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2008/01/14

「生活者重視」より「生活重視」でなければ。

「首相の施政方針演説、「生活者重視」前面に」という見出しの記事。

 福田首相が18日に召集される通常国会で行う施政方針演説の骨格が13日、固まった。

 生産者重視から生活者重視の政治・行政への転換による「安全で安心な社会」、地球温暖化防止など環境問題への取り組み強化による「持続可能社会」の実現を目指す決意を表明する。

 首相は演説で、年金記録漏れ問題や食品表示偽装の多発などを踏まえ、「各府省の意識改革を進め、行政全体を生活者、消費者重視に転換する」との考えを明示する。

(2008年1月14日11時0分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20080114i102.htm?from=main1


1970年代ごろから「消費者」を言い換えるように使われだした「生活者」という言葉は、じつにウサンクサイものがある。今回の、この記事は、そのウサンクサイところを、いかんなく見せつけてくれる。

そもそも「生産者重視から生活者重視」というのは、オカシイ。「生産者重視」なら、やはり「消費者重視」だろう。そして、たしかに消費は生産に、消費者は生産者に従うものという、意識や習慣や行政や制度が存在する。生産者に対する「感謝」を掲げた食育基本法などは、そのリッパなモデルではないか。

生産者である企業や団体などの献金によって支えられる政党が政権の座にある。生産者である企業や団体の広告なしでは成り立たないテレビや新聞や雑誌がある。みな「生産者」のために働く。「生産者」の意にかなうものが、活躍の場を与えられる。単純に図式化すれば、そういうことだ。

生活は、生産者の生活もあれば、消費者の生活もある。ボクラハミンナイキテイルのであり、そこにあるのが生活だろう。ほんとうは、「生活重視」でなければ、オカシイ。

「行政全体を生活者、消費者重視に転換する」とあるところをみると、イチオウ「生活者」と「消費者」の区別は、ついているらしい。それならば、ますます問いたくなるのだが、その「生活者重視」とは、なんなのか。長い間にわたって、生活を軽視してきたことが問題なのではないのか。「生活重視」と言うべきではないのか。生産に従事する者の生活も、ひどいものだ。

「政治優先」から「生活優先」とか、ほかに何か適切な言い方があるはずだ。政治部が威張っているありかたを変えよう、新聞の一面に生活問題を、とか。そういうイメージになるのでなければ、オカシイ。

生産者の生活も消費者の生活も犠牲になってきた。デハ、誰が、うまくやってきたのか。そのことを隠す言葉として、また「生活者重視」という言葉は、じつに都合がよい。

食生活についていえば、消費者も、生活を軽視してきた一面がある。食や料理は、道楽であり趣味であり、ま、「食はエンターテイメント」なのであり、生活ではなかった現実が、大都市やメディアを中心に存在する。

食や料理を、生活として豊かにしてきたわけではない。道楽や趣味や情報につながる消費としての飲食の華々しい一方で、「偽食品」問題が同居する、「安全」と「安心」が脅かされる。この風景を奇怪とも思わないほど、生活にマヒしている現象も見られる。

であるから、また「生活重視」ではなく、実態不明な「生活者重視」という言葉が、まことしやかに、まかりとおるのだろう。

うふふふ。もっと、キモめし、キモ酒の生活を大切にしよう。

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