店頭の陳列棚に見ると、つい「カワイイね」と手がのび、買い物カゴにほうりこんでいる。これで買い物の帰りは、うきうき、スキップの気分だ。

うふっ、おれのようなジジイが「カワイイ」だの「スキップ」だの、それこそ「キモい」か。

またまた、「キモめし」を押す声が届いた。30チョイすぎの女。言葉や文章に造詣が深いこと尊敬に値し、大いに酒をくらうこと女傑のごとし。

………………………………………………
「キモめし」、面白いと思います。口に出したくなる文字並びもよし。
とはいえ、長電話でのはなしも、わからないでもなく。
「キモい」は、情状酌量の余地のない全否定なので、そういう場面で言われたらつらいだろうな。
当方今現在、「キモい」という言葉を日常的には使わない男子としかつきあいがなく、その危険性はありませんが。
エンテツさんも書いてらしたように年代によってそうとうの使用差、温度差のある言葉ですよね。
………………………………………………

おおっ、「全否定」とはな、キツいぜ。言葉でひとを殺せるというが、息がとまるまでズタズタに切られたり銃弾を何十発ぶちこまれたりと同じことか。あな、おそろしや。新宿飲食界下層民キモ男の心情いかばかりか。この一年どんなによいことがあっても、女に言われた「キモい」の一言で帳消し、いまやルサンチマンのかたまりと化して、クリスマスも正月もあったものではない、楽しそうなクリスマスなひとたちを見ると銃の乱射でもしたくなる気分というが。チョイと待て、ルサンチマンなら、大宮いづみやでルサンチマンの味の煮込みを食べろ。それぐらいなら、おごってやるから大宮まで来い。これぞ「キモ酒」。

だが女、「当方今現在、「キモい」という言葉を日常的には使わない男子としかつきあいがなく、その危険性はありませんが」なんて、チト甘いぞ。だいたい「えっ、あのひとが、まさか」といわれるような人間がコロシをするのだ。紳士淑女ヅラした人間ほど腹黒いといわれるではないか。人間なんてのは、仮面をかぶって生きている底の見えない動物だ。自分のことが自分自身でもわからない。一瞬のちには何をやるか何を言い出すやら、わかったものではない。油断するなよ、政治の世界じゃなくても、一寸先は闇だ。優しく抱いてくれたばかりの男が、「あんた、キモい」というかも知れず。

ちとギスギスカリカリしすぎる世の中、すぐに「キモい」だの「ぶっ殺す」だのとなる。みな自分がカワイイのか。だからこそ「キモい」で洒落のめすってことがあってもいいじゃないか。まあ、みんな、そうカッカするな、「キモい」といわれたらよろこべ。気軽に「キモい」といおう。「兵庫のおじさん」じゃないが、「黒笑」の洒落だよ。それこそ、いまや失せようとしている貴重な個性だ。ひとの顔色をうかがい、誰からも好かれようと汲々とすることはない。傷つくのが嫌だからとひとを愛さないなんて馬鹿げている。自分のココロのままに堂々とふるまえ。切られても切られても殴られても殴られても立ち上がる不気味な、キモい人間になれ。力強く、キモいめしをくえ、キモい酒を飲め。……というココロが「キモめし」なのだな。たぶん。

まだ考え中。こうして朝から赤キャップを飲みながら「キモい」について考えるシアワセ。しかも愛人●号から届いたクリスマスプレゼントの生ハムなんぞをつまみに……うふふふふふのふ。女に「キモい」といわれたぐらいで、カッカするな、新宿飲食界下層民キモ男。

2007/11/18
大宮いづみやで「ルサンチマンの味」を知る

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2007/12/21

3連休クソクラエ。大腸ガンの手術って土木工事みたいだ。

吸うさんのコメントにレスした時間、午前5時59分。起きてパソコンにむかっていたということだ。この年末のクソあわただしいときに、世間は明日から3連休だそうだ。しわよせくらう、これ「外注」の宿命。アレコレやっている最中、どうしても平河町まで行かなくてはならなくなる。このあいだ国立演芸場まで行ったばかり、そのとき必要がわかっていたらついでに寄ったものをとブツクサ文句を言いながら、急いで往復。

帰ってきて一息つき、冷や酒イッパイ。そうだ『雲のうえ』の感想や大腸ガンの近況など長い丁寧なメールをくれたアンドウさんに電話しようと思い立つ。うまいぐあいに会社にいた。アレコレ話す。元気だった。よかった。

転移もなく抗がん剤の服用の必要もなくなり、大便は不便だが(洒落じゃない)、ふつうに仕事ができる。財布は厳しくなったが、ちょうどよい休養になったかも知れないと。そうなのだ、おれも急性肝炎で一か月入院したのは45歳ぐらいのとき。あれで肉体をオーバーホールしたようなものだった。しかし大腸ガンの手術って土木工事みたいだな。おれの母方の祖母が大腸ガンで死んだことを思い出す。

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キモめし、キモ酒、キモ男。

20日「駒沢大学前駅23時56分発。」に、「キモイめし」か「キモめし」にするか迷っている、と書いたら、きのう、ひさしぶりに新宿飲食界下層民から長電話があって、「キモイめしは、ゼッタイやめたほうがよい」という抗議に近い「進言」があった。そして、コメント欄には吸うさんの書き込みがあった。このコメント欄のおれとのやりとりは、ナゼ「キモイめし」なのかを説明する助けにもなるので、ここにそっくり転載しておく。いや、なかなか「キモイ」は楽しい。

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「キモめし」が語呂がいいっすな〜
んで、おいらは「キモ酒」で。

投稿 吸う | 2007/12/20 19:13
……………………………………………………

語呂はよくて、「キモめし屋」なんていう言い方ができるし、けっこう雰囲気だとは思うが、「キモイ」につきまとうブラックなニュアンスが失せやしないか、チト考え中。

「キモめし、キモ酒、キモ男」なんて、オンナにもてなさそうだが、洒落ているよな。こういうキモイ洒落が、通じるといいのだが。

投稿 エンテツ | 2007/12/20 21:11
……………………………………………………

ん〜なるほどなるほど。
敢えて「キモイめし」ってな言い回しの方が野暮ったくてブラックな感じがするような...
文語で「キモイめし」でも、口語では「キモめし」になるでしょうしね。

投稿 吸う | 2007/12/21 00:33
……………………………………………………

コノヤロウ、「文語」だの「口語」だのと、おれの知らない言葉をつかいおって。

ま、でも、そういうことで、とりあえず「キモイめし(キモめし)」とでも書いておくのがよいかなあ。

投稿 エンテツ | 2007/12/21 05:59
……………………………………………………

新宿飲食界下層民との電話のやりとりは、こんなアンバイだった。
下層民「先輩、キモイはやめたほうがいいですよ」
おれ「なんで」
民「なんでって、キモイなんて最低じゃないですか」
おれ「なんで」
民「キモイなんて言うやつも最低だし、言われたほうだってものすごく気分悪い最低ですよ」
おれ「なんで」
民「先輩、キモイっていわれたことないんですか」
おれ「それが、どういう関係があるんだよ」
民「おれ、あるんすよ、女から面と向かって」
おれ「それがどうした、なんか嫌われるような悪いことしたからだろう」
民「そういうことじゃねえんすよ。嫌われたとしても、キモイなんてのは、よほどのことじゃなきゃ面と向かっていうことじゃねえんですよ」
おれ「よほどって、どういうことだ」
民「だから、もう二度とツラもみたくねえとか、ぶっ殺してやりたいとか、そういうことですよ」
おれ「おまえは、あのこのあいだの女に、そういわれたのか」
民「そうすよ、面と向かっていわれたんすよ」
おれ「それだったら、おまえだって、いつも女に向かって、ぶっ殺すぞとか、失せろバカヤロウとか言っていたじゃないか」
民「だから、それとキモイはちがうんですよ、ぶっ殺すぞとか、失せろバカヤロウってのは、惚れてるから言うんすよ、本気に殺すはずないでしょ、ウソとわかるでしょ、だけどキモイはちがうんすよ」
おれ「でも、それはお前の勝手なリクツで、キモイと言った女だって、おまえと痴話喧嘩のはずみじゃないのか」
民「いや、だから、先輩、わかってねえな、これだからオジサンは困るんだ。キモイはね侮辱ですよ、ツバかけられたも同じ」
……てな話が延々と平行線のまま続いたのだが。

この男は30歳なかば、もしかするとこの言葉は状況や年齢によって受け取り方に温度差があるかも知れないと思ったし、それならそれで、そこがまたオモシロイ、ますますこの言葉に執着したいと思ったのだった。

こういう情緒的な「新語」というのは、それまでに使われていた言葉が、イマイチぴったりこないという情緒において生まれるとするなら、そこに時代背景や社会背景が色濃くあるだろう。「あんたのことはキライだよ」という意味で、「キモイ」をつかったにしても、そもそも「キライ」にはいろいろなニュアンスが含まれるように、「キモイ」にもいろいろなニュアンスが含まれる。おれはとくに、なんとなく「ブラック」な雰囲気が漂うところがオモシロイと思う。言うほうも言われるほうも、なんとなくブラックなのだ、かっこよく気どっていない。

かつて『大衆食堂の研究』では、「いかがわし度」という表現を、おれとしては「よい」意味でつかったのだが、これはどうやってもよくは思われないらしく、なかなか通じない、わかってもらえなかったきらいがある。それにくらべると、「キモイ」はオモシロイのではないかなという感じがして、アレコレ考えているわけだ。

たまたま社会学系のメーリングリストで、ケータイ小説のヒット話題作『恋空』をネタにする研究会の案内が流れてきた。そこには、「ケータイ小説の文体の稚拙さは批判の的になり、俗流若者論や「学力低下論」と結びつきながら、ネット上のレビューページは罵倒の言葉で大荒れとなる」とある。「しかしそうした不毛な「大人」の議論とはかけ離れたどこかのリアル/ヴァーチャルな空間で、「ケータイ小説」は女子を中心とした数多くの若者たちに、圧倒的な「リアルな共感」を呼んでいる」。まずは「この「ケータイ小説」というサブカルチャーがなぜ現代においてかくも無視し得ない形で浮上しているのか」考えてみようということなのだ。

文学業界読書界あたりじゃ、言葉や文章が生々しく生きている現場を生々しくとらえることをしない。とりわけ近頃は、そういうことができる力のある批評家は少ない。自分たちの文学的価値観でしかみない。リッパな文体、リッパな文章に、ある意味、社会的には幼稚な頭を露呈している。業界内で、自分の批評が受けたか受けないかを気にしているていどの、業界ゴロな批評でしかない。それ自体が、コンニチの文学の現実に生きる力のなさと没落を語っている。『文学界』の芥川賞作家に関する批評鼎談や座談なんてものは、内輪向けの話ばかりだ。このセンセイたちは、「外」の人間もこれを読んでいることを知らないのだろうかと思わざるを得ないほどだ。

ま、それはともかく、「キモイ」といった言葉は、日々めしをくらって生きている、生々しい現場の言葉だと思う。
生々しいねえ。こういう言葉を使う女、好きだねえ。

わかったかい、新宿飲食界下層民キモ男。

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2007/12/20

杉山登志とオイル。

昨夜の忘年会の席で、キヨタさんと杉山登志のことを話した。若い彼女が知らない時代のことを質問されるままに話していると、自分の記憶の掘り返しと整理にもなってよい。

杉山登志のことは以前に簡単にこのブログに書いた記憶があるので調べてみたら、これがあった。

2003/04/08
「なんでこうなるの安曇氏と高橋氏の続き」

このタイトルで、例によって、先にタイトルから思いついて書き始めるから、内容はほとんど杉山登志のことだ。

キヨタさんと話していて気がついたのだが、杉山登志が37歳で自殺したのは、原油価格が高騰し日本は「オイルショック」で騒動の最中だった。1973年。当時30歳のおれは広告界との関わりが深かったから、杉山登志の自殺は衝撃的だったが、とりわけ新聞で知った遺書の言葉は忘れられないものになった。

きのうその遺書の言葉を口にしながら、その遺書には「リッチでないのに/リッチな世界などわかりません/ハッピーでないのに/ハッピーな世界などえがけません/『夢』をうることなどは……とても」とあったのだけど、ということは、ようするに、その原油価格高騰の大騒動の最中でも、「リッチ」だの「ハッピー」だの「ビューティフル」だの「夢」だのが時代の表層だったのだと、あらためて思い知ったのだった。

いま、当時とくらべれば原油価格は3倍以上ぐらいか?になり、為替レートは違うにせよ、その影響は深刻になっている。にもかかわらず、リッチやハッピーやビューティフルなんて言葉こそ使わないが、あいかわらず同じような感覚が表面を覆っている。かつてのオイルショックのときは、銀座のネオンも消えたのだが、いまや六本木や原宿あたりのイルミネーションの輝きを日本の輝きであると、マスメディアを通して幻想しているかのようにみえる。

原油高騰の影響は来年には、もっとハッキリ出ようとしている。おれが書くまでもなく、そのことは輝きの幻想のあいだにも報道されている。おれの耳にしたかぎりでも、現在の1バーレル約70ドルベースを90ドルから100ドルを読み込み済みの計画が動き出している。大手メーカーでは広告費の大幅な削減などがあるようだ。広告に頼っている新聞や雑誌やテレビなども、かなり影響があるというウワサを耳にする。

各社の来年度予算が動き出したら、値上がりやコスト削減で、どうなるか。ただただ不安で大騒ぎするのも愚かしいが、現実に、そういう予算が組まれようとしているのに、あいかわらずのリッチでハッピーでビューティフルなバブルな脳天気ヒラヒラフワフワ気分が支配しているのも気持悪いものだ。こういう「気持悪い」は「キモイ」とはいわないのだな。

厳しい現実を認識したうえでの、楽観楽天暢気ならよいが、そうでもなさそうだ。誰かに頼っていれば(国、政府、大企業、よらば大樹で)、なんとなるだろう。韓国じゃ経済悪くなれば政権が交代しているのに、この「自由」で「民主」な国には、それもない。なんか、こういう日本人って、不気味だ。こうして、また何かをキッカケに馬鹿げた大騒ぎにならなければよいが。

とにかく、いま原油価格が高原状態のとき、杉山登志さんの自殺と遺書とオイルショックを思い出してみるのは、よいかも知れない。

そういえば、2007/12/17「高岡さんのミカン。情熱のない世界に青年は住めるだろうか。」に書いた、山口瞳『酒呑みの自己弁護』も同じ年の発行だ。「情熱のない世界」が始まっていたことになるか。

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駒沢大学前駅23時56分発。

「キモイめし」か「キモめし」にするか迷っている。きのう、須田泰成さん主催の忘年会。19時に駒沢大学前駅でキヨタとキヨタの友人フジイと待ち合わせ。2人とは、きょう一緒に飲む予定だったが、フジイの都合が悪くなり、では、須田さんの忘年会に若い女2人ひきつれていくのも悪くあるめえと。フジイはモンティパイソン大好きで、ちょうどよかった。

貸切会場のBAR CLOSEDは横文字コジャレ系。キャッシュ・オン・デリバリーなので、飲み物を受け取り、テーブル席に。見たことがある顔と思ったら、リーさん。「道玄坂 清香園」のご主人。このあいだ会ったばかりという感じだが、もう2年半たっていた。ゴールデン街マチュカバーの開店のとき西郷輝彦さんと一緒に飲みながらオシャベリして以来だと。そんな感じがしないのは、ブログを見ているせいか。しばし、リーさんと西郷さんのブログネタでオシャベリ。リーさん、おれの連れの若い女に、「えっ、あんたたち若いのにブログやってないの」。若い連中はブログより楽しいことがいくらでもあるからねえ。リーさんはおれとおなじ1943年生まれ。

ついにでに、お2人のブログはこちら。
李康則の独り言
http://leemadan.exblog.jp/
西郷輝彦のつぶやきblog
http://saigo.exblog.jp/

