« 週刊文春の椎名誠さんによる「雲のうえ」評を読んだ。 | トップページ | 頭は冷めているが、腹は煮えくりかえっている。 »

2007/12/07

やはりメールでの「会話」は難しい。

ここのところ、いくつか新しい企画が進行しているのだけど、メールのやりとりでの「打ち合わせ」が多い。これが、なかなか難しい。顔を合わせているか電話なら、あっ、それどういうこと、こういうことかな、と確認できることが、いちいちメールのやりとりになる。ていねいに説明しようとすると、文が長くなる。書くのはメンドウだし、読むほうも大変だ。やりとりに時間がかかる。簡潔に書くと、ニュアンスが伝わらないことがあって、キケンがともなう。こちらは怒っているわけじゃないのに、短く書くと、怒っているように思われてしまうこともある。そんなに、いつも優しく丁寧になんか書いてらんないよ、と思ったりする。

事務的な、あるいはビジネスライクなやりとりの場合は、むしろ「証拠」が残ってよいが、コミュニケーションや、それが必要な打ち合わせのばあいは、やはり会うか電話のほうがやりやすい。

そんなことを考えていて、思わずあるひとの携帯にメールをしてしまった。相手は、いま何をしているかわからない。便所でウンコをしているかもしれない。忙しいときのために、三択にして質問のかたちにする。番号だけ打ち返せばよい。イエス、ノーに、3番目の回答は「うるせえ」にした。

すぐあった返信には「3」とだけあった。それを見て、自分で「うるせえ」と書いてつくったものなのに、相手に「うるせえ」といわれたようで、動揺してしまった。顔を合わせているときなら「うるせえ」といわれても、どうということはないだろうが、メールだと、その言葉に驚いてしまうのだ。やれやれ。どうも「うるせえ」ところおじゃましてすみませんでした。お銚子一本おごるから許して。

|

« 週刊文春の椎名誠さんによる「雲のうえ」評を読んだ。 | トップページ | 頭は冷めているが、腹は煮えくりかえっている。 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 週刊文春の椎名誠さんによる「雲のうえ」評を読んだ。 | トップページ | 頭は冷めているが、腹は煮えくりかえっている。 »