で、そのマチュカバーの女王様にして隠し子の母も登場。女のキヨタ、フジイも「キレイ」という美人だね。この夜は砧公園とちがって、とりわけ女王様らしく。春風亭柳好さん、『酒とつまみ』の読者だそうで、しばし酒の話、かなり飲兵衛な感じ。落語家というのは各地へ行って、ひいき筋に土地のうまいものを食べさせてもらうからうまいものをよく知っているのだが、「近頃は日帰りが多くなり泊まりは少なくなって、あまりよいことはない」とか。ナルホド。いろいろなひとに会った。マイコメ「兵庫のおじさん」系のほか、経堂系大田尻系。

フジイは、来春富山に帰って、タウン誌だかリトルマガジンだかを作るのだとか。『雲のうえ』や『酒とつまみ』みたいなの作りたいと繰り返す。ま、思い切りやってちょうだい。しかし、近頃の若い女は、ホッピーあんどモツ系が好きというか興味があるんだなあ。ま、こんど行きましょう。

と、オシャベリしているあいだに、まだ10時ごろかと思っていたのに、11時半ですと。帰りの電車がなくなる。あわただしく帰り支度。その時間に松尾貴史さんがあらわれ、大急ぎで挨拶、門仲で「はてなの茶碗」を聴いた話。おおお、電車がなくなる。アタフタ、連れの女2人は置いて、出る際に逆井さん須田さんと、撮影はもう年内ないよね、てな話をした記憶が。

駒沢大学前駅23時56分発。JRの各線はベタ遅れで、なんとか京浜東北線大宮行きに乗り、午前1時半ごろ帰り着く。

クドウヒロミさんから『モツ煮狂い』第二集をお送りいただく。ありがとうございます。
『モツ煮狂い』第二集のことは、古書ほうろうで一緒にコレを買った「よっぽど好き」な風の木村衣有子さんのブログ「パール日記」の紹介がオススメ。…クリック地獄

何年か前に、おれと牧野伊三夫さんを引き合わせたアンドウさんからメールが入っていた。『雲のうえ』5号について丁寧な念の入った感想、さすがアンドウさん読みが深い。そして、ご自分の身体の状態。大腸がんの手術をしたことは小耳にはさんでいたが、回復し、転移もないという。まずは、よかった。

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2007/12/19

おれはキモイぞ。来年は「キモイめし」。

このあいだから、このブログの来年のコンセプトというかテーマを考えていたが、「これだっ」というのがなかなか思いつかなかった。ところが、今日ふとしたことから「キモイ」という言葉を目にした。それは、流れからすれば侮蔑的につかわれたものにちがいないが、チョイと気になる言葉だった。というのも、見聞きするたびに、「キモイ」は違う意味というか感情あるいは情緒を含んでいるようで、そこが気になった。おれは、この言葉をほとんどつかったことがないので、調べてみた。

例によって、あまりあてにならない『ウィキペディア(Wikipedia)』には「若者言葉」という項目があって、そこに「キモい」がある。

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キモい

「気持ち悪い」の意味である。「きもい」や「キモイ」と表記される事もある。類義語に「きしょい」があるが、これは「気色悪い」を転じたものである。意味は「キモい」や「キモイ」とさほど変わらない。一般的には「キモい」や「キモイ」が使われる場合が多い。同じようなことばにかいーがある。主に対象は男性であることが多く、女性が対象である場合には軽い冗談であることが多い。そのためか、主に使用者は女性に多い。 ただ、小中高生がよく使う言葉ではあるが、直接的に対象を「気持ち悪い」と言うよりも、今では若干軽いニュアンスや人間離れした技能を見たときの褒め言葉としても使われる。「ちょっと変わった物、人、あるいは様子」を目にすると、「何あれ? キモいね」と、とりあえず「キモい」と言う感覚に近いと思われる。冗談として「キモい」と使う事もできる。キモかわいいという言葉にみられるように、必ずしも明確にその対象を「気持ち悪い」と考えているという意味で使っているとは限らない。(ただし、言われた側にとって侮辱的な言葉にならないとは限らない)。なお、キモいの対象は、ほとんど人であるため、自分の体調が悪い時にキモいと言うことはほとんどない。 1990年代後半以降から使用される頻度が増えてきている。なまって「きめえ」とも。 派生語の「キモキモ」はチェキ語を参照されたい。
……………………………………………………………………

これを読んで、もうこれっきゃないと思った。あれこれ考えていた条件を満たすものとして最高なのだ。来年は「キモイめし」に決定。おそらく来年は、これまで続いてきた「クールな閉塞」がガタついていくことになると思うのだが、この言葉を採用する理由は、後日ゆっくり書く。なにせ今日は、やることドッサリのうえ、タップリ飲まなきゃいけないし。

とりあえず自分の必要で、今年の「好食」について、関係するエントリーを検索してみた。

2007/05/31
「ささやかだけれど、役に立つこと」

2007/05/02
食欲と食欲の文化的充足

2007/01/20
それで好食「たらし焼き」なのだが

2007/01/15
女暴君的好食記

2007/01/14
ファンダメンタルな好食

2007/01/12
飲食の楽しさの格別な意味

2007/01/09
おいしい灯り

2007/01/08
「好食」の方法

2007/01/03
神棚の下で好食「たらし焼き」に感動す

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やきそばソース

Yakisobasousuはやい! 下の先ほどの記事をアップしたら、すぐさま画像が送られてきた。こういうコメントつき。

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ブログいつも拝見しております。
早速ですが焼きそばソースの映像を送ります。
これは足立区で作っている焼きそば用のソースです。商店街などの製麺屋さんには必ずといっていいほどおいてありますが、一般のスーパーでは見たことがありません。
普通のウスターソースよりは、醤油っぽい感じがするのかなあ。ぜひご試食いただきたいです。

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どうもありがとう。やってみよう。

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アジフライに関する無限的研究 その5 やきそばソースがいい!

071212_ikoi_sousu_2ある酒場で、アジフライをソースで食べるか醤油で食べるかという話題が盛り上がりつつあるとき、あるオンナが「断然、やきそばソースよ!」と言い切った。ほかの連中は、ソースといってもそこまでイメージしてなかったし、彼女は自信満々であるから、「ほう」という顔で、彼女の説をうけたまわった。その話のほとんどは、酔って覚えていない。やきそばソースもいろいろあって、その銘柄も言っていたように思うが、記憶にない。そのうち確認して紹介しよう。このブログを見ている可能性は低いが、もし見ていたらメールで教えてちょうだい。

大衆食堂をまわっていると、醤油は比較的某大メーカーが多いのに対して、ソースは、けっこういろいろな銘柄であるようだ。知らないソースによく出合う。ともすると大衆食堂レベルの洋食屋でも、料理にあわせ手製のソースをかけて出すところもある。

先日取材をさせてもらった押上の「いこい食堂」には、神戸のオリバーソースがあった。「なぜ」と聞いたら「お客さんがこれがよいというもので」というこたえだった。関東では勢力のある某有名メーカーではないところが、なかなかオモシロイではないか。実態はこういうふうにバラツキ好みがあっても、マスコミテレビ大メディアレベルになると、有名メーカーに集約されてしまう構造がある。

071212_ikoi_ajihuraiオリバーソースは名前は聞いたことがあるような気がするが、現物を見たのは初めてだった。このとき500円のアジフライ定食を食べたのだが、おれは習慣で醤油をつかってしまった。あとで、オリバーソースで食べてみるべきだったと思った。このソース、地元の神戸での人気はどうなのだろうか。

画像は、いこい食堂のアジフライ定食とオリバーソース。いこい食堂は「500円定食」がウリなのだが、アジフライ定食は、そのなかで人気No1なのだ。

アジフライの画像を吸うさんなどに送っていただいている。ありがとう。近いうちに掲載するつもり。

関連
2007/11/30「アジフライに関する無限的研究 その5」
2007/12/13「食べ飲む、携帯動画番組の撮影スタート。」

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書評のメルマガ発行。おれはマゾじゃないぞ。

飲んだが、あまり酔ってない。なんだか冴えている。だから「酔いどれ深夜便」とはいえない。そんな夜だってあるのだ。

「食の本つまみぐい」を隔月で連載している「[書評]のメルマガ」が発行になっていた。今回は「いかがわしさの中の確かな料理」というタイトルで、魚柄仁之助『魚柄の料理帖 人生、楽しく食べること』光文社文庫1997年を取り上げている。「ひとの文章についてアアダコウダいえるおれじゃないが、おれには苦手だなあ読むのシンドイよと思う文章の中に、けっこう深いものがある。とかく、この著者の本は、「節約」「倹約」の本として読まれがちだが、それは皮相的すぎるだろう。」と。……クリック地獄

この著者の文章、おれにはとても読みにくい。おれの本もヒドイ文章だといわれることがある。文章の人相が悪いのだ。

人相が悪くて損をする、てなことを、たしか鈴木宗男という本当に悪そうな政治家が言っていたと思う。政治家には、人相が悪くて損をしているやつもいるだろう。人相が悪いために殺人犯のように見られたひともいたはずだ。人相が悪くても口が悪くても、損をする。その悪いなかには、「ヘタ」も含まれるようだ。

「人相がヘタ」という言い方はないが、しまりがないとか、おれのばあい「ヌーボー」とみられたり、「貧相」とみられたりするわけだが。「お人好し」ということでも、けっこうイジメにあう。それは「紳士」と比較してみればわかるだろう、格段イジメにあいやすい。そういうことでイジメにあった例は、以前に何度かこのブログにも書いた。

そもそもフリーという外注は苛められやすいし、少々のイジメにへこたれるようではやれない。最初に正社員で就職した会社では営業だったから、もうほとんど毎日イジメにあいに客先をまわっているようなものだった。外務省と日銀のやつらには、ほんとトコトン苛められたねえ。でも、おれはそんなに気がめいることはなかった。そもそも、それで給料をもらって食べていけるのだからうれしかったし。

やはりバカなのだな。複雑や紆余曲折が、そんなに嫌いじゃない、けっこう面白いというか。楽しんでしまうというか。するとそれが、フマジメと思われて、またイジメにあったり。なかなか思うようにはいかない。ま、そのかわり、こっちだって一歩もひかないのだけど。そういうことの結果、仲良くなると、これがまたよいものだ。

でもイジメられやすいことにはかわりない。おれのことを好きなオンナがいて、そのオンナがほかの男も好きであるというと、なぜかおれのほうがイジメにあう。冷遇される。これには少々まいったこともあったが、ま、それでもオンナにはオンナの事情というか気持があるのだから、面倒がらずに複雑や紆余曲折に付き合う。結果、やはりあっちがよいということにオンナがなってしまうこともあったな。オトコが相手のばあいでも、けっこう性格が悪くて敬遠されがちのやつとも付き合う。オトコ同士にも嫉妬というのがあってねえ、これがなかなか大変なシロモノなのだが。

たいがいこの世は複雑なのだし、ニンゲンというのは複雑なのだ。その欠点をあげだせば切りがない。対象や相手の欠点をみつけたところで、自分や事態が好転するわけじゃない。自分がどこまでやれるかわからなくても、シャッターの前でガマンしなくてはならないときはガマンし、あやまるときはあやまり、あるときは冗談で笑いとばしたり、相手がコワイ顔をしても平気で近づいたり、氷河期には酒で暖でもとって事態が変るのを待ったりとか。イジメられてもイジメられても、ま、みなさん、楽しくやろうよね。ってことなのさ。愛してるよ~ってことなのさ。

そうしていたら、ほんとうにコワイ筋のひとに頼りにされて困ったこともあったが。あのひとたちも、けっこう自分の性格をもてあましたりしている。偏屈で誰にも相手にされない小僧が、渋谷のセンター街あたりで偏屈の淋しさをそのまま顔に出してしゃがんでいる。すると強面系のオニイサンが、「オイ、めしでも食おうついてこい」と声をかける。これが孤独で淋しい偏屈小僧には、とてもうれしいのだ。オニイサンは自分もそうだったから、よくわかる。偏屈小僧は、ついていく。そしてアニキと慕うようになる。ま、そこから先は書かないほうがよいだろうが、入り口は、そういうことなのだ。向こう側にやるようなことはしていけないのに、面倒がいやだからと向こう側にやってしまう。

でも、おれはマゾじゃないぞ。
………………………………………
何事もやらないよりはやって後悔する、ある意味自滅型でめげずにこれからも行ってみようと自分に言い聞かせています。

お前はいつも自分から苦労の道を選んでるなぁ。

私のオバの口癖。
………………………………………
って、まりりんがブログに書いていて、笑った。おれもよく「自滅型」といわれてきたが、あえて面倒な苦労の多いほうを選ぶクセがある。オンナのことにしても。

「何事もやらないよりはやって後悔する」。そういうことなのだ。これだけやってダメだったものは仕方ないというところまでやる。そのときは自滅寸前だったとしても、そこまでやる。でも、そうなっても、たぶん自分は何度でも立ち直れるという自信もどこかについている。そんなわけで、結婚も、何度もやってしまった。やれやれ。

ああ、午前2時だ。時が過ぎてゆくなあ。
やはり酔っているかな。

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2007/12/18

賢者の贈りもの

先日書いたように、山口瞳『酒呑みの自己弁護』からO・ヘンリーの『失われた混合酒』へ転がった。それが収まっている『O・ヘンリ短編集(二)』(新潮文庫)の最初に、『賢者の贈りもの』がある。ちょうどクリスマスの時期だし、ついでにそれも読んだ。

欧米の文学には、コラムなども含め、クリスマスにちなんだよい作品がある。日本は、これだけクリスマスどんちゃん騒ぎやるが、記憶に残る作品は一つもない。それはクリスマスの歴史が浅いためかと思っていたが、いままた『賢者の贈りもの』を読んでどうもそうではないような気がした。

私小説的タワゴトを形式美のなかに昇華したような作品をヨシとする、閉鎖的なブンガク的風土そのものが、こういう作品を生まないのではないか。そういう想像力の欠如した土壌では、せいぜい年末に『いっぱいのかけそば』なんてのがヒットし忘れられていくていどだ。

おれの記憶にあるクリスマスプレゼントは、朝目が覚めたら、枕元に小学館の『小学○年生』という雑誌があったことだ。低学年のことで、いつのことか正確な記憶はない。一応、サンタクロースがやってきて置いていったという親の説明を半信半疑、とにかく貰えたから誰が置いていったのかなんぞ関心ではなかった。そのサンタクロースも、小学校高学年になると来なくなった。

しだいにモノを贈るという行為そのものがしらじらしく自ら拒む気持が強くなり、クリスマスプレゼントのやったり貰ったりは、ほとんど記憶にない。

クリスマスプレゼントといえばサンタクロースであり、それ以上のことは大人になっても、しばらく知らなかった。関心がなかった。

そして、いくつのときだったか、もう30歳になろうというころだったような気がする、この『賢者の贈りもの』を読んで、初めてそれが東方の賢者の贈り物から始まっている、その意味を知った。そして、その意味を、現代風の物語に創造した作者の力におどろいたのだった。

この小説は、自分の年が加算されるごとに、だんだん深く読めるような気がするのがうれしい。もしかすると、おれはまだ成長しているのかと思ってしまう。

いまの親たちが、子どもたちに、この物語をかいつまんで話すプレゼントができたら、どんなによいだろうと思う。かいつまんで話す行為は、この小説を読み取ることでもある。毎年、そのかいつまむ内容が、自分の読みと共に深まるにちがいないだろうし、それが一年の年輪を経た親と子どもの成長の証にもなるような気がする。

かつてはそんなことを考えたこともなかったが、今回読んで、そう思った。

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私小説風ニ

コノアイダ大竹サン木村サント飲ンダ時、コノブログノ文章ノコトガ話題ニナツタ。今年ハイロイロ文章ガ変ツテイルノダケド、オレガ、デハ今度ハ私小説風ニヤツテミルカトイフト、大竹サンガ誰カノ小説ノソレラシイ文章ヲスラスラスラト口ニシタ。酔ツテイルノニ、サスガ小説ヲ書イテイルヒトハチガフト思ッタガ、ソノ文章ガ誰ノナンノドンナモノカワカラナイ、思イ出セナイ。覚ヘテイルノハ、ソノアト木村サンガ「カタカナデ、カタカナデ」ト叫ンダコトダ。木村サンテ面白イヒトダ。トニカク、ダカラ、カタカナデ書イテミルコトニシタ。ドウダ、コレデ私小説風ニナルカ。

コノブログハ当然イロイロナヒトガ見テイルノダケド、ナカニハオレノコトガ気ニナツテ見テイルヒトモイル。オレノコトヲ激シク好キダツタリ(イルカ?)激シク憎ンデイタリ(タクサンイル)スレバ気ニナルダロウ。仕事ノ関係ノヒトハ、ソノ進行具合ツマリオレガ真面目ニヤツテイルカドウカ、酒ノンデサボツテイナイカドウカナドヲ把握スル。マタ自分ノコトヲ書カレヤシナイカ気ニナツテ見ルヒトモイルカモ知レナイ。トニカク理由ハイロイロダロウガ気ニナル人ハ気ニナツタラ、コノブログヲ見ルコトガデキル。

ダケド気ニナル人ガブログヲヤツテイナカツタラドウスル。何気ナゲニ電話ヤメールヲスルダロウ。実際ニ、パソコンヲヤツテナイデ、用トイウホドノコトデモナイノニ電話ヲクレルヒトモイル。最低月ニ一度ハ手紙ヲクレルヒトモイル。パソコンハアツテモメールハ嫌イダカラト長電話ヲカケテクルオンナモイル。

ソウイウコトデアリマシテ、チョコツト気ニナルタビニブログヲ見テスマセルコトガデキル感情ヲ電話ヤメールニスルコトガアルダロウ。ブログナラ自分ガクリックスルダケダカラ相手ノ邪魔ニナラナイ。ダイタイコチラデハ見ラレテイルカドウカスラワカラナイ。チョコット見テ「ウフフフ」昨日ハコンナグアイナノカ今日ハコンナダツタノカト心ヲ落チツカセルコトガデキル。ダケド電話ヤメールダト邪魔ニナル。ソノ結果、イヤガラレ憎マレルコトニナリカネナイ。

ドチラガ得カ損カハワカラナイガ、ソウイウ不均衡ガアル。国民ノ全員ガブログヲヤリ日記ヲ書クヨウニナレバ、均衡ナ関係ニナルノダガ、ソウハイカナイ。デモ、モシカシテブログヲ書ケバ、嫌ナヤツノ「マメ」ナメールカラ逃レルコトガデキルカモシレナイ。ダケド、嫌ナヤツノタメニソコマデスルコトハナイダロウ。

ニンゲンハミナ自分ニ都合ノヨイヨウニ考エル動物デアル。迷惑モヒトニヨツテ感ジルテイドガチガウ。ソウイフコトダ。イイジャナイノ。嫌トイワレタラヤメレバヨイノダ。ソコマデ嫌ワレタナラシヨウガナイ。ナニゴトモヤツテミナクテハワカラナイ。

シカシタシカニ、カタカナデ書イテイルト昔ノ私小説風ニナルヨフナ気ガスルカラ不思議ダ。木村サンハ、ソレガワカツテイテ「カタカナ、カタカナ」ト叫ンダノダロウカ。イヤ単ニ酔ツテイタダケダト思フガ。デモ、ローマ字入力シテ漢字トカタカナニ一発変換ハデキナイカラ、チト大変ダ。デモ、ソノ大変ガ、ケッコウ面白イ。マタヤツテミヨウ。コレハ私小説風ダカラ虚構風デモアリマス本気ニスルシナイハ読者ノ勝手デアリマス。オオッ、「アリマス」ナンテ、ヒラガナデ「あります」ヨリ雰囲気ガアッテイイネ。シカシ、コレ、ドレグライノ人ガ最後マデ読ンダノダロウ。ゴクロウサン。

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2007/12/17

高岡さんのミカン。情熱のない世界に青年は住めるだろうか。

熊本県の高岡オレンジ園のことは何度か書いている。今年の初めにも、けっこう思いを込めて書いた。

2007/01/05
「食育以前、自然と食に生きるといふこと」

071217takaoka_mikanその高岡さんから、ミカンを頂いた。しかも、どっさりと。このミカンは、とりわけいまのおれにとっては重い、宝のようなミカンだ。

あのころだってそうだが、年月が過ぎるほど、この高岡さんや栗屋さんに頭が下がり、どんどんどんどん下がり、頭が地べたにふっつき土下座したくなるような思いがする。しかし、土下座すればすむモンダイではない。

すでに書いたが、高岡さんが、ミカンの無農薬有機栽培に踏み切った決断というのは、おれが現在の東京圏の生活と仕事を捨て、ポルトガルかなんかへ行って新生活を始めようとするような、とてもリスクの大きい決断だった。彼は、それをお子さんが出来てから、いや、お子さんが出来たからこそ、踏み切ったのだった。上のリンクをたどれば、ザ大衆食のサイトの「高岡オレンジ園」にジャンプできるが、そこにも書いた。

1990年ごろの当時は、無農薬有機栽培は空念仏が多く、自らの研究や工夫に頼るしかなかったし、その上、高岡さんは、まさにそれで「一家心中するしかない」と追い詰められたのだけど、無農薬有機栽培のまがったキュウリを農協は引き取らなかったように、高岡さんのミカンもワックスのツヤがないどころか見た目が悪く、農協は引き取ってくれなかった。

売る方法がない、売れない。真面目に数年の年月をかけ土壌から変えてやって、その結果がこれだった。一年どころか数年分ぐらい無収入と同じ状態におかれるのだ。家族を抱え、これほどの苦悩はない。その苦悩の最中におれは高岡さんと出会い、及ばずながら販路の開拓の手伝いをさせてもらうことになった。

そのころ、ほかのお茶栽培農家の方で、やはり全面的に無農薬有機栽培に切り替えた結果、ほぼ失敗し、一年分の収入をパーにして借金まで背負ったひとも知っていた。彼は、その後「低農薬」栽培に切り替え、無農薬をやる決断にいたらないが、その気持はとてもよくわかる。

だからなお、高岡さんの決断と実行はスゴイ男の決断と実行だったと思う(なんだか選挙演説みたいだな)。そのことの重みを、ますます感じるこのごろなのだ。そして、ときどき、自分は、あそこからナゼ東京へもどってきてしまったのだろうと問い返しながら、この東京圏から離れられないでいる。だけど、問い返すことが、なんだかここで、ある種の「情熱」を持ってやっていられる、何かになっていると思う。

あのころ高岡さんを動かしていたものは、無農薬有機栽培への熱い情熱だったと思う。もちろんそれだけではないが、成功するかどうかわからないことを、それが「理想」であるからというだけでやるには、熱い情熱が必要なのだ。

東京は、カネ=有名のためなら、多少あるいはいくらでもゆずってもよいという都であり、理想など一文の値打ちもない。現実におれなどは、高岡さんたちの努力とベクトルのちがう雑誌などのシゴトをしてカネをもらったりしている。これは無農薬有機栽培を旗印にしながら、農薬を使い新種の肥料を使っているに同じようなものだ(いま、たいがいのグルメ雑誌は、そうだ)。船場吉兆と、たいしてかわらない。それは「食うため」に許されると、身勝手な回答をあたえて過ごすのだが、いったん無農薬有機栽培を掲げた生産者には、それはゼッタイに許されない。

であるならば、いったい、おれはどうしたらよいのか。多少の鬱屈を抱えざるをえない。だけど、それは東京圏で生きるのなら捨ててはならない鬱屈だろう。

能書きなグルメなどに感情的に反発するのは、その鬱屈のバクハツでもあるかも知れない。それで嫌われても、トウゼンの報いなのだ。それがイヤなら、どんなに苦しい生活になったとしても、あそこからもどらなければよかったのだ。

たまたま、先日来、連夜の飲み会対策として山口瞳『酒呑みの自己弁護』を読んでいるが、「鬱屈の頃」を読んで衝撃に近い感銘をうけた。いまどき、作家はゴロゴロいるし、「辛口評論家」とやらもゴロゴロいるが、こういうことを書く作家はいない。それ自体が、情熱が失せた時代の証拠だろう。みな、オリコウぶっているだけだ。

山口瞳さんは、25歳の鬱屈の頃をふりかえって書く。「情熱のない世界に青年が住めるだろうか。」という。それは、連合赤軍岡本某のイスラエルはテルアビブ事件の話だ。「イスラエルにおける岡本某の如き青年は狂人であり無知識の甚だしきものである。しかしながら、これを狂人として、無視し、葬り去ることができるだろうか。」

「私は正直に書こうと思う。二十五歳のとき、私もまた一箇の「狂人」であった。いまの世の中で、それを、かりに光化学スモッグの時代であるとして、私が二十五歳であるとすると、私が狂人とならないでいられるかということに関して、全く自信がないのである。ひどい時代になったものだ。」

この本、1973年3月の発行だ。すでにあのころ「情熱」は無くなっていた、「ひどい時代」になっていた。

高岡さんが無農薬有機栽培に取り組んだのは、あるいは「情熱=狂気」だったかも知れない。農協の指示のままに大量の農薬と化学肥料を使う、たいがいの農家や農協は、「狂人」と見ていたかも知れない。売れるものなら良い、見た目がよければよいという大多数の都会の人たちからすれば、あきらかに「狂気」だったといえる。

ああ、高岡さんのミカンの話が、「情熱のない世界に青年は住めるだろうか。」のタイトルのおかげで、とんでもないところへ転がってしまった。

高岡さんのミカンは、もちろんうまい、その上、おれにとっては特別な味わいなのだ。
どうも、ありがとう、高岡さん。

青年だけじゃない、おれのようなトシの者だって、情熱のない世界に住めない。おれは狂人だよ。こんなにマメにブログの更新をして。そのあいだにマメにメールもして。鬱屈と狂気のバクハツだ~。おれに近寄るな、火傷するぞ。がははははは……。

さあ、高岡さんのミカンを食べて、さらに情熱と狂気を燃やそう。この、ひどい時代に理想を失わないために。
いくつになっても、青くせえなあ。

画像は、早稲種の小玉、皮ごと食べられる。一個だけ、レモン。このレモンがまたいいんだな。

そうそう大事なことを書き忘れた。ミカンと一緒にメモがあって、「畑でRKBラジオから遠藤さんの声が聞こえてきて、びっくりしました。……」。あの放送、ぐうぜん聴いてくださったのだ、しかもまだ八時前のミカン畑で。ああ、高岡さんのミカン畑、思い出すなあ~。

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東京低層生活の楽しみ。

2007/10/16「痛飲泥酔二日酔い心は晴れ、書評のメルマガ発行」のオトコからメールあり。おもしろいオトコだねえ。このオトコ、下町とかなんとかじゃなくて、とにかく東京低層生活に関係するところを、よく知っている。その日が初対面だったのだけど、安い飲食店や食べ物の話で盛り上がった。そのとき「理想のアジフライ」のことになり、「正三角形理論」に到達したのだった。ほかにもアタリメのことなど、かつてバカ安だったものアレコレについて、じつに話がよくあって「激論」し楽しかった。しかし、考えてみると、このオトコは、まだ40歳前なのだ。若いときから東京の低層で逞しく生き、いかにカネをかけないで飲み食いするか、貧乏生活を堪能してきたのだな。50円のつまみでビールを飲む、なんて、めったにやれないエンターテイメント、「酒とつまみ」のネタになりそうだ。

……………………………………
おせわになってます。
ブログ、ざっと読みました。おもしろいですね。遠藤さん、オリジナルの世界ができあがっていますね。
池袋清●の酒は本当にまずいですね。砂糖が入っているんじゃないですかね、あれ。一杯飲みきれなかった酒なんて考えてみればあれだけです。貴重な酒ですね。あそこには若いころ友達と毎日のように通い、人数分の50円の梅干しとビンビールだけで過ごした思い出の店なんです。
鳥●て鳥源でしたっけ。人肉の唐揚なんて書いてニンニクの唐揚をだまし売ってましたね。違う店ですかね。
私のことも書いていたのですね。爆笑しました。
……………………………………

ここにある、「清●」「鳥●」は、2007/12/09「とにかく飲んで、リスペクトなんか、あったもんじゃない。「酒とつまみ」10号発売!」に書いた店のこと。「鳥●」は鳥源という名前ではないが、その人肉の唐揚があるところで、店は当っている。

関連
2007/10/19「アジフライに関する無限的研究、中間発表」

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2007/12/16

「ちかごろ口がおごってしまった」

さきほど『てくり』の紹介で引用したオコトバだが、「僕が、いま、盛岡で暮らしているのは偶然なのですが、現在の年齢で来られたことが良かった、そう感じています。落ちついた大人の街だから、若い時では分からなかったかもしれない。盛岡という場所の面白さが…。」っての、考えれば考えるほど素敵なオトコのオコトバだなと思う。ただただ対象をよいか悪いかでみるのではなく、対象と、対象の面白さを感じる自分を見ている。

何度も書いているけど、あるものをうまい、あるいはまずいと思う自分をみる視線、味覚の批評にも必要な姿勢だと思う。

あるときオンナと焼肉屋に入った。どうってことない安いチェーンの焼肉屋だ。そこで彼女は、「ちかごろ口がおごってしまったようで、いけないのだけど、ここの安い焼肉はよいとは思えない」というようなことを言った。彼女は、料理やグルメとかの、表現関係のシゴトが主だ。シゴトでだが、ミシュランの三ツ星も2か所行っているし、あちこちのいわゆるうまい店について詳しい。自分で料理もつくって、おれは食べさせてもらったことはないが、その腕はけっこうなものらしい。それは話を聞いていても、わかる。彼女は、そう言って、でも、その店の最も安い焼肉を頼み、そして高い和牛も頼んだ。おれは、こういうオンナを、素敵だなと思う。惚れちゃうね。それは倹約や質素を知っているとか謙虚だとかいうことではなくて、たえず自分に対する視線があり、その安い焼肉がある事情などにも目配りがあり理解している、そういう関係のなかで食べる行為をやり味覚を考える、そのようなことだと思う。

ま、その肉は、はたして焼肉として使用するにはギリギリのものではないかと思うのだが、おれと彼女は、それを食べた。食べながら、「口がおごってしまった」と自覚できる、そしてなおかつよいとは思えないその肉を注文するオンナを、しみじみいいオンナだなあと思った。でも、その日が最後で、つかまえることができない。

牧野さんも、そうだ。サントリーヴォイスのシゴトを7年かそこらやって全国を飲み歩いているし、とにかく酒について詳しい。高級酒をたくさん知っている。彼がこだわってつくる、ハイボールは、たかがハイボールなのに、こんなに違うかとおどろかせるものがある。だけど、彼は、外で飲むとき、銘柄の好みを口にしない。ウンチクをたれない。あるものをうまく楽しく飲む。で、イザというときには、それなりの酒を選んだりする。ようするに、自分が楽しむことを知っている。素敵なオトコだと思う。ただね、飲み屋の選択がうるさくて、なかなか入る店が決まらなかったり、一歩入ってからイヤイヤをして出ようと言ったりする。おれは腹の中で、どこだっていいじゃないか、はやく飲みたいよーと思いながら、それに付き合う。

最悪の逆がいる。先日、その牧野さんの個展のオープニング飲み二次会で、おれと木村さんなどがいる席のあきにすわったオトコがそうだった。これはもうグルメ雑誌や番組などの影響もあるだろう、そういう知識の受け売りのようなことをいいつのり、自分のこだわりが正しいよいことだと思い込んでいる。こういうひとは「場の空気」を読むことも知らないから、こちらがガマンして聞いている気配も知らず、調子にのる。しかも初対面だぞ。くどい。説教になる。自分が気持よいだけなのだ。

おれは大竹さんを呼んで、横に座らせたが、オトコはますます調子にのる。おれは、いつもそうなのだけど、そういうことがあると、ガマンすることはしない。それほど度量があるわけじゃないし、忍耐強くもない。どんなにエライやつだろうが、その場で、すぐ注意する。笑顔でやんわりとね。「ああ、今夜は、そういう話をするためにここに来たんじゃないんだけどね」それで、撃退。きのう大竹さんに聞いたら、去年もこのひとがいて、大竹さんは延々付き合わされたとか。

最近は会ってないが、何度か一緒の会合で会い何度か一緒に飲んだ、エライ大学の先生がいる。専門は教育工学で、簡単にわかりやすく言ってしまえば、教育の評価方法、生徒や学生の評価方法のようなことを研究している。彼は、何か会合で発言するときやメーリングリストで発言するときなどは、最初に「○○の立場から発言します」というようなことを言う。つまり、その先生は、客観的に絶対によい評価法などない、立場や目的によって違ってくる、自分が研究しているものはそういうものであるということをよく自覚しているのだ。素晴らしい先生で、その「論」緻密、このひとに叩かれるような主張をすると、トコトン叩かれるとか、こわいほどスルドイ方との評判だが、とても謙虚で、それは先のオンナの話と同じで謙虚というより、自分と対象を知るだけなのだろう。

ところが、自分でモノゴトの評価法など考えたことのない人は、ひとが考えた評価法や、その結果を、「客観的」「絶対的」なものとして受け売りしやすい。いわゆるグルメのひとたちの評価や能書きなど、それに似たものだ。それはミシュランや、あるいはグルメ雑誌や番組のように、自分たちの評価が「客観」「事実」であるがごとき主張する連中もいるからだが。単に、ニンゲンや文化の程度の悪さを表現しているにすぎないように感じる。

年齢によって、同じ街が面白くも面白くなくも思えるように、食べ物だって、もっと複雑にいろいろなことが関係する。だから、そこで、それにどう自分が関わっているかを、たえず知っておく「視線」が必要なのではないかな。何かを「うまい」あるいは「まずい」と思ったということは、それを「うまい」「まずい」と思った自分がいることを示しているにすぎない。モンダイは、そこから何を考えるかなのだ。

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泥酔第四夜、西日暮里で新緑のトンネル。

きのう書いたように、夜は西日暮里で大竹さんが取材する店へ木村さんと押しかけることになった。

昼近くなっても、胃だけがもたれている。ゴロゴロしながら連夜の飲酒に備えて読んでいた山口瞳『酒呑みの自己弁護』。「失われた混合酒」のところで、書き出しに「酒がテーマになっている小説では、O・ヘンリーの『失われた混合酒』の右に出るものはない。」とある。読んでいるはずだが内容に記憶がなかった。本棚から新潮文庫の短編集を探した。一と二があって、その二に収録されていた。短いから簡単に読めた。それで飲む準備は整った、古書ほうろうに寄り、クドウヒロミさんの『モツ煮狂い』を買おうと、チョイはやめに出た。

クドウヒロミさんとは、2007/07/01
「鳩の街、玉ノ井で「酒とつまみ」泥酔」に書いたように、6月30日に一緒に飲んでいる。

西日暮里の駅についたが、まだ胃がもたれていて、『失われた混合酒』を読んだぐらいでは備えが足りないような気がする。売店でソルマックを買って飲む。

18時チョイすぎ。古書ほうろうのドアをあけると、すぐ正面の通路の入り口で本棚に向かって本を手にしているオンナが1人。おお、絵になる景色だ。すぐ木村さんとわかる。木村さんも『モツ煮狂い』を求めて来たのだという。一緒に、西日暮里駅の反対側にある、19時に待ち合わせの店へ。

以前に、大竹さんともここでは飲んでいるが、裏通りの場末感タップリの韓国家庭料理の店。大竹さんはすでにいて、取材のOKをとっている。ある週刊誌の連載だ。地元民の南陀楼綾繁夫妻も誘ったが忙しくて都合つかず。

ってことで、約24時間休憩した前夜の続きのような飲みが始まる。メインつまみはホルモン鍋、ほかにチヂミやレバー刺しなど。前夜、三次会まで行った大竹さんに、そのスゴイ結末を聞きながら、まずは生ビールから飲み始める。

のち、マッコリ、レモンサワー。最初はローな気分でゆったりしていたが、しだいにサードな気分ぐらいになる。ま、大竹さんはシゴトで来ているわけだから、なんとなくシゴトまわりの話になる。お互いのシゴト、ギョーカイ。飲み屋や料理のこと。約一年前に編集長がかわった某グルメ系雑誌の交代劇のウワサ的真相ナノヨナノヨネノネノネ比較文化論的に編集者なるものをツマにする。いずこもおなじ、●能だが調子のいいやつが出世して、だんだんおかしくなるコンチニ的構造的病理の深層にあるものは何か。なんてことから、しだいに昔的つれこみ旅館の良さに関する考察および鶯谷におけるドトールの街的おもしろさの地理学的考察へ。では、もう一軒いこうか。と、21時ごろ出て、ガード下の●多八へ。

ちょうどテーブルが一つあいていた。3人ともホッピー。ここで一気に飲みギアはトップへ。前夜の私小説的アブナイオトナの続きへ話は転がりだす。そうそう、木村さんは、きのうおれが書いたあたりのことは酔って覚えていないという。うふふふふ、いいこと聞いちゃったぞ。

とにかく「失われた人々 旅情編」というかんじで、男の無計画一人旅あるいは計画的旅のトキメキ、漁港旅の楽しみなどなどから、しだいにオトナ度は深まり、据え膳もくわない近頃の若い男の心理学的生理学的分析、なになに不倫旅とな、誰だ、そんないいことをしているやつは!そして文化人類学的考察としての、新緑のトンネルをぬけて列車は走る、オンナはオトコを追いかけ、オトコはオンナを追いかけ、あるいはオトコとオンナが手を取り合って、行くは、こういうときはなぜか九州じゃ私小説にならないのよ、やっぱり北海道、それも北端か東端をめざして……ですよ。ああ、残念ながら、ここに赤裸々に書くわけにはいかない。大竹か木村の小説を楽しみにしよう。

この日記のタイトルに使えそうな言葉がつぎつぎに飛び出した。ナントカ~、とおれか大竹さんが叫ぶと、「それ、タイトルになる!」というぐあいに、何本かタイトルがあがったのだけど、メモをしなかったから、「新緑のトンネル」しか覚えていない。これだけじゃなんだかわからん。いや、3人にはわかるのだが。

ま、ワレワレはアブナイオトナの話をしながらも教養ある人物であるので、コトバアソビとして、きわどい話をして楽しんでいるだけなのですな。どーかみなさん、ご心配なく。なんて書いても、誰も何も心配してないか。

しかし、これが、じつに清々しく楽しい酒なのだ。うーむ、しみじみ私小説的に深い、まさにオトナの酒ですね。かくて、23時になり店のひとに追い立てられながら、まだ粘って、ついに腰をあげる。

またやろうと、西日暮里の駅のホームで、山手線で新宿へ向かう、大竹、木村と別れを惜しみ。彼らが電車に乗って去ったあたりまでは覚えているが、京浜東北線はまたもや遅れが出ていて、それからが記憶がモヤモヤモヤ……。今朝メールを見たら、帰ってから愛のメールを一本していた。愛してるよ~、がんばれよ~、待ってるよ~。

木村さんから、このブログに何度か登場している、岩手は盛岡のリトルマガジン『てくり』の最新号をいただいた。この夏、盛岡を訪問したときにサキさんに案内されて行った「carta」の特集なのだ。タイトルは「cartaからの手紙」。で、この雑誌をおれが飲みながらパラパラ見ていると、「ねっ、ここを見て」と木村さんが開いた、そこには、盛岡へ単身赴任中のご主人がニコヤカな顔で。これは、「あなたは、なぜここにいるのですか? 東京ではなく、富良野でもない。盛岡で働き、暮らす理由。」というコーナー。木村さんのご主人は、なかなかよいことを言っている。「僕が、いま、盛岡で暮らしているのは偶然なのですが、現在の年齢で来られたことが良かった、そう感じています。落ちついた大人の街だから、若い時では分からなかったかもしれない。盛岡という場所の面白さが…。」おれは短い滞在だったけど、同感。しかし、このご主人の写真を、すぐ見せたがる木村さん、ああ、離れて暮らすオンナ心の切なさよ。

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2007/12/15

牧野伊三夫展で泥酔すれど快調。

071214makinotenきのう。牧野伊三夫展の初日、6時からオープニングパーティで酒が飲めるというので行った。毎年この時期にやっているのだが、いつも都合が悪く行けなかった。

御徒町の吉池で酒を買って行こうと降りる。改札を出たら、立ち食い蕎麦屋変じて安居酒屋になった店が目に入る。チョットだけ飲むとしよう。カツ丼セットとビール一本の食券を買う。ビールが簡単にあき、ものたりない。じゃ、燗酒一本だけ。

すごい種類の酒がある吉池の2階で迷わず、高千代の純米吟醸「巻機」を一本買う。

会場は神宮前、表参道駅から近いHBギャラリー。近い位置にいるはずなのだが、更地が多くなっていて、小路は暗いし、HBのある建物が見つからない。おなじところをウロウロしていると「エンドウさん」と声がかかる。お子さんを連れた牧野夫人。一緒に無事に会場へ。

その牧野夫人に、「お子さん大きくなりましたね」と割りと月並みのことをいうと、
牧野夫人「エンドウさんにもおなじ年ぐらいのお子さんいるんですね」
おれ「?????」
牧野夫人「ほら、ブログに写真がのっていたでしょ」
おれ「えっ、あの隠し子のことですか、アレ冗談ですよ」
牧野夫人「そうなんですか、本気にしてましたよ」
2007/11/24「寒風の中で飲むガマン比べのような泥酔」の画像のこと。

このブログは、ウソはないけど虚虚実実イタズラが随所にありますから、気をつけましょう。

ギャラリー入り口では鴨井岳さんが焼き物屋で大奮闘。

瀬尾幸子さんあらわれる。
おれ「あれっ、来れないといっていたじゃないか」
瀬尾「うん、ちょっとだけ」
牧野さんに『雲のうえ』をたくさんもたされ消える。これから行く飲み会の会場で配るのだとか。

『雲のうえ』プロデューサーの中原蒼ニさん。「大谷さんの近くに引っ越して嫌われています」「がははは」

「四月と十月」古墳部長スソアキコさん、川原真由美さん、久家靖秀さん、初対面山部の宇田敦子さん。

大竹聡さん。古書ほうろうでやった『酒とつまみ』10号記念の『モツ煮狂い』クドウヒロミさんとのトークショーの盛会の様子を聞く。『モツ煮狂い』の2号も発行になり、ますます狂っているとか。

有山達也さんと、ガッチリかたい握手。『雲のうえ』5号の労を、ねぎらいつつ。

木村衣有子さん。京都の恵文社の話。横須賀拓さんを紹介される。

飲み人の会の牧野、木村ファンのスコッチさん。

鴨井さんの焼き物を食べながら飲む。おおっ、スソさんが酔っているところ初めて見たぞ。ソスさん「古墳部の旅行のときはイチオウ責任者だから酔えないの」「ふーん、フマジメにやろうね」

8時ごろ、近くの蕎麦屋で二次会。スコッチさん、木村さんと同じテーブルに席を占める。焼酎から始める。スコッチさん酔って話しがくどくなり、そのうえ料理をこぼしながらわしわし食べるので飲み人の会として厳重注意処分1号。木村さんが世話をし、あいてる席に上手に寝かせる。酔っ払いの扱い、うまいなあ。

こちらのあいてる席には一人バチガイなひとが来たので、大竹さんを呼んで撃退。そのあとは、大竹、木村、おれで、がぜん盛り上がる。途中で、各テーブルをまわっていた牧野さんが加わり去る。そうそう木村さんに「かんぴょう」のこと書いてもらう話しね。

どうしたことか、アブナイオトナの話になる。ここだけのオトナの話よ、という雰囲気がどんどん深まる。
大竹「やはり小説家になるには、いろいろな体験をしないと」
木村、キッパリ「そうです」
小説家になるためには、男は数々の女と恋をし、女は数々の男と恋をしなくてはならない、と、世間では「浮気」だの「不倫」だのといわれる正しいオトナのレンアイを、小説を書きたい大竹と木村は正当化している(ご存知ない方が多いだろうけど、大竹さんは、すでに別の名前で小説を発表している)。
んな正当化の必要があるかい、小説家がなんでえ、誰だって好きならやればいいのだ。と、愛人はいるが、小説なんぞ書くつもりのないおれはいう。
木村さん、ほかのテーブルから余っている焼酎のびんを次々に持ってくる。おれたちのテーブルは、すげえ飲んだようにびんだらけになる。酔いは深まり、話のあやしさも深まる。
おれ「木村さんの、その話、ブログに書いちゃうぞ」
木村「だめっ、書くなら、やはり夫婦は一緒にいたいと書いて」
はい、書きました。だそうです、サキさん。
大竹、木村のあいだ、かなりアヤシイ雲行きになる。アブナイ、あぶない。サキさん、はやくもどってきてくださ~い。

このブログは、ウソはないけど虚虚実実イタズラが随所にあります。

なーんてやっているうちに、なんだか最後は、今夜は大竹さんが取材する店へ木村さんと押しかけ、また一緒に飲むことになってしまった。かくて今夜も、まだまだ飲む夜は続く。

うむ、しかし、ひさしぶりに高度にオトナの会話をしながら飲んだ気分だ。

10時半すぎだったかな。帰る人は帰り、みなは3次会へ。おれは遠いし、泊めてくれるオンナもいないので、スコッチさんと原宿駅へ出て帰る。途中から記憶喪失。駅からウチへの道すがら、天を仰いで、ああ、おれの愛人はどこにいるのだろうか……タメイキ。帰ってメールを見たら、愛人1号と思われるオンナから、意味不明のメールが入っていた。やはり愛人1号は幽霊なのか。

そうそう、牧野伊三夫展ですね。行って見ればワカル。
HBギャラリー
http://www.hbc.ne.jp/hbg/

画像はギャラリー入り口で挨拶する牧野さんと、焼き物をやった鴨井の岳ちゃん。2人は、「酒場部」というのをやっている。そのことは、また後日。

おれも、たぶん新年早々ぐらいに「部」をつくります。

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2007/12/14

国立演芸場で浪曲堪能のち四谷で酒堪能。

うううっ、一昨日の酒疲れが残っている上、きのうはまた飲んで遅くなり疲れか残留アルコールのせいか、寝不足のせいか、まぶたが重く下がってくる。

国立演芸場18時半の開場に待ち合わせ。シノさん、タノさん、愛人8号、あんどイガラシ夫妻。なんと、今回は、おれを含めて6人だ。いやあ、一緒に浪曲行こうよで、こんなに連れがいるのは、生まれて初めて。しかもみな若い。よろこんでいいよ奈々福さん。まだまだ若い浪曲ファンを発掘できる。

玉川美穂子さんが浪曲師としての名前を奈々福に改めたのは一年前。木馬亭での、その名披露目公演のことは、こちら
2006/12/17
玉川美穂子改め玉川奈々福。

その名披露目公演を一年間やってきて、きのうがファイナル、しかも国立演芸場だ。

この間に、師匠の福太郎さんがトツゼン事故死するという大悲劇もあった。
2007/05/24
玉川奈々福さんの師匠、福太郎さん亡くなる。

ま、とにかく、それで、きのうは、関西からメキメキ売出し中の若手の春野恵子さんとベテラン松浦四郎若さん、それに福太郎師匠の兄弟子にあたるイエス玉川さんという顔ぶれが揃った。おれとしては、男と共にか?大阪へ行ってしまったアイドル沢村さくらチャン、それからこれも男がいるが横取りしたい大好きな佐藤貴美江さんの三味線を久しぶりにきけたのもうれしかった。

しかし、この日は、奈々福さんの成長ぶりと、浪曲はやはりおもしろいぜ、まだまだやってくれるぜということをシミジミ感じさせるものだった。会場は、かなり盛り上がった。なにしろ、おれの連れたち5人のうち、この日が浪曲初めてが3人、みな意外に楽しめるものだとわかって、また浪曲の楽しみを知るひとが増えたというわけだ。めでたし、めでたし。

それはそうと、イガラシ夫妻の夫が春野恵子さんと中学の同級、しかも春野さんといえば、なにも東大出だからといって騒ぐことはないのだが東大で、夫妻も東大というわけで、なんだか急に周囲の偏差値が上がった浪曲鑑賞となったのだが、とにかく、中入りを利用して、夫妻を恵子さんのいる楽屋へ案内して行った。すると、奈々福さんが着替えの最中、わーい奈々福さんの色っぽい襦袢姿みちゃった。奈々福さん、この日の主役で、これから出番だというのに、着物を着ている途中で飛び出してきて案内いただき、無事に恵子さんに会えた。どうもありがとうございました。

奈々福さんが、「とどけ、天上の福太郎師匠へ!」とやった、「天保水滸伝」は彼女の持ち味を生かした堂々たるものだった。やはり、勉強勉強か。やはり、自分の持ち味ってのを大事にしながらの勉強が必要なのだな。勉強は、苦手だなあ、酒だけで過ごしたいが。いやあ、とにかく、よかった、ライブの醍醐味。そうそう、奈々福さんの三味線は、亡き師匠のみね子夫人だった。

ななふく日記…クリック地獄

国立演芸場を9時過ぎに出て、一行6人タクシーに分乗して、四谷へ出る。新道の、タノさんが女従業員の尻を追いかけて馴染みという飲み屋に落ち着き(この店、名前を忘れたがよかった)、あとは飲むだけ、原油動向から鶯谷デリ嬢の動向まで、いつものように話は散り散りながら、とにかく飲んだ。11時半ごろまで。

四谷駅で別れた、シノさん、タノさん、愛人8号は、新宿2丁目のクラブ(タノさんとシノさんはホモとのうわさ)、3丁目の池林房、大久保のカラオケで朝を迎えたらしい。ようするにバカである。こいつらについて行かなくてよかった。

ああ、それなのにそれなのに、今夜も、また飲まなくてはならない。そういうわけで、今夜に備えて、ゴロゴロしながら山口瞳の『酒呑みの自己弁護』を読んでいた。

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2007/12/13

『酒とつまみ』10号

Saketuma10先日、『酒とつまみ』10号が発行になったと書いたが、きのう現物が届いた。しかも大竹聡編集長が、「「雲のうえ」5号、すばらしかったです。」と書かれたレターつき。大竹さんにそう言っていただけるなんて、光栄です、ありがとうございます。

まだ全部は読んでないが、巻頭の「『酒とつまみ』創刊10号記念特集」は「山手線一周ガード下酩酊マラソン」。大竹さんが通風を抱えながらやっている。「飲み屋ばかりではない 食堂で飲むんであります」の見出しで「御徒町食堂」のことをたくさん書いている。おばさんは元気のようでうれしい。おおっ、それから、西日暮里の「喜多八」ものっている。

酔客万来は玉袋筋太郎さん。

「瀬尾幸子のつまみ塾」は、「疲れた肝臓を守る簡単つまみ」。『酒とつまみ』10号は、9月発行の予定だったから、夏に疲れた肝臓のことで、「夏の定番枝豆」なんてのが登場する。ま、でも、発行がのびたおかげで年末年始の疲れた肝臓用と思って読めばいいさ。「カレー汁かけ飯」も登場するぞ。

見よ、表4広告「朝酒新聞」は「兵庫のおじさん」が登場だ。そうなのだ先ほど書いた、須田さんは「酒とつまみ」にもつながっているのだ。いったいまあ、どこでどう人間つながるかわからんものだ。二度と会うことはないだろうと悪口を言ったりできないな。

カメラマン斉藤正さんは「酒とつまみとハゲといいわけ」で、「俺はヘタレだ。……今俺には好きなおんがいる。そいつの事を思うとシャッターにもまったく力が入らない」なーんて。イイなあ、ウラヤマシイなあ。おれも……。

南陀楼綾繁さんの「古本屋発、居酒屋行き」には、いつものように、おれが「永世ゲスト」で名前だけ登場する。

とかとか。
『酒とつまみ』 祝なんとか10号、よろしく~。…クリック地獄

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食べ飲む、携帯動画番組の撮影スタート。

071212_ikoi前に、ちょっとだけ書いた。コメディライターあんどプロデューサーの須田泰成さんがプロデュースの携帯動画番組マイコメ(コメディ専用サイト)で、おれが食堂や酒場をめぐるの、きのうからロケが始まった。

まずは、押上、というか住所的には業平になるが、「いこい食堂」、そして鶯谷の「信濃路」。

おれが出るのだから、トウゼンこれまでのグルメ番組や、そのテのものとはちがう。むしろ、そのおかしなところを笑い飛ばすように作るのだ。なにしろ、なんの打ち合わせも台本もなく、取材OKだけとって、ぶっつけ本番でやり、おれはひたすら店の人とシャベリながら食べ飲むだけ。イチオウ最低のガイド情報はテロップで流すが、「存在自体がコメディ」といわれるおれの「地」そのものでやる。

打ち合わせも台本もないのは初めて、しかも話したことがないひと相手なので、けっこうやりにくいが、そう思ってしまうととまどいが出て失敗するだろうから、「ままよ」と度胸だけで、やりぬいた。けっこうのってやれた。

13時からのいこい食堂では食べるだけだったが、信濃路では15時ごろからひたすら飲む。1人で銚子5本をあけ、緑茶ハイを2杯飲んだら、もうベロベロ。

この件については、近日中にべつにブログをつくって、そちらに関連記事をまとめることにする。いろいろな展開が予定されている。

放映は2月からで、年内にまだ何か所かで撮影する。通勤途上の電車のなかなどでかるーく見られるよう、3分ぐらいの番組になる予定。

とりあえず、須田さんによる最近の須田さんのオシゴトを紹介しておこう。この須田さんと、組んで撮影から編集をやる逆井智紀さんが、おれと食堂と酒場をどう料理してくれるか、来年は楽しみであります。

「空飛ぶモンティ・パイソン」DVD
http://tv-tokyoshop.jp/item/94732501.html

「兵庫のおじさん」
http://www.youngcg.net/youngcg.html

来年2月に始まる携帯コメディ専門サイト「マイコメ」のプロデュース。
http://mycome.jp/

あと、書籍いろいろ。NHKの子供向けギャグ番組「シャキーン!」など、

講談社「KING」向けのギャグ・コラム、その他。

地元のコミュニティ・サイトもお店プロデュースなど、ぼちぼち盛り上がり。
http://www.kyodo-kei.com/

日本スローコメディ協会も、ゆる~く次の展開に向けて動いております。
http://www.slowcomedy.tv/

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2007/12/11

言葉の変化と食の変化の摩訶不思議関係。

言葉と食の関係はオモシロイ。

当ブログでは以前に、料理の構造と言語の構造について、構造主義に寄った恰好だが、アルシーヴ社の佐藤真さんの論文風エッセイを紹介しながら、書いたことがある。

2003/02/24
料理とは

2003/02/25
料理とは2


出版社の未来社のPR誌『未来』12月号、絵本、童話作家の長谷川摂子さんの連載「ことば・ことば・ことば」が、「「正しい日本語」というユーレイ2 クソババア一家の愛」というタイトルで、これがオモシロイ。

言葉の地域差と社会の階層による格差の話をしている。「同じ社会のなかでの日常の言葉の境界線はいつの時代も、どこの国でも社会階層に即して上中下の縦割りであるらしい。つまり、富裕層、中間層、低所得者層の縦割りである。また、中央集権国家の設立以来、この上中下以外の構造として、方言もからんでいた。」そして、社会階層の格差は、地域差ほど単純ではないという。

「変化は社会も我が家も同じこと、「やべー」のように、たいてい下からやってくることが多い。そこで上から下に苦情が出る。親から子どもに、教師から生徒に、文化人から非文化人へ「ことばがみだれとる」と、苦情が出る。その苦情にはたいてい規範が伴っている。自分のものさしが言語の規範なのだ。」

で、ここで、田中克彦という言語学者の『ことばの差別』(農文協)から引用する。「言語は、規範から外れるという、この誤りなしには決して変化しない。だから、言語の歴史は誤りの歴史である以上、どの言語も誤りのかたまりのようなものだ。」

だから「つまり、「やべー」がいつの日か上層に立つ人の規範的な位置にたつ言葉になりうるということだ。」

という長谷川さんは、「やべー」「こえー」は我が家に入ってくるし、自分も場所柄をわきまえず思わずつかいそうになる、だけど、どうしても我が家に入ってこない言葉に「クソババア」があるという。しばらく、その「クソババア」の話が続いて、これがまたオモシロイ。が、省略。

最後に長谷川さんは、こうまとめる。
「どんな言葉も言葉それ自身には罪はない。同じ言葉が人間関係のありようしだいで暴力にもなるし、複雑な情愛を伝えたりもする。「クソババア」でさえそうだ。しかし、私の母語のなかに「クソババア」は今のところ生理的に入らない。これは仕方のないことだ。私は私の母語を生きるしかない。だが、世の中には上にも下にも私が入れない海があって、その違和感を拭い去ることはなかなかできない。しかし、その違和感をもとに自分の言葉を他者に対して規範にしてはならないと思う。言葉自体として「美しい言葉」とか「正しい言葉」は存在しないのだ。すべてその言葉を使う人間と人間の関係のありようで美しくも醜くもなる。そのことは肝に銘じておきたい。」

これ、「言葉」や「言語」を「料理」や「食」におきかえると、じつにオモシロイ。「食育論者」のバカバカしさもあらわになる。

それに、絶対的にうまいものなどない「うまいまずいは人間関係である」と言ってきたおれの主張と、ほとんど重なる。「マズいという感覚をもったとき、マズいと切り捨てるのはあまりにも人間的に幼稚すぎる。まず、その食堂の人間関係におもいをはせてみる必要があるのだ。そのことで料理や味や人間社会の複雑さを、リアリティーをもって理解を深めることができるはずだ。」と書いたのは、1995年。こちらザ大衆食「大衆食堂の楽しみ方」…クリック地獄

それにそれに、蕎麦やすしや天ぷら、いまじゃカレーライスや丼物の汁かけめしも、かつては貧乏人の「やべー」ものだったしな。魚谷常吉さんは『味覚法楽』で、「貧乏人の食通」について「現今高等料理に使われるものは、ほとんど全部これらの人々の発見、工夫したものであるといってもよい」と言っているしな。…クリック地獄

いやあ、ははは、なんてオモシロイのだろう。

で、もうチョットつけくわえれば、自分がより「上」の人間でありたい願望のために、あるいはその陶酔のために、「美しい(美味しい)料理」「正しい料理」を知るグルメであるかのごとき装いをしたがる人間が少なからずいる。ま、人間だれしも「上」に立ちたいものらしいが、その手段として食が手っとり早い。そしてその人たちのために、さまざまなグルメ雑誌やグルメ本があるというわけである。ごくろうさん。

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忙中朝昼酒のなかでアレコレと考えた。

ここ2、3日、あまり酒も飲まずに夜更けまでオシゴトをして、日限まで仕上げなくてはならないものは仕上げたし、かなり片づいた。おかげで今日は、ほんとうはやったほうがよいことがあるけど、やらないでもよいから、朝から酒を飲んでいる。げっ、もう昼をすぎた。酒がなくなるよ~。

ちょいとメールのやりとりなんぞをして、おだやかな満ち足りた気分のなかで、アレコレ考えた。いいねえ、こういう酒は。なんだろうねえ、無目的に漫然と語り合うって大事だな。でも、なぜ電話じゃないのだろうか。それは相手によりけりで、電話よりメールがよいというひともいるし、メールより電話がよいというひともいる。おれの周囲では、電話がよいというやつは、たいがい長話が好きなやつだ。いいかげんにしろよな急がないならメールにしろ、と言っても、懲りずに長い電話をかけてくる。かかってくると、ほかのことで気がせいていても、相手をしてしまう。女のばあい、中にはだが、ほんの1人ぐらいだが、こちらが電話で話したいなあと思っても、メールでというやつもいて、ま、うまくいかないものだ。

お互いに、あるていど時間の余裕があるなかでは、メールでもこまめにやりとりできるから、今日は「質問」形式はつかわなかった。でも、ニュアンスが伝わってないなと思うと、いちいち説明を加えるメールをしなくてはならない。ま、だから、語尾によく「(笑)」とか使うのだろうが、おれはできたら「?」も使わずに書きたいほうだから、メールの短い文章のやりとりでは、難しいこともあるな。なぜかおれの書き方は、「皮肉」「辛らつ」に受け取られやすいらしい。

昔のひとは、長いあいだ会わずに、しかも時間のかかる手紙をやりとりしていた。このあいだから、真山青果著『随筆滝沢馬琴』をボチボチ読んでいるが、もとになっている資料は日記と手紙が主だ。手紙のほうは、馬琴の性格にもよるのかも知れないし、著者の引用の都合なのか、ほとんど馬琴の言いたいことだけだ。一度も会ったことがない、そして一度も会わずに終わるひとに、愚痴や後悔を並べたてる。

でも、考えてみると、簡単に往復やりとりできるわけじゃないから、マズ自分のことを伝えるしかないように思う。お互いに一方的に言い合いながら成り立つコミュニケーションといえるか。お互いに寛容と心の余裕が必要になるのではないか、それがあったのではないか。それはそれで、なかなかよいように思う。とくに、おれなんぞは「繊細」に欠けるとよく言われるわけで、それは相手の気持を考えていないということらしい。べつにそういうことじゃなくて、まずは自分の状態や気持を伝えたいということは、そんなに悪いことじゃないだろう。繊細が「善」「良」であると、じつに不都合が多い。もっと、ナタで彫刻するようでいいのではないか、繊細ならお互いに理解が深まるというわけでもないだろう。理解は、繊細かどうかと関係ないのだよ、想像力の問題なのだ。繊細に欠けるから相手の気持を考えてないなんて、とんでもねえ言いがかり、それこそ繊細に欠けるクソッタレだ。と、ナタ派のおれは、針先派の繊細に、針が千本集まってもナタの仕事はできないんだぞと言いたくなるわけだ。

ここで、おねえさん、熱燗一本ね、と言いたいのだが。

しかし、滝沢馬琴って男は、ほんと付き合いたくないやつだ。嫌いな「dancyu」も村上春樹も、滝沢馬琴に比べたら……って、そんな比較は無謀か。がんばれ「dancyu」、がんばれ村上春樹。って、なに書いているのか。

滝沢馬琴は、とにかく甘いものが好きだった。砂糖の消費がすごい。これって、もしかしたら、ストレス食いじゃないのだろうか。息が詰まるほど細かいひとだものなあ。

とりとめなく。

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2007/12/10

今月発行の書評のメルマガは、魚柄仁之助『魚柄の料理帖 人生、楽しく食べること』光文社文庫。

今日が締め切りだった、書評のメルマガ「食の本つまみぐい」の原稿を書いて送った。前回の料理研究家、瀬尾幸子さんは、料理は作ってなんぼのものじゃ、ぐちゃぐちゃ能書きたれてないで、冷凍食品でもインスタントでもいいから使って、とにかく作ることだ、自分がうまくて楽しければいいんだよ、という主張で、おれは激しく同意。今回も、チョットちがうが、その「系統」といえる。

過去掲載分の案内は、こちら……クリック地獄


しかし、年末って、なんでこんなにあわただしいの。12月が1月になるだけなのだから、なるべく来年にまわそうよ。と言ってもダメか。

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好事家的タワゴトからの脱出あるいは逃走。

Bunsyun_dx768日の池袋で飲み会の前に、「古書 往来座」に寄った。そこで見つけたのが『文藝春秋デラックス』1976年2月号だ。全特集は「美味探求 世界の味 日本の味」。これには、知らなかったが、江原恵さんが「日本料理の雑種性」という一文を寄稿していた。あまり上手とは言えず、おもしろくない。彼は、このころ『庖丁文化論』でデビューしたばかりで、注目を浴び、あちこちに『庖丁文化論』の焼き直しダイジェスト版のような文章を書いていた。これも、そのひとつのようだ。

ときどき、当ブログで書いているが(たとえば、2007/10/17「普通」の一瞬の輝き。1977年キャンディーズ「普通の女の子に戻りたい」。)、食文化史的に見たばあい、1980年前後の10年間に、エポックメーキングな何かありそうでサムシングがヒクヒクするのだけど、そのへんの勘に引っかかるものが、この雑誌にてんこ盛りで、もう興奮している。

でも、今日は忙しいから簡単にしておこう。「一億総グルメ」なるものが「流行」するのは、この本から10年後ぐらい、1980年代なかごろから。グルメだけではない、簡単に言ってしまえば、こんにちまで支配的な、好事家的タワゴトが、あらゆる分野で台頭する。その特徴は、というと、ようするに好きなこと、好きなものしか見ない。かつ蒐集的で数を誇り(何軒くいたおしただの、何冊読んだだの)、仔細に詳しいことを好む。それを称して、世間では「マニアック」「マニア」「オタク」とか言うようになったが。

ニンゲンただでさえ、好きなこと、好きなものしか見ない。自分に都合よく考えるのがフツウだろう。そのビョーキがひどくなった。かつて赤塚行雄さんが1980年代を象徴する表現として「ワルノリ」という言葉をつかったのだが、それも関係しそうだし、それでチト思い出したことがあるから、忘れないようにメモしておきたい。以前、2005/11/27「東京に働く人々」に書いていたこと。………………………………

東京神田神保町の書肆アクセスで、「東京者(とうきょうもん)」というブックフェアを12月3日までやっている。これは、青柳隆雄さん、南陀楼綾繁さん、堀切直人さんの3人が選んだ「東京本」をそろえて販売するというものだ。そのカタログを先日、書肆アクセスの店長畠中さんにいただいた。

これは、トウゼン、その3人の好みの選択であるから、それはそれでよいのだが、「東京本」「東京人」という言葉が踊るとき、そのワクからいつも抜け落ちている東京をかんじる。今回も、また、なのだが、ま、文学的虚構の東京も、コンニチの東京の一面なのかも知れない。

今回のカテゴリーは、「浅草」「まち」「ひと」「時代」という分類であるが、リストアップされている本を見ると、やはり、たとえば東京南部に関わる本や作家は、ほとんどない。蒲田生まれ育ちの、だが浅草イメージの小沢昭一さんが、関係あるといえばあるぐらいだろうか。

かつての浅草の繁栄から現在の東京の繁栄を支えた「東京に働く人々」が、どうやら「庶民文化」という観念を通してはみえるようだが、かなり希薄な存在になっているのではないかと思われるのだ。あるいは、「南部労働者」や「葛飾労働者」を、「アカ」とみる偏見の伝統が、まだ根深くあるのだろうか。

………………………………

このとき、南陀楼さんほどのひとでも、こうなのだなあと思って、いったいナゼなのか気になっていた(たしか、南陀楼さんは、このブログを読んで、ご自分の日記に、小関智弘さんの本を一冊追加していたように記憶するが。それにしても、ナゼなのかという疑問は残った)。そして気がついた、南陀楼さんにかぎらず、近年「東京」を語るとき、じつに好事家的傾向が強い。ま、べつの言い方をすれば、「文学趣味的」ともいえるだろうか。

きっちり、というのは好きなこと好きなものだけではなく、歴史的社会的に、もとのデータを押さえることをしてない。いつのまにか圧倒的多数のはずの労働者の生活は消えてしまう。食にいたっては、その傾向が最も激しいようで、根拠のない好事家的タワゴトが大手を振っている。こういう時代へ傾斜したのは、1980年の前後10年ぐらいからの変化であり、おれたちはその歴史的流れに、少なからず影響されてコンニチ生きている。ある意味、好事家的ワルノリ人になっている。そのことについて無関心すぎやしないか。では、どんな影響だったのか。……とかとか考える。

きっちり、もとのデータを押さえてないエッセイだの、批評だの、文学などは、甘くも辛くもなる。かくて、お互いの傷をなめあうような甘口と、傷に砂をすりこむような辛口が横行することになった。どちらかへのワルノリであり、食べ歩き系のブログなどにもよく見られる。それは表裏の関係であり、甘いからよいとか辛いからよいということではない。とかく、辛口がエラソウにしているが、本質は甘い連中と同じ。

ところで、この『文藝春秋デラックス』には、「世界と日本の味を知る名著10冊」というコーナーがある。百目鬼恭三郎(どうめき きょうさぶろう)さんが書いている。10冊のなかには江原恵さんの『庖丁文化論』もある。そして邱永漢さんの『食は広州に在り』で、こんなことを書いている。

「美食に関するエッセイ集はたくさん出ているけど、中に盛られている情報に信頼の置けるのと同時に、文章に力があることと、著者に批評の目があるということ、つまり、広い意味の文学になり得ていることが必要なのである。」「そういう条件を満たしている第一の本として」、『食は広州に在り』が評価されている。

ふーん。

ま、とりあえず、思いついたことを忘れないうちにズラズラ書いて、トツジョ、本日はおわり。

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「冷たい」午前2時すぎの「温かい」ヨロコビ。

天に冷たく冴えわたる月。「冷たくされても冷たい風が吹いても、おれのココロは密かに熱い」と昼に書いたことが、ウソくさい強がりに思えるぜ。ああ、おれは、そんなに強くはない、女に冷たくされ今月今夜のこの月をおれの涙で曇らしてやる、なんて言った貫一さんのセリフじゃねえが、涙ひとすじ眼にたくわえて、今宵は久しぶりに酔いどれ深夜便だ。

……ってのはウソなのさ。ちょいとソレ風に書いてみた。これじゃ浪花節の台本にならないな。酒を飲まずにオシゴトしていたら、午前2時過ぎてしまったよ。寒い冷たいのは確かで、キーを打つ音だけ、宇宙の中の孤独を感じるねえ。

そんな夜はさ、ネットうろうろで見つけた、こういうのがうれしいねえ。あったまるねえ。「閑人亭日録」さま、ありがとうございます、孤独なワタクシに、こんなに激励になることはありません。

女に捨てられるように出版社に捨てられ絶版処分をくらった『汁かけめし快食學』だが、見よ!

2007-12-05「■汁かけめしイケマセン」…クリック地獄

「遠藤哲夫「汁かけめし快食學」ちくま文庫は快作だ。特に第7章「汁かけめしイケマセンと雑穀食」には興奮した。」……「他にも引用したい箇所が丼に富士山ほどある......のでやめる。ミシュラン読む前にこれを読め、だな。」

こんな風に読んでもらえると、ありがたいねえ。
この前の日2007-12-04「■味噌汁ぶっかけめし」にも、

……「人間、気どっちゃいけないね。」174頁
 この言葉、気に入った。……

と書いてくださっている。

ああ、こんな夜更けに興奮してしまった。
寝よ。
寝て起きれば、朝か。いまから寝ても、朝はちゃんと起きるんだよな。


関連
2007/10/03
『汁かけめし快食學』絶版によせて。おれが愛した大衆食。

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2007/12/09

とにかく飲んで、リスペクトなんか、あったもんじゃない。「酒とつまみ」10号発売!

きのうは池袋で泥酔。17時、「鳥●」で開始。またもや野暮ったい男ばかりかと思っていたが、前日にシゴトのことで電話をくれた女あり、年内会って打ち合わせする時間うまく合わず、それならちょうどこの飲み会ついでにとなり、その熟女、和服姿で登場。ここ3か月連続野暮ったい男ばかり状態を、とりあえず脱することができた。

鳥●は、建物はビルになったが、1980年代後半、まだボロな木造二階建てだったころ、おれがよく昼酒をやっていたところだ。とにかく混む。17時開店早々に入って席確保でよかった。18時半には、ほぼ満杯。おれたちは、おれを含め6人。とにかく飲む。サッポロラガーから始まって、ホッピーや焼酎湯割り。まわりの客は入れ替わっても、4時間、21時ごろまで。途中、シノさん逃亡。

残り5人、東池袋公園そばの清●で、例の激しく安いがマズイ酒(まずくないフツウだというひともいる。この酒は「やすいマズイ」といいながら飲むところに味わいがある)を燗でガンガン飲む。今年の初め、この燗徳利をテーブルが埋まるほど転がして飲んだときの「悪夢」が頭をよぎるが、飲む勢いは止まらない。飲むほどに、いささか自虐的気分が増すのが、この酒の魅力か。何時ごろか、疲れた出よう。

出たら、もう一軒いかないかと熟女。いいだろう、それなら趣向を変えて、おれだってね、こういうところへ行くんだよと、とはいえバーとしては大衆的なほう、とはいえ野暮ったい男の来るところじゃねえぞといいながら、OLDNEWの「重厚」な階段をおり重い扉を開ける。しかも、おれは余市を飲む。つまみ頼まなくてもよいから、さんざん飲んで腹はイッパイというときにいいね。もうだけど何を話しているかわからない状態。居眠りしているやつもいたぞ。

池袋駅で、どう別れたのか気がついたら1人、切符の自販機の前。改札入ったが、まっとうに動いている電車がない、どれも遅れている。京浜東北線も遅れていたが、途中で座れたので座ったのがいけなかった。どうも近頃は寝込むくせがついて、またもや乗り越してしまい、けっきょく上り最終の赤羽行きで、なんとか帰り着く。へとへと。

熟女は、おれのようなジジイばかりと思って参加したら、若い男たちばかりじゃないのと。よろこんでいたか。たしかに、これは何の飲み会?と聞く熟女に、みなは「エンテツをリスペクトする会」とかこたえていたような気がするけど、おれをリスペクトする声は、ほとんど聞かれなかったぞ。みな好き勝手なことを言っているだけ、テーブルに突っ伏して寝ているやつもいる始末。ま、それでヨシッ。野暮ったい男どもにリスペクトされたって、べつにうれしくないしな。

そうそう、ジュンク堂に寄ったら、「酒とつまみ」10号があったと買ってきたひとがいた。できたてホヤホヤ。「酒とつまみ」10号、今年は、この一冊だけ、無事に発行になりました。よかった、よかった。

それから、十条西口再開発、あの斉藤酒場や都内有数の商店街がある地域の再開発が、飲みながら話題になっていたけど、そうなのですよ、またもや、まだやるか、まだやるのだの、その計画は、こちら「十条駅西口地区市街地再開発事業」に、その概要がのっている。……クリック地獄

この件については、またそのうち詳しく。といっても、もう発表になったときには、ほとんど根回しはすんでいて、あとはどんどん進行するだけなんだけどね。

きのう書いたベルクの件といい、もう怒る気もしない。民は無力です。せいぜい、こういうところがなくなるのは淋しいです惜しいですとでもいいながら、昭和を懐古し「三丁目の夕日」だかなんだか見て、涙を流し優しい気持になっていてください。

でも、絶望のなかで希望を持つというのが、ホントウの希望というやつだろうから。冷たくされても冷たい風が吹いても、おれのココロは密かに熱いぜ、という感じかな。

シゴトの話は、その商店街にからむことだったが、なにせもう酔ってしまったから、また来年になってから打ち合わせということに。とにかく、この野暮ったい男たちとの酒は、うまくて楽しい。

今日は、昼ごろまで、まだあの自虐的な酒の味わいが肉体を支配していた。

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2007/12/07

頭は冷めているが、腹は煮えくりかえっている。

JRグループの頽廃と横暴は、目にあまる。ザ大衆食「上野地下食堂街の消滅」にも書いたが、これはホンノ一端だ。JR東日本の本社の●●課の某(盗大法学部卒とのウワサ)が、どのようにどういう圧力をかけたかも知っているが、書いてない。マスコミなど、とうの昔に知っていることだが、書かない。なのに弱い立場のおれが書けるか。おれは、それほど「正義」なんか信じちゃいないから、正義漢ぶって、大悪たれJRに立ち向かうことなんかしない。彼らは、電話一本で、どこそこに電話して、フリーライターなるエンテツのシゴトを奪うなんて簡単なことなのだ。現に、おれの知り合いの1人は、ある仕事を締め出された。本社の某の、たった一本の電話でだ。

自分の地所となれば、弱小テナントをイジメぬいて生存権を奪うように追い出すなんか、朝めし前だ。それは大宮ルミネでも、やってくれた。今度また新宿でやっているらしい。もう怒る気もしないが、黙って見ているのもシャクだから、書いておこう。一流大学を出た、一流企業の紳士たちの所業が、これだ。やつらは、まだやるだろう。おれたちは、それ以上のワルにならなくてはならない。

裏新宿(NEW):BERG(新宿駅東口地下)がルミネから退店勧告に困っている。
http://news.urashinjuku.com/article/7260328.html

この記事の「ソース(直)」をたどると「ベルクをご利用のお客様へ」を読める。
読んでほしい。……クリック地獄

ベルクのホームページ(ベルク通信をごらんいただける)……クリック地獄

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やはりメールでの「会話」は難しい。

ここのところ、いくつか新しい企画が進行しているのだけど、メールのやりとりでの「打ち合わせ」が多い。これが、なかなか難しい。顔を合わせているか電話なら、あっ、それどういうこと、こういうことかな、と確認できることが、いちいちメールのやりとりになる。ていねいに説明しようとすると、文が長くなる。書くのはメンドウだし、読むほうも大変だ。やりとりに時間がかかる。簡潔に書くと、ニュアンスが伝わらないことがあって、キケンがともなう。こちらは怒っているわけじゃないのに、短く書くと、怒っているように思われてしまうこともある。そんなに、いつも優しく丁寧になんか書いてらんないよ、と思ったりする。

事務的な、あるいはビジネスライクなやりとりの場合は、むしろ「証拠」が残ってよいが、コミュニケーションや、それが必要な打ち合わせのばあいは、やはり会うか電話のほうがやりやすい。

そんなことを考えていて、思わずあるひとの携帯にメールをしてしまった。相手は、いま何をしているかわからない。便所でウンコをしているかもしれない。忙しいときのために、三択にして質問のかたちにする。番号だけ打ち返せばよい。イエス、ノーに、3番目の回答は「うるせえ」にした。

すぐあった返信には「3」とだけあった。それを見て、自分で「うるせえ」と書いてつくったものなのに、相手に「うるせえ」といわれたようで、動揺してしまった。顔を合わせているときなら「うるせえ」といわれても、どうということはないだろうが、メールだと、その言葉に驚いてしまうのだ。やれやれ。どうも「うるせえ」ところおじゃましてすみませんでした。お銚子一本おごるから許して。

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2007/12/06

週刊文春の椎名誠さんによる「雲のうえ」評を読んだ。

一昨日12/04「今週の「週刊文春」で椎名誠が「雲のうえ」5号のことを」の、椎名誠さんのエッセイ「風まかせ赤マント」だが、「雲の上の妖しい衝撃」というタイトルで、全体の半分もつかって書いている。うーむ、かなり、これは、うふふふふふの妖しい衝撃の内容だ。

「スターフライヤーという航空会社のヒコーキに初めて乗った。」…「なかなかいいんだなあ。」から始まる。

「 子供の落書きのような絵をバックに子供のクレヨン文字みたいなので「雲のうえ めし大盛にしとって!」と大きく書いてある。特集は「はたらく食堂。」。連載は「街のうた5/ちゃんどん恋歌」。目次だけではなんだかわからない。パラパラやっているうちに、それが北九州市の情報誌かつこの航空会社の機内誌としても使っているものらしいということがわかった。妖しい衝撃が走る。」

『雲のうえ』は「情報誌」とよばれるが、先日も書いたように、素材=対象が持つ情報的価値に頼るのではなく、素材と写真と絵と文などの関係が、なんてのかな、お互いに拘束されることなく自律的に、その魅力を出し合い、かつ共鳴しあって、効果をあげる。ま、ようするに本来の「雑誌」としての価値を損なわないように編集された情報誌であるといえるか。

いかにも情報誌なつくりかたならば、パラパラ見なくても表紙から、一目でコンテンツがわかるかイメージできる。そして、コンテンツからジャンプして目的のページに跳べるデジタルなインターネットのサイトのように、目次から必要な情報へ直行しやすいようになっている。

だけど、『雲のうえ』は、そうではない。表紙の「子供の落書のような絵」からパラパラ見る気分なのだ。パラパラ見ていると「妖しい衝撃が走る」、なかに引きずりこまれる。

「 フロントページに「えだや食堂」というどこにあるかわからない定食屋の豪華定食写真。」

そうなのだ、フツウの情報誌なら写真に付く文(キャプション)は、住所や電話や写っている食べ物に関する情報がのる。ところが、どのキャプションも、不肖エンテツの文だが、そういう情報は、ほとんどない。

椎名さんの文は続く。「サバの味噌煮らしきものに冷や奴、ゆでたまごを半分に切ったやつ。豆腐とワカメの味噌汁なんかが並んでいる。全部で六百八十円ぐらいなものだな。でもやたらうまそうだ。次のページは「まんなおし食堂」でその次が「エビス屋昼夜食堂」と続いて、いいんだなあこれらの文章も写真も。」

まさに情報的価値を拾うのではなく雑誌的に楽しんでいる。うふふふふふ、いいでしょ、文章も写真も、とおれはニンマリしたくなる。でも、雑誌的に楽しんでいると、そこへ、北九州の大衆食堂へ行ってみたくなる。となれば、必要な情報もちゃんとのっている。

続く文を読めば、そのことが一層はっきりする。「八幡とか門司とか戸畑とか小倉の、つまりは北九州一帯の大衆食堂の特集だということがやがてわかる。全部で二十七店紹介していて空港を降りたらすぐさまかけつけたくなった。「小腹食堂」というタイトルで甘味屋さんなどを小特集しているのも楽しい。全体的にセンスがいいのだ。」

さらに、段落をかえて、こう続く。

「 機内誌というとJALでもANAでも「この世のものか」と思うような美しい写真が満載で、どうも全体的に嘘っぽくていまの時代にはあまりにも陳腐なのだが、機内誌というのはそういうものなんだろう、と思っていたのでいやはやこれには感動しました。『雲のうえ』というのがこの機内誌の題名なのであった。」

多くのひとが情報誌なれして、雑誌と見れば情報的な「読み方」をしようとする。あるいは、ホントウの雑誌となると、美しいというか豪華というかハッタリというかストイックというか「高級感」だ。そういう「型」にはまった文章や写真が、あるいは全体のつくりが、「よい」と評価されやすい。

そんな傾向が強いなかで、いかに雑誌らしく気軽に楽しんでもらいながら、伝えたい情報を伝えるか。そのあたりが、けっこう編集上のキモだったと思う。

いや、おれは編集委員じゃないし、「雑誌」とはどういうものか専門的に知っているわけじゃないから、そうは断言してはいけないのかもしれないが、そうだと思ってよいことが、編集委員との会話の中で何度かあった。たとえば、構成上のことで、ああでもないこうでもないと意見をかわしていたとき、おれが言った案に有山さんが、「いや、それは、かえって情報誌のようになってしまうんじゃないのかな」と疑問を出したりした。それでおれは、ナルホドと思ったものだ。

そのようにつくられた『雲のうえ』を、椎名誠さんが「雑誌」を楽しむように楽しんでいる感じが、このエッセイには、よく出ている。そう思った。

この特集は、先ほどのキャプションも、いわゆる情報誌のそれとはちがうし、写真と本文の位置は、必ずしも同じページに関係づけてレイアウトされているとはかぎらない。一見どうってことない、食堂のなかの洗面台の写真が載っていたりする。写真と文は、どこかでからみ合っているのだけど、おたがいにシバリはない。おれも、ここまで「自由」なのは初めてだった。

そのことによって、かえって写真や文章や絵が独自の力を発揮し共鳴しあい、イメージが広がる効果があるようだ。もっともそのへんは、それぞれの表現力のうえに、アートディレクターである有山達也さんの力が大きく結果を決めていると思うが。それが「感動」につながるのではないか。それは情報的な刺激による興奮とはちがう。タダで、このページ数とは思えない充実感があるのも、そのためかも知れない。

おれたちは知らず知らずのうち、情報的な「読み方」になれてしまっている。雑誌をほんとうに楽しんでいないし、情報を追いかけて、雑誌の楽しみ方すら忘れようとしている。それは、つくる側にもいえるのではないだろうか。

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坊主頭を撫でたら鶴田町からスチューベンが届いた。

0712aomori_styubenきのうは、なんだかなんだかでブログを書いている余裕がなかった。今日も、もう昼だ。

世の中、おもしろくないこともあればオモシロイこともある。去る3日、トツゼン、山海荘の坊主頭さんから、こんなメールが届いた。

…………………………………………

お久しぶりです。山海荘の坊主頭です。

ブログからお元気そうだなとご推察いたします。

夏に画像を送りましたが、サイズが大きくエラーが出たりするのでさぼっていました。
CDにぶち込んだだけですが、画像を一緒に入れて葡萄を送ります。到着は明日あたりかな?
青森・津軽といえばリンゴのイメージかもしれませんが、実は私の住んでいる鶴田町は「スチューベン」という葡萄が有名です。送ったものは同級生の家で作ったものです。スチューベンワインの方が良いのかもしれませんが、これも何かの縁ですので召し上がってくださればと思います。

…………………………………………

おお、そうだ、あの画像、もうあきらめて忘れていたが、そうだったのか、それにしても葡萄まで一緒に送っていただくなんて、なんか申し訳ないなあと思った。

その宅急便が、翌日の4日に届いた。あけたら、上の画像、葡萄がドッサリ入っていた。

山海荘の坊主頭さんのことは、2007/09/01「北の日本海、十三湖のしじみラーメン」に書いた。この夏、「四月と十月」古墳部東北縄文の旅で青森県鯵ヶ沢の山海荘に泊まって、おれが優勝したカラオケ大会をやったとき、会場の山海荘内のパブスナック「ワイマール」にいたお客さんだ。そこに書いたように、おれは、この方の坊主頭を見たら撫でまわしたくなって、酔った勢いで、撫でまわしたのだった。怒られるどころか、お持ちのかなりよいカメラで、かなりヒドイ状態のおれたちを撮影してくださった。

その「縁」が、この葡萄というわけだ。いやははははは、これだから世の中オモシロイし、おれは酔っていようがいまいが、なんかやらかしちゃうのだな。おれの人生、なんかやらかし人生だ。

山海荘の坊主頭さんのメールの最後には、「今も坊主頭です」とあった。見知らぬおれにイキナリ坊主頭を撫でられても怒らなかった坊主頭さん、心の大きい方でよかった。どうも、ありがとうございます。

それで、この葡萄、青森県北津軽郡鶴田町の「スチューベン」だが、ほんと、お世辞じゃなく、うまい。なんてのかな、マスカットのような酸味があって、実もプルンとしていて、口にふくんだときのプルンな感触と爽やかさがよいのですよ。

近頃は、果物全般、なんでも甘くなりすぎ。しかも、「糖度」調整とやらで、どれも同じような甘さ。酸味が殺されている。あと大事な、ほのかな渋みというか苦味も、ほとんどない。つまり甘いだけで「深み」がないのだ。果物特有の爽やかさにも欠ける。甘ければよいガキの食べ物だ。そこへいくとこの「スチューベン」、ひさしぶり、ちゃんと酸味と、ほのかな渋みもある「大人の果物」という感じだ。この個性、いまどきの果物として、貴重だと思う。

あてにならないWikipediaの「鶴田町」によると、「鶴田町は、青森県津軽平野の中央に位置する町である。吸盤綱引きでおなじみのツル多はげます会で有名な町である。また、「スチューベン」(ぶどうの品種)の生産量日本一の町でもある。」そうだ。

ああ、しかし、また青森へ行きたくなった。

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2007/12/04

今週の「週刊文春」で椎名誠が「雲のうえ」5号のことを。

ブログで、こんな記事を発見。かつて椎名誠さんは、『日焼け読書の旅かばん』(本の雑誌社)で、拙著の『ぶっかけめしの悦楽』と『大衆食堂の研究』にふれ、おれのことを「まあつまり、ぼくが感覚的に好きな作家の一人ということになるのだろう」と書いてくださったのだが、また偶然にも目にとまったらしい。


今週号の「週刊文春」を読んでいたら、
椎名誠の連載エッセイで「スターフライヤーに初めて搭乗した・・・」
という話を書いていました。
スターフライヤーとは北九州空港のみで運行されている航空会社。
椎名誠はそのエッセイの中で、
「なかでも「雲のうえ」という機内誌が気にいった・・・」との事。
「・・・北九州一帯の大衆食堂の特集で、
全体的にセンスのある文章と写真で27店も紹介してあり、
空港を降りたらすぐさま駆けつけたくなる・・・」って。

……以下、こちらをご覧ください。
「○とも・工作ノオト 北九州の大衆食堂2007年12月04日(火)」…クリック地獄

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「雲のうえ」ロケハン。人間としての弱みや正しさを抱えながら。

Kitakyusyu_anketoきのうも書いた「雲のうえ」5号に関する「お声」。おれは「いい仕事」「よくできている」というような声だけを取り上げてきた。それは、いわゆる作品的な評価であるが、「雲のうえ」は、PR誌なのだ。

たしかに作品的なイメージのよしあしが好感度には関係する。でも、読んでもらったら、「よい雑誌だね」だけではなく、「一度は北九州へ行ってみたいな」ぐらいの気分を持ってもらえるかどうか、PR誌としてはカギになる。

それについはあまり紹介してないが、そういう声はけっこうある。「次の旅行はスターフライヤーで北九州に行こうと思わせるのだから、やはり優秀なPR誌である」(楽々雑記 雲のうえ 2007-12-03)というお声などは、その両方の関係を評価されたものだろう。

おれは、2007/11/06「『雲のうえ』5号 みなさまのお声 その2」で紹介した、「恵文社一乗店 店長日記 2007-11-05 雲のうえ」に「別にここに載っているところに行かなくっても、自分の町とは違う空気を確実に感じるし、ふらりとその風にあたりたくもなる」と書かれてあったことが、とくにうれしかった。

おれは取材執筆だけではなく、ロケハンから掲載する食堂の選択にまで関わっているので、その選択のときから、まさにこの店長さんの言葉のように「ここに載っているところに行かなくっても……」という感じを、選ばれた店について語りながら伝えたい、登場する店は登場しない店をも語れるものでなくてはいけないという考えがあった。それは、はずされた店を好んで利用しているひとが、この特集を見ても、なんだか自分が好きな店のことを書いていると思えるようにしたいということでもあった。今回の食堂の選択には、そういう思いも関係している。

とにかく、7月17日の朝から始まったロケハンの前に、おれの手元には、北九州市の担当課が行ったアンケートの回答用紙のコピーが送られてきた。この段階で、すでに特集の土台になる大枠が決まっていたといえる。そこには、市の担当の方の思いや編集委員の思いが反映していたといえるだろう。

特集本文にも書いたが、おれが最初に見せてもらった企画書には、「名物はなくても、有名店でなくても、いつか訪れてみたい食の場所」とあった。そして、アンケートの前文(依頼文)には、「北九州の尽きない活力。それを支えるのが、たくましい「食」の現場です。観光名所やいわゆる「名店」だけではない」…「一般的な情報誌にはなかなか載らない、実感のこもった情報を求めています」とあった。

そのアンケートの回答は50数通に、食堂は百数十店ほどあった。そこから、ロケハンの対象リストに残ったのは約50店。ここまでの選択に、おれは直接は関係してないが、メールで送られてきたロケハンスケジュールにある店とアンケートの回答を見比べて、この特集に求められるおおよその大枠の見当はついた。

おれが気になるので加えてもらった店、ロケハンの途中で見かけて入った店、リストにあったが入れなかった店もあって、結果的に約50店が残った。そこから取材する27店を選んだ。

このばあい大事なことは、いま書いたように、「選ぶが、捨てない」ということだったと思う。そこは、点数で人間をふりわければよい学校や、星の数で店をふるいにかければよいミシュランとは違うのだ。みな街に生きる人たち、みな街に生きる食堂だ。

生身の人間は、学校やミシュランのように都合よくはいかない。弱みや正しさを抱えながら生きている。多くのひとは、それぞれ正しく生きたいと思いながら、屈託や苦悩を抱えて、日々めしを食べ生きる。学校のテストや、法律や倫理という枠組みは、必ずしも屈託や苦悩を解決しない、むしろそれを拡大しかねない。でも「食」と「性」は、「愛」だもんね。生身の人間につきまとうものであって、法律や倫理といったもので律することはできない。「愛」だよ「愛」。食堂だって、おれだって、そういう生身の人間なのだ。だから、ほんとうは、一店でも捨てられない。ま、そんな思いだ。

それで、と、上の画像は、アンケート回答用紙とロケハンスケジュール表。いずれも、北九州市の担当課のお二人の職員の方の尽力の結果だ。お二人は、職務とはいえ、これが「役所の人間」かと思われるほど、なんてのかな、やはり「愚直」ということだろうか、すばらしい「雲のうえ」の土台なのだ。ま、そういう「無名性」の「日常」が、見えないところを左右しているのであって、「表現」なんてのは、いちばん最後のオイシイところを、その土台が無にならないように仕上げるにすぎない。ということを、また、これらの資料を見ながらシミジミ思った。

人間としての弱みや正しさを抱えながら、ガツンと生きる。それがまあ、「気どるな力強くめしをくえ」ってことであるかも知れんな。

17_1左の画像は、小倉駅7,8番線ホームの立ち食い。アンケートでは、ここをオススメのひとが何人かいたが、最終的に掲載にならなかった。7月16日の夕刻東京発の寝台特急で、小倉に朝着いたおれと牧野さんの、ロケハン第一歩は、まずこの立ち食いだった。このあとすぐ、改札で待つ市の担当の方と食堂へ向かい、「愛」どころか、怒涛の食い地獄の苦しみのロケハンになるのだった。人を愛する喜びと苦しみ、食べる喜びと苦しみ、酒を飲む喜びと二日酔いの苦しみ、ああ、それが人生なのだ。

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2007/12/03

神は、「雲のうえ」ではなく、街に住んでいる。

●昨夜、ヨツパライ状態で書き込みをした掲示板がある。今朝読み返してみると、その割には、ちゃんとしたことを書いているかなという感じだ。どうも、酔っているときのほうが、マットウであるような気がしないでもない。異常な世の中なれば、ヨツパライの方が正常なのかもしれない。なーんて酒飲みに都合のよい解釈をして、おやまあ、今朝は寒いから朝からイッパイひっかけたか。焼酎湯割りだよ~。

とにかくその書き込みを、記録として残しておきたいので、こちらに転載させてもらう。
掲示板は、
【幻堂砂地獄5】 ~幻堂出版は兵庫のどマイナーなミニプレスです~ 
http://bbs.infoseek.co.jp/Board02?user=maborosidou

●これにはイキサツというか経過がある。
幻堂さんが- 2007/11/27 19:58 -に「あっ、エンテツさんの「雲の上」5号のライター仕事は、本当に面白かった。こんな風にモノを書けたら最高ですよ。」と書かれた。
に対して、おれが- 2007/11/29 17:21 -に 「幻堂さん、おほめにあずかり、ありがとうございます。お世辞のない幻堂さんのオコトバゆえ、大事にさせてもらいます。 世間は、とかく悪貨が良貨を駆逐するものなれば、こういうオコトバを励みに、流されずコツコツやるのみ。」と書いた。

すると、- 2007/12/01 21:59 -に、「スクラフィー」さんというハンドルネームの方から「雲のうえ5」のタイトルで書き込みがあった。こういう内容。

………………………………………………………………

 実は本誌を手にとる前に、遠藤哲夫さんのブログでその内容を齧り読んでいた。そのブログでエンテツさんは「起承転結」をあらためて教わると書いている。エンテツさんのブログを読んで感じるのは、その「転」のおもしろさである。一転は朝飯前、転がる転がる、果てしない。呑まんがために、とっとと切り上げることもある。では「結」はどうなるのか。「タイトルを見よ」である。

「雲のうえ 5」のエンテツさんの文章はこうはじまる。

「 はたらく食堂
  日々、生きて、働く。
  そのためには、エネルギーが必要だ。
  鉄(くろがね)の力を支えるのは、なんてったって鋼(はがね)の胃袋。
  この街の活力を支える、食の職人たちの現場。
  一日、心地よい汗をかいた人の、くつろいだ笑顔が集うところ。
  カウンターの向こうに、空になった皿の上にふと、神の姿を見る。
  早朝から深夜まで、食堂は今日も眠らない。」

 やはりエンテツさんは、神の在り処を知る詩人なのだ。全文、詩人の温みは時に照れながら貫かれている。表紙の絵とともにこの「はたらく食堂」という字をかいたのは、牧野伊三夫さんである。この字がいいのだ。表紙の速度のある絵とは反対にゆっくりと書かれている。達筆でもなく、うまへたを気取った字でもない。そこに見るのは誠実である。

 掲載27店中、甘味処は大谷道子さんが担当。虎家のねじりドーナツ30円。秀月の小さな饅頭、23個で300円。鋼の胃を持たない人でも、少量を遠慮せずに買えそうだ。うれしいね。安全入船食堂では朝定食300円。始末のいい暮らしの老人たちにも、うれしいね。

 写真もいいのだ。老いた下着姿の男が右手にご飯茶碗を持ち、左手に汁椀と箸をもちながら味噌汁を飲んでいる。黙々と食べている。この男の五臓六腑に今、神は満ちているのだ。

 百舌鳥の紹介では、ありきたりのそして真っ白な洗面台の写真が中央に配置されている。板壁にペイントあり。
橋本食堂の学生さんたちの光るほっぺ。ここでは、携帯禁止ですぞ。

 エンテツさんはそのブログで、「雲のうえ 5」のスッタッフの在り方を「愚直」と書いている。その流儀、素敵。である。

………………………………………………………………

●「スクラフィー」さんのことは、この掲示板でも、ほかでも、まったく記憶にない。はて、どこの、どなたか。
すると幻堂さんの書き込みがあった。

- 2007/12/02 22:02 - 「はじめまして、スクラフィーさんへ 」幻堂

エンテツさんのこと記述くださり、ありがとうございます。
そうなんだろうと思います。エンテツさんの文は、聴いてるわけではないのですが即興ジャズのようです。もちろん普通に書くことはトーゼンできるのにそうしている。
「雲のうえ」のクリエーター、スタッフの良さは、トーゼンながら判ります。エンテツさん起用だけでも素晴らしすぎるし、いわゆる三位一体(?)なるものが創られている。

●やはり、「スクラフィー」さんは、初めての方だったのだ。で、おれの書き込み。しかし、長い書き込みだね~。掲示板としてはマナー違反になりそうだが、どうか幻堂さん、「酔っていたもので」と言い訳しません、お許しを。とにかく、そのまま転載する。

- 2007/12/02 23:44 -「神は、「雲のうえ」ではなく、街に住んでいる」エンテツ

スクラフィーさん、どうもありがとうございます。
そうですか、幻堂さんも「はじめまして」の方なのですか。いやあ、ネット社会は、なんだかわからないけど、恥ずかしありがたいことです。

おれの文章は、おれの人生のように転転転…で、どこへ転がってゆくのやら。「起承転結」ではなくて「酔起乱破」というひともあり。「日記」は、単に「日々記す」ぐらいにしか考えていないので、いつも思いついたタイトルを、まず書いてから書き出す。自分でもどうなるかわからない。タイトルは、思いつくと忘れないうちにメモするようにしている、どんどんたまる一方。幸い、かどうか、書くことがなくて困るということはないけど、人様に読んでもらえるようなものを書いているのかどうか。

こんなおれに「起承転結」を、わかるように教えてくれたのが、「雲のうえ」編集委員のオオタニさんでした。これまで「起承転結」というと「文章の書き方」ということで見聞きすることが多く、どうもよくわからない。そんなものなんかクソクラエ、人間は文章以前が大事だよと思っていたおれに、オオタニさんは、その文章以前の文章のことを言ったのです。それは直接「起承転結」とはこういうことなのですよ、という言い方ではなかったのですが、それを聞いて、おれは、そうか起承転結とはそういうことなのかと、「悟った」わけです。でも、ブログの文章は、あいかわらずの調子ですが、その後、ほかの雑誌などに寄稿した文は、自分で読んでも、ウムッ、前とはちがうゾと思うものでした。このオオタニさんのオコトバは、メールで残っているのですが、もったいなくて「公開」できない。素晴らしいものです。

オオタニさんは、有山さんや牧野さんに比べると地味な存在ですが、編集を担当していて、やはり編集者は雑誌や本のキーマンだなあと思いました。とくに文章にとっては、生命線ですね。が、実際に、そのキーマンとして役割を果たす編集者は少なく、おれが一緒にやった編集者のなかで、そういう刺激というか役割を果たす力のあるひとをあげるなら、このオオタニさん、そして幻堂さん(幻堂さんが、ある原稿依頼のために、おれにメールをくださった、そこにあった一言の雰囲気を、いまでもおれは覚えていますが)、それからもうひとりぐらいです。今回のおれの文章は、オオタニさん抜きにはなかったといえます。

えーと、なんの話か、またここでも酔いにまかせ転転ですが。そのオオタニさんが、「神」と「愚直」という言葉を使い、おれは、それをそのまま使わせてもらっただけでありまして、おれたちは北九州のエナジーである神を探して街を歩き、その歩いている最中に、オオタニさんは、「私たちは(というのは編集委員のみなさんのことですが)、ただ愚直にやっているだけなんです」と何回も言いました。たしかに有山さんも牧野さんも、その言葉がピッタリな仕事ぶりでした。ワレワレは、ひたすら北九州の街を徘徊していたのでした。

おれの文章には、あれぐらいの長さになれば、たいがいある「小見出し」がありません。それは、有山さんのデザインに合わせて書いているからですが、そのデザインを、「シンプル」というひとたちが多いです。しかし、あれは「シンプル」をねらったものではなく、読者を釣るような小賢しい「ワザ」という手練手管を排して、対象と写真と文と絵の関係を「愚直」に迫った結果だといえると思います。「雲のうえ」の仕事は、どこをとっても、そんなアンバイだったと思います。

考えるに、その才能と仕事を広く認められている編集委員のみなさんが、その才能と実績をひけらかさずに「愚直」にやっている姿は、まさに感動的であり素敵でありますが、おれのように本当に「愚」な酔っ払い男は「愚」に「直」にやるしかないわけで、おれのばあいは「流儀」というより、ただ愚かである。愚かな人間は、導かれるままに素直にやるしかない。そういう「愚直」なのですね。

すみません、何を書いているのか、長くなりました。ブログでも宣言している「オオタニ讃歌」というタイトルを、ここで少しやってしまったようです。ここでのタイトルは「神は、「雲のうえ」ではなく、街に住んでいる」でした。ま、そういうことで、トツジョ、おわります。

………………………………………………………………

当ブログ関連
2007/10/28「愚直に」

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2007/12/02

「手づくり」ってなんじゃらほいホイ。

071202t1いま、日本の通俗的傾向は、大いに携帯やパソコンなどの機械製品を利用しながらの「手づくり礼賛」だ。

なぜ「手づくり礼賛」なのかというモンダイもあるが、2007/11/17「中野で淫売小屋をもらいカネに案でず泥酔」に画像を掲載したポルトガル土産のTシャツをもらってから、「手づくりとはナンジャラホイ」ということを考えてしまった。

このTシャツの胴とゴム編み?の首周りだが、その縫い付け方が、すごい。胴の首のところは、無造作に切った状態、あるいは織り上げた状態のままだ。そして、首の後ろがわのつなぎ目には、内側に、そこだけちゃんとテープで補強がなされている。いったい丁寧なのか雑なのか、ああ、文化がちがうんだねえ、の気分。

071202t2ゴム編み?の首周りは、虫が3か所ばかりくっていた。最初から虫のくっているものを使ったのか、流通店舗の過程でそうなったのか判断つかない。

とにかくすごく「手づくり感」にあふれている。ではあるが、もちろんメリヤス編みも含め布は機械製品であり、ほとんどはミシン加工であり、胸の淫売小屋の刺繍もミシン加工だ。

でも、日本の「手づくり礼賛」の感覚でいえば、これは十分「手づくり感覚」のものだろう。しかもなんだかとても「リサイクル感」もある。しかし、日本のコンニチの「手づくり礼賛」や「リサイクル礼賛」は、このように無造作に胴と首周りを縫い付けるような「貧乏くさい」ことは頭にないのではないか。実際、ほとんど見た記憶がない。

「手づくり」も歴史や文化があるのだから、時代や地域によって、その有様は異なる。しかも多分に感覚的だ。このブツは、その証明のように思えた。

だから、ますます、いまの日本の「手づくり礼賛」の「手づくり」とはナンジャラホイと考えてしまったのだ。

ねえ、自分で手づくりコロッケを作っているかどうかは知らないけど、店の手づくりコロッケとやらを買って食べて「手づくり礼賛」しているようなみなさん、その「手づくり」ってなんなのですか。そのことも考えずに、機械的に手づくりを礼賛する行為は、手づくりの思想に反する機械的な思想ではないのかな。

手づくりは自分でするもので、ひとの手づくりをほめていればよいというものではないだろう。そもそも「手づくり」だから、「よい」「うまい」なんてのは、まったく根拠がない。「手づくり」には手づくりの味わいがあるだけで、それは、作り手と受け手の関係のなかで決まるものじゃないだろうか。一般的普遍的に良い悪いどうのこうのいえるものではないと思う。それが、めんどうな言い方をすれば、「手づくりの歴史と文化」ということになるか。

そんなあたりまで考えて、まだなんとなく心さわぐザワザワ落ち着かない気分の「手づくり」なのだ。

文章にも「機械的」と「手づくり的」があると思う。文章で手づくりを礼賛したいのなら、人様の手づくりの料理をネタにつかい、機械的に「手づくり礼賛」をするのではなく、自分で作った料理をネタにするか、自分の文書を手づくりすべきじゃないのかな。機械的な紋切り型の「手づくり礼賛」なんか、インチキくさい、聞きたくねえよ。

このブログの文章なんか、まったくの手づくりだ。だから、ほら、バラつきがあって、「うまい」「よい」とはかぎらない。

しかし、おなじシャツの画像なのに、上は自然光、下はフラッシュ、こんなにちがうのだからなあ。

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2007/12/01

グルメの、うすら寒い風景。

11月26日朝、電話で生出演したRKB毎日放送ラジオの「今週のメインテーマ あっぱれ!おもしろ人間列伝」だが、のっけに司会者がふってきたのはミシュランの話だった。

大衆食堂を語るときに、そんなものはどうでもよいことなので、まさか「ミシュラン」がイキナリ出てくるとは思っていなかった。おれは、面くらった。

司会者としては、マスコミ大騒ぎのタイムリーなキーワードとして、また大衆食堂がテーマなので、ミシュランがなんだクソクラエという感じで、入りたかったのだろう。おれは、なんとなくアイマイな日本人の笑いのうちに、そこをテキトウに通過した。

で、そのあと、最初の話題は、おれがいつからナゼ「大衆食堂の詩人」を名乗るようになったかということだった。

おれに「大衆食堂の詩人」という符号をつけたのは、南陀楼綾繁さんで、2003年の春のことだ。すでに「ザ大衆食」のサイトに紹介済みだが、南陀楼さんが「この人を見よ! 大衆食堂の詩人・遠藤哲夫」とやったのが始まりだ。……クリック地獄

ついでにいえば、←左サイドバーの内澤旬子画伯の、おれを犬に擬獣化した姿に「アステア・エンテツ犬」を命名したのも内澤さんのムコ殿である南陀楼さんなのだ。彼は有能な編集者であるから、文章に見出しをつけるように、人間にも見出しをつけるのが得意なのだろう。

とにかく、この符号のおかげで、おれは、ともすると「大衆食堂の達人」だとか、それに類する符号をつけられるのを、うまく逃れることができた。今回の「雲のうえ」5号でも、おれを紹介するのに「大衆食堂の詩人」をつかってくれた。

おれが、その符号にふさわしいかどうかは知らないが、いいじゃないの自称じゃなくて南陀楼さんがつけてくれたのだからと開き直っている。あるいは「大衆食堂のウンコ」でも「大衆食堂のチンコ」でもいいのだが、とにかく、おれは「評論家」のつもりはない。もちろん「研究者」でもない。「達人」でも「鉄人」でも「重鎮」でも「第一人者」でもない。そういう事大主義は、めざしていないし、嫌いだ。ただの大衆食が好きなだけの飲兵衛のペエペエ、単なるフリーライターなのだが、それにしてもオソマツだ、ってえことで、もだえる詩人として、この符号は割りと気に入っている。

気に入っているワケは、まだあって、大衆食堂では、たいがいのフツウの客は、みな詩人だろうと思う。おれは、その一人だと思うし、そうありたい。

しかし、そうではない人たちもいる。人より勝った人間として上に立ちたい。それはまあよいとして、その上に立つ勝りかたが、なんともいじましいというか寒々しい。

「下町グルメ」だの「昭和グルメ」だのと、大衆食堂を食べ歩いては、自慢そうに食べた店の数や名前や写真をあげつらね、あそこはどうだここはこうだと書く。ただメモとして書くならよいだろう。ところが、書くことが、食文化の守護神のようである。犬や猫のマーキング行為のようである。ナワバリを主張するような態度である。いや、ほんとに、ある食堂を、初めて自分のブログで取り上げたことを、まるで手柄のように書いている。また、そういうひとを「重鎮」といってもてはやすとりまきもいる。地球上の難攻不落の山を制覇したような大げさ。

こういうことをブログという、誰でも見られるなかでやっている。恥ずかしくないのかと思うが、もしかするとおれの「恥」の基準のほうが間違っているのかと思ってしまうほど、堂々とはしゃいでいる。もう「詩」もなにもあったものではない。その内容のない、うすら寒さ。

グルメや食べ歩きというのは、もっと自身を豊かにするためではないのか。自分を耕すためではないのか。自慢したり偉そうにするためではないだろう。大衆的な飲食にあっては、とくにそうであるはずだ。

食べることを、ひとや文化の優劣をつけることに利用する。うすら寒い景色だ。自分の優越感のために、飲食をやりたいなら、大衆的な飲食ではなく、世界中のミシュランの星を食べ歩くことでもしているべきだろう。それならば、どこそこへ行った、あそこを知っているということも自慢になる。それでも、自慢になったとしても、コンビニ弁当を食べているような他を見下してよいということにはならないし、ミシュランの店だって、特定のひとのナワバリではないのだ。

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